Thrive Narratives Society
――通称、TNS。ここは、世界中から強者が集まる場所。この団体では主に、毎週のテレビ放送と月に一度ある特番でストーリーが展開する。今はちょうどそんな特番の放送中だ。
広い会場の中心には四角いマット。人々がそれを三方から囲む。誰もが熱気を帯びていて、常にその最高潮を更新しているようであった。
これから行われるのは、本日のメインイベント。対戦カードは既に発表されており、その行く末を見守ろうと誰もが期待を胸に、声を上げている。
「TNS! TNS!」
「いやぁそれにしても、あの名マネージャー、ケン・レンドールが再び現れるとは思わなかったね」
丸い眼鏡を輝かせて、柔らかなくせ毛が揺れる。本日の実況担当、入江が声を弾ませた。
「ああ。Q・Pも随分と驚いてたな。アイツのあんな表情が見られるとは
……。ボルクも憎いことをするもんだ。これが祭典までにどんな効果をもたらすか、見ものだよな」
入江の隣に座るのは、この団体の所属選手でありながら最近は試合よりも解説をしていることの多いビスマルクだ。選手としての活躍を望む声も大きいが、本人は「試合するより今はこっちで色んなヤツを客観的に見るのが楽しいんでな」と語っている(詳細はTNS Network へ。彼のドキュメンタリー「TNS24:ミハエル・ビスマルク」を含めた、たくさんの魅力的なコンテンツが定額で見放題!)。
「前回の特番ではメダノレの電撃復帰もあって、いよいよ祭典に向けて盛り上がって来ているね」
「そうだな。ただでさえ先週の放送ではハードコア王座の新設もあったし、俺もそろそろ祭典に向けて
……動いちまおうかな?」
「えぇ!? この前試合はまだいいって言っていたばかりなのに
……そんな
……嘘だぁああああ!!」
「さぁ! 今から始まるのはその祭典での出場枠を賭けた大事な一戦だぜ!」
「ちょっと! 最後まで言わせてよ~!」
――数カ月前。
「またタッグ組んでくれるんだろい?」
「もうコリゴリですよ」
翌週。
「おいキテレツ! 俺と一緒にもう一回王座を
……」
「結構です」
その翌週。
「なぁいいだろい? 俺たち
あのキミ様と遠野先輩相手にいいところまで行ったんだぜ。一回限りってのは勿体ないと思わねぇ?」
「間に合ってますから」
更に翌週。
「あ。キテレツ
――」
「いい加減にしてもらえませんかね
……」
丸井ブン太と木手永四郎。このふたりは数カ月前の特番で〝交渉人〟君島、〝処刑人〟遠野ペアとのタッグ王座戦に挑み、惜敗していた。半ば急造のタッグチームではあったが、それぞれの長所を活かすような連係プレーで王者コンビを追い詰めていたのは記憶に新しい。
一度きりで終わらずに、再結成を
……そう思っているファンは少なくない。そして誰よりもそれを望んでいるのは、丸井自身だ。特番の後、彼は数週間に渡り試合後のリング上やロッカールーム、果てには移動時間などなど、場所や時間を問わずに木手へ再結成を迫るも、毎度玉砕。しかし決して諦めることのないその姿は番組上のみならず、団体のSNSでも取り上げられていた。
いくらそれが好評を博しているとは雖も、ただ断り続けるのでは芸がないのではないか? そんな状況を先に進める為の答えが、ようやく出た。
「いいですか、丸井くん。アナタは私とまたタッグを組みたいということですが
……まず、私に大きな目標があることはご存知ですか?」
「お、おう?」
普段通りの簡潔なやり取りに終わらなかったことで丸井が僅かに動揺を見せた。これ幸いとばかりに木手は畳みかける。
「詳細は
……伏せさせてもらいますが、とにかくその為に私は今、ここにいる訳です。確かにアナタとならばタッグ戦線のトップを目指せるかもしれません。しかし、悔しいことに現状無冠の私としては個人の力を試し、私の力でベルトを目指したい。だから、アナタとは組めない」
真っ直ぐに丸井の目を見据えたその言葉のどこにも噓偽りはない。そのことは十分に伝わってきたが、何となく納得しかねている様子の丸井に向けて、更に続けた。
「つまり、私がまずシングルでベルトを獲ります。その後だったらまた組んでもいいということです」
これを受け、腕を組みながら少しの間考え込んでいた丸井であったが、最終的には大きく頷いた。
「よし、わかった。なら俺は
……、軽量級のベルトを目指すぜ!俺とお前でそれぞれ二本ずつベルトを巻く、なんてかっこよくね?」
「言うじゃないですか。それでいいでしょう」
