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残りの夜が来た
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スラダン
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田岡茂一は夢を描く
茂一高校生の超捏造。オリキャラが核の話なので注意
初出・Webサイト「苦行クラブ」2014年
練習最後に走り込みなんて鬼の所業か、と思ってから既に1ヶ月も経過しているというのに、貧相な田岡の身体は未だにこの負荷に耐えかねていた。早く体育館に戻らないとどやされるのはわかっているが足は一歩も動かない。どうしたものかと冷静に考える自分、がいる、ということをぼんやりと観察しながら、未だに頭を垂れて背中で呼吸をしている。その背中を叩かれ、冷静な方の自分が「ああスズキは余裕なのだな」と考える。
「おい、大丈夫?」
「
……
」
先に戻れと目で促すつもりだったが、膝に手をつきながら持ち上げた視線は、馬鹿でかいスズキの目の高さまで届かない。その事実が悔しく、田岡は息を止めて上体を起こした。
「お」
「
…
クソ~
…
」
「いよっ、日本男児」
茶化す声に笑いも作れなかったが、スズキの声があったから田岡が毎日体育館まで戻れていたのは紛れもない事実だ。
競技人口の少ないバスケットボールを始めたことや、その割にあまりにも厳しい練習に対しての後悔はなかったが、自分がもっと恵まれた体格だったら、自分にもっと才能があったら、という悔しさはある。バスケ部があるという理由で入学した高校で、田岡は未だにその他大勢の一員だ。
一方スズキは違った。まず、恵まれた身体をもっていた。1年生の時点で184センチ、しかもまだ伸びているらしい。何を食ったら
…
と問うのがバカバカしいことに、彼はアメリカからの帰国子女でもあった。「肉を食ったらこうなる」と眉を上げ、スズキはいけしゃあしゃあと言ったものだ。
アメリカ仕込みという期待を裏切らず、スズキのバスケットは年季が違った。大きな手によるハンドリングはもともとボールを持って生まれてきたかのよう、戯れる猫のように上級生の合間をぬいリングに向かって跳躍する姿はいっそ爽快だった。
スズキが野球部でもアメフト部でも柔道部でもなくバスケ部にいるという事実は、間違いなく部員全員の精神的支柱だった。学年を重視する顧問の方針で総体予選には出られなかったけれど、来年にはきっとスズキを全県、いや全国が知るだろうなんて、他人任せな夢を描いたものだ。同級生の田岡は彼と共にコートに立つ絵を描き、その絵のために激しい練習に食らいついていた。
そのスズキが部活を辞めると言ったのは、総体予選で敗退し、部員の意識が冬の選抜に向けてリセットされてから数ヶ月後、まだ残暑厳しい折の事だ。
文化祭のためにベニヤの看板を取り付けている最中だった。田岡はスズキの言葉の内容をよく理解できず、どういった趣旨の冗談なのかを見極めるためにスズキの顔を見上げた。入部から身長を8cm伸ばした田岡だが、彼にはまだ全く届かない。
「なに?」
「辞めるんだ」
「つまらん冗談
…
」
「本当だよ。
…
いやすまん、本当はもう辞めた」
「
……
」
上げた腕に隠れてスズキの表情は見えない。外国人のように表情豊かなスズキがどのような顔をしているのかわからないというのはある種の恐怖だったが、ある種のハードルが外されている感覚もあった。
「
…
なんで?」
「俺根性ないんだ」
「はあ?お前、練習余裕じゃないか」
「うーん」
あっちと比べるのもバカみたいで嫌だけど、とスズキは前置きした。
「俺、バスケ好きなんだよ。そこそこでかいしな。でも、アメリカでやってたのって、ストリートバスケなんだ」
「
……
」
「ストリートってさ、そこにいるやつで適当にチームを組んでゲームするんだ。うまいやつも下手なやつも女の子も子供もいるけど、それでゲームにするんだ。
…
俺多分、そういうかんじが好きなんだよ」
「
……
」
言わんとすることは田岡にも分かった。人の良いスズキが慎重に言葉を選んでいることも分かった。軍隊じみた練習もレギュラー争いも負けたら終わりの虚しさも、スズキの語るバスケットからは1ミリも感じられなかった。
だから余計に暗い穴に落とされた気分だった。
「な、根性ないだろ」
「
…
ないな!」
言い放ち、田岡は声を上げて笑ってみせた。笑わなければ悲惨な顔になるに違いないと思ったからだが、笑ったところでろくなものではないだろうな、ということも分かっていた。問い返す言葉も引き止める言葉も田岡は一つも持たない。それが最も悔しかった。
勝手に描いた絵を一度降ろし、それでも田岡はバスケ部に残った。
スズキのいう光景を想像して海の向こうに思いを馳せても、未だその他大勢の田岡にとってそこはあまりにも遠すぎる。
…
まずはここでスズキに追いつかなくてはならないと、田岡は歯を食いしばった。俺はスズキではないから、誰より早く走り誰より高く飛び誰より正確にボールを運べるようにならなくては。追いつかなくてはならない。追い越さなくてはならない。そうして初めて、ここでのバスケも楽しいだろうと問い返すことができるのだと思った。それが正しいかどうかは分からないけれど、田岡はこれしか知らなかった。
人並外れた努力によってその他大勢ではなくなった田岡と彼の率いるチームは、県下一の強豪と共に全国のコートを踏む。歳月を経てもバスケットから離れなかった田岡は、その間ずっと、かつて描いた絵を破り捨てなかった。というより、できなかった。
今ではそこに少し描き足して、再度壁にかけている。もし部活バスケがスズキのような人間の心を掴めたら、そのときが始まりなのではないかと、若い才能を探しながら、大それたことを考えたりしている。
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