ortensia
2024-10-22 04:19:01
2066文字
Public 傭リ
 

謎時空しねたよーり。傭がしんでる。喋るさんずさん。納が出る。


 納棺師が友人を綺麗に棺に納めたところで、それは来た。残って一人仕事をしていた納棺師しかいないところ。
 場所が教会であることなど関係ないとばかりに、黒衣にも関わらず神父服でも牧師服でもないそれらとは反対で邪悪な、悪魔的なそれは堂々とそて現れた。礼儀正しいというよりは派手好きに傾きそうな価値観は、人を見て来た納棺師の勘でしかない。
 闇夜の聖堂の大扉を、ばーんと大々的に開けて入って来た長身は仮面で顔を見せないという不躾さも併せ持っていた。最もそれについてはマスクをしている納棺師もあまりひとのことを言えた口ではないのだが、口が隠れているだけに。それにしても相手は「ひと」と呼ぶにはあんまりにもあんまりだったので、ひょっとしたら別に良いのかもしれない。納棺師は仕事をきっちりとこなす正確であったが、ひとに合わせられない少しマイペースなところがあった。
 悪魔的なそれは死神に似ていた。教会には不釣り合いに思えたが、死者の前では相応に思えた。いずれにせよ、納棺師はそんな異形視るのは初めてであったが。
 しかし口笛を吹く死神は、納棺師の持つ死神のイメージとも違った。それがいったいなんなのか、納棺師にはとんと見当も付かなかった。けれど一番違いのがそれであるように思えるので、やはり便宜上、三途の川を渡る者、としか思えないのであった。
 死神はそこが教会であることどころか、納棺師にすら興味がなさげであった。その足取りは裸足どころか骨のありさまで、教会の中央をひたひたと進み、大きな十字架の下に居た納棺師と、有った棺と故人に真っ直ぐやって来る。
 そしてやはり納棺師に用はなさそうで、蓋の開いた棺桶を、その長い体躯を折り曲げて覗き込むと、左の長い爪ですっと胸部に切れ込みを入れてから開き、肋骨をものともせず脆い鳥の巣のように壊し、心臓を取り上げた。
 見上げる納棺師の目に、血を滴らせる心臓はあまりにも新鮮に映り、まさか、動いているなどと、ぞんな。
 納棺師には信じられない、分からないことだらけだった。ただ事実だけを述べるならば、己が整えた友人の遺骸はめちゃくちゃだし、備えた花も血で汚れたし、死神の背負った立派な鎌は使われずに、ただのお飾りだった。並べ立てるだけでも、やはり納棺師には信じがたいことが目の前で起こった。特に納棺を邪魔されたことは業腹だ。弔う人間もおらず、そういった相談を誰にもせずに逝ったばかりに、友人のよしみで葬儀を取り図ろうと仕事に来たというのに。あ、いや、別に納棺師は何も自分が納棺したいばかりに疎遠の相手の訃報を嗅ぎ付けてわざわざ葬儀を手配したわけでは。
「貴方は、何をしに、いらしたの?」
 納棺師は三途の川を渡る者に訊ねた。
 死神は、まるでそこで初めて納棺師の存在に気が付いたように、仮面越しに見下ろした。
「約束があって。」
「約束?」
 死神は、納棺師の疑問にも、やはりあまり関心がないようで、たった今取り上げた心臓に、熱心に目を向けている。あくまでも目が有ればの話だが。
「ええ」
 死神は、納棺師にお座なりな会話を返しつつ、その心臓に口付けた。
 仮面が切れ目から開いたように一瞬見えたが、納棺師が分かったのはただ「口付けた」という事象の事実だけだった。
「わたしが口付けたところは、全部わたしにくれると言ったのです。」
 この友人が?
 納棺師は、思わず屍となって尚無惨に切り開かれた友人に目を遣った。納棺師の記憶では、疎遠になっていたとは言え、その男は仕事に周到で正義に憧憬し生死に諦念していた。理想を幻想と切り捨てることを厭わない現実主義者だった。悪魔と取引するような夢みがちな嗜好はなかった筈だし、そういうものに傾倒しない、あるいは入れ込み切れない性格だった。
 納棺師は死人に口なしの男からはさっさと見切りを付け、幻想のような存在に目を戻す。
 ならば、この死神はやはり現実だということだ。
 納棺師は溜め息を吐いた。この死神が現実なら、納棺を邪魔されたのも、またそうだということだ。
 せっかく他に葬儀のあてのない人物の納棺にやって来たのに。
 そこで納棺師は、はた、と思い出す。
 そうだ、この友人は自身の葬儀の手配をしていなかったのだ。
 戦争の怪我が原因で死期を悟っていた筈なのに。
 遺書の一つもなかった。
 納棺師は改めて死神を注視する。
 そうか、と。
 友人は、この死神に己をくれてやるつもりだったのだ、約束通り。納棺師など要らぬ筈である、だって死神との契約が先約なのだから。
 やはり周到で現実主義者だったな、と納棺師は友人を思った。
 いつの間にかやんでいた血飛沫の跳ねる音は、故人に思いを馳せていたせいで俯かせていた納棺師の顔を上げさせた。そこには納棺師以外、生者も死者もそれ以外もおらず、すっかりもぬけの殻だった。それを明るみにする朝陽だけが、教会の外からステンドグラスを音もなくノックして透き通り、散らばった惨状をあたたかく優しく照らしていた。鬼か。


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いつもリアクション絵文字等ありがとうございます。