冒険者ギルドへようこそなの!ギルド受付はこちら、エマ迄なの!あら、貴方は初めてのひとね?貴方のようなひとだったら、そうね、Dクラス帯の冒険者から始めると良いわ。はいこれがギルド証なの。クラス昇段試験には参加費が掛かるけれど、最高ランクはSだから、是非目指してみてほしいの!降格することもあるから、依頼先ではくれぐれも慎重に行動してね?それから、同じように依頼にもランクが有って、EからSまでなの、頑張ってね!それじゃあ、これからよろしくなの!
流れるように手順を踏まされ、いつの間にか手続きが滞りなく終えられていた。
これでわたしも冒険者だ。
受け取った手に乗ったギルド証を見下ろして、思わず溜め息をつく。
ダンジョンと呼ばれる超巨大オーパーツの発見で、世界は変わった。
オーパーツはもはや「物」というより「場」と呼ぶ規模の大型で、しかしどういうわけか場所を移すため「事」だと称する者もいた。
兎に角そんな謎の超技術の存在のせいで、世には冒険者と呼ばれる調査員が数多く導入された。
初めは奇特で希少な彼らだったが、幾ら向かわせても辿り着かない果てに、調査が進めども進めども、いつ迄経っても全貌が誰にも見えて来ないどころか調査対象が増える一方なので、実地へ向かわせる人間の数を増やす経緯と相成ったのだ。
それが、冒険者。
発見以来、世の中のダンジョンへの興味関心は尽きるどころか増す一方で、実に不思議なサイクルが出来上がっていた。
そのせいで、他の職業に多大な影響を及ぼした。
芸術家達など、その筆頭ではなかろうか。
ダンジョンを題材に取り扱わない作品は、世間に一切見向きもされなくなった。
作品を作り続けたい者はダンジョンを題材にするしか生き残るすべが無い。
あゝ、芸術と言うものは、こんなにも不自由なものであっただろうか!
もし、自分の好きな題材で作品を作りたいと思ったならば、自費で金が必要だ。
そして、今の世で最も食うに困らない職業が、冒険者というわけである。
芸術家を続けるために今日その日に新たな冒険者と成った本末転倒のようなDクラスのルーキーは、依頼書が張り巡らされた壁に立った。
今日付けの冒険者、リッパーは長身だ。依頼書を醜く奪い合う愚かな先輩方がこぞって壁を為す有象無象の向こう側にある依頼書も見ることが出来る。
Dランク任務はその場に未だ有り余っていた。冒険者が流行り出して暫く経った今更ルーキーなんてそうそういない。初心者向けの依頼に困らなさそうだ。なんならEランク以下もあるから、先ずはそちらから手を付けてみても良いだろう。
それにしても。
「二人……」
依頼の仕事人数に指定がある場合があった。そしてその殆どが、ソロは門前払いのようだ。
「二人用Eランク任務か。」
横から声を掛けられた。
見れば下部からいつの間にか、リッパーが見ていた依頼書を覗き込んでいる姿があった。
「おれで良ければあんたに付いて行かせてくれ。」
「あなたは……」
小柄な男はギルド証を片手で掲げながら、もう片手で受付を指差した。先程の受付嬢の計らいなのか。
男に視線を戻すと、ギルド証はEクラスだった。Dよりも下のクラスということだろうか、確かに自分より小さい体格だ。しかし時間的経験値として自分より先輩であることに代わりはない。ここはお言葉に甘えておくとしよう。
「……よろしくお願いいたします」
応えると、男は頷いて慣れた様子で依頼書を受付に持って行って滞りなく手続きを済ませた。
依頼は何不自由なく終わらせることが出来た。
初めての任務にしてはアクシデントも無くスムーズに行った。これも先輩のお陰かも知れない、クラスはEだけど。
その後も相変わらずソロでギルドに立つリッパーは、親切にも件のEクラス先輩冒険者からの同行の声を掛けて貰っていたため、なんとか依頼を受けられていた。依頼内容の一番のネックが、数合わせなんて笑えない。
しかし何度も共に任務をこなすに当たって、この先輩冒険者の可笑しな点が見えて来る。明確なクラスの差異は分からないが、Dクラスの自分に、このEクラス冒険者は難なく付いて来るのだ。
「……あなた、クラス試験受けないんですか?」
「金ねーもん」
あっけらかんと気兼ね無く答えを貰いはするものの。
「……無いってことは無いでしょう」
「それはそうだけど、試験代に払う金が勿体無い。現状困って無い。」
まあ、低ランク任務でもこれだけ滞りなくこなせていれば、特に依頼料にも困っていないだろう。
兎に角本人に試験を受ける心算が無いのだから、遣る気のない相手に言っても、仕方のないことなのだろう。リッパーは肩を竦めるだけで、それ以上先輩の現状に言及することはなかった。
