三毛田
2024-11-23 22:04:48
10024文字
Public 穹丹
 

君が隣にいてくれるから

とっておき穹丹2
お題:『医師』
医者への解像度が滅茶苦茶低いです
穹:小児科。時々内科
丹恒:皮膚科、外科

「はい、あーん」

 半べそのまま、その子は素直に口を開け。
 覗いてみると、やはり喉が少し赤い。

「ありがとう。もう大丈夫だよ」

 そう告げると、片手で掴んでいたぬいぐるみを両手でぎゅっと抱きしめる。

「咳止め、鼻水止めの他に解熱剤を出しますが、それは熱が上がってきたら飲ませてください」
「わかりました」
「せんせぇ、おくすりってシロップ?」
「粉のは飲めないだろ?」
「お兄ちゃんになるから飲めるもんっ」
「じゃあ、挑戦だ」

 カルテと処方箋に書き込み、それから診察をおとなしく受けたご褒美のシールを渡す。

「せんせぇ、ありがとう」
「どういたしまして。お母さんの言うことを、ちゃんと聞くんだぞ?」
「うん。ばいばい」
「ばいばい」
「ありがとうございました」

 扉が閉まるまで、ずっと手を振っていた。
 さっきの子が午前中最後の患者なので、丹恒の手伝いへ。

「お大事に。処方箋が出るので、隣の薬局に言って薬をもらってください」
「ありがとうございます」

 ちらっと見ると、ちょうど彼の方も最後の患者が返っていくところだった。

「丹恒。今大丈夫?」
「ああ。ちょうど一区切りついたところだからな」

 眼鏡を外し、眉間を揉む。今日は受診してた患者さんが多かったから、疲れたのだろう。

「午後は休診だから、ゆっくりしよう。学会用の論文も、もうすぐだろ?」
「ああ。資料も揃ったから、読み込んで仕上げればあとは当日持って行くのを忘れなければ何とかなる」

 大きく伸びをして、それから微笑む。

「じゃ、ご飯食べに帰ろうか」
「何を食べたいんだ」
「そうだな……ガッツリしたものがいいかも」
「食材は残っていたか?」
「確認して、昼寝したら買い物に行こう。丹恒が疲れてるなら、俺が運転するから」
「昼寝後によるな」

 カルテを確認し、棚に入れて。他の人たちが帰ってから、施錠をしてクリニック横の階段を上がって自宅へ。

「ただいまー」
「ただいま」

 着替えて手洗いうがいをして、冷蔵庫を開ける。

「丹恒、カレーがある!」
「いつものお前の食べる量だとそれは足りないんじゃ」
「この後寝るだけだから、これくらいでいいって。サラダだけじゃなくて、ゆで卵とサラダチキンもあるし」
「パムか?」
「多分」

 我が家の家政婦さんのパム。通いで、いつも、仕事中に来て帰ってしまうので、俺は未だ会ったことがない。
 なの曰く『耳の長い謎の生物の着ぐるみを着ている人。でも、仕事は正確でご飯は美味しいし、掃除も丁寧で洗濯物もアイロンがけまでされてるプロ中のプロ』という。

「三月と姫子さんは、明日が半日だったか」
「うん。はい、丹恒の分温め終わった」
「ありがとう。コーンスープにするか? ポタージュにするか?」
「ポタージュにする。クルトン残ってたっけ?」

 スープはインスタントだけど、俺と丹恒の二人きりだから手抜きでもいいだろう。

「そういえば、レイシオの新しい論文読んだ?」
「ああ。あの人の論文は、いつも驚かされる」
「俺、途中で理解できなくなってやめちゃった」
「専門分野が違うのもあるだろう。俺と彼は半分ほどかぶっているからな」

 久しぶりに楽しいと思えるものを読めて嬉しいのだろう。声が弾んでいる。

「いくつかまだ読んでいない論文があるから、自分の論文を仕上げたら目を通す予定だ。いただきます」
「いただきます。うん。美味しい」

 サラダはもちろんだけど、カレーも美味しい。

「明日は、カフカと昼食だったか」
「うん。大事な話があるって言われてさ」
「きちんと聞いて来い」
「う、うん」

 丹恒、何か知ってるのかな。眼差しが急に鋭くなった気が。

「俺たちは家族だ。が、彼女もお前の家族だからな」
「丹恒は恋人です。まあ、その内俺だけの家族になれるといいけど」
「お前次第だな」

 と笑みを浮かべる。
 丹恒と家族になれるように頑張ります。
 ご飯を食べ終え、ひっそりとあったデザートも食べる。
 食器を片付け、綺麗に洗い。お腹も落ち着いたところで、自室に戻ってベッドに寝転がり。

