大袈裟に音を立てたつもりでも、その力が微力であるせいで消化不良のようにタタラを踏んだ、背ばかり高い可哀想なくらい痩せた男が、それでも声だけは張り上げようと掠れて叫んでいた。
「痛みを伴わなければ生きられないなら、痛みを感じない者などみんな死ねばいい!」
そんなクズでド底辺な台詞にどうやらうたれてしまったようで。
「ならおれをころせよ。」
思わず胸を抑えた。
「おれはもう壊れてしまったから痛みを感じないぞ。」
そうである筈のそこが、痛みを訴えるかのように。
伏せたひょろながが顔を上げた。
こちらを見たそれすらも痩せ細り、誰がどう見ても看護を受ける者だった。
人工透析。
呻く程の痛みを感じなければ生きられない治療だ。
叫ばれ慣れた様子の医療現場の人間達を掻き分けて襤褸切れみたいな男に近寄った。
本当に撃たれたのは足だった。そして、その治療されたばかりの右足を引き摺って迄そうすることに、なんら躊躇は無かった。
「おれの体をやる。」
周りの医療者は、暴れた患者よりも、そこに寄り添ったこちらの方に狼狽を見せた気配だった。
「どうして……見ず知らずのおまえなんか……」
ただそばに行きたくて。蹲る相手のそばに身を寄せたくて同じように倣った。
「おれは帰還兵だ。それでももう痛みを感じられないから、こんなイカれた頭のガラクタなんて戦場に戻れない。」
「だからって……死にに戦うなんかより、もっと他にやることがあるでしょう?」
「なにを?おまえに体を使われること?」
我儘に癇癪を起こすばかりの病人かと思えば、酷く理性的な空機を冷たく放つ男だった。
怪訝な顔をする肌に、慎重に触れる。拒絶されなかった。体を弄られることに無抵抗な体だ。
はく息は荒れて熱を持つのに、その肌は死体のように冷たかった。心地良い、余りにも。触れている箇所が指の先だけにもかかわらず。戦場よりずっと、初めてそう思った。
「わたしは……絵を描きたい。この体では儘ならない。」
「ああ、おれの体でそうしてくれ、是非に。」
弱々しい体の持つ意思は力強かった。まるでこの男の体と心は別人格のようだ。
起きあがろうと震える腕を助けたくて先に自分の身を起こした。しなだれかかって来る細い体に、己の全てを明け渡したいと思う。余りにも軽い体が飛んで行かないようにしっかりと抱いても、任せられた体からは抵抗されない。甘美なことだ。
「この兵士さんをドナーにします。」
患者が周りの医師達に告げると、動揺が走った。視線がこちらに集まる。
腕の中の重さがこれ以上軽くならないように、自分も口を開く。
「やってくれ。今直ぐにでも。」
この身の主治医の人間も戸惑って、弾を取り出したばかりなのに、と言う。
「だから?こいつはもっと何度も開いたり閉じたりしているんだろう?」
医者が言葉をつぐむと、腕の中の男が機嫌良さそうにくすくす揺れた。そんなふうに笑うんだな。
「今度こそ死ぬかもね。」
男がこちらに話を合わせる。
「おまえの体がわたしに合わなければ、もう最期になります。」
「そうか。」
この男はこの男で戦場に立っているらしいのに、平然としていた。痩せぎすのくせに、凛として美しかった。
「じゃあ、お言葉に甘えて貰っちゃいますね、おまえの体。」
退院するところだった筈だったが、男と出会って手術室に逆戻りした。おれは新しい戦場とスリルを得たのだ。
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