スピリッツから別れて扇に付くという話をした時、いや、していないな?アイツどこからこちらの動向を嗅ぎ付けたんだ?これだから犬は。酒で躾けられているだけある。
そう、だから、酒で躾けられているのだから、当然ヤツはスピリッツ側だと思うではないか。
なのに。
「なぜ?」
「なぜとは……?」
不思議そうな犬に、こちらが不思議に思う。爪もかちかち鳴らしてしまう。
「おれはおまえに付いて行くが?」
「だからなぜ?」
更に問えば、今度は少し困ったように。
「おれはおまえのものだろう?」
は?
「そう躾けられたのを守るんだ、優秀だって褒めてくれても良いんじゃないか?」
そう言われましても。
相手の顔以上に困惑したわたしは、その話を一旦切り上げた。
爪をきゅっと窄めた儘、足早に扇の元へと訪ねる。
「猟犬を上手く躾られた試し?私には覚えがありませんけれど。」
扇は当然のように告げる。
スピリッツが酒で喉を焼くどころか、手を焼いていたのは知っている。一筋縄では繋がれない犬だと。
レクイエムの言うことなんか、もっと聞かないだろう。
ではなぜ?扇側に付こうとしている?
口元を隠した扇が意味有り気にこちらを見ている。
「……なんでしょう?心当たりでも思い出して頂けましたか?」
「……思い出すまでもないのですけれど。」
扇は組んでいた脚を下ろした。
「貴方以外が躾けているところ、見たことありませんよ?」
「は?」
わたしが?いつ?
「猟犬が入った時、最初に手を引いて遣っていたのは他でもない貴方じゃありませんか。」
「それ、本当に最初の頃だけじゃないですか。」
詰まらないことに、この組個別の基本をさっさと覚えてしまったヤツは、直ぐにスピリッツの下に成ったのだ。
そもそも、アイツが大人しく後輩面していたことなんてない。
「よくよく記憶を思い出す必要があるのは、他のどなたかではなくて、貴方だと思いますけれど。」
扇がじっとりと言う。そこ迄言うか。
その空気に追い出されるようにして扇の部屋を追い出されながら、爪を鳴らして当時の短い記憶を探ってみる。今ではなんの関心もない事柄だと言うのに。
しかしそうして思い返してみればなんだか、後輩なんだから言うことを聞けと言って、わたしのものとして振る舞えと言ったようなそうでもないよう、な?
「な?おれはおまえのものだろう?」
声にまたきゅっと爪を窄めてしまう。
「おれは自分の飼い主を間違えない。」
その声は、そのことをさも褒めろと言わんばかりだ。
声の出所を見下ろす。
「おまえ、わたしがスピリッツに付くと言ったら、付いて来るのですか?」
「当然だろう?」
またも、さも当たり前のように返されてしまう。
てっきり酒で躾けられているのばかり思っていたのが、どうやら違ったらしい。
なら何で躾けているというのか。
「ご褒美、待ってるからな?」
舌を垂らしておらずとも、とろりとしたその目がねだっているのが、良く分かった。
飼ったつもりはないのだが。さてどうやら、いつの間にか初めから面倒なことになっていたらしい。思わず爪をだらりと垂らした。
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