「丹恒、おいで」

 タブㇽベッドだから、二人で寝転がっても十分な広さがあって。

「丹恒って、なんで医者を目指そうとしたんだ?」
「幼い頃に助けてもらってな」
「俺も同じ。俺の場合は、中学の時にちょっと大きな手術を受けて、その時の執刀医がレイシオだったんだ。その姿がカッコよくて」
「あの人は、俺も憧れている」
「レイシオに助けられた人、多いな。丹恒も実はそう?」
「俺の場合は違う人だが、地域の人に寄り添える医者になりたいと思ったんだ」

 笑みを浮かべ、目元を和らげて。

「うん。俺も、ここのクリニックを知ってから、同じ気持ちになった」

 話をしている間に、段々うとうとしてきて。
 気づいたら、眠っていた。

「ん……

 丹恒が俺の胸に顔を埋めていた。
 彼の方が俺よりも受け持つ患者が多いから、疲れているのだろう。
 頭を撫で、抱きしめる。
 診察が終わった後、起きていられる時間ギリギリまで論文を書いているから疲労が抜けないのだろうな。
 人の気配がする。家政婦さんだろうか。今動けば、その人の顔を見ることが出来るのだろう。でも、動いたら丹恒が起きてしまう。
 休める時には休んで欲しい。

「ただいまー!」

 廊下から、なのの声が聞こえたので、丹恒の肩を揺する。

「丹恒、なのが帰ってきた。そのうち姫子も帰ってくるから」
「ん……そう、だな」

 とは言いつつも、体を丸めて。これは覚醒に時間がかかるやつだな。
 ノック音に

「丹恒が未覚醒でーす」

 と答えると、なのが扉から顔だけ覗かせて。

「パムがご飯用意してくれたから、好きな時に食べに来て」
「わかった。今日もお疲れ様」
「穹と丹恒もお疲れ様!」

 スキップしながら、彼女は部屋から遠ざかる。

「丹恒、ご飯にしよう」
「ん。わかった」

 俺から離れて、大きく伸びをする。可愛いな。

「ただいま。みんなお疲れ様。二人とも、明日の予定は?」
「おかえり、姫子。俺はカフカとランチ」
「おかえりなさい、姫子さん。俺は、論文にかかりきりになります」
「ヴェルトは?」
「大学病院の勤務だから、一日あっちだ」
「わかったわ。私たちは半日よ」
「ウチは、買い物に出かけるかも」

 と、それぞれの予定を告げ合い、食事。今日は珍しく皆揃ったのだ。
 舌鼓を打ち、綺麗に平らげる。
 相変わらず。俺だけパムに会えてないな。ま、いいか。
 お風呂を出て部屋に戻って来ると、丹恒はずっと論文とにらめっこしていたようで眉間のしわがすごいことに。

「丹恒、一度お風呂に入ってリラックスしてきたら?」
「ああ、そうする」

 眼鏡を外して大きく伸びをして。それから首を回して部屋を出ていく。

『君の専門ではないから少々難しい言い回しが多いだろう。が、一度目を通すといい』

 と、渡された論文に目を通す。
 うん。専門じゃないから難しいな!
 でも、丹恒はこれを読んで理解して、自分のモノにしているんだから、すごい。ヴェルトも姫子も、だ。なのは知らない。
 素直に尊敬するし、俺ももっと頑張ろうと思える。

