※諸々の知識も土地勘も一切ございません、これはふぁんたじぃです、よいこもわるいこも直射日光の砂漠ではしゃぎ過ぎ無いで下さい。あとこの場所は自然界の危険って言うか社会情勢が気に成る。
百一匹引く百匹ワンちゃん。
黄金の大地を滑り落ちるサンドボード、先導して足を滑らせながら舵を取る。乗客は北の国からの仕立て屋らしい。そりを引くこちらに、厚手の服ばかりしか売って居無いがスタイリストもやって居るから劇場を観に来いと言う性根逞しい長身痩躯は、炎天下でも涼し気で結構なことだ。今度は丘を登るためにずりずりと引っ張って行く。滴る汗を轍にして、指をさしてやる。
「あゔだと。」
「古代遺跡ですか?」
水を含みながら頷く。
「あの凱旋門に似た建築物、壁面の煉瓦に模様が有りますね。日本のカモンみたいです。」
「ふうん。」
まったく元気な客だ、駱駝に乗るのは嫌だと言ってひとにそりを引かせておいて。
「行きましょうよとっとりさきゅう!」
「またおれにそりを引かせるつもりか。」
当然だと言うオキャクは金払いだけは良い。余程儲かるらしい、毛皮の外套は。海獺の毛皮の方が良いんじゃ無いか。見たこと無いけれど、海獺。
「寄って行きましょうよあゔだと!」
「……オオカミは?」
「勿論、旅の目的はオオカミですけど!」
急かす客にハアと従ってまた丘を降る。
「寄り道しても怒ら無いんですね運転手さん?」
どの口乗客が機嫌良く絡んで来る。危ねえから乗り出さねえで大人しく座ってろ。
「別に。キャラバンも寄るところだ。珍しい寄り道じゃねえ。」
そりを降りて散策する影の薄い目立つ男に付け加える。
「この辺はナバテア王国、後にローマがやって来て属国に成った。アヴダトはローマ軍の駐屯地にも成ったから、ワイン農場と風呂場の跡が今も有る。最近だとミュージカル映画の撮影地に使われたことも有っか。」
「すごーい」
「千四百年前に地震で被災してからは、ナバテア人はおろか人間は住んで居無いがな。」
日差しを受けた陰が振り向いた。
「なら、人狼はどうでしょう?」
「……さあな。」
そりの中でずれた座布団を直してやる。
「今居無いのが分かったのなら、もう行かないか?」「はあい、ガイドさん。」
この男は人狼を探して、遥々銀世界から砂の大地にやって来たらしい。
「オオカミなら雪国にも居るだろ。」
「勿論、ホッキョクオオカミの毛皮で作った外套は有りますよ。」
それでも、オオカミの種が問題と言うわけでも無いらしい。
「人狼なら、人の形で毛皮が取れるでしょう?それって一繋ぎの儘で外套を作れるじゃないですか!」
そんなことのために。
言わ無かった言葉をそうし無ければ、どうせデザインの重要性が分かって無いだの的外れな応えが返って来るに決まってる。
黙ってそりを引いた。
狼男のものと思われる手がかりは、目前には何処にも無い。
「……流れてるな。」
「何が?水が?」
「んなわけ有るか。」
灼熱の大地で何言ってやがる。適当に拾った棒を投げ付ける。
「……どんどん沈んで行っちゃいますよ。」
「流砂だ。」
砂の流れで風とは別の動きを注意深く探す。
棒の先端迄見送った客が問う。
「流砂の下って何が有るんですか?」
「……水?」
嵌ると面倒だ。砂の水に濡れる。
「知らねえ。砂漠の魚にでも聞いてくれ。」
「魚!?砂漠に魚が居るんですか!?」
「この辺じゃ見ねえな。」
どうやら流砂は通り過ぎたみたいだ。
「なら、砂漠の人魚も居ますかね?砂漠の人狼も居るくらいですし。」
「……見たこたあねえな。それに、人狼だって眉唾だろ。」
えーと言う客は、また少し流砂を振り返った。
「例え人狼だろうと流砂には近寄らねえさ。」
「そうですか。そう言えば何を投げたんです?枝?」
「竜骨。」
「竜骨!?秘薬の!?」
「……秘薬、ね。どうだったかな。」
