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残りの夜が来た
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スラダン
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孤独に肥やしもクソもない
インハイに行けなかった陵南の話
初出・同人誌(個人)「孤独に肥やしもクソもない」2015
こんなはずではなかったので、越野は夏休みを持て余していた。
こんなはずではなかった日々は当たり前のように部活で塗りつぶされているので、暇というわけではなかった。だが、それを当たり前と思える物分かりの良さなど欠片も持ち合わせていなかったことを、越野は十六歳にして初めて知った。魚住さんも池上さんも大概大人だ。そしてちょっと薄情者だ。なんて。
予選に向けて試合中心になっていたメニューはとっくに基礎中心に戻っており、夏休みだからといってそれは変わらなかった。陵南名物の砂浜ランもほぼ毎朝行われていた。最近は朝から夏全開の気温だが、夜だとカップルがいるからこれでいいのだと言い聞かせながら、陵南生はきちんと早起きしている。というわけで明日も早い。だから越野も早く寝たほうがいい。
分かってる。分かってるけどさ。頭で分かっていることと身体が連動すれば俺は今頃スター選手だよ。
居間から動く気になれず、それどころかソファから起き上がる気にすらなれない越野は、うつ伏せに寝そべったままテーブルに手を伸ばした。本当はテレビのチャンネルを変えたかったのだが、指先にぶつかったのはクーラーのリモコンだった。ただそれだけの理由で温度を下げると、案の定姉に蹴飛ばされた。
「寒いっていってんじゃん!」
「うるせえなあ」
「戻して」
「服着ればいいだろ」
「あんたが部屋行けっつうの」
「お前こそ爪塗んなら部屋でやれよ臭いんだよ」
「階段とかやなの! リスク減らしたいの! あーうるさ、やっぱお店でやればよかった」
高校まではバリバリのテニス部で、ショートカットとそのたくましい体躯ゆえに越野、宏明のほう、と間違われることもザラだった姉は、大学に入った途端髪を伸ばし、日焼けや右だけ太い腕を気にし始め、あまつさえ爪まで塗る始末だった。こいつのような人間のせいで陵南生は夜に海辺を走れないのだ。謝罪してほしいが、一本塗る度にため息をつく姉からは、そんな気配は一欠片も見いだせなかった。
「そんなん誰も見てねえよ」
「はあ?
…
なに宏明機嫌悪いの、うっざ」
「機嫌悪いのおまッ」
後頭部に衝撃をくらい、舌を噛むところだった越野はやっと身体を起こした。風呂あがりの母親から出てくる言葉は四つのうちどれかだ。①うるさい、②喧嘩するなら上でやりなさい、③お姉ちゃんのことお前っていうのやめなさい、④宿題やりなさい、さて。
「うるさい、喧嘩するなら上でやんなさい! あと宏明はお姉ちゃんのことお前っていうのやめなさい! あんた宿題は? 」
全部かよ、すげえ。
しぶしぶ起き上がると、空いたスペースにすかさず母親のでかい尻が割り込んできた。さらに、言うに事欠いて「その色かわいいじゃない。こないだ買ったやつ? 」
「
……
」
「いいでしょ? お母さんも塗る? 」
「どうかなあ~お母さんだと派手じゃない? 」
「足ならいいんじゃない? 」
分かってる。分かってるけどさ。こんなんばっかだ。人の気も知らないで。
先輩たちが引退して最上級生になってしまった越野の代だが、強制的に区切りが付いたからといって、劇的に変わること、例えば、身体能力が急激に向上する、などということはなかった。彦一は相変わらず途中のコンビニに吐きに抜けるし、越野もこの後どうして基礎練などできようかと思いながら、虚脱状態で頭から水を浴びている。言うまでもなく結果的にはするのだが、ゲームのように点数がつくわけではない、目に見えるものが何もない基礎練は、やんわりと越野を焦燥させていた。自分らを負かした赤いやつらが、自分をひょいと飛び越えていったことなどを思うとなおさら。