「出た」
「早いって」

 もう戻ってきた丹恒に、思わずそんなツッコミ。
 だが、本人はそんなの気にしていない様子で、ベッドに腰かける。

「ったく。髪の毛乾かすよ」
「ああ。頼んだ」

 ヘアミルクを髪に塗り、軽く乾かしてからオイルをたっぷり。
 いい感じに甘い匂いが広がって、乾かし終えてから髪に顔を埋める。

「あと一時間だけ」
「いや」
「一時間」
「はい」

 俺が強めに告げると、両手を挙げて降参を示す。
 丹恒が椅子に座ってから、一時間のタイマーをかけて。時々温かい飲み物の差し入れを渡す。

「ありがとう」
「どういたしまして。あと十分です」

 そう告げれば、苦笑して。諦めたように資料を片付けて。

「トイレに行ってから寝るから待ってろ」
「はーい」

 布団を整え、寝転がる。

「もう少し壁に寄れ」
「はいはい」

 ゴロゴロと転がり、腕を伸ばすとそこに頭を乗せて。

「おやすみ」
「ああ、おやすみ」

 珍しく寝返りを打たなかったためか、起きたら腕がしびれていた。

「すまない」
「まあ、ランチまでには回復するでしょ」

 腕を動かすことで、回復が早くなるはずだ。
 ヴェルトはもう出かけているので、俺と丹恒だけ。
 いつものように朝食も用意されているので、ありがたくいただく。

「いただきます」
「いただきます」

 丹恒と二人での朝食。久しぶりだなと思いつつ、美味しいご飯を食べて。
 丹恒は自室で論文。
 俺は時間まで待って、着替えて車で向かう。

「穹、こっちよ」
「カフカ、久しぶり」

 ちょっとお高いところなので、彼女をエスコートして店に。

「それで、話って?」

 コース料理の途中、互いの近況報告の途中で本題に切り込む。

「今度、手術することになったの」
……エリオがよく許したじゃん」
「エリオに言われたの。手術した方が長生きできるって」
「そっか。レイシオ?」
「ええ。あなたの知り合いだって話したら、自分が執刀医になるって」
「そっか。レイシオなら、安心だ」

 俺の言葉に、彼女は一瞬目を見開いて。

「信頼しているのね」
「俺たちの憧れでもあるから。あの人がいなかったら、俺もきっと丹恒もいなかっただろうから」
「そう。穹。あなた、今の生活はどう?」
「毎日忙しくて大変だけど、充実してる」
「それならよかった。あなたがここまで大きくなって、誰かのために働いているのを見ることが出来てよかったわ」
「大袈裟。ちゃんと手術に耐えられるように、筋トレしなよ」
「ええ。体力づくりしてるわ。刃ちゃんが地味に張り切ってるのよ」
「カフカのこと、なんだかんだで大事にしてるからな」
「そうなのよね。日程が決まったらまた連絡するから」
「銀狼たちには?」
「直前でいいわ。心配させたくないの」
「怒られるぞ?」

 カフカってこういうところあるんだよな。今は丹恒たちが家族だ。でも、カフカたちも学生出会った頃までの家族で。

「怒られてもいいわ。学生は学生らしくしていればいいの」
「またそんなこと言って」

 デザートを食べながら、カフカは笑う。俺の時も、同じようなことを言っていたっけ。

「みんなによろしく」
「ええ。たまには会いに来てあげて」
「考えとくよ。なあ、カフカ」
「なにかしら」
「ちょっと落ち着いたら、報告したいことが出来るかもしれない」
「そう。楽しみに待っているわ」

 食事を終え、エスコートして車へ。

……
「はいはい。ちゃんと連れてきましたよ」

 窓を開け、刃が睨んでくる。が、扉を開けてちゃんと座ってから扉を閉めれば満足したように窓を閉めて。
 走り去っていく車を見送り、自分も車へ。

「ただいま、丹恒」

 帰宅し、着替えて丹恒に声をかける。

「ああ、おかえり」
「丹恒、知ってた?」
「この間大学病院へ行った時に、彼女の主治医から話をされてな。ただ、お前はお前で知るべきだと思って」
「ありがとう。俺のこと、考えてくれたんだろ?」
「そうだ。お前の家族でもあったからな」

 丹恒に抱き着く。ちょっとだけ、手が震えていた。

「大丈夫だ。信じろ」
「うん」
「悪性じゃないらしいから、そこは安心だろう」
「あ、そうなんだ。カフカ、全然詳しいこと話してくれなかったから」
「そうか。お疲れ様」
「ありがとう。丹恒は、進んだ?」
「それなりに。姫子さんはもう帰ってきている。三月はまだだ」
「ヴェルトは……車なかったもんな」

