ぼろぼろと口から零す花弁が一段落して、それを慣れた様子で穏やかに見ていた、診ていた相手は、彼女個人としては医師に近しい存在だが、彼女自身は庭師だった。
「白い花が多いのかと思っていたの。」
彼女は口調迄穏やかな儘まるで診断結果を告げるようにそう言った。
「見ての通りだ。」
ぜえぜえと息を整え返す。
「赤い花を吐く。けれどどういうわけだか色が直ぐに溶け落ちて白になる。」
落ちた色の付く先は衣服だ。だからどんな色の服を来ていようと赤に染まる。
「まるで絵の具の色が落ちるみたいね。」
彼女の観察眼に今度は何も答えなかった。
それを気にする庭師でもない。
花吐きの病は、たいてい医師ではなく庭師が診る。胃薬などの処方箋を出すのは医師だが、そもそもこの目の前の庭師程、この病を診るのに適した者はいなかった。否、幽霊姫、彼女もまた、去ない存在だ。
わだかまった吐き気に情けなくだらけるこちらと違って、手際良く吐瀉花をしまつする彼女と、彼女を透いて見える、赤い絵を見遣る。
気付いた彼女が振り返る。
それは酷く抽象的で、専門性を持たない彼女や自分には、何が表現されているのか分からない。
この先ずっと、永遠に分かる時は来ない。
こんな、花を吐く原因。きっと、花を渡したかった相手。
この先ずっと、もう永遠に遭える時は来ない。存在が災厄みたいな奴だったから。あれ程の魔は、余程起きないだろう。もう永遠の眠りに就いてしまった、災禍の描き手。
「結局彼は、この絵のモデルが彼自身なのか、それとも貴方なのか、教えてくれなかったね。」
その巻き添えで幽霊となってしまったくせに、それをちらとも感じさせない穏やかさで彼女は言った。
「おれが赤い服の男なのは、あいつがいなくなった今となっての話だ。」
そう返すも、彼女は笑むばかりで何も言わなかった。そうだな、あいつが見ていた世界の色は、あいつにしか分からない。
そしてせりあがる嘔吐感。直ぐに庭師が背をさすってくれるが、先程吐いたばかりで感覚が狭かった。そのせいか、一つのえずきで吐き気は終わった。
そうして口から出て来たものは。
「あら。」
庭師が目を瞬かせる。自分では嘔吐感とは別の感情に帰属して、一言も発せなかった。
「ひまわり、なの。」
それは一粒の種だった。
目が滲んだ。嘔吐感に寄るものか、あるいは。
「なんで……」
喘ぐように零れた声は、そう結んだ。
記憶の中が糸で繋がるようだった。「今度は何を描いたんだ、赤い向日葵か?」まるで頭の中が空っぽであるかのようにからからと響く笑い声、いつでも思い起こせる。「おまえには彼がそう見えるのですね。」あいつはそれが肖像であることを示唆しながらも、こちらの言った間抜けな感想を否定も肯定もしなかった。
「ねえ。」
幽霊の声で現実に引き戻される。
「彼の幽霊はいないわ。だから」
彼女は咲くように笑った。
「貴方の赤い片想いは、色が溶ける前に白くなるわ。」
今は小さな一粒を、両手でそっと拾い上げた。
「そうしたら、黄色い両想いなの。」
種を大切に育てた。花が咲く迄。おまえに逢える迄。
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