――現在。
会場内に明るくアップテンポな曲が鳴り響く。それに伴って歓声もひときわ大きくなり、観客の視線は一斉に入場口の方へと向けられた。
派手なパイロと共に出てきたのは赤髪の男。彼こそ、先の丸井ブン太である。
「体重53㎏、〝妙技を操る天才〟丸井ブン太!」
「だろい! だろい!」
流れる入場曲に観客も声を合わせた。熱気が彼を包む。丸井は本番であっても動じにくい性分ではあったが、この日ばかりは武者震いしていた。
彼はデビューして以来、ほとんどの時間をタッグ戦線で過ごしている。タッグ王者となったことも一度や二度ではない。勿論特番でのメイン戦に挑んだ経験もある。しかし、シングル戦となると話が別だ。そういった試合をすることは何度かあったものの、いずれも単発のもので、決して王座を目指すようなものではなかった。であるからこそ、彼は初めてひとりでこの場に立っているのだ。
特番が始まってから、既に約二時間半の時が経っている。丸井の挑むこの試合はここ一カ月の通常番組で行われてきた、軽量級王座戦への挑戦権を賭けたトーナメントの決勝戦である。この試合を見る為に、と会場へと足を運んでいる人々も決して少なくはない。そして何と言っても、その王座戦は来月開催される
祭典『WrestleArdor』で行われる予定となっている。丸井の頭の中では、年に一度の大舞台で現王者・ゼウスと対峙するビジョンが描かれていた。
歓声に包まれながら丸井はエプロンへと上がり、トップロープを掴んでそのまま跳躍する。身軽に着地し、各コーナーへと上って全方向へアピールをした(ちなみに、彼のする親指・人差し指・中指の三本を立てて目元に近づけるポーズは、元は彼の頭文字「M」を模して下向きに出されていたのだが、ある時偶然現状の形となり、それが好評だったので以来定番ポーズになったという経緯がある)。
そしてようやくマイクを持ち、観客に、そして恐らくはこの試合を見ているであろう男に向けて言葉を発した。
「応援サンキュー。俺にとってここはあくまで通過点! 絶対にベルトを獲って見せるぜ
……あの場でな」
丸井が指差した先は会場の天井付近で、そこには今度の祭典のロゴを模した大きな飾りがあった。
「うぉおおお!!」
「おーおー、凄ぇーなこりゃ!」
「すごい歓声! 会場が割れちゃいそうだよ」
「はは、そうなったら外の空気が入ってこの暑苦しい会場もちょうど良い温度になるかもな?」
「それで、俺が王者になったあとは、勿論アイツと
――」
この場にいる誰もが丸井の勝利を確信しているかのような空気感を断つように、照明が落とされる。そこへ、男性の歌声と重々しいギターの音色が響き渡った。
途端に場内の雰囲気が変わり、どこか緊張感が走った。入場口の方ではスモークが焚かれており、逆光の中、ひとりのシルエットが浮かび上がる。一気に激しさを増したボーカルとバンドの音色に臆せず、花道を堂々と歩く。その人物は丸井とは異なり、客席に一瞥もくれず真っ直ぐとリングへと向かった。
「ドイツ出身、体重59㎏。〝麒麟児〟こと、エルマー・ジークフリート!」
自分へと向けられた、殺気すらも孕んでいるかのような視線を丸井は感じ取っていたが、気にしないように軽いストレッチを続けた。
ジークフリートは備え付けの鉄階段を上がった後、セカンドロープを跨ぐようにしてリングインし、そのまますぐにリング中央へと向かった。マイクの要求などもせずに無言でレフェリーを睨みつけて、試合開始を促す。
「これまでのトーナメントの試合を見るに、どちらが勝ってもおかしくはないこの一戦。僕たちはただ見守ることしかできないけれど、この勝敗の行く末も王者のゼウス様にはお見通しなのかな?」
「どうだろうな?何があってもアイツの掌の上、なんてこと
…………ありそうだな」
「ふふふっ」
そして、ゴングが鳴った。
「まず動いたのはジークフリートくんだ!」
真っ先にジークフリートが丸井の懐をめがけて飛び込む。そのまま倒して得意の関節技へと移行するのが狙いか。しかし、伊達にこのトーナメントを決勝まで勝ち進んだ丸井ではなかった。相手の動きを読み、タイミングを合せて回避した。
双方がリングの中を周りながらの睨み合いが続く。どちらが次に仕掛けるのか、会場中の誰もがそこへ注目した。
対戦前の雰囲気から考えていたよりもジークフリートが慎重な試合運びをしようとしているようだと判断し、丸井は牽制をするようにバックハンドチョップを繰り出した。激しい音を響かせながら、徐々にコーナーへと追い込んでいく。
