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残りの夜が来た
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ほど怪
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ふみりんとミカちゃんの高校時代捏造
エスケープジャーニーのふみりんとミカちゃん
初出・pixiv 2015年
ふみと初めて会ったのは高校一年生の時だけど、そのときはあいうえお順の席がとなりってだけだった。教室内の女子はおおまかに二つに分けられていて、分類法はメイクをしているかそうでないか、私は前者でふみは後者。さらに私は同中の子たちとくっついていたから、ふみと特別なにか言葉を交わしたという記憶はない。あいうえお順の席は入学後の三日間くらいで席替えになり、その後はテストの時だけその席になったけど、テスト前の勉強してないアピールとかテスト後どこに行くかの相談も、ふみとすることはなかった。たしか、夏休みが終わっても、三学期の期末テストが終わっても、なかったとおもう。それどころか二年次から組も離れた私たちが仲良くなったのは、選択制になった芸術の授業で、歌うのも絵を描くのも遠慮したかったからという消極的理由で選んだ書道のクラスに、ふみがいたからだった。
課題やだとか筆洗うのやだとかいう、私と同レベルのしょうもない理由から、友達はみんな音楽室に向かい、私以外のだれも書道を取らなかった。初めの授業で、一番後ろの席に顔見知りがいたってだけで隣に座ったら、ふみはちょっとびっくりした顔をして、「夕木さん」と言った。「書道なんだ」
「そ~、歌うのやで」
「うまそうなのに」
「マイクがあればプロなんだけど~」
ふみはふふっと笑った。「私もね~、すごい音痴なの」
「うそっ。合コンの練習とか出るタイプでしょ!? てか出てたよね!? 」
「練習はでるよお、でも口パクだったよ」
「わる」
「だって足引っ張るのやだし
…
絵もね、すごい下手」
「マジ? ちょっと勝負しよ。えっと、ドラえもん」
「ええ!? 」
私たちは、半紙の端っこに毛筆で丸をたくさん描いた。勝負は私の勝ちだと思ったけど、ふみはふみで自分の勝利を主張したので、その後も私たちはいろんなキャラクターを描きつづけた。初回の授業で提出するための半紙を全部らくがきに使ってしまった私たちは、二人だけ宿題を抱えてしまった。ふみは我に返ったようにあわあわしていたけど、それがなんだかかわいかった。私たちは購買で半紙を割り勘で買って、半分こにした。
書道でしか顔を合わせないふみと名前で呼び合うようになり、私たちはクラスでしているような話もぺちゃくちゃするようになった。が、誰が好きとかうざいとか、そういう話はあんまりしなかった。ふみとは、そういう話をしないほうがいいって思っていた。気を使っていたつもりだ。高校に入ってからは、友達の友達の友達の範囲がぶわっと広がっていて、それがみんな誰かの知り合いっていう安心感もあって、私は、いろんな男の子と友達になり、そのうちの何人かと付き合ったり離れたりしていた。面倒ながらも恋やデートはすっごく楽しかったし、むしろ高校生活の重きはそっちに置かれつつあったけど、ふみはそうじゃないんじゃないかな、と思っていたからだ。
それでも私はひそかに書道の授業を楽しみにしていた。来年も書道とってよねって約束するくらいには。
ふみはキョロっとした目を細めて笑った。
三年生になるともう少し細かい進路別にクラス替えがあって、ふみと私は始業式でまた隣の席になった。とはいえ、私は相変わらずメイクをしている女子グループ、ふみはそうでない女子グループ、周りの男の子もそれに準ずる感じで、イベント以外でその二つが交わることはめったにない。ふみと私は、水曜六時間目の書道のクラスでどうでもいい話をするだけだ。
どっちも今までと同じように楽しくて、別にそれはそのままでもよかったような気がしたんだけど、グループ内が入り乱れるラブの矢印でごっちゃごちゃになっていて、そのとき私はいろんなことがちょっとめんどくさくなっていたのかもしれなかった。ちょうど彼氏と別れたところで、そいつが結局元カノであるグループ内の友達とぴたーんと元サヤに収まってるって知って、しかもなんか交際期間重複してない? ってことに気づいて、ちょっと疲れていたのかもしれなかった。その友達に謝られながら、許してくれるよねミカも私の元カレと付き合ってたんだしね、って心の声が聞こえた気がして、それはホントにその通りで、だけどアンタ二股知ってたんじゃないの、なんてダサすぎて返せないし、何で謝んの~、とか別に面白くもないのに笑ってる私には怒りも悲しみも湧き上がらなくて、ただただ、なにがなんだかわからなくなっていたのかもしれなかった。
六時間目開始早々に先生はどこかへ行ってしまったし、受験前というにはまだ早く、そのくせ習字なんかやってらんないという、気もそぞろな教室の雰囲気も手伝ったかもしれない。とにかくその水曜、私は初めて「ふみってさ、」と切り出した。
「彼氏いないの」
「え?
