ある昼下がり、仕事もなく、ぼうっと白い壁を見つめながら時間を潰していた621の元に、一件の通信リクエストが舞い込んだ。送信元の名は、シンダー・カーラ。基本的には、仕事の依頼なら主であるハンドラー・ウォルターを通してくるはずだから、これは全くの私的な通信ということになる。リクエストを承認すると、いつもより上機嫌な声色でカーラが話しだした。
「やあ、ビジター。リクエスト承認、ありがとうよ」
「こん、にちは……何か……ひみつの、仕事?」
主を通さない仕事を提示されたらどうしよう、というわずかな不安を含みながら尋ねると、彼女はけらけら笑ってそれを否定した。
「いや、そんな堅苦しい話じゃないさ。ちょっとお願い……というか、お誘いをしたくてね」
「お誘い……」
鸚鵡返しで聞き返すと、カーラはその〝お誘い〟について、621に説明してくれた。
「実は二週間後、チャティの誕生パーティを開くんだ。是非、ビジターにも来て欲しいんだが……どうだい?」
ビジターはRaDの外では唯一の、あの子の友だちだからね。来てくれたら、きっとチャティも喜ぶはずさ。カーラはそう付け加えて、621をパーティに誘ってくれた。
RaDの、つまりはドーザーたちのパーティとなると、少し……いや、かなり危険な匂いはするが、カーラ直々に誘ってくるくらいなのだから、きっと危ないことにはならないよう気を遣ってくれるだろう。……おそらくは。
(レイヴン……私は、心配です)
エアの囁きももっともな意見だ。いったいどんなパーティなのか、621の脳みそでは想像さえ難しい。でも、チャティにとって自分が唯一の友だちだと言われたら、是非、祝いに行きたいと思う。621にとっても、彼は大事な友だちだからだ。
(わたしも……ちょっと、怖いけど……でも、行きたいよ)
(……チャティは〝友だち〟ですものね。わかりました。レイヴン、十分、気を付けて……!)
エアの後押しも受け、621はカーラの招待に返事をした。
「カーラ、お誘い、ありがとう……。もちろん、行くよ」
「そうかそうか。良かったよ。ああ、この話はチャティには内緒にしておいてくれよ。サプライズにしたいからね」
サプライズなんて、あのクズの口癖だからちょっと癪だけど、と締めくくられ、カーラとの通話は終了した。
誕生日パーティのお誘い。相手も、そのイベントも、621にとっては魅力的なものだった。誰かのために何かが出来る。その相手が大事な友だちなら、尚更嬉しい。けれど……。
「……お祝い、って、何をしたら、いいのかな……」
おめでとうと伝えるだけでも十分かも知れないけれど、せっかく誘われたのだから、喜んでもらえることが出来たらいい。ぼんやりとした頭で、621はうーん、と頭を悩ませた。
(まだ日にちはありますから、一緒に考えましょう)
「……うん」
そうだ。自分の側には、何でも調べてくれるエアがいる。主であるウォルターにもパーティに行くことを報告しないといけないし、どんなプレゼントが良いか、知恵を貸してくれるかも知れない。
621はエアと共に、ウォルターの部屋へと向かった。カーラから事前に根回しされていたらしく、パーティに行くという報告に特に反対されるということも無かった。ただ、チャティが喜ぶようなプレゼントに心当たりはないか、という問いには、そういうことは自分で考えるべきだ、と返されてしまった。何か買い物をしたければ手続きはしてやる、お前が稼いだ金は好きに使え、とも。
確かに、チャティとは特に接点のないウォルターより、自分で考えたほうが良いのはわかっている。しかし、どうにも自信はなかった。チャティは優しいから、きっとどんなプレゼントでも喜んでくれるだろう。でも、せっかく渡すのなら、本当に喜んでもらえるものがいい。
ウォルターへの報告を終え、部屋に戻った621は、エアと共に何をプレゼントしたらいいか相談し始めた。手配が必要なものなら二週間は短すぎる。
ああでもないこうでもないと頭を悩ませているうち、その日はあっという間に夜になって、621はウォルターから早く寝るようにとお叱りを受けてしまった。
二週間後、621はウォルターと共にグリッド086を訪れた。反対はされなかったものの、心配だから着いていくと言われてしまい、ウォルターが同伴しての参加になった。エアは最後まで迷っていたが、意を決して着いていくことに決めたらしい。
(せっかく、レイヴンと二人で決めたプレゼントですし……私も見守りたいですから)
621の手には、星外から取り寄せた、とっておきのプレゼントが抱えられている。エアと一緒に考えて、それなりの金を使って手に入れた品だ。喜んでもらえるか、少しばかり不安はあるものの、良い品を選ぶことが出来たと621は思う。
移動用カーゴから降りたウォルターと621は、タキシードを身にまとったドーザーの男に連れられて、パーティ会場へと案内された。ウォルターと621も事前にカーラから指定され、タキシードを着て参加している。ウォルターはともかく、621は着慣れない礼服に居心地が悪そうにしながら、ドーザーの後ろを歩いていた。