少し風が吹いて来た。
「……おまえさん、そんなんばっかだな。」
「好きで劇場で仕事してるんです。物語が好きに決まって居るでしょう。」
そんなもんか。
「風を避ける。降りるぞ。」
また、はあい、と言う間の抜けた返事が来る。
砂丘の影で一休みも入れつつ、風が止むのを待つ。
「……物語が好きなら、こう言うのはどうだ」
「聞きましょう。」
人狼、狼男、いずれの呼び方にせよ、特徴的な外見は一致して居る。北の地にもそれが居るのかどうか知らんが、砂漠でのその姿は、二足の後ろ足で砂を蹴り、砂風を追い越す速さの獣だ。砂漠の狼を見慣れたキャラバン含め、誰もがそれが確かに別の何かで有ると見た。恐ろしい、速さ、姿、形相、唸り、人間が怯える間に、それはまた砂嵐に消える。
探して見付かるものでも無い。また、人々にとっては実害の無いそんなものよりも、目の前の熱砂こそが強敵で有り、共存すべき相手なのだ。そう思えば、その人外とも共存すべきなのだ。今のところ死体が見付かったと言う話も無い。
そうして砂漠の民の土産話もとい、観光サービスのネタに成り、噂話と成って地球の反対迄届いて行った。
そんな件の怪物は、そうして様々な人間の話によって、どれ程物々しい姿と成っただろう。しかし、本当はその怪物には別の姿が有るのだったら、人間がどれ程言葉で人狼を作り上げても、別の姿を持つ者をとらえることは、出来無いのでは無いか。
「その姿とは、人間では有りませんか?」
涼しい声が答える。
「……つまらなかったか」
「前振りが少々長かったですが、おまえの声、嫌いじゃありません。」
風は止んで居た。
「舞台に立てとは良いません。その代わり、もう一声。」
男は、わう、と一吠えした。
その後、砂塵を震わすかのような遠吠えが、金の大地を撫でた。
毛を逆立てるように、遅れて立つ砂埃が、獣の引くそりを見送った。
跳ねる砂に、男の心も弾んだ。反動で熱風が当たろうが気に成ら無かった。
「今は何処を通ってるんです?」
「ティムナ渓谷。」
「変な岩が沢山有ります!」
「おまえも大概変だよ。」
「わたしが!?」
岩肌が日影と日向を波打たせて、獣の毛並みが交互に色を変える。
「おまえ人狼のくせにそんなこと言います?」
「おれは他の怪物にあおうなんて思わ無い。」
潮の匂いが近い。地中海だ。
ひとけの有る港から隠れる場所でそりを止める。
「ここからなら、おまえひとりで充分だろう?」
「どう言う意味です」
獣が客をそりから降ろすように手を取る。
言葉では反発しながらも、行動の抵抗は見せない。客は素直に、引かれる手の儘に砂を踏んだ。
「人狼を狩るんだろう、そのためにおれの客に成った筈だ。」
獣は手を広げた。
そりに乗せて居たのは客人本人だけでは無い。毛皮を剥ぐための道具も揃って居る。鋭い刃を、乗せて引いた獣本人が知らぬ筈が無い。
獣を目の前に臆することの無いハンターは、獣の目を見詰めた儘、無力に広げられた腕の中へ近付いた。
そしてその毛皮を抱いた。
「おい」
「なんです。もう捕まえましたよ。」
「おまえの目的は毛皮だったろう。」
「だから今確かめてるんです。」
「なにを。」
獣の背に回った力が強く成る。あつい。
「生け取りでも充分温まれます!」
あつい、あついに決まってる。
なのに向かいで顔を見合わせたハンターは、あつさを感じさせ無い声で言う。
「だからあいに来なさい、劇場の怪物に。」
上から下から注ぐ熱と照り返す熱に纏われて、あついに決まってるのに、それを指摘することも、腕を振り解くことも出来無かった。
「……おまえ程の怪物が居るもんか。」
「なんですって!?」
それから、海を渡った北の雪原で、人狼の遠吠えを聞いたとか、なんとか。
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