ミイ
2024-11-23 16:53:02
2776文字
Public ぶぶでぼ
 

名前なんて聞かなくても

・静なつ前提のぶぶでぼです。
・二人が風華大学に進学した後のお話。

「そうそう、昨日あの子がうちに来てくれてなぁ。土産だ、なんて言うて袋二つも渡してくらはったからなんやろ、思て見てみたらマヨさんとなんやマヨさん味の飲み物がぎょうさん入ってて……別に期待してたわけやありませんけど……これはうちもどうやろ、思いましてん」
「あの子、今日は学校行ったんやろか……。珠洲城さんはどう思います?」

 高校生の時には見たこともないくらい、くるくると表情を変えて喋る藤乃。いつも涼やかだった紅い瞳が大きくなったり細くなったり、愛おしげに閉じられたり。女神の微笑、なんて言葉が似合いだった顔は、朱が差したり頬が膨れてみたり、心配なのか青ざめてみたり。なんだか心なしか、表情がだいぶ子供っぽい気がする。

 そんな百面相を一人でしながら、弁当にも手をつけずに話し続けているのは私のライバル、藤乃静留。全く。こんなに腑抜けた姿、見たいわけじゃないのだけど。

 藤乃がいるせいで生まれてこの方トップを走り続けてきた私は風華学園に入学したその時から万年二位の座に甘んじている。いくら勉強しても、体を鍛えても、その差はなかなか埋まってくれない。

 ……見てなさい! 次のテストじゃあんたにぎゃふんと言わせてやるんだから!

 風華学園の入学試験。私はきっと一番だと思ったのに……成績発表の時、私の名前は上から二番目に記されていた。入学式の日、ステージの上で入学生代表の言葉を読んだ藤乃を見て、思ったの。世の中にはこんな人間がいるんだって。

 頭もいいし顔も悪くない。人当たりも良くてみんなに好かれる。なんでも持ってて、そのくせ偉そうじゃなくて、落ち着いててにこにこ笑ってて。

 こんなふうになれたらって思って、少しでも近づけるように、言葉遣いを気をつけてみたり、背筋を伸ばして歩いてみたり。

 彼女と同じ結果を得るために私がどれだけ泥臭くあがいていても、涼しい顔で、汗一つかかずにやってのけるのはむかついたけど、それでこそ、私のライバル、藤乃静留だって思っていた。

 凛と伸びた背筋、美しい所作に佇まい。一夜一夕(一朝一夕)には身につかないだろうそれを、羨ましく思ったことはあったけれど。

 それがどーよ? 鼻の下伸ばして目もこーんなに下げてデレデレ嬉しそうにしちゃって。

 完全無理(完全無比)な元生徒会長様にも、一つだけ弱点、というか弱みがある。それが、こいつの想い人。玖我なつきだ。

 あんな校則全無視女、どこがいいのか、私にはさっぱりわからないけれど。
 二つ学年が下の、蒼黒い髪の、まあ、言ってしまえば綺麗な顔をしている子。……良いのは顔だけで、無断遅刻欠席を繰り返し、挙げ句の果てには校則で禁止されてるバイクで登校。そして校内でも乗り回した、とかいう噂まである。

 私も何度も声を荒げて追いかけたことはあるけどいつのまにか逃げられていた。雪之には「バイクを徒歩で追いかけるなんて無茶だよ、遥ちゃん」なんて言われていたけれど……私に不可能はないわ!

 玖我なつきの逃走劇に目の前の彼女が手を貸していたことは最近、彼女の口から聞いて知った。そういえば生徒会でもないのに生徒会室にいたこともあったわね。あんまり気にしてなかったけど、よくよく思い出してみれば、玖我なつきを見る時は藤乃もセットのことが多かった気がする。……それにしても。

「まったく。あんた、最近口を開けば玖我なつきのことばっかじゃない。別に悪いわけじゃないけど……他になんかないわけ? 経済がどうとか情勢が〜とか」

 そもそも、今までこうやって一緒に昼食をつつくことすら珍しかったのだが。高校のころはいた取り巻きが大学では見当たらない。それもあってか、大学の学食で私が一人優雅にA定食を食べていれば、勝手に藤乃が目の前に弁当を持って座っているのだ。そして世間話をひとつふたつしたら、気づけば藤乃は「あの子が」と話し始める。愚痴なんだか惚気なんだかわからないそれを、私は適当に聞き流しているだけだけれど、藤乃はなんだか、すごく嬉しそうで。

「ほんとあんた、頭の中玖我なつきのことばっかよね」

 口の中に魚の煮付けを放り込んで箸先で眉間をぴっと差せば、藤乃は紅い瞳をきょとりと丸くして首を傾げた。

……うち、なつきのことやって言いました?」
「はぁああああ?? んなことあんたが言わなくてもわかるに決まってんでしょこの私がどんだけあんたの話聞いてやってると思ってんのよ!」

 ごあああっ! と口から炎を吐きそうな勢いで突っ込めば、藤乃はくすっと淡い笑みを浮かべて笑った。周りの雰囲気が華やいだのが嫌でもわかる。ほんっと、こいつ……わかっててやってない? いや、でも今のは無意識?

「堪忍なぁ。珠洲城さん、うちの話よう聞いてくらはるから。……もしかして、迷惑やった?」
「別に迷惑じゃないけど……長いのよ、基本。あんたの話聞いてたらすぐ休み時間終わるし」
「迷惑やないならよかったわぁ。おおきにな。そや。この前なつきとお散歩行ったんやけど」
「あんたさっきの話もう忘れたわけ? てかもう隠しもしてないじゃないの!?」
「珠洲城さん、そない大きな声ずーっと出してたら、喉枯れてしまいますえ? はい、のど飴」
「いただくわ。……って! 勝手に放り込んでんじゃないわよ! おいしいけど!!」
「ふふ。やっぱり珠洲城さん、おもしろおすなぁ」
「きーっ! このぶぶ漬け女! 人で遊んでんじゃないわよ!」

 目を細めて笑ういたずらっ子みたいな顔。藤乃のこんな顔、初めて見る。今まで見ていた澄ました笑みを浮かべていた生徒会長様はもうどこかに行ってしまっていて、ただ、同い年の少女、というには少し大人びた彼女がそこにはいる。

 私と藤乃がまさかこんな関係になるなんて思ってなかったけど……ま、そんなに悪い気はしないわね。

 腰に手を当てて、深いため息を一つ。はた、と動きを止めた藤乃のお弁当にぴっと人差し指を突きつけた。

「しょーがないから、その卵焼きひとつで、昼休みが終わるまではあんたの話、聞いてあげても良いけど?」
「ふふ。おおきに、珠洲城さん。ほな、あーん」
「あーん……って! 自分で食べれるわよ!」
「連れへんなぁ。ほら、珠洲城さんこっちどすえ〜?」

 こいつの人を食ったような顔、ほんっとにいけすかないけど……たまには多めにみてやってもいいか、なんて思って。私は箸先でちょこんとつままれた卵焼きをパクリと一口頬張ったのだった。

 甘めかと思っていたけれど、思っていたよりしょっぱくて、でもまろやかな口当たり。これはきっと、隠し味とは言えないくらい、アレが入ってるのだろうと思った。彼女の想い人が大好きなアレ。マヨネーズが。