そうやって二人は、これと言って約束も契約も交わしてなどいないが、ギルドに共に居合わせては、共に依頼を受ける、と言う流れを時の流れと共に繰り返し、その内、リッパーはクラス昇段試験を受け、それを突破して行った。
その間も、変わらず、先輩はずっとEクラス冒険者の儘だった。
けれどそのEクラスギルド証が実力に伴っていないことを、もう何度もクラス昇段を繰り返したリッパーは、既に良く分かっていた。
もう随分中堅のクラスの冒険者になったリッパーが任務に同行する相手は、相手にも必然的にそれなりの実力を求めるものだったけれど、相変わらずその相手はこの小柄な先輩だった。なのにそのギルド証のクラスはそれを照明するものではないことが、リッパーは自分が昇段する度に、少しだけ不満を募らせた。
そしてある日、任務中に依頼内容を超過するアクシデントが発生した。
任務のランクが上がれば、想定外のことが起こる危険性も比例する。例えば、ダンジョン内の該当深度を遥かに上回る危険度のエネミーが現れる、とか。
それでも何がどう言うわけか、今回も先輩冒険者がどうにかしてしまった。リッパーのクラスを追い抜かすなんて容易い強さだった。
流石に、金がないから昇段しないは、可笑しい。ギルド証のクラスはその名の通り持ち主の冒険者クラスを表すもの、そのギルド証の意味が、全くの無意味となってしまう。
任務後、普段通りにリッパーを気遣うEクラス冒険者相手に、こんなに危険な不運に遭ったのに、余りにも普段通りの先輩にとっては、本当になんてことないことなのだと本当に思い知らされた。心配される言葉もそこそこに聞き流し、リッパーは先輩冒険者と別れた。
そしてそっと受付に向かい。
「なんなんですかあの男は……?」
受付嬢は「普段通り」の笑みで。
「彼は、Eクラス冒険者、よ。」
翌る日、依頼書の前で、先輩冒険者と鉢合わせた、普段通り。
「おまえ昨日は本当になんとも無かったのか?全くの想定外だったろ、あんなの。」
ひとのことは心配しといて、同じ当事者の筈の相手はひとごとのような言いようだ。
二人で見る任務は、もうEランクではない。
「ああ、今日は任務ランク落としとく、ってのはどうだ。久々にEランクにでも行くか?」
「おまえ、なんなんです、Eクラス冒険者って。」
リッパーがEランク任務を受けていたその最初から同行している、先輩冒険者が、依頼書からリッパーへと顔を上げた。
丁度その時、依頼書を見ている冒険者は、二人以外には疎らでいなかった。ギルドの喧騒を遠くに感じる。
「依頼のランクはEも有るから気になりませんでしたけれど、冒険者クラスの最低はDですよね?おまえは、おまえのEって、なんのことなんですか?」
Eクラス冒険者はにこりと笑うと、依頼書を手に取った。
「今日はこの薬草取りに行くか。」
Eランク任務依頼書だった。
普段通り手続きをして、普段通り二人伴ってダンジョンに赴く。
内容は二人の実力からすると、多少のアクシデントも許せる程、容易いことだった。
「クラス変えの試験を受ける金がないのはほんと。」
徐に先輩が言った。任務の採取薬草は、任務の規定量に達していた。
「一度Eクラス冒険者に任命されたら、そのクラスを変わるにはそれなりに少なくない代償が必要ってこと。」
果たしてそれは金でどうにか出来る話なのだろうか。
「おれはね、エクスキューショナークラスの冒険者なんだ。」
だから普段は暇しててさ、と今更普段リッパーの任務に随伴する理由を述べている。
「それは……EクラスがDクラスの下の筈がないわけです。」
冒険者をエネミーとして扱う冒険者、そういう任務を受けるクラスなのだろう。
「それはギルドのクラス冒険者なのですか?」
「一応そうだけど?分かりづらければ冒険者じゃなくて傭兵だとでも思ってくれれば良いさ。」
先輩は冗談めかしながら笑ってそう言った。
「いつかわたしが断罪されるとしたら、それはおまえの手によるというわけですか。」
「そうならないように頼むぞ、って言おうとしたところで、おまえはさあ。」
そういう奴だよ、と傭兵は言った。おまえはクラスが昇段してもなんにも変わらない、と笑って。
クラスが昇段したところで、冒険者をやりたくてやっているわけじゃない。
「だからこれからも、これまでそうだったように一緒にいて、おまえはわたしを見張っていれば良いんです。」
傭兵は驚いたように目を見張ってこちらを見た後、普段通りの笑みを浮かべて、帰るか、と言った。ダンジョンを出るのは、いつもと変わらない、任務達成の帰路だった。
ダンジョンの存在の意味は未だ謎だが、誰かに何かしら意味をもたらしたのは、確かだ。
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