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残りの夜が来た
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スラダン
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正しい冬の過ごし方
南と岸本
初出・Webサイト「苦行クラブ」2014年
バスケを辞めた冬はやることがなかった。いや、無いことはなかったが、最優先の受験勉強はすっかり日常に組み込まれていて、さて休憩、という時にやることがなかった。コタツでみかんを食べるくらいしか。
成人の日は冗談みたいに冷えていた。大阪のみならず全国でこの冬何度目かの雪が降っていたが、大騒ぎするテレビが言及するのが東京ばかりで、これやからキー局はあかんと母親が忌々しげにチャンネルを変える。初めから好きなチャンネルにしておけと思うが、彼女には韓流ドラマを待つという使命があるのでそうも行かないのだった。
「あんた、いつまでダラダラしてんの」
「雪止むまで」
「なに寝ぼけたこと。共通一次もうすぐやろ」
「センターな」
烈はいつこんな可愛げのない子になってしもたんや、とお決まりの嘆き文句を吐いた母親は、ピーピー鳴いている洗濯機の元へ向かった。受験生でなければ冷たい洗濯物の世話はきっと俺がやらされていただろうから、母と受験には感謝している。
母親が変えたチャンネルを再びバチバチと変えながら、俺はただぼんやりとしていた。豊玉はウインターカップに行けなかったのに、というかそれも既に終わっているのに、岸本は正月も部活に行っていたらしい。彼もまごうことなき受験生だったはずだが、きっと今日あたりも雪の中体育館へ向かっているに違いなかった。アホか。
妄想の中の岸本に突っ込んでいると、突如として窓が鳴った。
雪が落ちてきたのかと思い目をやるが、さすがにそこまでは積もっていないように見えた。立ち上がるのが億劫なのでそのままテレビに視線を戻すと、再び鳴る。
俺はのろのろとコタツから這い出て窓のそばに立った。もう一度鳴ると思った瞬間、塀の外から飛んできた雪玉が網戸にぶつかって弾けた。
「ガキみたいなことすんなや」
窓を開けるのが嫌で、聞こえないとわかっていても部屋の中から大声を出す。勘違いした母親が「何か言った!?」と叫ぶ、その間にも雪玉はさらに弾けた。これ以上やられると二人仲良く網戸を張り替えることになる。諦めて外に出ると、案の定岸本がせっせと雪玉をこしらえていた。
「何しとんねん、人んちに」
「暇や思って」
「誰が」
「南が」
「暇ちゃうわ!センター来週やで」
母親と同じことを言いながら岸本に習って雪玉を作ろうとしたが、手袋なしの作業はなかなかに厳しいものがあり、早々に投げ出した。代わりに足で新雪を踏み固めながら「暇なんお前やろ」と言うと、岸本は滅相もないという声で「暇ちゃうわ」と答えた。「俺もセンター来週」
「全国みんなそうや。帰って勉強せえよ」
「けどなあ」
岸本は作った雪玉を、今度は南家の窓ではなく、向かいの家の柿の木に向かって投げた。小さいころよくいたずらをしておやじにどやされた家の木だ。「あ」
嫌な予感はしたが、その予感通り、木に積もった雪がドサドサと大きな音を立てて落ちてきた。何事もなかったように立ち去る岸本を同じような速度で追いかけ、曲がり角でダッシュする。
50メートルをヨタヨタ走って爆笑している岸本をどつきながら、俺は、あたりに人っ子一人いないことに妙に感心していた。まだ雪は降り続いているので雪かきに精を出す人間はおらず、普段雪の降らないこの町では車で出かける猛者もおらず、来週センター試験の受験生はラストスパート、それ以外も冬休みの宿題にヒイヒイ言っているのか、音のしない白い道路には、暇を持て余した岸本と俺しかいなかった。
「みんなアホやな。せっかくこんなんやのに」
「アホはお前や。雪なんか先週も降ったやろ」
「先週のはアカンねん。ぼた雪やから」
積もらんし、びしょびしょやし、と、岸本は歌うように言った。彼の蹴散らす雪は確かに、昔行ったことのある札幌のスキー場のようにサラサラで、一度地面に落ちたのに、まだ空気中を舞うことができる。「ほれ」
サラサラの雪を何度も蹴り上げる岸本は確かに暇なのだ、と南は思った。体育館に行っても行かなくても、来週はセンター試験でも、暇なのだ。今だけは。
同じように暇な俺は、先ほど諦めた雪玉を作るためにもう一度雪を掬った。素手から伝わる体温で溶ける雪をギュウギュウ押し固めると、小さい玉ができた。放らずに弄んでいると、玉はいっそう小さくなり、ジンジンしていた指先は雪と同じ温度になった。今だけは同じように暇だけれど、俺の方はもしかしたら一生こうして暇なのかもしれない。そう思うと、はやくそれに慣れておいたほうがいいような気がしていた。
「体育館開いとるやろか」
「さあ
…
」
「行ってみようや」
「行かへんよ」
答えると同時に、小石ほどになった雪玉を岸本の肩に向かって投げた。ギチギチになった玉はダウンに当たり、砕けずに跳ね返って落ちた。それを見届けて、身体を半分元来た方に向ける。綿入れのまま出てきた割には寒さを感じなかったが、便宜上「寒っ」と言ってから、「帰る」と続けた。
「向かいのオヤジにどやされるで」
「みのりくんがやりましたって教えといたるわ」
「黙秘」
言いながら雑な雪玉をこしらえた岸本は、俺の目の前の家の屋根に向かって投げた。三投目で端の雪が落ち始め、二階の窓の上の小さい屋根に落ちた。ほどなく起きるだろう雪崩を待ちながら、俺はしばらくそれを眺めていた。はやく慣れなければいけないけれど、それでも俺は一生暇だから、岸本が暇になったときくらいは、こうして遊んでやらなければならないような気もしていた。
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