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残りの夜が来た
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スラダン
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マメな仙道
仙越
初出・Webサイト「苦行クラブ」2014年
クラスの連中と遊んだのは、たまの休みくらいバスケ部、というか仙道から離れたほうがいいのではないのかという危機感からだったが、いつもと違うテンションには高揚のほか、若干の疲れを感じていた。奴に慣れないためにも定期的に様々な人間と交友を深めなければ、と決意しながら帰宅した越野を迎えたのは、来客者の靴だ。
「
……
」
下履きに降ろされたバッシュであるとか、越野のものよりも大きいとか、ルーズな歩き方のせいで若干かかとがすり減っているとか、そういう瑣末な点以前の問題で、その靴には見覚えがあった。早足でリビングに向かう途中で聞こえてきた笑い声によって既に懸念は正解になっていたのだが、一応越野はドアをあけるまで名前を呼ぶのをこらえた。開けた瞬間に叫んだけれど。
「なんで仙道がいんだよ!?」
「ちょっとひろ!何なのその言い方は!」
母親とダイニングテーブルを挟んで談笑しているのは、見慣れた、見慣れすぎたつんつん頭だった。普段越野よりも大きい者がいないこの家にいると、仙道は異様に大きく見える。
「ただいまくらい言いなさいよ」
「
…
ただいま
…
」
異様に大きい仙道の含み笑いは壮絶に癪に障る。バスケの他に越野を苛立たせる天賦の才能を持つ仙道は、その上「おかえり」と言った。天才だ。
「
…
何してんだよ」
「佐藤さんと食事しにいったんだけどね、あの江ノ島のフレンチのところ。そしたらバッタリ会ったのよ。仙道くん釣り竿なんか持ってるからびっくりしちゃって。大漁だったっていうから見せてもらってたんだけど、猫にあげちゃうって言うから」
越野は佐藤さんが誰だか知らなかったし、母親と仙道が道端でバッタリ会ったから家で茶を飲む程の仲とも知らなかったが、要は釣った魚を越野家に提供してくれたということらしい。確かに仙道は食べきれないから、調理が面倒だから、という理由でせっかく釣った魚を放したり猫にやったりしていた。それを聞いた時は端から釣るなと非難したが、それが家に来るのであればまあ
…
って、違う。
「っていってもバケツしかなかったからさ。持ってくって言ったら逆に車に乗せてもらって」
すみませんと会釈する仙道に、明らかに相好を崩した母親が「やだいいのよ」なんて言っている。最高に居心地が悪かったが、だからといって部屋に引っ込むのもあまりに幼稚な気がして、越野はとりあえずバッグを下ろし、冷蔵庫から牛乳を出した。パックごと口をつけて飲むとまた小言が飛んできそうだったのでコップを出すと、「あらやだ、仙道くんいるから畏まってる。いつもは口つけて」
「だ~もううるせえな!口つけて飲むぞ!?」
「やめなさいよ!ほんとにうちの男はロクなのがいないんだから」
仙道が吹き出している。お前だって口つけてんだろ!と内心で毒づき、結局コップに注いだ牛乳を飲み干した越野は、二人と同じテーブルにはつかずに隣接したリビングのソファのほうに陣取った。ここが限界だ。
「仙道くん家事全部してるなんて知らなかったわ~、ひろはなんで教えてくれないの?仙道くん大変でしょう、部活もあって」
「いやー、やりきれてないです」
「それでもすごいわよ~。ひろなんかなんにもしないんだから。今日だってご飯食べてくるのかと思ったわよ、言いなさいよ、出かける前に」
「言っただろ
…
」
小さな抵抗は小さすぎたらしく、母親の「あ!もうこんな時間!」という声の前に飛散した。「仙道くん、夕飯食べていきなさいよ」
「え、悪いなあ」
「いいのよ~、仙道くんの魚だし。支度するからあっちでゆっくりしてて」
母親はこちらを指差している。
「
……
」
外で食べてくればよかったと心底思いながら、越野は尻の位置を少しずらして仙道の席を開けた。テレビをつけると笑点をやっていて、本当は笑点で良かったのだが、手持ち無沙汰を解消するためだけにザッピングをする。その間に背後から近づいてきた影が、越野の横で腰を下ろしながら「笑点でいいじゃん」と言った。
「越野いつもうちで笑て
…
」
「あ~~~あ~~~」
舌打ちをしながら仙道を見る。確信犯は片眉を上げてこちらを見ている。
「
…
テメエ、覚えてろよ」
「何を?俺すぐ忘れるからな」
「腕に書いといてやるよ。顔にすっか」
「そりゃどうも。な、越野のお母さん美人だね」
「
…
はあ?」
越野は眉を潜めた。「お前まさかとは思うがいくらなんでも人の母親
…
」
「越野のお母さんはやめとくよ」
「だれの母親でもやめとけ」
「でもさ、お姉さんもいるんだって?帰ってくる?楽しみ~」
「『も』ってなんだよ!?言っとくけどブスだかんな」
「ウソウソ、俺、身も心も越野一筋だから」
「どの口が
…
」
ケッと吐き捨ててリモコンを投げる。笑点にチャンネルを合わせはしたが、円楽師匠は既にこのへんでお開きとしている。その番組終了の音楽の影に隠れるように、仙道は囁いた。「冗談抜きにして」
声量が小さかったので越野はつい耳を傾けてしまう。
「俺、部活ないと人としゃべんないから。楽しかったよ」
「
……
」
越野は口をつぐんで5秒考えた。それから仙道の方を見る。
仙道も神妙な面持ちで越野を見ていたが、
「
…
嘘つけ!!嘘を!!」
「はっはっは」
部室だったら殴りかかるところだ。免れた理由は越野家の住宅事情ただ1点にすぎない。慈悲ではない。
「だって今日越野遊んでくれなかったし」
「テメエと四六時中会ってたら頭おかしくなんだよ!」
「なんで?好きすぎて?」
やはり殴ろうと拳を握った越野だったが、「ひろ!ご飯よそって!」という声に戦意を削がれた。やはり慈悲ではない。「
…
覚えてろよ」
「何を?俺ほんとすぐ忘れるからなあ~」
「だから書いといてやるよ」
「好きって?」
「ひろ!」
「あ、俺やります」
「やだいいのよ仙道くんは~、ひろ!?」
「
……
」
越野はよろよろと立ち上がった。発露のタイミングを失った怒りも居心地の悪さも空腹も脱力感の原因だったが、それよりなにより、この馬鹿げた茶番によって、外出の疲れが取れてしまってる自分に絶望していた。
「ほんとに書くからな、顔に」
「え
…
大胆」
やはり定期的に様々な人間と交友を深めなければ。
…
いや、その度にこの馬鹿が家に来たらどうしよう。
越野は退路を絶たれている。
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