※ この作品は無断転載禁止AI学習禁止です(こゆ)
いっこちがいのおいかけっこ
シャチは逃げる様にして、割り当てられた部屋に入った。こんなことしても、追いかけて来てるやつも同室なので意味はない。
でも、今顔を見られたくはなくて。
部屋に戻る途中でサングラスを落としたから。この無防備な顔をあの眼で覗かれたくないと、シャチは頑なに下を向いたまま走った。
追いかけてきたペンギンは、閉められる扉をすんでのところで止めた。シャチは一瞬で閉めることを諦めて、直ぐに無言で手を引く。ここで暴れても意味はない。逃げ出したいけど、逃げる場所もない。
部屋の奥に進み、壁に追い詰められて、下を向く。ほんの少しだけペンギンの方が高い背丈が、今日はやけにその差を感じる。
「シャチ、こっち見て」
「
……」
ペンギンの手が肩に触れるが、シャチは腕で顔を隠したまま黙っている。結ばれた唇だけが見えた。ペンギンは吸い寄せられるようにして、身体を乗り出す。
「顔上げねーとキスすんぞ」
シャチは息を飲んだ。唇が僅かに開き、そして閉じた。腕は震えている。ペンギンはその腕を引いて、その頑なな唇に口付けた。
押し付けて、離れる。反射の様に開いた唇に、舌を捻じ込んだ。
「っ
……ン」
腕が外れて、そのままシャチの肩を掴んだ。反対の手は手首を捕まえて、そのまま壁に寄りかかっていたシャチはずずっと床に座り込む。ジタバタと捩り逃げようとする身体を押さえつけて、好きに咥内を舐め回した。
「っ
……っ
……は、んっ
……」
「
……ふっ、」
唇を離しても、直ぐに塞ぎ直す。繰り返すと次第に抵抗は消えた。水音と、衣擦れの音。最後に舌を吸って、解放する。シャチの身体はくたりと力を無くして、大きく胸を上下させていた。
のぼせ上がった赤い顔に、汗で前髪が張り付いている。瞳が涙で揺れていて、それを見てシャチはいくつになっても泣き虫だな、とペンギンは思った。
やってしまったと、その感情の方が後から来た。もっと大事にできた筈なのに。シャチは顔を背けて、黙ったままだ。
「シャチ、ごめ
——」
「謝んな」
反射の様な早さだった。
さっきまで、逃げる回っていたのはシャチの方なのに。続けて謝んな
……と、シャチはペンギンの身体の下で丸まって、啜り泣くような声音で言った。
「シャチ」
シャチの涙がほろと溢れて、鼻梁を伝い、冷たい床に落ちた。この涙を止める術を、ペンギンは持たない。掴んだままだった手首をゆっくりと離すと、シャチはやっと自分の手首で涙を拭った。
「ペンギンは俺じゃないやつにしなよ」
それは、押し返すには説得力にやや欠けるとペンギンは感じた。
「もう、俺じゃなくてもいいだろ」
続けて放たれる言葉に、何を今更、と思った。
ペンギンはシャチの顎に触れ、強引に顔を上げさせた。濡れた瞳の美しさに、感動と同時に憐れみさえ浮かぶ。
「俺しか見えてないペンギンが怖い」
何ひとつ恐れることなど無いような声音で、真っ直ぐペンギンを見据えてシャチは言った。
「俺といたらペンギンおかしくなっちゃう」
「とっくにおかしいんだよ。俺も、
……シャチも」
それこそ、今更な話だ。
「シャチこそ、いい加減に腹を括れよ」
ペンギンは涙で濡れたシャチの顔を撫で、抱きとめた腕に力を込める。
シャチの揺らめく瞳に映るのは、ペンギンの苛烈な瞳。決して消えない、燃えるような執着の色。
それでも、シャチは抵抗したかった。
だって、そんなのだめだから。
世界で一番、普通に幸せになって欲しい相手だから。
「
……離せってば」
「おれは離すつもりないから、一生。諦めろ」
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.