【カブミス25のお題】15.羊/眠る夜

ライオスからもらったウィスキーを持ってミスルンの家を訪ねるカブルーの話。

 ミスルンさんは、あまり眠ることがない。肌を重ねた後も俺よりも遅く寝て、翌朝には俺よりも早く起きている。俺はそれで身体が持つかと心配だったのだけれど(だって俺もあまり眠るたちじゃなかったからだ)、彼はもう歳だからだろうと取り合ってくれなかった。俺はそれに対して、特に何もできず今に至る。あの人が眠る様が見たいのに、ミスルンさんはいつだって眠い目をこする俺をじっと見つめる。朝は窓際に立って、花が咲き乱れる風景を背後に俺を見つめている。ジキタリス、アリウム、デルフィニウム、それから名前の知らない、やっぱり紫がかった花たち。アーチにはつるばらが絡み、ぷっくりと蕾をつけている。俺はそれを見て、そろそろ初夏と呼ばれる季節が来ることを知る。ミルシリルも、あんな花々をよく植えていた。多分エルフ風の庭を庭師が再現したのだろうそれは、あの人の灰色がかった銀の髪や、傷が残るものの透き通った白い肌によく合っていた。
 あぁ、話がそれてしまったな。俺はとにかく、彼を眠らせたかったのだ。俺の腕の中で荒く息をして目を閉じる時も愛しいけれど、ミスルンさんが安心して眠れるようにしたかった。それは心に傷を持つ彼には無理な話なのかもしれないけれど、俺はそんな愛しい人を癒したかった。そのためにはなんだってした。キスも、あたたかなミルクも、眠りに入りやすいと噂の香水も、何もかも捧げた。でも、彼は俺の前では眠らなかった。俺はそれが寂しく、でも、結局は何もできなかったのだった。
 
 
 ミスルンさんと離れて仕事をしている間の俺は、メリニ国に数多いるただの文官である。宰相補佐とは名ばかりのもので、俺と同じような仕事をする者は他にもたくさんいた。俺は冒険者であった過去と、西方エルフの義母を持つ血筋でその地位を与えられたようなものだった。
 それは俺にとっては不服だけれど、仕方がないといえば仕方がなかった。でも、時折西方エルフに繋がる者として扱われるのはつらかった。というのも、義母だけではなく、恋人も西方エルフだったからだ。あの帝国は強大で、新興国のメリニを潰そうと思えばすぐに実行できる力を持っていた。だから警戒されるのは、やっぱり仕方がないのだろう。だって執務室で頭を悩ませながら羊皮紙に向かう今も、俺は恋人のことを考えていたのだから。
「あぁ、カブルー。入っても?」
 そんな時、珍しくライオスさんが執務室を訪ねてきた。手には飴色の液体が入ったボトルがある。彼はそれを大切に扱い、俺の机の上に置いた。
「なんです? これ」
「この国の麦から作ったウィスキーだ。眠れないって言ってただろう? 寝酒にどうかと思って」
 今眠れないのは俺ではなくミスルンさんだったが、俺だってあまり眠れるたちではなかったし、寝酒を求めることがあった。それをどこかで聞いたのだろう。この人は善人だ。だから臣下に酒を与えるなんてことをしてしまう。あまりかつての仲間たちを重用しては嫉妬を買うと思わないでもなかったが、善なるこの人がすることは、この国では正しかった。
「試作品ですか? いい色をしてる。食料問題が解決したら、輸出品にしてもいいですね」
「あぁ、俺もそう思ってる。今もここは交易の中心地だけど、何か特産品があれば民も潤うし……
「ありがとうございます。今日早速飲みますよ」
 俺はそう言って椅子から立ち上がり、ライオスさんを送り出す。王である彼がこんなところをうろちょろしていては、外聞が悪い。
「そのまま飲んでも、水割りでも、ホットでも紅茶で割っても美味いってヤアドが」
「分かりました。一通り試して感想を言います。だからあなたは王の間に戻ってください」
 俺はそんなふうに言って執務室に戻り、仕事に戻る。そしてこう考える。これをミスルンさんとともに飲めたら、一体どれだけ嬉しいかって。今夜このウィスキーとともに彼を訪ねられたらいいって。インク壺に羽根ペンの先を浸しながら、そんなふうに考える。
 
 
 ミスルンさんの家を訪ねたのは、夕食どきも終わった、夜遅くのことだった。彼は突然訪ねた俺からウィスキーを受け取って、まだ夜は冷えるからとシナモンやオレンジを入れたホットウィスキーを作ってくれた。俺たちはそれを寝室で飲み、そのままベッドに入る。
「まさかライオスが酒を作るとはな」
「いい輸出品になりますよ。だってこんなに美味いんですから」
「黄金郷のウィスキーか。きっと貴族たちが喜ぶ」
 ミスルンさんが少しだけ赤くなった、薄い唇が印象的な口元を緩ませる。俺はそんな彼にキスをして、ベッドの中に引きずり込む。ミスルンさんは抵抗せず、俺の思うままに動き、俺の思うままに目を閉じた。俺は身体を動かしながら彼に口付け、ゆっくりと傷つけないように身体を切り開いた。それも終わってしまうと、仕事で疲れたところに酒が入ったからなのか、俺はうとうとと船を漕ぎ出してしまう。ミスルンさんはそんな俺を見つめ、静かに笑う。
「駄目です、一緒に寝てください」
「酔っ払いは見苦しいぞ、カブルー」
 そんなふうにミスルンさんは俺をからかい、薄手の布団を俺にかけてくれた。だというのに、俺はミスルンさんの腕を掴み、ぎゅうと抱きしめる。布団がくしゃくしゃになり、少しだけ冷たい風が窓から吹き込むのを知る。
「羊を数えてあげます。羊が一匹、羊が二匹、羊が三匹……
……そんなことされなくても、私はちゃんと眠れているよ、カブルー」
「え?」
「羊が必要ないくらい、お前が安眠剤になってるって言ってるんだ」
 俺の腕の中で、俺を見ないままでミスルンさんはそう言う。俺はそれになんだか泣きそうになってしまって、もっときつく彼を抱きしめる。
「苦しい、カブルー」
「すみません、ねぇ、羊もいらないって本当ですか?」
「本当だ。お前といると、一人でいるよりずっと眠れる。悪夢もみない。朝早く起きてしまうのは、多分歳のせいだろうが、気にしてくれていたんだな」
 腕を緩めると、ミスルンさんは待っていたとばかりに俺の額にキスをした。俺はそれに何も言えなくなって、お返しに彼の唇を奪った。
 俺たちは互いの背に腕を回す。多分ミスルンさんは今日も俺より遅く寝るんだろうし、明日は俺よりも早く起きるんだろう。でも苦しまないでいてくれるんなら、それでよかった。悪夢をみないでいてくれるんなら、それでよかった。
 俺はきつくきつくミスルンさんを抱きしめる。ミスルンさんはそれに応え、俺の背中をとんとんと叩いてくれる。多分、俺はミスルンさんのことを誰よりも愛している。今はただそれだけでよかった、二人で眠る夜には、酒も羊もいらない、それだけでよかった。