ひねりっぱなしの水道から出てくる水はやっと冷たくなってきたが、後頭部から髪の毛ごしに頬を伝うほうはまだぬるく、なんとなく粘り気があるような気がした。汗なのか潮なのか、どっちにしろ気持ち悪い。カッコつけて伸ばしてしまった髪の毛が悪いのかもしれない。
植草楽そうだよなあ、坊主にしようかなあと考えていると、脇腹を小突かれた。「わ」
「いつまで水浴びてんの」
「
……
」
あった、ひとつ。劇的に変わったものはひとつあった。仙道の遅刻癖の改善だ。
仙道が浜ランするなど数カ月前には半ばギャグだったが、茂一がメニューを言い渡した翌日から、仙道は奇跡のように明け方の海に現れた。走りながら大あくびをしていることもあるけれど、決して先頭を切って走るわけではないけれど、つんつん頭はとりあえず現れた。彦一は仙道さんにも自覚が
…
! などと涙ぐんでおり、いやこれ普通だから、今までが異常だから、とつっこまれてもノートにペンを走らせることをやめなかった。一体何と書いているのか知らないが、それが役に立つのは仙道がプロにでもなったときだろう。青春の一ページに過ぎない些細な変化だ。
「ヨユーだなお前」
「余裕じゃないけど」
仙道は、水浴びると髪の毛上げてきた意味なくなるんだよねとほざいた。汗で平気なら平気なのではと思うが、そういうわけでもないらしい。というか、そういうことを抜かすこと自体が余裕の現れなのだと越野は内心憤慨したが、憤慨する理由もないと思い直し、それから確かにこのまま水を浴び続けていたら溺れ死ぬ気がしてきて、ようやく蛇口に手を伸ばす決心がついた。
「うわ、まだしょっぱい」
「あきらめなよ」
「
……
」
なにを?
と思ったが、自分にもその答えはわからない。何を考えているんだろうというぼんやりとした疑問と、そんなことを考えさせた仙道へのいらだちをすりつぶすように、スポーツタオルでことさら頭皮を擦った。
「俺坊主にしようかなあ」
「えー、やめなよ、山王みたいじゃん」
「強そうでいいだろ」
仙道はハッハッハと笑った。
そうだよな。笑うとこだよここは。
やっぱり盆も練習をすると言い出しかねないくらいメラメラの茂一だったが、さすがに指導者、そこは予定通りきちんと休みとなった。
明日から休みとなるといつもよりも体力が余っている気がするから不思議だ。だが、羽目を外すことのないように、絶対にないように、のあとの、仙道宅で酒盛りなんかしたらお前ら全員レギュラーから外すからそのつもりで、という注意は余計だったと思う。結果、里帰りすると思われていた仙道の行動予定が露呈したかたちになった。
「仙道、こっちいんの?」
「いるよ」
「なんで?」
「オヤジとオフクロ、ばーちゃんちにいってんの、すでに」
追っかけるのも面倒だし~、と仙道は当たり前のように言った。「
……
でも、来んなよ」
「なんで~! しないよ酒盛り」
「すんだろ」
「しねーって! 」
「しないならうちでやることなんかないだろ」
「宿題しよ! 宿題、なッ越野」
「
…
絶対しないだろ」
ロッカーに溜め込んでいた辞書のうちどれを持ち帰るべきか吟味していたので、越野は植草を見ずに答えた。「なあ、古典ってなんかあったっけ、宿題」
「ドリルみたいなの
…
え~、なんだよ越野つまんねえな」
「フラれて休みが暇になっちゃった植草さん、急に絡まないでくれます? 」
「
……
」
途端にしおれてしまった植草の背中を福田がポンポン叩いている。弱者には格別に優しいのが福田というやつだ。その行為によっていっそうカースト下位に下ってしまった植草は、「俺さあ
…