「ビジターさんも、ビジターさんのハンドラーも驚いたろ? ドレスコードがあるなんてよ」
「……そうだな」
「ま、ちゃんとしてるのは外見だけさ。心配しなさんな」
堅苦しいパーティは俺たちの性に合わない。肩肘張らずに楽しむといいさ。男はそう言って、ピアスまみれの顔で笑った。
車に乗り、ドーザーの男の怪しい運転で連れて行かれた先は、RaDで一番広い場所、かつ、もっとも大きくエンブレムが掲げられた区画だった。スマートクリーナーがいた溶鉱炉。その手前にある広い区画がパーティ会場らしい。
乱雑に停められた車両や重機は片付けられ、それらしく飾り付けられている。
一目で値が張ることがわかるビロードの布、美しく輝くシャンデリア、ところどころに立てられたキャンドル。長テーブルにも真っ白なクロスが掛けられて、材料はともかく色鮮やかな食事や酒瓶が並べられている。もちろん、ほのかに赤い光を湛えた飲み物も。
「……」
「……」
(……)
その怪しい飲み物は見ないふりをして、二人とエアはきらびやかなドレスを着たカーラの元へと向かった。奥に設えられた壇上でマイクの調子を確認していたカーラは、二人の姿を見ると、控えめに手を上げて歓迎してくれた。
「やあ、ビジターにウォルター。良く来てくれたね」
「カーラ、お誘い、ありがとう」
「……随分と豪華なパーティのようだな」
「なんだい、ウォルター。この私の美しさに声も出ないみたいだね」
「……」
ウォルターはやれやれと肩を竦め、カーラはそれを見てくすくす笑う。カーラのエンブレムと同じ赤紫のドレスは、散りばめられたスパンコールがきらきら輝き、身につけたアクセサリーと共にカーラを美しく引き立てている。
「今日のカーラ、すごく、きれいだ」
「おや、ビジターはわかってるねえ。ビジターも良く似合ってるよ。男ぶりが上がったね」
「へへ……」
カーラに褒められた621は照れたように頬を掻いた。ウォルターが見繕ったタキシードはサイズもぴったりあっていて、着替えも手伝ってもらったから、いつものぼんやりした様子とはまるで違って見える。
「見たところ、プレゼントも用意してくれたみたいだね。後で渡してやってくれ」
「ああ。チャティ、は……」
「チャティは今日の主賓だからね。後で出てくるよ」
この大掛かりな準備を本人に知られないようにやるのは、なかなか大変でね。カーラはそう苦笑しながら、二人を来賓席へと案内してくれた。この会場まで送ってくれたドーザーの男は、外見はともかくパーティ自体はいつもの調子だと言っていた。ならば、かなり破天荒なパーティになるはずで、外からのゲストにはかなり刺激が強いものだろう。一般ドーザーたちとは少し離れた席が用意されているのは、彼らなりの気遣いに違いない。
通された席には、綺麗に磨かれたコップが置かれている。食事に制限のある621と、少食なウォルターには、後で特別な食事が運ばれてくるらしい。
「ウォルターにはこいつをやるよ。パーティが始まったら飲むといい」
「……カーラ、これは」
「なんだい、どうせ泊まってくだろ? 部屋は用意してある。遠慮なんてするんじゃないよ」
カーラはウォルターの席の前に高級そうな瓶を置くと、もうすぐ始まるから座って待ってな、と言って、壇上へと戻ってしまった。
「ウォルター、それは……?」
「酒だ。お前には飲ませられないが……」
「酒……」
知識としては知っているが、体の弱い621はアルコールの摂取は許可されていない。アルコール以前に飲食物には制限があるから、いつも摂取している流動食が入ったパックを持ってきてある。そんな621の前で贅沢をするのは気が引けるのだが……。
「……カーラの奴、奮発したな」
悪態をつきながら、しかしウォルターは満更でもない顔だ。621には悪いが、古くからの友人の好意を無碍にする訳にもいかない。ウォルターは瓶と共に置かれたソムリエナイフを手に取り、慣れた手つきでワインのコルクを抜いた。
「おお……」
ウォルターの滑らかな手つきに621が歓声を上げた。621にとっては手品のように見えたのかも知れない。パーティはすぐに始まるという。ならばとウォルターは目の前に置かれたワイングラスに、とくとくとワインを注いでいった。
(きれいな色ですね……どんな味がするのでしょう)
吸い込まれそうなほど深く濃い赤。コーラルとは違う赤い液体にエアも興味が湧いたようだ。
「……どんな、味……ですか」
「そうだな……」
621が尋ねると、ウォルターはしばし頭を悩ませた。このワインはウォルターの好みではあったが、味覚を無くした621に伝えるには少しばかり複雑な味わいをしている。ワインの味がわかるようになったのだって、ここ十年程度のことで……。
「……渋みと酸味のある……しかし香り高い……大人の味、といったところだ」
「大人の……」
(それは……美味しい、のでしょうか)
うまく伝わったかはともかくとして、ウォルターの答えは621にとってそれなりに満足のいく回答だったようだ。体は大人と変わらないはずの自分なら、味覚を取り戻したら美味しく感じることが出来るかも知れない。それがいつになるかはわからないが……。
