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残りの夜が来た
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福本
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ワールドイズユアーズ
安平
初出・Webサイト「残りの夜が来た」2009年
平山幸雄の食べる姿が美しいのは、口を縦に開けるからだろうか。
安岡はそんなことを考えながら、彼が食事をするのをぼんやりと眺めた。小汚い居酒屋のありふれた料理に、安い酒に、くたびれた刑事とチンピラだ。美しいもクソもないが、何故か、平山幸雄の食べる姿は美しい。こいつの姿を見て、赤木しげるに仕立て上げようと決定したのも、麻雀をしているときではなく、むしろ、物を食べているときだったかもしれない。いや、いくらなんでも、そんなはずはないか。
酔っている。
安岡はそう思って安い日本酒を煽った。
「安い酒は、そうやって飲んだら後でひどいって、言ってたの安岡さんじゃないですか」
「
…
安い酒をこうやって飲まないで、どうやって飲むんだよ。味わうのか?」
「
…
あれ、安岡さんじゃなかったかな」
こいつも酔っている。
「飲めよ」
猪口ではなく、彼がビールを明けたコップの中に、徳利の中身を全部注ぐ。なみなみと注がれた水のような酒に、平山幸雄は嫌そうな顔も見せず、ちょっとだけ顎を引いて、「酔ってるんですか?」などと聞いてきた。分かりきったことを、社交辞令で聞いてくるところが、警察の新人に似ていると思った。こいつは単なる優等生だ。安岡は彼に同情した。
「ねえ安岡さん、アカギってやつ、俺に似てるんですか」
「
…
似てねえな」
赤木しげるは、お前や俺のように、つまらないところで生きている奴じゃない、という同情と自嘲をこめて言ったのだが、平山幸雄はなぜかうれしそうだった。
「へえ、前は、似てるって言ってたけど」
「似せることができるって言ったんだよ」
「
…
あれ、そうだったかな」
「
…
似てねえな」
その顔が。安岡はますます彼に同情した。自分は一体、何を彼にさせようとしているのか、酔ったときだけ考える。素面ではとても考えられない。こんな滑稽なことは。
「それにしてもお前、記憶力、ないな」
そう言うと、平山幸雄は嫌そうな顔も見せず、あははと声を出して笑った。
幸雄は愉快だった。特技を生かして麻雀をただ打っている日々よりもずっと愉快だった。特技を生かせば、麻雀だけでなく、大概のことで大体勝てることは分かっていたし、向けられる羨望や嫉妬も小気味良いものではあった。しかし、そんな日々よりも、顔も知らないアカギシゲルとして麻雀を打っている今のほうが、よほど愉快だった。
見出されたからかもしれない。自分は単純な人間だから。
幸雄を見出してくれた安岡が、安い酒を水のように飲み干すのを見て、幸雄はよりいっそう愉快な気分になった。特別酔ってはいなかったが、酔っているふりをしたほうが、酒の席は楽しい。酔っている安岡と一緒ならばなおさらのこと。だから、海辺のゴミのようにビールの泡が残ったコップに、とくとくと注がれる安酒は、そんな気分にうってつけのお膳立てだった。
徳利が空になったのを見届けた幸雄は、笑い出しそうになるのをこらえるために、顎を引いて、そんなことをしてくる安岡に「酔ってるんですか?」と聞いた。安岡は特に何も答えない。それでも幸雄は愉快だった。
安岡は刑事なのだと言う。幸雄は当初、そんなこと全く信じられなかったが、安岡がそういうのならばそうなのだろう、と、最近は思う。
へえ、刑事さん。刑事さんなんかが、俺に何の用?
へえ、刑事さん、刑事さんって、そんなことまでするんだ。
そのときの安岡の顔が、画像として、ぺたりと脳に張り付いている。
「ねえ安岡さん、アカギってやつ、俺に似てるんですか」
幸雄はまだ見ぬアカギシゲルのことを思いながら、コップに口をつけた。
聞けばアカギシゲルは齢13にして10分で麻雀を飲み込み、そして大金を飲み込んだ、悪魔のような男だったのだと言う。本当にそんなやつがいるのか、幸雄はまだ半分信じていなかったが、どちらにせよ、全てはアカギシゲルのお陰だ。
「
…
似てねえな」
酔っ払っていると、安岡はいつもこの返事をする。
幸雄はこらえ切れなくなって、少しだけ笑った。
「へえ、前は、似てるって言ってたけど」
「似せることができるって言ったんだよ」
何度か繰り返されている問答に、幸雄は愚かしくも満たされる。俺たち似てないんだってさ、アカギシゲル。おかしいな。
「
…
あれ、そうだったかな」
「
…
似てねえな」
安岡が自分に同情しているのを読み取り、幸雄はもう一口安酒を飲んだ。似ていなかろうが同情されようが笑われようがどうでもいい、今は。それでも安岡さん、あんたは俺を見出したんだ。
「それにしても、お前、記憶力、ないな」
安岡のその言葉に、幸雄はついに声を出して笑いだしてしまった。
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