ワタナベとやるつもりで花火とか買っちゃってたの
…
」と苦みばしった顔で暴露した。イイね、渋いね。哀れだけど。
「福田でいい! やろういっしょに」
「俺はばーちゃんちに行く
…
」
「なっ
…
」
哀れ。
最近別れた彼女というものがいないというだけで植草と全く変わらない地位にいる越野だったが、同類視されないうちに話題を変えようと思った。「じゃー、今日一学期の打ち上げしよ。福田も今日ならいんでしょ」
「うん」
「どこで? 」
「え~、
…
カラオケ
…
? 」
「金ねえよ」
「仙道んち」
「はあ? やだって
……
」
ぼやく仙道からは本気で嫌がる気配を感じ取れず、このままなし崩しに宴になだれ込むのは目に見えていた。
俺家から花火持ってきていい、それは捨てろ、いや火葬にさせて、というどうでもいいガヤをBGMに、部室の扉は盆明けまで閉ざされる。
インターハイに行っていたとしても盆は元々休みだったから、どちらにせよこうなったに違いない。違いなかったが、長い鍵当番に当たってしまった越野は、どうしてかその鍵をものすごく重いものに感じてしまった。
茂一の言いつけが守られたかどうかはさておき、福田がやはり今日中に家に戻らなければならないというので、ささやかな打ち上げは健全な時刻に解散となった。植草の花火は成仏できないまま仙道家に置き去りにされ、捨てとくからな、いや捨てるな、の押し問答を最後の記憶として、越野は自宅でいつもの時間に目を覚ました。いつもの時間とは、浜ランに間に合う時刻だ。三時。
福田のように祖父母が遠方にいるわけではなく、植草のように誰かと部活で会えない時間を埋めなければいけない(否、いけなかった)わけでもない越野は、三秒だけ布団の中で逡巡した。冬だったらそのまま眠りにつけたが、とっくにタイマーの切れたクーラーはしんとしており、熱風をかき回すだけの扇風機だけではベットに寝そべっているのも苦痛だった。ジャンクフードを詰め込んだ割には腹も鳴っていた。習慣とは恐ろしいものだ。大学に入ったら新聞配達ができる。
あきらめて身体を起こし、びしょびしょのTシャツを脱ぎながら階段を降りた。途中脱衣カゴにそれを放り投げ、顔を洗ってから台所をのぞく。母親にも習慣が付いてしまったのか、炊飯器はの液晶は保温の色に光っている。冷蔵庫から牛乳を取り出してパックから直接飲みくだし、炊きあがってからまだ数十分の米を、茄子とピーマンの味噌炒めの残りと共にかきこむ。もう一度牛乳を飲む。歯を磨く。服を着る。
「クソ」
こんなはずではなかったのに。
ママチャリにまたがってもまだ何が自分を突き動かすのかわからず、越野はそのことにもいらだっていた。少しくらい休んだほうが筋肉も付くのに。鍵の重さのせいだろうか。暇な自分が悪い? 薄暗い海には既にサーファーがぷかぷかと漂っていて、俺にもああいう趣味があったらよかったのかなと思う。今からでも遅くはないはずだ。あの牧は、やっているっていうし。でも。
海への階段、ではなく、その脇の細い坂を自転車のまま下った越野は、その愛車を浜辺に投げ捨てるように浜に降りた。バッシュにまとわりつく砂をを蹴散らしながらストレッチをする。そこかしこに花火の残骸が落ちている。
「あ~、クソ」
毎度毎度のことだ。
分かってる。毎度毎度のことだ。こんなはずもクソもない。でももクソもない。
去年だってそうだった。夏はこういうものなのだ。姉ちゃんが急に色気づいたって、先輩たちがあっさり引退したって、仙道が突如朝から顔を出し始めたって何を打ち上げたのかわからない打ち上げなんかをしたって、変わらないものは変わらないのだ。越野の身体能力が劇的に変化しないように。一人でこうして走っても何も変わらないように。それでもこうせずにはいられないように。
ああ嫌だ。いやだいやだいやだいやだ。
俺は別に走りたいんじゃない。勝ちたかった。
勝ちたかったんだ。