興味深げにワインを見つめる621を見て、ワインは飲めずとも、それらしい雰囲気を味わわせようと、ウォルターは621の前に置かれたワイングラスに水を注いでくれた。
そうしているうちにパーティの準備は着々と進んでいるようだ。会場はいつの間にか大勢のドーザーでいっぱいになり、騒々しくなってきていた。そんな中でも誰も酒や怪しい液体に手をつけていない。彼らもこのパーティに対して真剣なのだ。
「あー、あー、お前ら、準備はいいか?」
演台の前に立った男がマイクを握り、ドーザーたちに呼びかける。彼も見た目は礼服だが、口調まで取り繕う気はないらしい。
「いいから早くしろ!」
「もったいぶってんじゃねえ!」
「うるせえ! 今回は特別ゲストも呼んでンだ、あんまりやんちゃすんなよ!」
柄の悪いドーザーたちのヤジを一蹴して、司会者の男が叫ぶ。男の傍らでカーラがやれやれと肩をすくめ、チラと舞台袖の方へと目配せをした。舞台袖で待機していたドーザーがハンドサインを送り、司会者の男も頷いた。
「……よォしお前ら! パーティの始まりだァ‼」
司会者の男が叫ぶと、待ってましたとばかりに、そこかしこから歓声が上がり、クラッカーが鳴らされた。式典風の舞台設定をしておきながら、式次第どころか、形式張った挨拶も何もあったものではない。次々と炸裂する破裂音に、621は思わず耳をふさいだ。けたたましい破裂音の中、舞台袖から履帯の駆動音と共に現れたのは、今日の主賓であるチャティだ。ACサーカスをそのまま小さくしたような体では表情は読めないが、そのゆっくりとした動きには、困惑や居心地の悪さが滲んでいて、いつもの彼の動きとは違うぎこちなさがあった。よく見ると胸元には蝶ネクタイがつけられて、彼もまた礼服を着せられているらしい。
ドーザーたちの歓声や拍手、指笛が響く中、チャティが壇上の中央に近づくと、どこからともなく大量の紙テープが壇上に投げ込まれ、チャティの体は色とりどりの紙テープで瞬く間にデコレーションされていく。
「では我らが参謀、チャティ・スティックの生誕を記念して、ボスからお言葉をいただきたく……さあどうぞ、ボス」
チャティが演台の前までやってくると、司会者の男はカーラへ恭しくマイクを渡した。途端に騒がしくしていたドーザーたちがすっと静かになり、カーラの言葉に耳を傾ける。
「チャティ、あんたが生まれてから三年、あっという間だったけど……」
「……三年?」
カーラの挨拶は続いているが、三年、という言葉に衝撃を受け、621はぽかんとしたまま固まってしまった。三年。ということは、チャティは三歳ということだ。AIだから人の年齢を基準に考えてはいけないことはわかっているが、三歳というのは621には衝撃的過ぎた。
あんなになんでも知っていて、賢くて、自分と仲良くしてくれている友だちが、三歳……。
621がぐるぐる考えているうちにカーラの挨拶は終わってしまったようで、ドーザーたちはぱちぱちと拍手を送っている。それにはっと背筋を伸ばした621は、続けてマイクを向けられたチャティの言葉を待った。こんな盛大なパーティで祝われて、チャティはなんと言うのだろう。
「……今年はまた随分と盛大なパーティだな。来賓までいるとは」
「年に一度の記念日だからね。驚いただろ?」
カーラが得意げに言うと、チャティは一瞬、621の方に頭を向けた。
「まあ、な……。毎年祝ってもらえてありがたいと思う。みんなも楽しんでくれ」
チャティらしい簡潔な挨拶に、それだけかよ! というツッコミがドーザーたちから上がり、しかし追加で何かを話すということもなく、チャティからの挨拶は終了した。
毎年これだけの規模の誕生パーティが開かれているということは、チャティは本当に大事に思われているんだな……と621がしみじみ思っていると、司会のドーザーがマイクを取った。
「えー、いつも通りの短い挨拶ありがとうよ、チャティ。じゃあお前ら、いつもの〝アレ〟の時間だ! 全員上がってこい‼」
その号令に合わせ、ドーザーたちが次々と壇上へと駆け出していく。その手にはテーブルの上に置かれていた酒瓶が握られている。一体何が始まるのかと621が視線を泳がせていると、いの一番に壇上に着いたドーザーの男が酒瓶を勢いよく振り、栓をぽんと開け、溢れ出た中身をだくだくとチャティの体に掛け始めた。
「⁉」
そんなことをしても良いのか、と621が驚く暇もなく、ドーザーたちは次々とチャティに酒を掛けては残りを飲んで、楽しげに笑っている。ぽん、ぽん、という小気味いい音と共に、おめでとう、これからもよろしくな、等々……ドーザーたちからチャティに掛けられる言葉はどれも好意的なものばかり。つまりこれはそういうイベントであるらしかった。
「ほら、ビジターさんも行こうぜ」
「え、あ、その……」
酒瓶を持ったモヒカン頭のドーザーが621に声を掛けてきた。ウォルターを見ると、行って来いとばかりに頷いている。621は意を決して立ち上がり、壇上へと歩き出した。