「へぇ、ただのタッグ屋だと思っていたが、マルイもあのジーク相手によくやるな」
「トーナメントをここまで勝ち進んでいるからね。それより、君はジークフリートの方を贔屓しているのかな?」
「まあ、所謂昔馴染みなもんでな。あ、おい見ろよ」
相手をターンバックルまで追い詰めたところで、丸井はダブル・チョップをすべく両腕を引いた。その大ぶりな動作に合わせてジークフリートはしゃがみ、丸井の両脚を掬った。ドシン、と派手な音を立てて背中からマットに倒れる。
「ッ、てぇ!」
「おっと、これは痛い!」
丸井がすぐには立ち上がれないであろうことを確認し、ジークフリートはトップロープへと上った。軽く膝を曲げて、さながら蛙のように見事な跳躍を見せる。
「回避した!」
その軽やかさが災いしたか、ジークフリートが空を舞っている間に丸井は転がりながらリング中央へと移動し、攻撃を避けることに成功した。
「ぐっ
……」
マットに落ちた衝撃によって、今度はジークフリートの方が動けなくなる。すかさず丸井が飛び込むようにしてカバーに移る。
「1!」
「すぐに返した!」
膝をつきながらも身を起こしたジークフリートは、もう一度攻勢に出ようと丸井が判断するよりも早く動いた。
丸井の手首を掴んで勢いよくロープへと振る。そして、その反対側へ自分も駆けていき、丸井と向かい合った。
「まさか、ここで出すってのか?」
リング中央付近でジークフリートが片足で強く踏み切り、丸井に蹴りを喰らわせた。
「バルムンク!」
得意技を決め、すぐさまカバーをする。
「1、2!」
「な、っ」
「決めきれなかったみたいだ
……!」
通常よりも踏み込みが足りなかったのか、あるいは丸井の身体が逸れて当たりが浅かったのか。いずれにせよ、決着の為には一歩足りなかった。
「バルムンクが返されるのを見るのは初めてかも」
入江の言う通りであった。だからこそ、本人が動揺していないと言えば嘘になるが、ジークフリートがそれを表に出すことはないまま、次の動作に移った。
立ち上がった相手の背中側に回る。そしてジャーマン・スープレックスを出す
――と見せかけて、丸め込んだ。
「うわっ」
今度は固め方が甘かったのか。レフェリーがカウントを取り始めるよりも先に丸井は脱出に成功する。
「うーん、ジークフリートくんは得意技を簡単に返されてしまって心中穏やかではなさそうな感じかな?」
「ああ、そうだろうな。にしても
……らしくねぇな」
「え?」
ビスマルクの言葉に入江はリングから目を逸らし、横に座る男の方を見た。だがその真意を探ることもままならないまますぐに目線を元に戻されることになる。
「見ろよイリエ! あれはキテの構えだ!」
ジークフリートが見せた僅かな隙を見て、次は自分の番だとばかりに丸井が大技を繰り出していたのである。
「うちなードライバー、決まった!」
うちなードライバーとは相手の股下へ腕を回し、逆さに持ち上げてからマットへと叩きつける技で、木手永四郎の得意とする技のひとつであった。タッグを組んでいるときに決める瞬間を近くで見ていた丸井なりの木手へのアピールなのだろう。
「1、2!」
「でも決まらない!」
こんなところで決めさせてたまるか、と意地のキックアウトだ。脚がふらつきそうになるのを踏みとどまり、一度コーナーへと下がってからジークフリートはリング上を駆け出し、丸井へと一直線で向かう。
「打点が高い!」
両足で踏み切ったドロップキック。それをまともに喰らった丸井が倒れる。
「1、2
……!」
「これも決めきれない!」
「どっちが勝ってもおかしくねぇな、これは!」
「おい、レフェリー!今3までいったろ!」
「おっと。レフェリーへの抗議だ」
「確かに今のは際どかったかもしんねぇが
……」
レフェリーが判断を覆そうとしないことがわかり、ジークフリートは舌打ちをする。目線を下にやり、まだ倒れたままの丸井を足蹴にした。
「ぐっ
……!」
会場中がジークフリートにブーイングを浴びせた。それでも執拗なまでに繰り返すので、レフェリーが注意をしようとした、その時であった。
「あ、あれは?!」
リングの向こう、入場口付近の画面が切り替わる。映し出されたのはバックステージの様子で、何名かの選手が左右を見ながら歩き回っていた。会場のゴミ箱や、ロッカールームのドアなど、目に入ったもの全てを開いては覗き込み
……を繰り返しているらしい。
「どういうこった?