単調な波の音と一人分の足音は変な思考ばかりを呼び起こす。どうせだったら音楽でも聴きながら走ればよかったと思うが、江ノ島まで行って戻っての間にイヤホンごと溶けてしまうとも思う。いいんだ。これで。夏はこういうものなのだ。はっ、はっ、はっ、はっ
……
「アゴあがってる」
「うわッ」
背後からの声に半身をひねった越野は前につんのめり、体勢を立て直すまでに十歩近くを要した。ぐらぐらに揺れる紫の視界のうちに見覚えのあるバッシュが映り込み、いや、声で分かってたけど、だから驚いたんだけど。
「せんど」
「アゴ」
アゴどころじゃねえよと思うが、越野は素直に首筋を伸ばした。上がっていた息をコントロールしながら前を見る。江ノ島はまだまだ遠い。
「
…
っ暇かよ」
「
…
越野こそ」
「
…
暇だよっ」
「
…
蝉がいてさ」
「
…
は? 」
「明るいし、毎日」
「
……
」
「目、覚める、こんなんじゃ」
微妙に歩幅の合わない仙道の足音は初めこそ越野のリズムを崩したが、そこは波の音がうまい具合に二つをミックスしてくれた。名DJ、ありがたい。はっ、はっ、ざっ、ざっ、
ざっ、
「
…
だよな」
そうだよ。
やっぱこんなはずじゃなかったしな。
仙道の打ったシュートをぼんやり眺めながら、越野は床に寝そべっている。
勝手に開けた体育館は死ぬほど蒸し暑かったが、静寂のせいか単に人数の問題なのか、いつもよりは息がしやすい。それでも一対一だけでは三時間も続かなかった。これで仙道が余裕だったら越野は立ち上がってまだ勝負を仕掛けていただろうが、先ほどのボールが案の定リングに弾かれたので、やっぱり休憩でいいやと思い直した。いや、嘘。本当に無理。
「ぶー」
「あれ
…
」
転がってくるボールをそのままにしておくと股間に当たりそうだったので、越野はなんとか半身を起こして軌道を変えた。返してやろうかと思ったが仙道は既に別のを手にしていたので、そのまま抱え、また横になる。
「越野じゃま」
「お前さ、暇なら植草と遊んでやれよ」
「何して」
「
…
花火」
「やだよ、なんかあれ呪われそうじゃん」
「そんな力もなさそう」
また外れた。
「お前どうしたの、スランプ」
「越野がじゃまなんだって、どいてよ」
嘘をつけ。ホントは床に誰が落ちてたってお構いなしに打つくせに。
越野は肘から先だけ持ち上げて、指先でボールをしゅるしゅる回した。オレンジのブツブツが消えていくのを近景に、明かりの点かないライトを遠景に、しつこく打ち続けられるシュートを聴く。全然入らないのは仙道も疲れているからだろうか。そう思いたいが、それでもへばっている自分よりはまだ彼のほうがスタミナがあるのは事実だ。三井のことをちっとも笑えない。もっと走らないといけない。分かってる。
…
分かってるよ。
「越野が遊んでやれば」
「俺忙しい」
「さっき暇って」
「ワタナベの代わりなんかイヤッ」
「ワタナベって何組? 俺知ってる? 」
「一応言っとくけど、ワタナベにちょっかい出すなよな、お前
…
」
「なんもしねーっての
…
あ~も~、だめだ、疲れた」
ドスンという雑な音。仙道も座り込んだ。ボールがてんてんと弾み終わった後は、窓の外の蝉の声だけが響く。
「蝉、夜中も鳴いてるよな」
「寝てるから知らん」
「そうなの? 俺んちすごい聞こえんだよ、そう、今朝なんか網戸にくっついてて」
「うわあ
…
蝉哀れ」
「なんで」
「そこには仙道しかいないのに
…
」
「俺のほうが可哀想だろ」
「ていうかまさかお前毎朝それで」
「
…
なにが」
…
いや。
「ハラ減ったなあ。仙道なんか持ってきてねえの」
「なんも。越野は」
「今日はない
…
昨日おにぎり頼んでない」
「休みだしなあ」
指先を滑り落ちたボールは床で二、三度跳ね、そのままどこかへ転がっていった。目を閉じて腕を下ろす。寝ているだけなのに溢れ出す汗がもったいないような気がしたが、やっぱりしばらく動けない。仕方なく蝉に苦しめられる仙道を想像する。
