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残りの夜が来た
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スラダン
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あなたも人の子
藤真と南
初出・Webサイト「苦行クラブ」2014年
豊玉と湘北の試合の様子は知らないのだが、豊玉敗退の話はすぐに伝わってきた。両目を閉じてフリースローを決めたとかいう一年坊主には嫉妬を通り越して笑いが出たが、両目。なぜ。と考え、すぐにあああいつがエースかと思い至る。あの中から選ばれたのか。
何に?
と考えてから、赤いユニフォームの上に乗ったエースの顔を思い出そうとしたが、なぜかうまく像を結ばなかった。それが今年の夏の最後の記憶だ。その後は練習練習練習練習、以上。
他は知らないが、俺は国体ではなくその後に照準を絞っていたから、秋の本戦も予行演習以外の何物でもなかった。客席の後ろにもたれて他県の試合をぼんやり見ながらそんなことを言い、それから自分らのいぬ間に伊藤がどれくらい成長するかだけが楽しみだと続け、牧に翔陽はすごいなだかなんだか、そんなセレブリティで呑気な言葉を返されていたときだった。「あ」
目をやると知った顔があった。否、知っているどころではないのだが。
南は湘北バリにガラの悪い豊玉の連中と共にいたが、俺のことを見て硬直しているのは南だけだった。そんなもんだろう。こちらだって、牧は硬直なんてしていない。というか、奴が彼らを大阪チームと認識しているかどうかすら怪しい。
過去の偏重ぶりは影を潜めたとはいえ、大阪はやはり豊玉からも国体選手を選出していたから、こうして鉢合わせる機会は想定されたし、去年までもないわけではなかった。いつもなんということはなかった。あちらはこちらを無視するし、こちらもあちらを無視する。あれが事故だったというのならばそれでいいはずだった。建前上は。
だから、南がなにか言いたげにこちらを見ていることに対して、俺はこれまでにないくらい苛立ちを覚えていた。そもそもなにか言いたげにこちらを見ているような奴のうち、許せるのは倒した後のスライムくらいだ。南はいじらしいスライムではないから、俺は通例通り彼を無視していた。ブザーとともに勝敗が確定し、観客の7割位が立ち上がり席を移動し始める。混雑から逃れるために壁際に寄ろうとする牧を横目で見ても、俺はまだ動かずに彼を無視することに全力を注いでいた。大阪との連中が俺達の前を通りすぎようとしていてもまだ。このまま終わればそれでいいはずなのに、
「今日試合あらへんの」
「
……
」
後ろに下がった牧は視界から消えていて、豊玉の連中もごった返す人混みに紛れている。南は表情筋をほとんど動かさずにボソリと言ったから、その言葉だって雑踏に踏み潰されていいはずだった。それなのに俺の耳はそれをしっかり拾う。ついでに、驚愕の表情を作るために筋肉が勝手に動こうとしている。押しとどめながら「ああ」と母音だけの適当極まりない返事をして、それで南の気が済むことを祈っている。お前のチームメイト、もうどっか行っただろ。お前も行けよ。
俺が先に動くのは嫌だった。
エースキラーが人の子だったという話も、俺は知っている。練習練習練習練習で終わった夏の間、湘北エースの顔がついぞ像を結ばなかったのは、エースキラーを人の子たらしめた1年坊の存在を恐れているからかもしれないという推測も、しなかったわけではない。
くだらない。だからなんだ。何がエースキラーだ。そんなのは周りが面白がって言っているだけで、結果としては点数やファウル数、そういった数字以外には勝ち負けしか残らないのだ。俺はこの3年、ずっと自分にそう言い聞かせてきた。それくらい俺は南が せなかった。
ああそうか。やっぱり。
「神奈川、次いつ?」
「明日の午後」
「
…
そう」
やっぱり、俺は南を、 せないのだった。俺に肘鉄したくらいでエースキラーなんかになってしまった南を。いや。違うのかもしれない。本当はこんなふうに、憑き物が落ちたような顔をしている南を せないのかもしれない。いや、本当の本当は、彼をエースキラーにしてしまった藤真健
くだらない。だからなんだ。
俺には間違っても謝ったりするなよという強い気持ちで南を見る。
南は俺の気持ちを汲み取ってくれただろうか。この気持ちをわかってほしい人間は世界に南だけだったし、また、わかってくれるであろう人間も世界に南だけだった。それはもう、ほとんど祈りの域。謝ったりするなよ。赦させるなよ。俺に。
「
……
、」
「南~!何しとんねん」
応援席に座っていた保護者らしき団体から1つ飛び出たもじゃもじゃ頭が南を探していた。外聞を気にしないでかい声は天からの救いの手だった。南は開きかけた口を閉じ、ほとんど首を動かさない会釈をして去っていく。奥歯をかみしめていたことに気づいて、ため息が出る。
対戦表に目を落としている牧は、俺と南のやりとりを見ても聞いていなかったように思われた。もうひとつの救いの手に感謝しながら、俺は数秒前までのことを全て忘れて、水に流すのではなく丁寧に埋め立てて、自分も壁際に近づく。「鳥取県って何地方だっけ」とかなんとか言いながら髪に埋まった傷跡をなぞる。大丈夫。ちゃんとある。
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