……先頭を歩いているのは、クララガ・タツタだな。それに、マルスとナカガウチ?」
その集団にはビスマルクが列挙した以外の選手も含まれていたが、挙がった名を聞いたことで、入江の中で彼らの持っている共通点が見出された。
「ああ、なるほど。彼らはハードコア王座を一度以上戴冠したことのある選手だね」
「そうか。ま、流石に今映ってる全員が戴冠済みって感じでもなさそうだが、多分目的は同じなんだろうな。ところでイリエ、ハードコア王座についておさらいなんだが
……」
「うん。あのベルトはレフェリーさえいればいつでも、そしてどこであっても王座戦が認められるものなんだ」
「つまり持っていれば多数から常時狙われるようにもなるってことか」
自分なら勘弁願いたいね、とビスマルクは大げさに肩を竦めた。それを見た入江は苦笑する。
「この24時間ルールがあるから、ハードコア王座は先週新設されたばかりだけど、既に何人もの手に渡っているよ。先週の番組内だけでもクララガ、〝鳥人
〟ドゥドゥ、コアラ、〝豪州のダンディズム〟フィッツジェラルド、マルス、シャルパンティエ夫人、そして外道
……といった具合に変わったんだ」
「
……ん? コアラ? そんなヤツ
TNSにいたか?」
「ああ。コアラはドルギアス兄弟の愛犬さ。だから正確言うなら選手以外の歴代王者もいるんだ。それで、今のベルト保持者なんだけど
……――」
突然入江は言葉を止めてしまう。口を半開きにしたまま、入場口を茫然と見つめていた。ビスマルクがその視線の先を見れば、先ほど画面に映し出されていた面々がリングへ向かって走って来ている。
「ら、乱入?! これはどういうこと?」
「俺にもわかるかよ。こっちはハードコア王座なんて関係のない試合の最中だぜ?」
実況席の混乱が落ち着くような暇もなく、乱入者た
ちによって囲まれてしまう。
「ねぇ、フレンズ!
あの子がどこにいるか知らない? ロッカールームにもいなかったの。あと見てないのはリングくらいになっちゃったわ。あ~! もしかして、あなたたちが匿ってるんじゃないでしょうね?」
「まさかそんなこと!」
などと実況席が揉めている間にも、リング内での試合は進んでいる。今もまたジークフリートが攻勢に出ており、丸井に対してアンクル・ロックを決めていた。
「おい、タップしろよ!」
痺れを切らしそうになりながらも手を緩めることなく相手の足首をきつく捻り上げる。このままでは丸井の足首が折れてしまうのではないか、と観客も思うほどに鬼気迫る様子であった。
「い、やだ
……!」
歯を食いしばり、耐えに、耐える。そのしぶとさにジークフリートも冷や汗をかき始めた。
「お前、いい加減
――」
「いい加減出て来ねぇか、福士!」
「ひぃっ
……な、な、何でバレて?!」
「えぇ!」
中河内が叫ぶと、リング下からひとりの男が出てきた。ハードコア王座のベルトを持つその人物は福士ミチル。乱入者たちが探している人物に違いなかった。
「あっちだ!」
「レフェリー! 来てちょうだい!早く早く!」
「おいおいおい、どうなっちまうんだこりゃ!」
福士がリングに侵入し、そのまま反対側まで走り、花道から逃げようとした。しかし、彼を狙う選手たちが素早く回り込み、行く手を阻む。こうなっては試合どころではない。気を取られたジークフリートが丸井の足首の拘束を解いた。
「隙あり
……だろい!」
「リングを見て! 出るよ、丸井くんの妙技が!」
「綱渡りか!」
綱渡りは相手の腕を掴んだままトップロープの上に乗り、その名の如く綱を渡った後に跳躍し、首の後側に強烈な一撃を当てるというものである。これは丸井の得意とする「妙技」の内のひとつであった。しかし
――
「ぐぬぬ
……ヤケだ! ハァァ
――ッ、銀華ぁ!」
花道付近に固まっている選手たちに向けて、福士がセカンドロープとサードロープの間からトペ・スイシーダを決める。
ちょうどそれは、丸井の乗ったロープで行われた。また、福士の身体はセカンドロープに触れながら飛び出した。となれば、ロープ上の丸井はバランスを崩さざるを得ない。
「っと、わ。あ!」
まずは福士が全員の上へ落ちる。そして次に丸井が倒れた福士の上へと落ちる。最後にマルスの呼び込んだレフェリーが速やかにカウントを取る。
幾多の選手たちが倒れ込む中、現王者
