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残りの夜が来た
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その他
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角都と飛段
初出・pixiv 2011くらい多分
飛段の体は大体飛段の斜め下にある。飛段は自分の後頭部を上から見下ろしているような格好である。いつからこうだったかは思い出せないが、こういう体質になる前から飛段の世界はこうであったような気もする。だから初めてばらばらにされたときも迷子になることがなかったのだ。遠くにある自分の足の事を考えながら、ぼんやりとそう思う。
生き物の心というものがどこにあるか、飛段は知っていた。心は体の中には入っていない。それなのに、ガキの頃から「胸に手を当てて考えてみろ」とか何とか言われることが、ずっと不可解だった。成長して、胴体がどこかへ行ってしまったまま戻らなくなったときも、飛段は飛段だったから、ああそうか、あいつらは知らないのだ、と気づいた。知らないのだ。バカなやつら。
棒が刺さってもしぶとくびくびくうごいている自分の臓器に手を当てて、飛段は相棒を待った。祈りはとっくに終わっていた。棒を抜いて血やら皮やら正体のわからない管やら肉やらで汚れた体をきれいにしながら角都を待ってもいいのだが、何となく億劫だった。それに、足がない状態で動き回るのは、そんなに簡単なことではない。体中をばらばらにして戦うあいつにとってはどうだか知らないが、飛段の体はそういうふうにはできていない。
飛段は空を見た。冬で空気が澄んでいた。それに静かだ。乾いた地面にどろどろで寝転がっている自分だけが、そこから漏れるひゅうひゅうという呼吸音と心音が、非常に異質だった。もはや人間の形をしていない供物はとっくに動かなくなっていて、それどころか、だんだんと乾いてきていた。まるではじめから冬の世界の一部みたいに。
ずりーな、と思った。
「まだやっているのか」という声で覚醒した。うるせえな、と発音したはずだったが、声が掠れていて、飛段が知覚したのはよくわからないむにゃむにゃした音だった。寝ていたと思われたかもしれない。事実そうかもしれない。陶酔しきって意識が飛ぶことと寝ることとの間にそんなに大きな差はない。
「うるせえな」
ともう一度言い直す。返事がないので首を持ち上げると、胸に刺さった棒が骨にぶつかって、体内に嫌な音が響いた。
角都は自分で殺した賞金首をぶら下げ、飛段が仕留めた供物、彼にとっては賞金首、を、見下ろしている。
「何故こんな状態にした」
「ああ?」
「両足を切る必要があったのか。
…
いや、顔もこれじゃあ誰だか分からん。換金できん」
「仕方ねーだろ、なんかそうなっちまったんだよ」
「
…
無意味な時間を過ごさせるな」
「俺にとっては無意味じゃねーよ」
「誰がお前の話をしている」
角都はそう吐き捨てて飛段の棒を引き抜いた。「あ」
接続が切れた。なぜかそういう気分になった。
めまいがした。
「て、めえ」
「早くその見苦しい体を何とかしろ」
「勝手に邪魔すんじゃねーよ!!」
悪態をつき終わると同時に飛段は跳んだ。角都に蹴り飛ばされたからだ。棒が抜けた穴から血やらなにやらが落ちて宙を舞う。他人事のように眺めたそれは滑稽な映像だったが、自分から離れた血が落ちて黒く乾いていき、地面と同化していく過程を想像して、飛段はより一層いらいらした。いらいらしながらなす術も無く地面を転がる。冬の土は飛段の体温を否定するようにひんやりと冷たい。
いらいらしながらなす術も無く飛段は舌打ちをした。
不本意ながら角都に縫合してもらった足を引きずって歩く。今日訪れた換金所は地下に潜った石造りで、サンダルのかかとが床とこすれる不規則な音がいやに響く。換金所はどこもしみったれていて嫌いだったが、外で待つには寒すぎた。雪でも降るんじゃないかというくらい寒かった。いつ終わるとも知れない角都の「取引」を待つ間に、そんなもんに降られてはたまらなかった。
角都は結局、あのぐちゃぐちゃの死体も一緒にここまで運んだ。金にならないと自分で言っていたのに、ご苦労なことだ。角都の金に対する執着心はいっそすがすがしいほどで、彼自身は暁の財布係だから仕方ないとか何とか言っていたが、もともとそういう性分なのだろう。何となく分かる。
死体が賞金首なのかそうでないのか分からないから始まった換金屋と角都の押し問答は、分からないなら確認するのもそっちの仕事だのそれにしたってもう少しましな状態で持ち込めだの、どうにもならないところに発展している。議論に加わる気がない飛段は、ぼそぼそ声が反響する冷たい石の部屋のなかを、足を引きずって歩き回っている。縫合された直後の足は、思い通りに動きはするものの、どこか他人行儀だ。
