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溶けかけ。
2024-11-22 23:50:30
1932文字
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ほぼ日刊
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記憶が形作るもの
死んでしまったフリーナを作り直しては失うヌヴィレットの話です。
「フリーナ殿。書類が濡れてしまう。閉めたまえ」
「ああ、ごめん。つい」
フリーナは窓を閉める。それでも何かが気になって、窓辺に腰掛けて外を眺めることした。
「おいで、おいで」
「こっちだよ。きみは、ぼくらといっしょだよ」
目を閉じて、視覚情報をなくせば、より聞こえが良くなった気がしてフリーナは耳を澄ませる。雨音に交じるのはくぐもった誰かの呼び声だ。ああ、行かないと──不意に、そんなことを思った。
「こんな大雨の中、どこに行くのかね?」
ヌヴィレットに腕を掴まれる。気がつけばフリーナは窓から飛び降りようとしていた。
「──あ
……
ごめん
……
。何か声が聞こえた気がして
……
」
「声?」
「ああ。おいで、おいで、ってとても楽しそうな声が聞こえるんだ──なんて、そんなわけないのにね」
窓の外には人っ子一人いない。それなのに、どこからともなく聞こえてくる声はいったい何処からするのだろう?
フリーナはきょろきょろと辺りを見回す。声の主はどこの誰かも知らないし、今まで聞いてきた誰の声とも違うのに、泣きたくなるほど優しくて、郷愁すら感じるのだ。
「
……
気のせいではないか?」
「うーん
……
そうなのかなぁ
……
?」
首を傾げたフリーナを腕の中に閉じ込める。ふふっ、今日は甘えたい気分なのかい? と手袋をはめた手がヌヴィレットの頭を撫でた。
「いいよ。キミがそうしていたいのなら、好きなだけしているといい」
フリーナの肩口に額を押し付けて、ぐりぐりと擦り付ければ、どこまでも優しい声がすぐ耳元に降ってくる。その声は慈雨のようにヌヴィレットに染み込んでいく。
「こら。まだ勤務中なんだから、」
長い指がフリーナの背中をなぞった。彼女は悪戯好きな指を捕まえるとヌヴィレットを睨めつけた。
「──勤務時間外ならいいのかね?」
「
…………………………
勤務時間外、ならね」
フリーナを抱きかかえて、自身の上に座らせると満足そうに仕事を再会したヌヴィレットを見て、今日は寝不足かなぁ、と詮無いことが頭を過ぎった。
ごめん、明日の僕。多分、半日はベッドの上だと思う。
明るくなっていく雨空を眺めながら、ヌヴィレットは傍らに眠るフリーナの髪を一束取った。指に絡ませ口づけを落とせば、んんっ、という短い声と共に、擽ったそうに彼女が身動いだ。長かった髪をばっさりと切り落とした時は、どうしたものかと思っていたが、少し指に絡めただけで頬に触れられるショートカットも悪くない。
「
…………
」
ヌヴィレットは足音を立てないように細心の注意を払いながら窓辺へ近づくと窓を開けて手を翳す。
雨粒は龍の号令に従い、小さな水の玉のままピタリと止まると、彼の翳した掌へと吸い込まれていった。分厚い雲から光が差し込み、次第に雨雲が霧散していく。
ヌヴィレットは雨雲が完全に去るまで見送ると、窓とカーテンを隙間なくぴっちりと閉めて、フリーナの傍らへと舞い戻る。
あどけない寝顔を眺めながら、思い出すのは彼女が初めて水に戻った日のこと。ヌヴィレットの目の前でどろりと溶けたフリーナに手を伸ばす──あんな光景、もう二度と見たくない。
「ヌヴィレット
……
?」
「フリーナ?」
不意に呼ばれた声にヌヴィレットは肩を震わせる。声の主は寝ぼけ眼で彼を見つめていた。
「そんなこわいかおをしてどうかしたかい
……
?」
夢と現を行き来しているらしい彼女はとろとろと、瞼を上げては下げてを繰り返す。
「怖い顔
……
」
そんな顔をしていただろうか?
「しているよ。こんなふうにめをつりあげてね」
フリーナは自身の目尻を指で押し上げる。そのまま、パタリと仰向けに倒れると再びすやすやと眠りについた。
「君は相変わらず優しいな
……
何度作り直そうと
……
昔のままだ」
ヌヴィレットはフリーナに毛布をかけ直しながら呟いた。
水から取り出した記憶を集め、神の目を楔に、原始胎海で形作った水元素の生命体──それが彼女の正体だ。
「エゲリアは愚かではあったが、同時に胎海の水の有用性を示してくれた」
──少しばかり「脆い」のが難点だが。それも純水に触れさせなければ問題はないだろう。
「ちょうだい。ちょうだい。その子はぼくたちの」
水の塊がヌヴィレットの前に現れる。記憶の溶け込んだ水は切り離したフリーナの記憶を欲した。雨水が最後は海に戻るのと同じくらい、自然の摂理と言えるだろう。
「断る。彼女は私のものだ」
ヌヴィレットが杖を一突きすれば、水の塊が断末魔の叫びを上げながら弾けて消える。
「二度と、君をあれらに奪わせるような真似はしない」
彼はフリーナを抱き上げると首筋にキスを落とした。
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