お祝いはしたい。こんなお祝いの仕方もあるなんて知らなかったけれど、郷に入っては郷に従え……という言葉もある。ならば、きっとチャティも喜んでくれる……そう信じて、621はドーザーたちにどうぞどうぞと案内されながら、チャティの真正面までやって来た。
「チャティ……誕生日、おめでとう」
「ビジターまで来てくれるとは思わなかった。ありがとう。礼服も似合っているぞ」
そういうチャティは全身びしょびしょで、床にも大きな水たまりが出来ている。紙テープが酒で貼り付いて、なんともすごい見た目だ。これに酒を掛ける……というのは、共犯者になるような感じがして、やはり気が引ける。
「ほい、ひと思いにやっちまいな」
「う……」
しかし親切なドーザーは、程よく中身が減った酒瓶を621に渡してくれた。621でも持てるくらいの重さだ。チャティもどうぞとばかりに頭を下げている。
「……えいっ」
しゅわしゅわと泡だった中身がチャティの頭にだばだばとぶち撒けられる。それを見たドーザーたちは手を叩き、いいぞいいぞと囃し立てる。本当に良いのだろうか……と思いつつも、彼らは来賓からのシャンパンシャワーに大喜びのようだ。
「……濡れても、平気……なのか?」
今更過ぎる621の質問に、チャティはいつもの調子で返事をした。
「問題ない。耐水・耐塵機能がなければ、ここでは仕事が出来ないからな」
「なる、ほど……」
その回答に621はほっと胸を撫で下ろし、やっとのことで笑顔を見せた。
「わざわざ来てくれて嬉しい。ガラの悪いパーティだが……楽しんでいってくれ、ビジター」
「ああ……きみに、渡したいものも、ある……から、あとで、また、会いたい」
「わかった。じゃあ、またな」
621の後ろには、チャティにシャンパンをかけたくてうずうずしているドーザーたちが、まだ大勢待っている。621は濡れた足元に気をつけながら、ドーザーの男に手を借りつつ、よたよたと来賓席へと戻っていった。
シャンパンシャワーが終わってからもパーティは続き、酔っ払ったドーザーたちが大騒ぎをして、みるみるうちに会場は荒れ果てていった。その隅の来賓席だけが、パーティが始まった当初の様子を残している。
当然のようにドーザーたちはテーブルの上のコーラルドラッグを煽り始め、エアにとっては見るに耐えない状況になっている。定期的に様子を見に来ると言って、少し前から彼女は一旦この場を離れていた。
「……」
そういうものだと諦めているからか、ウォルターはあまり気にしない様子でワインを飲み、出された謎の食料を摘んでいる。621もウォルターに倣い、流動食のパックを口にした。
誰も彼もがゲラゲラ笑い、馬鹿騒ぎをして、脈絡なく爆竹が鳴り出したりもして、お世辞にも上品なパーティだとは言い難い。彼らが着ていた礼服もたちまちすっかり着崩され、何かもわからない液体で汚れている。大半の人間は眉を顰める光景だが、色々と感性が未熟な621からすると、みんな楽しそうで良いなあ、という暢気な感想に落ち着いてしまった。
「やあ、二人とも。楽しんでるかい?」
そんな二人の元に、上機嫌のカーラとチャティがやって来た。チャティは全身びしょびしょで、カーラのドレスもまた、裾がシャンパンで濡れている。
「……少し、騒々しすぎるな」
空になったグラスを置いてウォルターが言うと、カーラはくっくっと笑った。
「これでも大人しい方さ。一応、ゲストを気にしてるんだよ」
「それは悪いことをした」
「たまには良いさ。でもウォルター、あんたも静かに飲みたいだろ? ビジターも寝る時間が近いはずだ。少し早いが、寝室に案内するよ。チャティも一緒にね」
カーラの申し出に二人は頷き、ドーザーたちに見送られながらパーティ会場を後にした。
彼らのパーティはこれからが本番で、ゲストには見せられないことを夜通しすることになる。誕生パーティは口実に過ぎなくなって、明日は主賓だったチャティが後片付けに奔走することになるのだが、それはまた別の話だ。
カーラとチャティに連れられて、ウォルターと621はRaDの廊下を歩いていく。ゲスト用の区画だから人気はない。さっきまでの騒々しさとは打って変わって、カーラのハイヒールの足音と、チャティの履帯の音だけが響く、静かな廊下だ。
客室まではそうかからなかった。いくつかある部屋のうち、カーラは隣り合った二つの部屋まで案内してくれた。
「さ、ここだよ。中の設備は自由に使ってもらってかまわない。何かあれば備え付けの電話で連絡してくれ。繋がるかは……運次第ってとこだけどね」
カーラの説明にウォルターはしばし眉間をおさえ、しかし深く考えないことに決めたらしい。
「……まあいい。あとは寝るだけだからな。621、何かあれば呼べ」
「わかり、ました。あと……お願いが、あって」
「なんだ」
大人しい猟犬のお願い、しかも出先で、というのは意外だった。ウォルターが聞き返すと、621は持っていた紙袋を掲げながら、おずおずと口を開いた。
