街があんなにも小さく見える。このジオラマのような街並みの中には人がたくさんいて、それぞれが日常生活を、あるいは特別な一日を過ごしているのだろう。そして、これから再会する彼もまた……。
*
「神奈川って東京から近いですよね」
「へ?」
空港に着いてすぐ、俺たちは一旦カフェで休憩することにした。ここに来るまでに夕飯は食べ終えてるから飲み物だけを注文する。そんな状況でコーヒーをひとくち飲んだキテレツが発したのは、あんまりコイツらしくない、なんというかちょっと間抜けな感じのするひとことだった。
いくら沖縄の人間だからって東京と神奈川の地理関係をよく知らないってことはないだろ。普段は『アナタより頭いいですけど?』みたいな態度すら取ってくるってのにな。っつーかさっきその間を電車で移動してきたばっかだし、改めて言うようなことなんだろうか? なんて若干不審に思ってたのが顔に出てたのか、キテレツが発言に補足しだす。
「飛行機に乗ってるとね、改めてそう思うんですよ。サービスによっては今どこを飛んでいるのか確認できるじゃないですか。それで」
ああそういうことね。納得納得。
「確かに! 俺も飛行機乗ると結構すぐに富士山見えてビックリすることあるしな。言われてみたら神奈川なんか気づいたら過ぎてるか」
「でしょう? それが行きの——こちらに来るときは別にいいんですがね」
言い終わったあと、キテレツの視線が手元に落ちる。何か意味ありげだ。
「んじゃ、帰りのときは?」
「随分あっさりと過ぎてしまったな、と。そう思うだけです」
……高一の夏から付き合い始めて二年。とは言っても大体一緒にいられる期間ってのはテニス絡みのことがあるときで、こうやって個人的に会ったのはまだ数えられる程度のもんだ。だから出会ってそれなりの年月が経ったとはいえ、キテレツのことを全部知ってるなんて思っちゃいない。つまりこれは俺の勘違いというか自意識過剰なだけかも、なんだけど……。
「もしかして、寂しい?」
バッ、と音がしそうな勢いでキテレツが顔を上げる。
「そんな訳ないでしょう。からかわないでください」
口ではそう言ってるけども、どうやら図星らしい。表情こそいつものおすまし顔だけどちょっぴり、ほんの少しだけ目が泳いだのを俺は見逃さなかった。流石にこればっかりは俺の勘違いじゃないと思う。流石に、な。
「からかってねぇよ? もしホントにそう思ってくれてるなら嬉しいってだけ!」
「……ブン太くん。公共の場ですよ」
コーヒーカップを握るキテレツの手を俺の両手で包んでみる。諌めるみたいな言い方だけどやっぱり図星だったんじゃん。普段ならすぐ振り払うはずなのに、そのまま受け入れちゃうなんてよ!
でも、寂しいのは俺も同じだ。キテレツがこっちに来て一緒に過ごせたここ数日は心の底から幸せで、楽しくて……許されるならこのままでいたい。けどそれは無理だから……。
「そんな思いさせなくできればいいんだけどな。今は色々ムズいし……」
早く大人になりたい。気持ちの上では十分そうなったつもりでも、まだまだ俺は——俺たちは子どもだ。
「痛いです」
「え、あ、……わりぃ」
包んだだけのはずだったのにいつの間にかキテレツの手……というか指を強く握りしめちゃっていた。反射的に手を離すと、今度は逆にキテレツの方から手を取られる。……いやそれだけじゃないのかよ指まで絡めてきた!?
「こ、公共の場だぞっ」
「そっちが先にしてきたんでしょう?」
「でも、」
あ〜、やられた! 完全に、やられた! いっつもこうなんだよ。チャンスを狙っていいとこ取りするのはどっちかって言えば俺の役目だろい!?
「ふふっ。手汗、凄いですよ」
「誰のせいだと思ってんだよ」
「当然、私のせいですねぇ」
「わかってんならいい……いやよくねぇわ。ほらもう離せって」
無駄な抵抗とわかっているけど、空いている左手でキテレツの指を剥がそうと試みる——と、今度はそっちの手を取られちまう。クソ〜! 悔しいのか嬉しいのか恥ずかしいのかよくわかんねぇ! 今測ったら熱があるんじゃねぇかなってくらい顔が熱い! このままやられっ放しなのは嫌だから……そっちがその気なら、こっちだって!
「——あっ!」
「やられてばっかなのは性に合わねぇからな!」
してやったり。手も離してもらえたし、仕返しもできた。ついでに目の前で顔を真っ赤にしながらほっぺをさすってるキテレツを見られて大満足だ!
「〜ッ。そもそも、アナタが先に手を出してきたというのに……」
何だかそれは語弊があるような、ないような……。でもまぁ、確かにそうだ。とにかくこのままだとまたキテレツの方から仕掛けてきて、いたちごっこが始まる気がするから手を打たないと。
「な、なぁキテレツ。とにかくさ、俺はちゃんといるから……たまにしか会えないっつっても、今は直接会わなくても色んな連絡手段があるし……何より俺たちにはテニスがある。だろ? だから、寂しがんなよ」
「話をそらしましたか……まぁいいでしょう。さっきも言った通り、私は寂しがってはいないんですがね」
「わかったわかった。寂しいのは、俺の方で〜す!」
両手を上に挙げて『降参』のポーズをしてみると、キテレツが笑ってくれた。そうだよ。めちゃくちゃ寂しいんだぜ? 本音を言うなら今すぐ抱きしめたい。帰ってほしくないって言いたい。でも、できない。そんなわがままは、キテレツを困らせるだけだから。
「ブン太くん。そろそろ」
「うん」
キテレツが乗る予定の飛行機の時間が近づいてきた。そろそろここを出ないと駄目なはずだ。
「また、会いましょうね」
「おう。なぁ……今日の飛行機、Wi-Fi繋がるやつ?」
「そのはずです」
「じゃ、メッセージでも送るわ。絶対返せよ!」
「ええ」
保安検査室を通るところまでキテレツを見送ったら、俺はひとりになっちゃった。迎えに来たときと同じになっただけなのに、全然違う。……って、感傷的になってる場合じゃないか。まだやれることはあるもんな!
えーっと展望デッキは……あっちか。
*
飛行機が離陸して少しした頃。スマートフォンでの通信ができるようになった。早速接続をしてみれば写真が送られてきていた。画面の端には彼の顔があって、空の方を指差している。その先に見えるのは、小さくなった飛行機。添えられた言葉は『またな!』と、これだけでどういう写真なのかという説明はない。
……思わず緩んでしまった口を手で覆う。もうすっかりと離れてしまいましたけど、気持ちはちゃんとわかりましたよ。
さて、それにしてもこれにはどう返したものか……。少し考えてからこんなことを送ることにした。
『次は私が迎えに行きますからね。お楽しみに』
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