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残りの夜が来た
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星矢
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女の子ミロと女の子カミュ
しかも現パロ
初出・Webサイト「残りの夜が来た」2011年
ミロは私になど興味がないのだが、それは仕方のないことだと、私はきちんとわきまえている。
主のいない部屋の中で、私は床に寝そべって、手を伸ばしていた。ソファの下に落ちているマニキュアを拾うためだ。部屋に対して少し大きいと思われるソファの中央に落ちたマニキュアは、私が手を伸ばしてもぎりぎり届かない所でじっとしていた。肩がつかえてしまうのをもどかしく思いながら、それでも道具を使わずに、私は何とかその小瓶に指先を引っ掛けようと試みた。
昼間だったが外は曇っていて、部屋の中も薄暗かった。主が帰ってくれば、その金髪で少しは明るくなるのだろうが、私の赤毛にはこの部屋を照らすような力はなかった。だから、ソファの下のマニキュアが何色か、私には良く見えない。
ミロの指は、細くはなかった。どちらかと言えば私のほうが細いかもしれない。彼女の指先に似合う色はどんな色だろうと、私は身体をひねりながらぼんやりと考える。オレンジなんかいいかもしれない。明るい金髪によく似合う。ラメは入っていない方がいい。彼女には必要ない。そこまで考えてから、私はため息を飲み込んだ。想像の中の指先に動揺したからだった。
私は同性愛者だった。それに気づいたのは最近だった。そう決めてしまえば、焦りよりも安心のほうが大きかったし、それならば、パートナーにもそういう人物を選べばいいと思っていた。
…
いつかは。今は、駄目だった。私はミロが好きなのだ。浅ましくも友人の顔をして付き合っている彼女のことが。彼女は私と違って異性愛者だったから、この気持ちを暴露するつもりはない。そこまでして殉ずることのできる気持ちなのかどうか分からなかったし、それによって失う物のほうが多いような気がした。
…
そうだ。私は単に怖いだけだ。それでもミロが私を友人と思っていてくれている以上、それより先にも、後にも、動けなかった。
爪の先が小瓶にぶつかる。もう少し、だと思ったのに、マニキュアは私の指先に弾かれてまた遠くへ移動してしまう。
「
……
」
絶望した私は手を伸ばすのを諦め、ずるずると腕を引き上げた。腕には綿埃と、金髪が絡まっていた。癖毛の彼女の髪の毛は、太くなったり細くなったりしながら、たった一本になっても、曲線を描いていた。美しいなと思う。たった一本でも、埃にまみれても、薄暗い部屋でも、彼女の髪の毛は、美しいなと、
「ただいまー」
私はつまんで眺めていた髪の毛をゴミ箱に捨てた。彼女が部屋に戻ってくるまでの短い時間にできたのはその動きだけだったので、ミロの目に入ったのは、床に座り込んだ私の姿だ。
「おかえり」
「ただいま。何してんの?」
「
……
」
私はソファの下を指差し、「マニキュアが落ちていたから、」と言った。「拾おうとしていた」
ミロは少しだけ首をかしげ、ペットボトルの入ったコンビニの袋をソファに投げ捨てた。それから、「あ!」と声を上げる。
「そんなところに」
私は黙って頷いた。
「だが、届かないのだ」
事実を淡々と述べたつもりだったのだが、私の声は予想外に惨めだった。気持ちを乗せてしまった事を、私は死ぬほど後悔した。口を開かなければよかったのだ。もっと押し殺さなければならないのだ。もっと静かに、氷のように、
ミロは私の声に対して、きゃははと笑った。
「よかったー、見つかった」
「
……
」
「ていうかカミュ、ソファを動かせばいいのに」
「
……
」
私はミロを見上げた。
夕刻が近づいていて、部屋の中はさっきよりも暗くなっているはずだったが、ミロは私の想像通りに、当たりを照らしていた。私は目を細める。氷のようにならねばならない。ならねばならないのだけれど、彼女が片端からそれを溶かしてしまう。私は一体どうすればいいのだろう。
どうすればいいのだろう、なんて、分かりきっていることだ。
私はきちんとわきまえている。
「
…
そうだった」
「カミュ、そっち持って」
ミロは既にソファの片方に手を掛けていた。私はゆっくり立ち上がって、彼女と一緒にソファを動かした。
「きったね」
「
…
そうだな」
ソファの下にはうっすらつもった埃と、輝く髪の毛と、私の描いた腕の跡、それから、マニキュアの小瓶。
私がその色を確認する前に、ミロはさっとその瓶をつまみ上げ、私の顔の横に並べた。視界から外れてしまった小瓶を追いかけて首をひねると、
「赤」
「
……
」
「カミュに似合うかなーと思って」
ミロはまたきゃははと脳天気に笑う。
「
……
」
どうすればいいのだろう。
なんて、分かりきっていることだ。
「こないだ見つけて買ったんだけど、どっかに消えちゃってたんだよなー、よかった」
「
…
ズボラだな」
「うるさいな」
ミロはソファの位置を戻さないまま、ペットボトル入の袋の横にどすんと腰を降ろした。それから私に向かって手招きをして、今度は声を出さずに笑う。
「塗ってやる」
「
……
」
細められた目が私を突き刺す。
身体に穴が開いたようだった。針の糸のような穴から、じわりと、何かが広がっていく。
…
溶かされてはならない。あの光に毒されてはならない。
私はわきまえている。
私は埃を舞い上がらせないよう、静かに彼女の隣に並んだ。彼女は私の返事を待たずに、勝手に手首を掴んだ。ほんの少しだけ黒ずんだ赤が、私の爪になる。
「
…
髪の毛と同じ色とは、センスが無いような気もするが」
「はあ!?」
ミロは憤慨した声を上げたが、手を止めることはしなかった。彼女の指先の温度と、私の体温よりもほんの少しだけ冷たいマニキュアが、私の手の上でハレーションを起こした。
「
…
いいよ、似合うよ」
「
……
」
私は彼女のつむじから目を逸らし、窓の外を眺めた。シンナーの匂いを吸い込みながら、何もかもを持て余しながら、彼女に暴露する代わりに、「後で私も塗ってやる」とだけ言った。
日の沈みかけた窓ガラスに、彼女の金髪が浮き上がるように映っていた。
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