「……少しだけ、夜ふかし……いいですか」
まだ渡せていなかったチャティへのプレゼント。その様子では、二人きりになって渡したいらしい。カーラとウォルターは顔を見合わせて、それぞれふっと笑った。
「ああ。たまには良いだろう。危ないところには行くなよ」
「……! はい、気をつけ、ます」
「チャティ。ビジターのこと、頼んだよ」
「了解だ、ボス。ビジター、夜ふかしの前に体を洗いたい。そこの突き当たりにシャワー室がある。悪いが付き合ってくれ」
「ああ、わかった」
主の了解を得た二人は、足取りも軽く廊下の向こうへと消えていった。
「……かわいいもんだねえ。小さい頃のあんたを思い出すよ」
「……」
カーラの軽口にウォルターは複雑な顔になり、じとりと彼女を睨んだ。そんなウォルターにカーラはくすくす笑う。
「さ、私らも〝夜ふかし〟しようじゃないか。積もる話もあるしね」
カーラのその言葉にウォルターは一層眉間のシワを深め、しかし断ることはせず、客室へと消えていった。
チャティに案内された部屋は、シャワー室というよりは作業場に近かった。チャティが入っている小型サーカスは、人と比べたら大きな体をしている。乾きかけた酒はベタベタするし、そのせいで紙テープが機体に貼り付いていて、人力で洗うには時間がかかる。チャティは少し待ってくれと言って、大型の自動洗浄機の中へ入って行った。高圧洗浄を行う機械らしく、中からは凄まじい水音が聞こえてきた。
「おお……」
自動で洗える機械の体は便利だ。自分があの中に入ったらと思うと恐ろしいが、少し羨ましくもある。ウォルターからは毎日シャワーを浴びるように言われているが、体力もない621にとって、シャワーを浴びる行為は重労働に近い。不衛生にしているのは良くない、というのは理解しているが、できれば短くさっさと終わらせたい。人も自動で洗えたら楽なのに……。
「待たせたな、ビジター」
ぼんやりと考えごとをしているうちに、機械の入口のシャッターが開いて、すっかり綺麗になったチャティが現れた。
「すごい、きれいに、なってる」
「毎年のことだが、酒まみれになるのは慣れないな……」
621だってそんな目に遭ったことはない。RaDに来るたび、自分の知らなかった知識や経験が目まぐるしく飛び込んできて、それはきっと楽しいことだ、と621は思うようにしている。ウォルターやエアからすると、教育に悪いような物事も多いのだけれども。
綺麗になったチャティはアームや頭を軽く動かして、動作に問題がないことを確認すると、621に尋ねた。
「さて……〝夜ふかし〟をしに行くとしよう。どこか行きたいところはあるか」
「えっと……」
チャティの質問に、621はたどたどしく返事をした。夜空が綺麗に見える場所に連れて行って欲しい、と。
チャティは作業場に置いてある分厚いロングコートを621に着せ、ひょいと細い体を抱きかかえると、きゅるきゅると履帯を走らせた。
「かなり寒いが、我慢してくれ、ビジター」
「ん……だい、じょうぶ」
着慣れないタキシードの下には、ウォルターがたっぷりと保温シートを仕込んでくれている。RaDのロゴが背中に描かれた厚手のコートがあれば、外でも凍えるということはないだろう。
チャティは広い廊下を駆け抜け、移動用エレベーターに乗り、生身の人間が耐えられる場所のうち、一番見晴らしの良い場所へと連れて行ってくれた。
「わあ……」
高いところが好きなドーザーたちも良く訪れる場所だから、そこかしこにゴミが散らばって、お世辞にも綺麗な場所とは言えない。しかし、621のリクエスト通り、夜空がとびきり綺麗に見える、特等席と言って良い場所だった。星々がきらきらと瞬いて、コーラルの赤い粒子と混ざり合う。その幻想的な光景は、まさしくとっておきの場所と言えた。
「いつもは騒がしい場所だが……今日はみんなパーティで出払ってるからな。ちょうどいい」
チャティの誕生パーティだというのに、当の本人は会場を離れ、ドーザーたちは大騒ぎしている……。それも変な話のような気がしたが、お祭り好きのドーザーは、いつだってパーティの口実を探しているのだから、チャティも特に気にしていないようだ。
「……チャティ、きみに、プレゼントが、あるんだ……誕生日、の」
621はそう言って、下ろしてくれるようチャティに頼んだ。地面に降りた621の頬を、冷たい風が優しくさあっと撫でていく。高所ではあるが、幸い、そう風は強くない夜だ。これならきっと、うまくいく。
621は持ってきた紙袋の中身を取り出して、チャティに見せた。
「ビジター、これは……」
「少ない、けど……手持ち花火……一緒に、やれたら、って、思って……」
平たく四角い袋には異国の言葉が書かれていて、読めなくても楽しげな様子が伝わってくる。中には色とりどりの花火が入っており、手軽に花火を楽しめるようになっているようだ。
「何を、渡したら……きみが、喜ぶのか、すごく、考えたん、だけど……」
チャティは物知りで、気になった大抵の物事は調べて理解してしまう。RaDの腹心だから、望めば大抵の物は手に入るだろう。だが、チャティにはそれほど物欲がないこともなんとなくわかっていた。