…
いない
…
」
想定の範囲内の答えが返ってきたので、私はいっそう畳み掛けた。
「ふみってさあ~、クラスでも女の子とばっかしゃべってんじゃん。部活は? 」
「んん
…
おんなじ感じかな」
「え~、彼氏作ればいいのに。楽しいよ」
「え、う~ん
…
」
ふみは眉根を寄せる。
私は嘘をついていた。楽しいけど、楽しくないこともある。嫌なことも面倒なこともいっぱいあるし、最終的にはなにがなんだかわからなくなる。だけど、きっとふみが知らないことを私は知ってる。教えてあげなきゃ、というおせっかいな気持ち、優越感、それから、いじわるな気持ちがなかったかと言えば、嘘だ。知らないなんてずるい。ほやほや小学生みたいな恋なんかしてないで、付き合って、別れて、なにがなんだかわからなくなって、知ればいいのだ。ふみも。
「ねえねえ、でも好きな人とかいるんでしょ。気になる奴とか」
「ええ~」
ふみは困った顔をする。墨汁使えばいいのに、ふみは墨をすりつづけている。
「
…
いないよ」
「んん~? 誰にも言わないからさ~」
「え、うん、
…
でもホントに
…
」
「うっそだ~。ねね、マジで言わないから。言うのやなら書いて、すぐ消すから」
私は半紙をずっと横にずらした。名前を塗りつぶすために墨をたっぷりつけた筆も準備した。準備しながら、ふみと私は交わらないから。言ってもなんにもかわらないから。と胸中で唱えていた。
ふみと私は交わらないから、きっとおんなじカードをとったりとられたりしない。友達とおんなじとこにデートに行ったり、友達とおんなじようにプリとったり、友達とおんなじように抱きしめられたりキスしたり、しない。言ってもなんにもかわらない。いいじゃん。お互い気楽で。
いや、もしそうなっても、私はこの子には、
私はこの子には?
今何考えた?
私はうつむいたふみの横顔を見た。メイクをしないふみのほっぺたにはうぶげがキラキラ光っていて、自前の細いまつげが少しだけ影を作っている。真っ直ぐな髪の毛の隙間から見える耳が赤くなっていて、その泣いてる赤ちゃんみたいな皮膚の色に目を奪われた。
私は、この子には?
今、何考えた?
おぞましいことを考えたのは誰だ?
「
…
あはっ、ふみやっぱ」
言わないで。
と言おうか言うまいか逡巡した一瞬の間に、ふみは意を決したように息を吸い、「
…
私ね、」と囁いた。私は息を止めた。
「
…
まだ好きな人ってよくわかんなくて
…
あ、好きな人もいないなんて、ホント恥ずかしいんだけど
…
もう高三なのにね。
…
私妹いるんだけどね、妹はしょっちゅう彼氏家に連れてくるんだ。お母さんにもふみはまだなのって聞かれて、ヘラヘラってしてるんだけど」
ざわめきに消されそうな小さい声で囁きながら、ふみはやっぱり墨をすりつづけている。筆が取られることはないだろう。ふみはきっと嘘をつかない。ふみと私は交わらないから。私なんかに嘘ついたって、仕方ない。
いや、取り合いになったってこの子には負けないなんて思うような、おぞましい私に、ホントの事言ったって、仕方ない。
仕方ないのにふみは続けた。
「ミカは男の子とも仲良くてすごいなあって思うよ
…
好きになるってどんな感じなんだろって考えるとすっごいドキドキするけど、でもまだなんだよね、
…
ううう、恥ずかし
…
」
ふみは手を止め、それからちらっとこちらを見た。
「
……
ホントはミカに聞きたかったんだ、どんな感じとか
…
」
私は恥ずかしくなった。
「恥ずかしいけど
…
だからちょっと嬉しい、んだけど、」
私が恥ずかしいよ。
「ごっごめんね! つまんない答えで
…
」
私、本気の馬鹿だ。
「ふみ、」
「ん? 」
「ごめん」
ふみは、こんどは大きく目を見開いて、「なんで? 」と言った。
それが本当になんで? って思っている顔で、含まれている感情がただそれだけ、ほんとうにそれだけだということが、つけまどころかマスカラもついていない目から零れ落ちていて、そのキョロっとした目を見ていたら、涙がボロッと落ちた。
「え!? ちょ、どうしたの!? 」
「
…
ごめん
…
」
「え、ミカ!? 」
「つけまとれるぅ
……
」
「お前ら遊んでんなよ~、席離すぞ」
後ろのドアから帰ってきた先生に椅子の背を叩かれて、それで余計に泣いた私にぎょっとした先生がオロオロ、ふみがあわあわ、教室がざわざわ、しているのを、私はぼおっとした耳の外側でぼんやり聞いていた。泣いたのが結構久しぶりで、泣いているうちになにがなんだかわかんなくなっていたことが胸のどこかにすとんと落ちていき、やっぱり私は悲しかった、悲しかったってことは、付き合ってて楽しかったんだ、ということに気づいて、それがまた涙になった。
それからグループを離れる、っていうことはなく、私は相変わらずメイクをしている女子グループ、ふみはそうでない女子グループ、周りの男の子もそれに準ずる感じのまま、ふみと私は水曜六時間目にどうでもいい話をするだけだった。ちょっと変わったのはそこに恋バナが混ざるようになったこと、といってもほとんどは私が話していて、ふみは赤くなったり青くなったりしながら聞いているだけだったけど、私は一生懸命言葉を選んだ。偽りや取り繕いや優越感のためではなく、私が感じたことがちゃんと伝わるように。私はやっぱり、人を好きになったり付き合ったりすることは楽しいことだと思ったし、それをふみが知ったら、二人でもっと楽しい話ができるだろうって思ったから。もしふみに好きな人ができたら、私はなにがあってもふみの力になる、絶対になるって思っていた。ふみが恋に恋するように、ほやほやっと、でも本気で、それこそ恋するように思っていた。
二年も続けたその書道では、私は勢いの割にどこにも力の入らない字、ふみは綺麗だけど半紙に対して小さすぎない? って字を書き続けた。最後の文化祭、書道クラスの展示をふらっと見に行くと、誰もいない廊下に向かってひらひら揺れる半紙の中に、私とふみ、二人の字が並んでいるのを発見した。どっちもまあうまくはなかったけど、セットで見ると、なんとなくおさまりが良いような気がした。それを写真に撮りながら、私は、ぼんやりとしか決めていなかった第一志望を、S大にしよ、と思った。
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