……いや、元・王者の肩を押さえていたのは、そう。他ならない丸井であった。レフェリーは、やっとの思いで半身を起こしたばかりの丸井の腕を持ち上げ、ベルトも手渡した。
「え
……何
……?」
丸井は自分の身に起こったことを理解しきれていなかった。何だか夢見心地で、ベルトの重量だけが現実としてあるような感覚すらした。
だが、自分はまだジークフリートとの試合の最中のはずだし、そもそも挑んでいる試合はベルトを賭けたものではないはずだ。それなのに、何故
……と彼が考え込んでいる間にも、時は経つ。
「
――……5! 6!」
「え。あ、ちょっ」
「ハードコア王座戦は一旦落ち着いたが、本命はまだ続いている
……、ってな」
「やばいって!」
人々を押しのけて何とかリングの方へと向かおうとする。しかし、ここに来て先ほどの攻撃が効いてきたのか、足首に鋭い痛みが走った。これではすぐに立ち上がることができそうにない。それでも、と丸井は這いながら向かおうとするが、時間は無慈悲に経ってゆく。
「7! 8! 9!」
「ち
……っくしょう!!」
「10!」
ゴングが鳴り、勝負の終わりを告げる。
「ただ今の勝負、丸井選手のリングアウトにより、ジークフリート選手の勝利となります」
場内に鳴り響く勝者の入場曲の裏で、観客がどよめきを起こした。
勝利を手にしたジークフリートがリング内から対戦相手を見下ろす。その表情は勝利に酔いしれるようなものではなく、むしろ「不満」の文字のみが表れていた。口を開き、丸井へ向けて何かを発するかと思われたものの、大きな舌打ちだけをしてリングから去っていってしまう。
対する丸井は、その場で立ち上がり、思いがけず手にすることとなったベルトをじっと見つめた。今後のこと、今の試合のこと。そういったことを考えよう
……としていたのであったが、24時間ルールの下に成り立つハードコア王者に、そんな暇は与えられない。
「隙が出来ましたね、アナタ
――」
「え?」
今のは幻聴か?そんなことを思っている間に一人の男が丸井に襲い掛かった。気が抜けていた丸井は容易に倒され、肩を押さえられてしまう。
「1、2、3!」
そして王座はまた移動する。丸井をフォールした相手。それは、見慣れない姿のマスクマンであった。
「また王座が移動!でも、彼は
……もしかして
……?」
マスクマンがマイクを要求すると、すぐにその手に渡った。右手ではベルトを高々と掲げながら、どことなく独特な訛りのある語り口でこう告げた。
「TNSユニバースの皆さん、初めまして。私は大都会に舞い降りた妖精
……ラストキジムナーJr.です」
――特番終了後、ロッカールームにて。
「くそっ。こんなの納得いくかよ!」
頭にタオルを被って俯きながら、ベンチに座るジークフリートの姿があった。ドアの外には「誰も入るな!」と殴り書きのメモが貼られていたが、それを気にも留めず入室してきたひとりの男が、彼に近づく。
「よぉ。悔しいよな、ジーク。せっかくのメインイベントの勝者だってのに、
ちゃんとした勝利を得られず、しかも話題だって搔っ攫われちまってよ。見たか? 今やSNSは謎のマスクマンの話題で持ち切りだ!」
ジークフリートは男の言葉を無視した。そんな彼を煽るように男は続ける。
「ま! それも当然か。まず内容が酷かったしな。お前らしさが今日は全然出せてなかったんじゃねぇか? 普段のお前ならサブミッション主体の試合運びをしてると思ったんだがな。それにあの決着だって、お前が場外に出てマルイをリングに入れてやるなり
――」
「うるせぇな。何様のつもりなんだよ!」
勢いよく立ち上がり、男
――ビスマルクの胸倉を掴む。ジークフリートの目に飛び込んできた彼の表情は、想像していたものとは異なり、至って真剣なものであった。
「入団して短期間でこんなところまで上り詰めて来ちまったお前には、なんつっても経験が足りない。なら経験豊富なこの俺が、お前を手伝って真のメインイベンターにしてやるってこった。
……と言っても俺は裏方に回るのは勘弁だからな。お前だけに美味しい思いをさせるようなもんでもないんだが
……惡い話じゃないと思うぜ。どうだ、聞いてみるか?」
「
……聞かせてみろよ」
ショーは続く。それぞれの思惑を載せて。これまでも、現在も、これからも。
終