そして、あれこれ悩んだ結果、何か実際に体験出来るものが良い、と621とエアは考えた。知識だけでは得られない特別な何か。以前一緒に古い花火の映像を見た時も、ただ映像を再生するだけでは、あそこまで楽しい一時にはならなかったはずだ。
友だちと夜に花火をする。普段見慣れた花火とは比べ物にならないほど小さなものだとしても、その経験はきっと、自分以外の誰にも与えられない、特別な贈り物になるはずだ。
そう考えた621とエアは、ウォルターに相談して古い花火セットを購入し、夜にこっそりと二人で遊ぼうと、大事に花火セットを抱えて持ってきたのだった。
「きみの、誕生日、なのに……わたしの方が、楽しんで、しまう、かも……だけど」
「いや……俺も、自分の手で花火を持って遊ぶのには興味がある。ありがとう、ビジター」
友だちが喜ぶものを考えて、選んでくれて、それが嬉しくない訳がなかった。一緒に花火を見た日のことは、チャティも良く覚えている。古く、荒い映像記録なんて、普段ならなんとも思わない。なのに、あの映像だけは何度も再生して、621と一緒に見た時のことを反芻しては、また一緒に楽しい時間を共有したいと思ったものだ。今度は映像ではなく、実際にそれを体験出来る――この感覚は、人が〝胸が高鳴る〟と表現する類のものだろう。
「早速、遊んでみるとしよう。火がいるな」
チャティはそう言って、近くにあったドラム缶を運んできて火をつけた。ドーザーたちが暖を取るため、ストーブ代わりに使っているものらしい。621は持ってきた花火セットの封を破り、中身を取り出した。
「えっと、この先端に、火をつければ、いい、みたい」
様々な種類の花火が入っているセットだったが、概ねどれも使い方は同じだ。621はそのうちの一つをチャティに渡して、自分も同じものを手に取った。
「おさきに、どうぞ」
チャティは頷いたように頭パーツをこくりと動かして、機械仕掛けのアームでそっと渡された花火を掴み、火に近づけた。じりじりと先端のひらひらした紙に火が移り、チャティはそれを空高く掲げ、621は固唾をのんでその様子を見守る。すると……。
「わっ……!」
ゆらゆらと燃えていた火が火薬に着火した途端、チャティが持っていた花火がシューッと音を立てて、勢いよく火花を噴き出した。眩しい白い火花ともくもくした煙が、ルビコンの夜空に流れていく。
「おお……きれいだ……」
始めは白かった火花は、緑に、赤に、徐々に色を変えて、その度に621は歓声を上げる。色とりどりの火花を散らし、十数秒ほどで花火はすっと消えてしまったが、それは621にとって魔法のような、素敵な時間だった。
「すごい、ね。前に見た、花火と、同じだ……」
「そうだな。それに、目の前でこうして見ると……また違って感じる」
「ああ、音も、光も……眩しくて……」
一緒に見たのは古い映像記録だったのもあるが、自分たちの目の前で見る花火は一層鮮やかに見えたし、迫力も段違いだ。
「ビジターもやってみてくれ」
「ああ」
621もおっかなびっくり花火に火をつけて、空に掲げた。じきに花火から火花が噴き出し、綺麗な星空を明るく彩っていく。
「わあ……」
誰かがしているのを見ても、自分でしても楽しい。消えてしまうまでたったの十数秒なのに、この美しい時間は、それよりもずっと長く感じる。けれど、もっともっと味わいたくなるのだ。
「他のも、やってみよう。たくさん、あるみたいだ」
「ああ」
二人は次々と花火を手にとって、火をつけては歓声を上げ、感想を言い合った。ミサイルの爆発や燃料タンクを破壊した時の爆発に似てるとか、そういう物騒な感想も多かったが、人を楽しませるためだけに作られた火花は、どれも綺麗で洗練されていて、二人を楽しませた。
火花が噴き出すのではなく火花が飛び散るものもあれば、同じタイプでも色の変化が異なるものもある。小さいとはいえ、二人でするには少なくないはずの花火セットはみるみるうちに減っていき、ゆっくりと夜は更けていった。そして、最後に残ったのは……。
「これ……手で持つのじゃ、ない、みたい」
「……地面に置いて、火をつけるようだな」
少し待っていろ、と言って、チャティは置きっぱなしになっていた工具箱から着火ライターを持って戻ってきた。
「悪いが、俺のアームは届かない。付けてくれるか。このボタンを押せば火がつく」
「ああ、わかった」
渡された着火ライターを手に、621は地面に置いた花火に近づいた。カチ、カチ、何度かボタンを押すと、やっとライターに火がついた。
「どんな、花火、なのかな……」
さっきまで遊んでいた花火はどれも綺麗で、楽しかった。そのせいで全く警戒することもなく、621はそれに火を付けた。
細い紙の束を輪にしたそれは、いわゆる、ねずみ花火と呼ばれているものだ。チリチリ……導火線に火がついて、本体に引火すると……。
「うわあっ!」
