雨の休日

狂聡狂 2024/11/10

 蒲田のアパートはリーズナブルな作りになっており、そのために雨音がよぉく響いた。その音をバックグラウンドに、明け方か夕方のような色の空をぼんやり眺めている聡実くんは、「ええよな、雨の休み」と言った。
 薄暗い部屋で弱い光に照らされている聡実くんの、毛布から少しはみ出た裸の肩のラインが綺麗で、ちょっと淫靡な感じもして、確かに、怠惰に寝そべりながらこんな美しいものが見られるのならば、雨の休みは素晴らしかった。狂児自身はどうかといえば、この仕事には雨も晴れも雪も槍も休みもクソもないので、ただ、今この瞬間の天候が事態にどのような影響を及ぼすか、それしか考えたことがなかった。しかし、例えば「連休はあいにくの空模様で」とかいう天気予報の文句から推察するに、休みの日には晴れていてほしいのが一般的な感覚なのではないだろうか。これからその一般的な考えと聡実くんの考えのギャップが埋められていくのかな、と思ったが、彼の表明はそれで終わりだったみたいで、沈黙を埋めるのは雨音。
「なんで?」
 こちらから尋ねると、なんでってなんで? と言われる。
「晴れてたほうがええんと違う。友達と遊びに行くとかさ」
 聡実くんはうーんと唸った。「なんか約束があったら晴れてるほうがいいけど。でも別に、公園とかで遊ぶわけちゃうからな……
「確かに……。でも、洗濯とか」
「外干せへんもん、この部屋」
「確かに……。」
 晴れの利点が潰されていく。狂児自身晴天にそこまでの美徳を感じていないこともあり、そんならもう毎日雨でもええな、という極論に至りかけた。あぶな。世界滅びてまうわ。「あ、買い物とか」
「確かに……。それは面倒やな」
 そうや。買い物に行かなな。
 ポツリと呟くが、聡実くんは立ち上がらない。
……いるものあるん? 俺行こうか?」
「いや、いいです。別に明日でもいいんで」
「明日晴れんの?」
「しりません」
 聡実くんは一つ欠伸をして、それからようやく窓の外から視線を外し、こちらを振り返った。
 狂児も聡実くんと同じく上半身には何も着ておらず、ただ布団をかけているだけだ。真冬にはとてもじゃないがこんな格好では過ごせまい。なんなら今でも肌寒い。
 暖を取るために聡実くんを抱き寄せようとしたが、彼は身を捩るばかりか、少し離れた。「え〜」と不平を漏らすと、聡実くんはふっと笑う。
「狂児さん、背中見せて」
「寒いよ」
「あとであっためるから。ちょっとだけ。見せて」
 そんなことを言われたら断れない。寝そべっていた狂児は上半身を起こし、毛布にくるまってじっとこちらを見ている聡実くんに背を向けた。ザアザア落ちる雨の音に混ざって、聡実くんのひっそりとした息遣いが聞こえる。皮膚の上を走る視線はチリチリと心地よく、そのうちに、というかすでに、うっすら興奮している、と他人事のように思う。
 やがて部屋が翳り、冷たくなった背中に聡実くんの体温が近づいてきた。同じくらい冷たい頬を寄せられ、髪の毛が滑り落ちる感覚に身震いし、振り返って毛布を剥ぐ。声をあげて笑う体ごと布団の中に閉じ込める。雨は世界の外側の出来事になる。
「めっちゃ冷えたわ」
「あっつい視線おくっててんけどな」
「どおりで、背中だけあっついねん」
「ごめん。あ、ラーメン食べます?」
「今はいい」
「僕は食べたい」
「今はあかん」
 抱き込めていると、腕の中の聡実くんは熱を持ち始める。雨天を眺めていた彫刻は、何か別の生き物に変容しつつある。目の前の迸る生命力を狂児は何よりも愛していたが、消えゆく芸術品も名残惜しかった。「雨の休みええなあ」と囁くと、彫刻は最後にふふと笑った。
「せやろ」