花人
2024-11-23 19:06:10
2642文字
Public 宗英
 

宗英 カクテル・ミルキーウェイ・パーティー

天の川の1年後。七夕の夜に再び会う帝王と皇帝の話。

 1.5部 セブンブリッジの内容を含みます。
 両片思いです。


 
 すっかり暗くなった会場で、淡く光る黄色のライト。風に揺られ、ぶつかってカサカサと音を立てる笹の葉。色とりどりの短冊を持って、好きなアイドルに願いを託す観客達の声。
 年に一度、彦星と乙姫が天の川を渡って、静かにひとときを過ごすこの夜に、なんとまぁ騒々しいことか。
 アイドル達も、観客達も、誰彼構わず馬鹿騒ぎ。一夜限りのお祭りだ。今夜だけは無礼講、とでも言いたげなこの催しは、無駄にざわざわと煩くて、未だに慣れない。
 人混みは嫌いだ。
 
「今年も晴れて良かったね」

 舞台を降りた後。観客席から舞台の方に近づいてきたのは、天祥院だった。一年前、地下のライブハウスで同じように声をかけてきたのをふと思い出す。
 そう。忘れもしない一年前。Valkyrieの華麗なる復活劇の際、同じ舞台で戦った、因縁の怨敵。fineの親玉である。

……来ていたのだね」
「勿論。僕も出るからね」
 fineにも在校生がいる。今年のシステムからして、天祥院がこの七夕祭に参加するであろうことは当然予想していた。別段驚くこともない。話しかけられないに越したことはなかったが。

 ここは第四会場。芸術部門。親しみやすさを売りにするfineが芸術部門に出るとは思えない。だから、天祥院が来るのなら、観客席だろうとは思っていた。まぁ、日本ネヴァーランド杯‒‒JNLCの時の渉のように、茶々を入れられる可能性もあるのではないかと危惧してもいたのだが。どうやら杞憂に終わったらしい。
 
「曲目。去年と同じだったね。振りは一部アレンジを加えていたようだけど……
……去年の演目をブラッシュアップしたものだからね」
 僕達が信奉者達のために宝物庫の一部を開陳する場に天祥院がいることも、天祥院がその場で足を止めて僕達の舞台に釘付けになっていたことにも、気づいていた。
 ……というより。舞台の上から、闇夜に流れる天の川のような金色を、無意識に探していたのかもしれない。
 例の、100万回見た物を脳裏に焼き付け模倣する能力とやらで、きっと今回の舞台でまた一段と天祥院を強くしてしまっただろう。だが、どこからどこまで手の内を見せるのか、どこからどこまで芸を魅せるのかは全て想定済みだった。
 
 天祥院英智が僕の舞台を目にすることを、僕は完全に想定していた。そして、その想定通りに天祥院が僕の舞台を目に留めるまでが、きっと僕の七夕祭だったのだ。
 
「あれ、割と普通に会話してくれるんだね」
「フン。貴様が勝手に話しかけてくるだけだろう」

 去年同様、七夕祭は希望すれば何度でも舞台に上がることができる。だが、それも少々美しくない。
 本番はいつだって一度きり。
 今日も、僕達Valkyrieは完璧に調律された舞台を披露した。二度目なんてものはないのだ。
 今の僕にとってはそれが何よりも大事で、これからの僕にとっても、それが何よりも大事なことだ。そして、過去の僕にとっても、それが何よりも大事なことだった。

 二年前。初めて挫折を味わい、一年前に雪辱を果たし、僕は再びこの場所に戻ってきた。歓声と拍手が入り混じり、喧騒も策略も巻き込んだ、奇妙に光り輝くこの舞台に。
 
「天祥院」
「うん?」
「これを受け取りたまえ」

 僕は、胸元に入れていた一通の手紙を差し出した。
 不思議そうに首を傾げると、天祥院は差し出されるまま、そうっとそれを受け取った。そして、何も言わないまま、一抹の期待にターコイズの瞳を煌めかせる。そのまま裏返して手紙がシーリングスタンプで封をされているのを見ると、天祥院はおずおずと僕の方を見た。

……裁縫ばさみとか、糸切りばさみとか持ってないかい?」
……まさか裁縫道具で開ける気かね」
「うん。開けられれば良いだろう?」
「ノン! 良くないのだよ! はしたないね! 家に帰って開けたまえ!」
「うーん。そうだね。そうするよ。にしても、家に帰って、かぁ。もしかしてラブレターかい? 熱烈だね」
「そんなこと! あるわけが! ないだろうが!」
 語尾に音符が付きそうなトーンで微笑む天祥院を思いっきり睨みつけて、その場の勢いで怒鳴ってしまった。
 だが、たしかに、家に帰って、というのは何とも誤解を招きそうな奇妙な言い回しである。
 それを自覚すると、何だか途端に居たたまれなくなってくる。一体何を言っているのだろうか、僕は。
 一度浅く呼吸をして、僕は明後日の方向を見て小さく口を開いた。

……それは、招待状なのだよ。来年の」

 この喧騒の中。小さくつぶやいた僕の言葉を正確に聞き取ったらしい天祥院が、バッと顔を上げる。
 昼空のように透き通った双眸は、周りを囲む淡く灯る星々のライト達が霞んでしまうほど眩しかった。
 あぁ。本当に、今年も晴れて良かったね。皮肉を込めてそう言おう。
 こいつはこうやってうざったいほど明るく晴れた水色の瞳を輝かせているくらいがちょうどいいのだ。

「招待状ではなくて、挑戦状や果たし状の間違いのように思うけれど。……まぁいいよ。君からの熱いラブレター、受け取ってあげよう。せいぜい、つかの間の勝利を堪能するんだね」
 
 もはや、こいつに皆まで言う必要はないのだろう。腹立たしいことに、手紙の内容を、天祥院は何となく予想しているようだった。その予想通り、想定通り、手紙の中には来年の今日のことが書かれている。
 Valkyrieの文字とWINの文字が表示された電光掲示板を見て、天祥院は僕に向き直った。
 
「僕もそろそろ行くよ。僕の仲間が待つステージへ。さっきの舞台、流石だったよ。斎宮くん。そんな君と‒‒君たちと、一戦を交えられるのが今から楽しみだよ。じゃあ、また来年、夢ノ咲学院この場所で」
「あぁ。望むところだね」
「うん。じゃあ……また」
 
 天祥院は一度眉を下げて微笑んだ。そして、自分の左手の小指を名残惜しそうに、愛おしそうに軽く撫でると、僕に背を向けて、人混みの隙間を走っていった。
 憎悪と愛情は紙一重だ。とは、一体誰の言葉だったか。
 ありもしないだろう小指の付け根に付いている何かを愛おしむような宿敵の表情が、脳裏にこびり付いて離れない。
 来年この場所で会う、天の川の先の御敵を思いながら、僕も自らのそこをするりと撫でた。