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残りの夜が来た
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ファ。
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夜勤
狂聡狂 2024/11/5
夜勤は気が狂う。狂児の忠告を比喩だと思っていた聡実だが、それはあながち嘘ではないと実感し始めていた。消防士の夜勤はリズムを保つために規則的に組み込まれているというが、社会に必要とされているかいないかで言えば、消防士には劣ると言わざるを得ないいちアルバイトの聡実のシフトにはそのような規制はない。入れているのは自分だし。
初めの頃こそ夜勤明けの朝は帰ってそのまま夜まで寝たりしていたのに、慣れてきてしまうと、今度は逆に浅い眠りしか取れない。徐々にややこしくなってきた必修授業の課題のリストが頭の片隅にいつもこびりついていて、それも聡実の安眠を阻害した。深夜のシフトは暇だから、ぐったりするほど疲れないというのも別の理由の一つだ。そしてとどめに、狂児お墨付きのこの日当たり。密やかな夜明けの時間をあっという間に真っ白に変えてしまう、どこか暴力的な太陽光の威力は、安物のカーテン越しに聡実の四畳半にありありと伝わってくる。
深夜労働 辛い なぜ
サーチエンジンの生成AIは、深夜労働の辛さの要因として、睡眠不足や生活リズムの乱れによる疲労の蓄積、友人や家族と予定を合わせられないことによるストレス、などを挙げた。夜勤は、体内時計に影響するため、正常なメラトニンの分泌が行われず、浅い眠りや慢性疲労を引き起こします。また、疲労は注意力や判断力に影響を及ぼし、業務中のミスや事故を引き起こすリスクを高めます
――
メラトニン ぶんぴつ
……
一発で変換できなかったため、聡実は検索をやめた。メラトニンを出すには朝の光を浴びると良いと聞いたことがあるような気がしたためでもあった。
……
その割にはだるい。僕はこの部屋で充分過ぎるほど朝の光を浴びてんねんけど。
カラオケで夜勤をしてた頃の狂児はどうやったんやろう、と聡実は思った。朝は寝とったんやろうか。
流石に事細かに解説を受けたわけではないが、その頃自身がどんな生活を送ってきたかについて、狂児は聡実にそこはかとなく匂わせてくる。謝りこそしないが、あいつはどこか後ろめたそうにしている。ヤクザに比べたらヒモなんか大したことないし、聡実が生まれてもいない時のことを申し訳なく思われても困るのだが、狂児がそういう顔をするので、聡実はあまりその頃のことを突っ込んでは尋ねない。だから、ヒモの生活は未知だった。
未知だが、陽の光は浴びなさそうや、と聡実は思った。目を閉じて、知らない部屋を想像する。聡実の部屋より日当たりの悪い薄暗い部屋、壁際にはベッドがある。人の形に盛り上がった掛け布団は静かに上下していて、帰ってきた狂児を寝息で迎える。ベッドに歩み寄った狂児は着替えもせずに布団に潜り込む。寝息が笑い声に変わり、別の吐息に変容し、寝床から出る部屋の主を見送った狂児は、静かに目を閉じている。
聡実は、静かな呼吸を繰り返すことに努めた。
いーち、にーい、と声に出さずに数えて、それが12までいってもテンションが戻らないので、諦めて、黒いアイコンとのトークルームを探す。朝7時だけどラインを送る。
ちゃんと日光浴びてますか?
すぐに既読がついた。
困ったことさえなければ、ヤクザは案外規則正しい生活を送っている。難点は一つ、困ったことが全くないという事態はあり得ないという、ただそれだけだ。だれにも相談できんことも何とかしたるわ。困ったことがあったら内緒で相談してな! という枠組みのもとで成り立つ稼業なので。
聡実くんには死んでも言わない仕事を終え、狂児は疲労困憊していた。身体は疲れ切っているが精神が高揚してしまっている。目を閉じることすらできないのに、腰はソファに沈み続け、このまま飲み込まれてしまうのではないかと思う。こんなことなら銭湯に寄るべきだった。さっきまでは一刻も早く寝たいと思っていたのに。夕方にはまた戻らなければならないのに。
もうすぐ7時やろ、と時計を見る。
大阪には4時に戻ればええか。一応3時にしとくか。10時ちょっと過ぎに着くやろ。2時間は会えるんちゃうか。残念、聡実くんには授業があります~。知ってます~。聡実くんには学生生活があります。
まだ寝ているだろうか。もしかして夜勤かな。
夜勤なんかやめたらええのに。
夜中のシフトは暇で稼げるんで、と、すんとした顔が反論する。
ヤクザみたいなこと言うやん、と、からかってみる。それ、ヤクザが人を騙す時の文句やで。暇で稼げる仕事に碌なもんはないって、ヤクザが一番知ってんねんから
――
狂児は頭を振った。
すでに崩れかけている髪に指を差し込んでかき回す。もうここで寝ようか。横になるだけでも。
寝室のベッドに聡実くんが寝ていればいいのに、と思う。聡実くんがいるなら、真っ直ぐそのベッドに行くのに。彼が寝息を立てていたら、そおっと布団を持ち上げる。起こさないように頬だけ、いや、髪の毛だけ触らせてほしい。
狂児は、深呼吸を繰り返した。いーち、にーい、と声に出さずに数えて、12までいったら、落ち着いていてもいなくても諦めてシャワーを浴びようと決意すると、携帯が震える。
画面を見るや否や受話器のマークを押した。
「おはよう聡実くん」
「
……
な、何?」
「何って」
自分がメッセージを送ったのだ。理不尽を笑う息で回線がぼっと鳴った。こそばゆさに肩をすくめて「おはようございます」と挨拶を返す。それから「僕は今から寝るけど」
「そうなん? 朝の光浴びなあかんで。夜眠れんくなるから」
「夜寝たあかんねん」
「なんで? 夜は寝なよ」
「バイトや」
「えらいな~」
「うるさ
……
」
アホみたいな会話や。
アホみたいな上に、もう寝るとはじめに宣言している。それにもかかわらず、アホなラリーは止めがたい。授業まで少しも眠れないなら、狂児に暇をつぶしてもらった方がいいと思ったからかもしれない。狂児の声が疲れていて、そのくせ妙にテンションが高くて、そのちぐはぐな感じが面白かったからかもしれない。もしくは、
「ヤクザって早起きやな」
「せやで。まさかのおとといから起きてるし」
「めっちゃブラックや」
せやねんと、芝居がかったため息の音。
聡実は呼吸を止めた。それをゆっくり、ばれないように逃がす。
――
もしくは、彼の吐息がほしい。鼓膜を震わせる息が欲しい。電波を介してでも。「
……
聡実くん?」
「
……
、なに、」
聡実のか細い返事を聞いて、狂児は少し黙った。沈黙の間、聡実は薄暗い部屋を思い浮かべていた。未知の部屋。静かな部屋。そこでひっそり呼吸をしている狂児。
はあ、と息を吐く。
狂児がまた笑った気配がした。
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