 ぽんぽんと背中を叩いてくれる。

「穹」
「ん?」
「俺は、お前がいてくれることでこの仕事を続けられている」
「それは俺も。丹恒がいてくれることで、毎日頑張れるんだ」

 頬を撫で、キスをする。
 嬉しそうに笑いながら、キスを受け入れてくれて。

「好き」
「ああ。俺も好きだ」

 もう一度キスをして、体を離す。

「すまない。今日も大学病院へ行かなくては行けなくなった」

 翌朝。朝食を食べながらヴェルトがすまなそうに。

「大丈夫です。ただ、内科の方は制限をかける必要があるかもしれません」
「俺が皮膚科の患者さん対応するよ。多ければ内科も」
「穹、丹恒、助かる」

 このタイミングで言ってもらえるのは、こちらも助かる。

「みんなが来たら、今日はちょっと制限入れるって伝えないと」
「いや。早めに行こう」
「みんなおはよう。あれ。ヨウおじちゃんでかけるの?」
「ああ。今日も大学病院へ」
「そっか。気をつけて向かってね」
「なのかも気をつけるように」
「はーい」

 三人で出かけるヴェルトを見送り。

「ごちそうさま。三月、施錠はしっかりな」
「わかってるよー」

 丹恒に言われ、なのは頬を膨らませる。

「ごちそうさま。俺と丹恒はもう出るから」
「いってらっしゃーい」

 開院前のミーティングで、今日はヴェルトが来れないことを出勤してきたみんなに伝える。
 俺と丹恒の二人だけでは四科を回すのは大変なので、患者の制限をかけるだろうと。

「近くのクリニックに、患者を案内してもいいかを聞いてくる」
「ごめん。俺よりも、丹恒の方がそういうの向いてるからお願い」
「ああ」

 丹恒が電話をかけている間に、開院準備をして。
 いつも通りに始めたけれど、受付でヴェルトはいないと告げて。ヴェルトの患者さんは、みんなちょっと残念そうではあった。が、理由を聞くと仕方ないと納得してくれて。

「もう受付締切ですか」

 受付を確認に来ると、聞いたことのある声。

「銀狼」
「やっほー。外科、まだ平気?」
「大丈夫。今月来てないなら、診察券のほかに保険証」
「わかってるって。診察券ある?」

 名前を書いていた銀狼は、椅子に座っている女の子に訊ねていて。

「ないなら、これ書いてもらって」

 ペンと初診用の問診票を渡す。

「わかった。今日、院長先生いないんだ」
「そう。だから、丹恒ね」
「レントゲン撮る?」
「診察次第かな。骨折?」
「捻っただけだと思う。だから、捻挫だと思うんだけど」
「わかった。まあ、判断するのは丹恒だから」
「わかってる。ねえ。歩くの大変だから、直接診察室に行くんでもいい?」
「わかった。伝えておく」
「ありがとう」

 今の会話を聞いていたので、受付の人は了承してくれた。
 俺の方も患者さんが来たので、診察室に戻る。

「捻挫ですね。一応確認するので、靴下を脱いでもらっても大丈夫ですか」
「大丈夫? 肩貸すよ」

 俺の方は午前中の受付が終わったので、そろそろ丹恒の方を手伝う必要があるかなと思っていると、そんな会話。
 思わず出ていかなかった自分を褒めたい。
 銀狼に肩を借りてベッドに腰かけた女の子は、丹恒に見惚れていた。
 もう、子供じゃないんだから他人に威嚇したりするのはやめたい。いいおとななんだから。って、なのに呆れられちゃう。
 でも、丹恒は俺の大切な人なのだ。

「穹、レントゲン室の準備を」
「わかった」

 俺がいるのに気づいていたのだろう。そんな声がかけられたので、レントゲン室へ。
 これでも診療放射線技師を持っているのだ。丹恒が忙しい時は、タイミングが合えば俺がレントゲンを撮る。