思ったよりもおかしかったが、蝉に感謝しなければならないような気分になりかけた自分にげんなりし、越野の口からは笑いではなくため息が出てきた。それでもいらだちが薄まりかけていて、その事実にもげんなりしていた。
走らなければいけないのは仙道じゃなくて俺なんだけど。
分かってる。分かってるよ。
彦一が毎日世話になっている礼に、越野と仙道は件のコンビニで大量のおにぎりを買い込んだ。棚をスカスカにされた店員はこれから観光客がくるのにという顔をしていたが、夏休みにわざわざ激混みの江ノ島に遊びに来る人達は、コンビニにおにぎりがなくたって困りはしないだろう。自転車を乗り捨てた階段に腰掛けようとすると、既にコンクリートはアツアツに熱されていた。まだ九時なのに。もう九時か。
「何で仙道丸いのばっか買うの」
「うまく剥くの面倒だから」
「はあ~? 不器用か」
「いや、それ絶対端に残るじゃん」
「残んねえよ」
ほら、と見せながらひっぱったフィルムの角には見事にちぎれた海苔が残ったが、仙道も越野も何も言わなかった。どうでもいい。
空調の効いたコンビニから炎天下に連れ出されたおにぎり達は急激に生ぬるくなっており、最後に手にとったいくらの粒に至っては表面が白くなっていた気さえするが、越野はこれがカロリーでありさえすれば何でもよかった。最後の一口を牛乳で流し込むのを見た仙道に何か言いたげな顔をされるが、彼はやっぱり何も言わなかった。どうでもいいのだろう。
「あー、暑」
「越野午後どうすんの」
「
…
お前は」
「越野練習すんなら俺もしようかな」
「マジで暇なの」
「
…
暇だよ」
「釣りとか」
「暑い。死ぬ」
「一緒だろ」
「釣りは楽しみたい」
「んだよそれ」
仙道がいたら休みの日にわざわざ練習する意味ないんだけど、と思ったが、思った直後に、はてそれは一体どうしてだ、と疑問を持ってしまった越野は、それ以上考えを深めることができなかった。どうでもよく、はなかったが、暑すぎた。
「俺んち姉ちゃんがうっさくてさあ」
「へえ」
「練習終わったら仙道んちで宿題させて」
「
……
だから、やだって」
「何でお前そこ頑ななの? 別に昨日だって、まあ綺麗な部屋ではなかったけど」
「家に人来るとさあ、夜寂しいんだよ」
急激に増えていく薄着の女の子達をぼんやり眺めていたところだったのに、越野はその言葉に思わず視線を真横に向けた。
仙道は特段笑いもせず照れもせず、普通の顔をして海か女の子を眺めている。
「
…
なにそれ」
「なにそれってなにが」
「女の子かお前」
「越野女の子知らないだろ、何知識だよ」
「え~、そうなの、そうなんだ。仙道くん寂しいか」
「
…
一人暮らしして泣け、越野は」
「俺は泣かないけど~、な~んだ。じゃあ植草もよぼ」
「何でだよ」
「暇なんだろどうせ。夜までいるから。そんで花火しちゃう。そんで帰る」
「だ~から、やめろって
……
」
すぐにでも連絡しようと思ったが、携帯は体育館に置きっぱなしだった。
そうでなくても暑いし眩しいしで、もうこれ以上ここにはいたくない。立ち上がるとハーフパンツから砂利が落ちて膝の裏にくっついたが、越野はそれよりも、海風と汗で固まってしまっている前髪が目にかかるのが気になった。ゴミを持っていない右手でくくって抑えて歩くが、やっぱりじゃまで仕方がない。
「やっぱ坊主にしようかなあ」
「やめとけって」
「なんで」
「数少ないファンが減る」
こういうとき手がふさがっているのも困る。蹴飛ばそうとするのをひょいと避けた仙道は、こちらを追い越してさっさと階段を登り切った。
分かってる。分かってるよ。
それでもだ。
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