Privatter+
Font
Serif
Sans Serif
Color
Light
Dark
auto
Font size
Large
Medium
Small
Language
Japanese
English
Sign in with Google
Sign in with ID and password
Account ID
Password
Sign in
Forgot password?
Create account
残りの夜が来た
Public
ファ。
Clear cache
プリンアラモード🍈🍮🍓
狂聡狂 2024/11/4
仕事が立て込むと一分一秒の価値が落ちる。
若頭補佐をやらせてもらっている身の上のため、若い時分のように絶え間なく降ってくる仕事をひたすら捌き続けるというよりは、通常業務に加えてトラブルが起きそうな時に手をまわすという形が多い。個別の案件はそれぞれ独自のタイムラインを持っているため、それらにあたっている間は狂児の時計と世間の時計が切り離されてしまう。そして二年の月日が流れ去っ
――
てたまるかい。二ヶ月だ。聡実くんと最後に会ってから。
今日は久しぶりの逢瀬だった。
狂児にとって狂児の二ヶ月はタバコ数箱分くらいの価値しかなかったが、狂児にとって聡実くんの二ヶ月はなにものにも代え難い二ヶ月だ。聡実くんにとっても間違いなくそうであろうが、聡実くんにとっての「狂児の」二ヶ月はどうだろうか。
――
学業やアルバイトに明け暮れる彼の二ヶ月に狂児の影が落ちていなければいい。せいぜい瞬き三回分ぐらいに思ってくれていたら。
考えながらぼんやり佇んでいると、人波のあいだに形の良い頭が見えた。その髪の毛が光に反射しているのを見るだけで、疲れの抜け切っていない四十すぎの体を何かがピリッと走り、狂児はその事実に笑い出しそうになる。「聡実くん」
頬が緩んでいるであろう自分とは対照的に、聡実くんは大体無言だ。こちらが手を挙げても、唇を横一文字にムッと結び、目だけ合わせて歩み寄ってくる。
聡実くんが遠くから両手振ってぴょんぴょん跳ねとったらめっちゃおもろいねんけどな〜と考えていると、「なにニタニタしてるんですか
……
」二ヶ月ぶりの挨拶がこれになった。
「ンフ。久しぶりやなと思って」
「そうですか?」
「うん。二ヶ月ぶりよ」
「
……
」
一瞬何か言いたげに唇が開いたが、聡実くんの腹から声が出てくることはなく、代わりに小さい鼻息が聞こえた。微笑み(聡実くんによるとニタニタ)を引っ込める努力もせずに、狂児は「ほんなら行こうか」と歩き出す。聡実くんは唇をムッとさせたままついてくる。
フルーツと生クリームがもりもりのメロンの皿が運ばれてくるのに目を見張った聡実くんは、そのてっぺんのチェリーと狂児を交互に見やり、「すご」と、短いチーズの糸を口の端にくっつけたまま言った。
「知らん? これめっちゃ有名らしいけど」
「知らん。メニューにあった?」
「裏メニューやって」
けどみんな食べてるねと言いながら、一旦チェリーを隔離して、チョコのかかった生クリームの山を削った。聡実くんの視線が追いかけてくるので、面白くなって口元までわざとゆっくりスプーンを動かす。乳脂肪が口内の体温で溶けはじめるくらいになって、彼はようやく自分の皿に視線を戻した。
「聡実くんも食べる?」
「あとでちょっと欲しい」
「ちょっとでええの? 一個食べたら?」
「一個はいらん」
焼きチーズカレーだけでは彼の胃袋に対して不十分に思えたし、彼の皿の中身が胃袋に収まる速度もそれを反映しているように見えたが、聡実くんはそう言った。狂児がオレンジの実を皮からひっぺがしているあたりで自分の皿を綺麗にしてしまった聡実くんは、使っていたスプーンをそのまま伸ばして生クリームに差し込む。彼の方にちょっと皿をずらしてやると、こちらをチラッと見て、それから視線を手元に戻して、スプーンに盛られた白いかたまりを口に運ぶ。薄い色の唇が山を壊さないように縦に開く。暗闇の中に飲み込まれて液体になったそれは、チョコレートと混ざり合い、上下する喉仏に促され、腹の底にゆっくり流れ落ちていく。
身震いしそうになりながら、狂児は尋ねた。
「美味しいやろ」
「甘い」
それは美味しいに対する返事なん? と会話を続けるには、どうも二人とも声が低く、掠れている。確かに甘い。りんごを咀嚼する顎を見られているのを感じながらメロンの果肉に歯を埋めると、中のプリンを攻略し始めた聡実くんが、「お腹空いてるんですか?」と尋ねてくる。
「なんで?」
「りんご飲み込んでないのにメロン齧ってるから」
「
……
ふ、」
漏れた笑いに抗議して、聡実くんがつま先をぶつけてくる。そこそこええ値段の革靴をもってしても、聡実くんのスニーカーの先がもたらす振動は、あっという間に狂児の爪の先から足の甲を這い、くるぶしをのぼり、膝、大腿骨、鼠蹊部、「ハハハ」
「
……
なんやねん」
キモ、と呟く聡実くんは、驚異的な速さでプリンを飲み込んでいく。聡実くんこそお腹すいてたん? と聞く代わりにつま先をつっつき返す。小さな振動に対して何かを堪えるような顔をした後、聡実くんはいっそう増す速度でガツガツと皿を空けていく。
二ヶ月は長い。
君と会えない二ヶ月は長い。
そうと知ってしまってからは耐え難いほどに長い。煙草一本分も瞬き一回分も耐えられない。一秒も離れたくない。一刻も早く触れたい。
あかんなと思いながら狂児は目尻を拭った。「ハハ、ハハハ、あ〜あ」
「
……
おかしなった?」
「うん」と狂児は頷いた。「めっちゃお腹空いててん」
「そうなんや」
と言いつつ、聡実くんは手を止めなかった。さくらんぼひとつを最後に残した段階になってから、「これ
……
」と伺いを立ててくる。「狂児さん食べますか?」
狂児は少し考え、「じゃんけんしよ」と提案した。
広告非表示プランのご案内