「靴下を脱いで、ベッドに寝転がってください。ゆっくりで大丈夫です」

 敵にすらなない相手かもしれないけど、今は相手は患者である。それを表に出さないように、対応だ。

「はい、撮ります。次、別方向から撮ります」

 機械の向きを変え、もう一度。

「終わりました。診察室に戻って大丈夫です。下りるときに、気をつけて」

 声をかけ、退室を促す。
 出来上がったレントゲンを、丹恒の元へ持って行く。

「はい。また手伝うことがあったら、言ってね。俺の方はもう終わったから」
「ああ」

 チラッと患者さんを見ると、表情が変わった。
 銀狼は俺たちのこと知ってるから、俺の表情を見て肩をすくめて。

〝貸し〟

 と唇が動いていたので、新しいアプリのダウンロードかガチャ代行だろう。
 それくらいなら、まあ。

「やはり捻挫ですね。湿布と包帯を薬局で出します。包帯は、外巻きに。内側に向けて巻くと、患部に負担がかかるので。試しに巻くので、覚えてください」
「は、はい」

 多分銀狼に覚えさせようとしてるのだろう。そんな声色だ。
 患者の子は緊張した声を出してる。俺の恋人カッコいいだろうと自慢したくなるが、まだ診療中なので我慢。

「お大事に」
「ありがとうございました」
「先生、じゃあね」
「付き添いも気をつけて」

 チラッと様子を見てから、丹恒の傍へ。

「お前がレントゲンの準備をしている間に聞いたが、どうやら幼い頃にも捻挫しているという。癖がついているのだろう」
「あるあるだ。一度怪我すると、変な癖つくんだよな」
「ああ。そっちは、午後は大丈夫そうか?」
「思ってるより少ないから、今のところはどうにか。でも、増えたらキツいかも」
「皮膚科の薬だけの患者なら、こちらの手が空いていれば担当する」
「ごめん。もしかしたら、頼むかも」
「協力して、負担になりらないようにする。それがモットーだ」
「そうだったな。よし。一段落ついたから、みんなお昼だ」

 声をかけると、どうしてか微笑ましそうな表情を向けられた。
 なんでさ。

「口々に、『丹恒君、愛されてるわねぇ』とか『一途に愛されるの、羨ましいわ』『ウチも、旦那に好きよって伝えてみるかしら』とか言われたんだが」
「多分俺のせいかも」

 きっと、あの患者に嫉妬している姿を見られたのだろう。
 クリニックに勤めている人たちは、俺と丹恒が交際していることを知っている。
 なので、時々こうやって微笑ましそうな反応をされ。
 嬉しいけれど、ちょっと恥ずかしい気持ちになる。

「丹恒は、嫌?」
「嫌ではないが、恥ずかしい」

 ご飯を食べながら、恥ずかしそうに口元を覆う。
 うっ。
 可愛すぎて、興奮してくる。

「そうだよな」
「だが、お前との仲を公認してもらえるのは案外嬉しい」
「俺も嬉しい」

 それは本当。職場恋愛を禁止されているわけじゃないけど、それでも他の人にも認めてもらえるのは嬉しいのだ。

「ご飯食べて昼寝をちょっとしたら、午後も頑張ろう」
「お前が寝過ごさないように、俺は昼寝をしないぞ」
「えー。一緒に寝ようよ」
「駄目だ」
「ぶー」
「休みの日には、一緒に寝てやるから我慢しろ」
「約束」
「ああ、約束だ」

 こういうささやかな約束事が、日々の糧になる。
 それを知っているからこそ、丹恒はこうして約束してくれるのだ。

「パムが作ってくれたケーキとクッキーがあるそうだ。食べるか?」
「食べる!」

 ご飯はもちろんだけど、スイーツもプロが作ったもののように美味しい。
 プリンなんか絶品だ。

「ああ……美味しい……

 サクサクのものと、ほろほろのものと。紅茶と一緒に食べるともう最高だ。

「お腹いっぱい食べたい……
「流石に腹をこわす。ほどほどなのが、ちょうどいい」

 珍しく、丹恒も食べている。しかも、ちょと多い。

「丹恒、疲れてる?」
「ああ。あまりこういうことは言いたくないが、若い子は苦手だ。俺とお前のことを知らないのもあるが、恋に浮かれたような視線を向けられるのは心地が良く無い」
「そっか。お疲れ様」