それはシュルシュルと回転しながら火花を撒き散らし、驚いた621は大声を上げた。花火は高速で回転しながら縦横無尽に動き回る。チャティは後ろからひょいと621を抱え上げ、火花に当たらないようにしてくれた。621は驚き過ぎて固まってしまい、されるがままだ。
「‼」
時間にして数秒、足元でくるくる暴れていたそれは、ぱんっと音を立てて弾け、消えた。
「……」
「……」
止まったと見て、チャティはゆっくりと621を地面に下ろした。
「大丈夫か、ビジター」
「あ、ああ……」
あまり大丈夫では無かったが、621はこくこく頷いた。どうやら花火は綺麗なだけのものでは無いらしい。
「すごく、びっくり、した……」
「そうだな。ドーザーたちが喜びそうだ」
「……そうかも」
今日はクラッカーを鳴らしていたが、彼らはしょっちゅう爆竹を鳴らして遊んでいるらしい。彼らならこれも大好きに違いない。
「もう三個、同じものが残っているが……」
「う……こわい、から、きみに、あげる……」
「そうか。では、ドーザーたちに見せて自慢するとしよう」
気に入れば誰かが同じものを量産したがるかも知れないな、チャティはそう言って、大事そうにねずみ花火を腹部パーツ兼、格納庫に仕舞った。
「……素敵なプレゼントをありがとう、ビジター」
「楽しんで、もらえた、なら……良かった」
最後の花火は思っていた花火とは違っていたが、多種多様な手持ち花火は、十分過ぎるほど二人を楽しませた。夜も更け、ゆるく吹く風も冷たくなってきている。チャティは火のついたドラム缶を抱えながら、風除けのある場所へと移動した。寒くはあるが、花火の後の煙が漂う空をもう少し眺めていたい気がしたからだ。
「寒くはないか、ビジター」
「ああ。まだ、平気……」
コーラルの赤い粒子が流れていく星空を見上げながら、621は静かな夜に白い息を吐いた。
「チャティ……は、みんなに、大事に、されてる、って、思った。今日……」
「そう……なんだろうな。酒まみれにされるのは、正直あまり好きではないが……」
毎年恒例になったパーティでは、いつもはチャティの指示にぶつくさ文句を言ってくる相手でも、楽しそうに酒を掛けに来ては日頃の感謝を伝えてくる。何かのきっかけがないと素直になれない人間もいるというが、どうやらRaDにはそういう人間が多いらしい。
「お酒、かけるの……びっくり、した……けど、きみが、祝われてる、のを見て……わたしも、嬉しい……気持ちに、なった」
改めて、おめでとう。そう言って微笑む621を見ると、チャティの中にも、ドーザーたちに祝われている時とは違う〝嬉しい〟が生まれた気がした。
「……お前は変わった奴だ。いや、きっと……お前みたいな奴が〝笑える〟奴なんだろうな」
「……?」
チャティの話は、621には、まだよくわからなかった。ただ、カーラを始めとしたRaDのメンバーが〝笑える〟ということを、とても大事にしているのは知っている。だからきっと褒められたのだろうと621は思うことにして、にこりと微笑み返した。
「……お前の誕生日が来たら、俺も何かプレゼントを渡したい」
「それは……嬉しい、けど……わたしの、誕生日……は、わからない、から」
記憶も、強化人間になる前の記録もない旧世代型の強化人間は珍しくない。621は気持ちだけで十分だと答えたが、チャティは納得しなかった。
「それは……フェアじゃない。友だちなら、祝わせて欲しい」
「でも……」
いつ祝ったら良いのかわからないのでは祝いようがない。AIにしては論理的ではない提案だという自覚はあったが、祝われるだけでは、どうしても気が済まなかった。
「そうだな……お前がウォルターに起こされたのはいつかわかるか?」
「ええと……あんまり、覚えてない、けど……一年と、少し……?」
ということは、ちょうどいいタイミングを逃したらしい。舌打ちをしたくなる気持ちというのはこういうことかと思いながら、チャティは〝次〟までにたっぷりと時間があると前向きに考えることにした。
「なら、お前が目覚めてから二年目の日には、きっと〝笑える〟プレゼントを贈ろう」
「……ふふ、それは……嬉しい、な。楽しみに、してる」
「ああ。そうしてくれ」
宣言したからには、期待を上回るものを贈らなければ。チャティはそう思いながら、高い空を見上げた。いつの間にか花火の煙は風に流され、澄んだ空が広がっている。チャティにとっては見慣れたルビコンの夜空。それがいつもより美しく、そして少しだけ寂しいように思えたのは、きっと、楽しい〝夜ふかし〟をしたからだろう。
「……戻ろう。冷えてきた」
「ああ。今日は……ありがとう。楽し、かった」
「礼を言うのはこちらの方だ。ありがとう、ビジター」
チャティは621を連れて客室のある区画へと戻り、無事に部屋へと621を送り届けると、酔っ払ってべろべろになったカーラを連れて、作業場へと戻っていった。
楽しい時間だったけれど、いつもより夜ふかしをしたせいで、体はぐったりと疲れている。621は案内された部屋に入ると、借りたコートを脱ぎ、タキシードから暖かそうな寝間着に着替えると、早速ベッドに横になった。
