マジでロマンスの神様5秒前

秀那と林田さん
初出・pixiv 2015年

 告るより告られる方が多いし高校生くらいからほぼっつーかオール後者だ。そのわりに振るより振られる方が多いっつーか多分そればっかりだ。もしくは知らないうちに音信不通とか。俺もそうなったら迷わず削除だし別に困らない。困ったことはない。
 人としてどうかなと思わないこともないけどこんなことは大っぴらにしなきゃいいだけの話で、事実俺はだいたい彼女募集中だしそうしていれば誘いの声も止まない。行ったらできるから、ほしかったら行く。ほしくなかったら行かない。そこにいて可愛くておっぱいが大きくて、その夜一人で帰りたくなさそうな顔を俺に向ける子がいつでも俺の運命の相手だった。だいたい短い運命だけど。
 合理的活動は社会人になってもさして頻度を変えなかったが、その合間にさらに会社主催という受動的かつ別に出会いとかのない飲み会やらなんやらが挟まってくるようになってくると、自然そちらの比重が重くなるのは大人だから当然。はじめこそおじさんへのお酌も酔っ払ったお姉さんの相手も煩わしかったが、最近はこっちの方が楽だなってことに気づいてしまった。なんせ端からなんにも求めてないから。お互いに。大人の付き合いだ。
 教育係をしていただいてる林田さんが先輩面をするどころか全く絡んでこないのも大変ありがたい話で、あの人はだいたい隅っこに居座り手酌でビールを延々と空けている。ビールがなくなったら誰かが置き去りにした芋焼酎で勝手に水割りをつくっている。氷がなくてもマドラーがなくてもどうでもいいみたい。つまみはほとんど食べないし、食べてもお通しのびちゃびちゃ切り干し大根とかを申し訳程度につつくばかりだ。今日もそうしている。
 確かに俺だって40人スコーンと入れる居酒屋のつまみに期待なんかしてないし、飲み放題の芋にも全然惹かれないけど、もうちょいこう、なんかこう、やりようがあるんじゃないかなとも思う。仕事中は仕事してるからあれでいいのかも知んないけど、飲み会であれはもはやなんかかわいそうだ。余計なお世話だけど。
 だいたいあの人あんな調子だけど家では飯食ってるんだろうか。それとも帰ったら彼女が飯作ってまってたりすんのかな。だから食べないとか?ねーな。なんとなく。そしたら平日も休日も家で何してんだろ。フットサルとか全然、まあ誘いすらしてないけどさ。「秀那く〜ん?」
 ハッとして顔を上げた。ユキさんの白とピンクのフレンチネイルが、俺のグラスをぴっと指さしている。「空いてるよぉ、何か頼む?」
「あっあ~、俺まだビールいただきますっ」
「お腹いっぱいになんないの?わかい~」
「いやいやハハ~、あっユキさんは?」
「聞く!?」
「ちっちがくて、飲み物!サングリアとかあるっすよ!?」
「しゅーなくんにセクハラされた~」
俺、オーダーしてきますね~」
 ギーとなったフリをしているユキさんに焦ったフリをした俺は、周りでケラケラ笑っている女の人たちの小さいお尻の隙間から見える座布団ををよたよたと踏み、死んだ目をした店員にサングリア限界まで濃い目をお願いし、そしてなんでだか、林田さんの隣に着地した。あれ。
 あれと思いながら俺は自動的にビールをお酌した。林田さんは露骨に嫌な顔をした。そんなんだから周りに人いないんだってば。まあ好都合なんだけどさ。とはいえ。
 俺にすら居心地の悪そうな態度をとる林田さんは所在無げにビールを舐め、汗だくの首筋を仰ぎながら髪をかきあげた。現れた薄い耳には無数の穴が空いている。あれ。
 まあそういうこともあるだろう。
 あるだろうけど俺はつい、なんでだかわからないけどつい「林田さんって元ヤンっすか」とかなんとかボロっと言ってしまった。
 言ってからハッとなったが出してしまった言葉は回収できない。林田さんは一瞬バツの悪そうな顔、その後すぐに死ぬほどウザいという顔をしてすぐにその穴を隠蔽した。俺はつい、なんでだかわからないけどつい、隠しちゃうのと思ってしまった。
 や、隠すだろそりゃ。
 や、つうかどうでもいいだろ。
 林田さんだよ。この人。「すいません俺
「秀那く~~~ん♥」
 俺はまたしてもハッとした。
 この短時間で何回ぼんやりしてるんだろうと思った。酔っ払ってんのかな。全然飲んでないんですけど。
 手羽先を餌に甥っ子でも呼ぶような声、とっとと行くのが得策だ。得策だとわかっているのに俺はなぜか慌てていた。この人をここに置いていくのかなあと思ってしまっていた。いや林田さんは一人になりたがっている。分かってる。つまり俺が行きたくな、まさか。
 まさかまさか。
「オラ呼ばれてんぞ」
 わかってますよ。
 立ち上がった俺と入れ替わり、三田さんがどすんと腰を下ろした。林田さんはまたしても居心地の悪そうな顔をする。俺のときと全く同じ顔だ。
 そりゃそうだろ。
 そりゃそうだろうけど。
 そこにいて可愛くておっぱいが大きくて、その夜一人で帰りたくなさそうな顔を俺に向ける子がいつでも俺の運命の相手だった。だいたい短い運命だけど、それでよかった。困ったことはなかった。どうでもよかった。ましてや今日なんか、誰もそれを求めてない。そんな日じゃない。
 だから俺は気づかなかった。潰された林田さんを押し付けられたとき、その真っ赤に染まった薄い皮膚や晒されるがままになっている無数の穴をみたとき、面倒くせーなとか二次会行かなくて済むとかタクシー代貰えっかなとかそういう思考の裏で、何かがチリっと渦巻いたことにも、それが俺の口の端を押し上げていたことにも、全然気づかなかった。そのときは、気づかなかった。それが一体何なのか、俺は全然知らなかったから。