 抱きしめてあげたいが、今抱きしめるのはきっと怒るだろう。食事中だから、そういうことはやめろと言われている。

……膝枕、してほしいと言ったら嫌だろうか」
「ううん。丹恒が望むなら、好きなだけしてあげる。恋人の特権だ」
「ありがとう」

 ごちそうさま。と告げ、食器を片付けるとソファーへ。

「ほら、おいで」

 座って膝を叩けばおずおずと頭を乗せてきて。

「何笑ってるんだ」
「恋人らしい行為だから、嬉しいなって」

 前髪を上げて額にキス。
 胸の中が温かくて、今すぐにでも彼に滅茶苦茶にキスしたい。でも、我慢。
 午後も仕事だ。

「丹恒。次の休み覚悟しておいて」
……俺も、そのつもりだ」

 ボソッと告げられた言葉に、危うく色々爆発するところだった。危ない危ない。

「午後も頑張れる?」
「それはこちらの台詞だ」

 見つめ合い、それから微笑み合ってキス。
 よし。午後も頑張ろう。
 午後も何とか乗り切り、夜に帰ってきたヴェルトに謝られたが、ちょっと給料に上乗せしておいてくれといった。そしたら、丹恒にどつかれたがこれくらいは許されたい。
 ボーナスの時に伝えてみると言われたので、ちょっとなら期待できるかな。
 それからしばらくした日。

「あー……そろそろ注文するか」

 今日は休院日。
 いつもより遅めに起きて、ご飯を食べて筋トレ。プロテインをシェイカーに入れてたら、半分を切っていたのでいつもの注文サイトを開く。

「わぷっ」
「あ。ごめん」
「きちんと前を見て歩け!」
「はいっ」

 胸に何かが触れ、反射で謝ると鋭く怒られる。その声に背筋が自然と伸びて。

「ところで、穹。プロテインなら注文しておいたぞ。同じ味でよかったか?」
「うん。ありがとう」
「オレは午後に用事があるから、これで帰る。姫子とヴェルトによろしくな」
「わかった」
「三月ちゃんには、ジュースの飲み過ぎは厳禁と」
「うん」
「丹恒には、注文しておいた本が午後に届くからちゃんと受け取るように」
「なんだったら、俺が受け取るよ」
「そうか。それは助かる。それと。明日から来られないから、おかずの作り置きを冷蔵庫と冷凍庫にたくさん詰めておいた。穹、食べすぎないように」
「はーい」

 俺の返事に、その人は満足そうに頷く。

「パム。もう帰るところか」

 丹恒がひょこっと部屋から顔を覗かせ。俺達の姿を見ると出てくる。

「そうじゃ」
「これを。結婚式の招待状の見本だ。日時は、お前とアキヴィリさんで決めて会場を押さえてくれ」
「丸投げすると、あやつは張り切って全部計画するが、よいのか?」
「ああ。お前たちに任せたほうが早い。招待リストはこれを」
「うむ。確かに依頼を承った」
「明日から旅行だろう? 気をつけて」
「お前たちも、日々の生活を健やかに過ごせるようオレも祈っておる」
「それじゃあ」

 二人の会話についていけず目を白黒させていると、パムと呼ばれたその人は靴を履いて出ていこうとする。

「あ、あのさ!」
「なんじゃ?」

 帽子を目深にかぶっているため、顔の上半分は見えない。でも。

「いつも家事をやってくれてありがとう! それに、美味しいご飯のお陰で、明日も頑張ろうって力がみなぎってくるんだ!」
「うむ。それならよかった」

 あ。
 顔は見えないのに、笑っているのがなんとなくわかった。
 こちらに手を振り、玄関を通って帰っていく。

「ようやく会えて、お礼を言えた……
「よかったな」
「うん」

 緊張していたみたいで、その場に座り込む。

「ところで、アキヴィリさんって?」
「ウチの代表取締役だ」
「ん?」
「パムが所属しているのは、家事部門。家事代行や、ベビーシッター、更にはペットシッターも行う」
「あれ? もしかしてさ、俺たちってどこかの会社に属してる?」
「星穹列車コーポレーションの医療部門だ。そして、いくつかある病院の内の、星穹クリニックに配属されているのが俺たちだ」
「へー」
「入社式で説明されただろう」
「忘れてました」

 舌を出すと、軽くデコピンされた。てへ。

「でさ、パムって何者?」
「さあな。俺もよく知らない。アキヴィリさんに次ぐ地位の人らしいが、本人はここの家政婦をするのが好きだとかなんとか」
「男? 女?」
「パムは出会った頃からパムだから、考えたことはなかったな……
「そっかぁ」

 なんて会話をしてから半年。
 俺と丹恒は、アキヴィリ代表取締役とパムが選んでくれた式場で、彼らのデザインした服を着て結婚式を挙げたのだった。