…
いや、ばらばらになっていない部位だって、飛段の体はどこか他人行儀だ。当たり前なのかもしれない。「飛段」はこの体ではない。この体は単なる道具だ。ジャシン様に供物を捧げるための、鎌や棒と同じ道具だ。だからといってどうということはない。そんなことは昔から知っている。ただ何となく、今日はいらいらした。角都に儀式を邪魔されたからかもしれない。
…
いや、終わってたんだけど。
…
クソ。俺にとってこの時間は無意味じゃねーって言うのか。
「おい、まだかよ」
「
……
」
苛立った二つの視線を向けられて、飛段は鼻を鳴らした。昼間の仕返しのつもりというよりは今自分だけが苛立っているのが嫌だったので、その目線を見てほんの少しだけ溜飲が下るが、彼らは飛段の言葉に対しては無言のまま「取引」を再開する。飛段はまた苛立つ。おかしいな。いつものことじゃねーか。あのジジイが金にうるさいのも、換金屋なんて職業のやつらが金にうるさいのも、どっちもゆずらねーのも。この茶番を聞くのももう何度目かで、飛段も慣れたと思っていたが、まだそれほどでもなかったのかもしれない。
…
ああ、どうでもいい。早くしろ。
…
いや、俺には時間なんていくらだって、
誰がお前の話をしている。
ああそうか、と飛段はぼんやり思った。せかせかしやがって。結局角都も、その他大勢のバカどもと同じバカだということだ。バカだ。早くしなきゃ死んじまうと思っている。早くしなきゃ「っあー!!」
飛段の声は雑音以下だ。
「
…
くっらだねえ、くっだらねえ」
雑音以下の響きのまま、声は床に落ちる。見えない声の落ちた冷たい床を眺めていると、体のどこかがざわついてくる。角都のヤローに無理やり棒を引っこ抜かれて、どっかの血管が絡まったまま肉が再生してしまったのだろうか。そんなはずはないが、そうとしか言いようのないくらい不快だった。特に、棒を刺す胸の辺りが不快だった。
…
くだらねえ。俺もだ。どうでもいいだろうが。どうせまた穴が開くのだ。
「
……
」
飛段は再び歩く。ぐるぐると歩き回る。自分の歩みと「取引」のぼそぼそ声が奇妙な音楽のように響いて、それからやはり冷たい床に落ちる。その見えない音楽を蹴散らして、この部屋を何歩で何周したか数えることにやっと没頭し始めたころ、角都にそれをさえぎられた。
「行くぞ」
「
…
っああ!?
…
忘れた!!」
「
……
」
何をとも聞き返されない。
「
…
クソ、勝手だぞ、角都テメー」
とはいえ、ここを歩き回ることは別に使命でもなんでもなく、ただの暇つぶしだったから、飛段もさっさと方向を変える。角都はせしめた金をぶら下げて飛段の前を通り過ぎる。
「
……
」
彼のかき回す冷たく湿った空気の中に、ほんの少しだけ新しい血の臭いが混ざったので、飛段は鼻を歪めた。角都も怪我をしたのかもしれない。彼はあんな体であっても飛段のような再生力を持っていない。一戦交える度にぼろぼろになる飛段を見苦しいとかなんとか言うが、いつまでも血の臭いを撒き散らしているのは、角都だって同じだ。
…
同じ?同じではない。あいつは本当の不死身ではない。バカなくせに。俺を急かすくせに。同じなんかではない。俺はジャシン様に選ばれた唯一無二の使徒ではないか。
「クソ」
ざわざわする。
やっぱりおかしな再生のしかたをしてしまったのだろうか。
飛段は胸に手を当てた。胸に手を当てて考えるのではない。そんなことに意味はない。そうではなく、ただ単に、このざわざわの発端はなんなのか確認したかっただけだ。自分のものでないような腕が自分のものでないような胸に触れる。肉はまだえぐれていて、破れた服の端ごと押すと、指が埋まる。飛段はそのまま指を埋め続ける。
「
…
って」
ぬるぬるした体内を弄る。だがざわつきは消えない。この不快な波がどこで起こっているのかわからない。それどころか、この波に飲まれて指ごと、いや胸ごと、いや体ごと?迷子になってしまいそうだ。足元が揺れる。床が波打つ。体がどこかへ行ってしまう。
…
迷子?見えない波に飲まれて?俺は迷子になんかならないはずだ。だってばらばらになったって俺は「
…
何をしている」
飛段は唾を飲み込んだ。
自分の斜め後ろを見下ろす。一歩も動いていない自分の足元に、指を伝って手首から血が落ちている。石の床に黒い染みを作った血は早くも冷えている。
波などない。
「
…
いやー、かゆくて」
「
…
早くしろ」
「
…
へーへー」
飛段は舌打ちをして指を引っこ抜いた。新しい血の臭いが鼻をつく。それを服で拭うと角都は嫌な顔をした。いい気味だと思う。
外は晴れ渡っており、無機質な星がちかちかしている。凍ったように秩序だった冬の世界をかき回しながら、血の臭いを振りまきながら、飛段と角都は歩く。
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