(レイヴン、喜んでもらえたようですね)
「エア……見てた、んだね」
(ええ……なんとなく、お邪魔するのも気が引けて……)
お邪魔、というのは621にはよくわからなかったが、ちゃんとチャティに喜んでもらえたところを見てくれていたなら良かった、ということにした。
(レイヴン、貴方の誕生日も楽しみですね)
「ん……そう、だね」
自分のために、友だちがプレゼントを考えてくれる。それはとても嬉しいことのはずなのに、621はなんだか煮えきらない返事をエアに返した。
チャティとおしゃべりをしたり、一緒に遊んだりして過ごすうちに、色々と鈍い621にも気付いたことがある。チャティはとても頭が良くて、何でも知っている。RaDのことをほとんど全て把握して、大抵の仕事を自分でこなせるくらいの力がある。それに比べて自分は……ACに乗ればそれなりに働けるが、ACを降りてしまえば、あまりに無力だ。記憶を無くして、頭もうまく働かず、体は不自由で……。チャティはそんな自分でも友だちだと思ってくれて、それは本当に嬉しくて、満足していたはずなのに。
危険な仕事に就いていて、しかも強くもない体では、来年を迎えられるかどうかわからない。それでも――。
来年、きっと素敵なプレゼントを受け取って、そして、またきみの誕生日を祝えたら……。
そう期待したくなるのは、友だちと過ごす穏やかな時間が、本当に幸せだと感じているからだろう。こんな日が続くように、明日からまた、ウォルターとエアと共に頑張らなければ……。
(……ふふ、おやすみなさい。レイヴン)
子どもを寝かしつけるような優しいエアの声に促され、621はスリープモードを起動した。程なくして621の意識はふっと途絶え、静かな寝息が響き始める。
エアは621が眠ったことを確認すると、チラリと隣の部屋を覗きに行き、やれやれとため息を吐いた。
(どうやら、明日……おそらくウォルターは動けないでしょうね……)
隣の部屋のウォルターは、久しぶりに友人と飲みすぎたせいでぐったりと眠っており、明日はおそらく二日酔いで、拠点に帰れるかどうかもわからないような有り様だった。
そしてそれは、ウォルターと共に酒を飲んでいた彼女もまた同じで――。
「……ボス、水だ」
「うう……ありがとよ、チャティ」
チャティにペットボトルの水を差し出されたカーラは、作業場のソファの上で具合が悪そうにそれを受け取り、口の端から溢れるのも構わず、喉を鳴らして水を飲み干した。
「はあ……の、飲みすぎた……」
ころころと空のペットボトルが床に転がっていき、掃除用ロボットがそれを器用に掴んで、ゴミ箱に捨てに行った。彼女はだらしなさをカバーするための道具を作る労力を惜しまない。
「……どうだった? ビジターとの夜ふかしはさ」
「……楽しかった。一緒に花火をして……」
「……物騒な花火じゃないだろうね?」
「……ボス、ビジターがそんな危険なものを持ってくる訳ないだろう」
「冗談だよ。そうか、花火をねえ……」
水を飲んでいくらか気分が良くなったらしいカーラは、チャティを見てニヤニヤ笑っている。
「どうした、ボス。今まで見たことのない顔をしている」
「なあに、いい友だちだと思っただけさ。楽しいバースデーになってよかったよ」
「……そうだな」
確かに、楽しい一日だった。明日のパーティ会場の片付けを思うと少しばかり気が重いが、それもまた毎年のことだし、拠点の片付けもいつもの仕事の一つだ。しかし、少しだけ、何かが引っかかる……。
いい友だち――。それはその通りで、自分もそう思うし、ビジターだってそうだろう。でも、自分がビジターに抱いているこの気持ちは、ただの友だちに対するものなのだろうか。出来る限り一緒にいて、隣で笑っていてくれたら嬉しいと、そう思うのは……。
チャティ自身、621が初めての友だちだから、うまく判断が出来ずにいるのは仕方のないことだ。この感情は、この先時間をかけてじっくりと確かめていけばいい。何しろ自分たちには、約束した先の未来が、来年があるのだから……。
チャティが考えごとをしているうち、カーラはいつの間にか眠ってしまったらしい。ドレス姿のまま寝息を立てる彼女にブランケットをかけてやり、チャティは作業場を出て行った。
夜ふかしをしたとは言え、夜はまだ長い。ドーザーたちのパーティも、まだしばらく終わらないだろう。チャティは一人、先刻まで621と二人で過ごした、あの見晴らしのいい場所へ向かって履帯を走らせた。
ルビコンの寒空には赤いコーラルと星々がきらきらと瞬いて、チャティにとっては見慣れた光景が広がっている。花火の残り香は風に流されて消えてしまい、楽しかった時間がまるで無かったかのよう。しかしチャティのメモリには、一緒にはしゃいだ621の控えめな笑顔や、眩しく輝く火花が確かに刻み込まれている。
それを反芻しながら、チャティは夜が明けるまで、一人、楽しげに広い空を見上げていた。
おしまい
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