戦火の灰に晒されその匂いを浴び慣れた髪、戦場の空に触れ慣れた肌、滑らかさも柔らかさも無い骨と肉の体、一文字に弾き結ばれた固い口、洗っても洗っても落ちない汚れにまみれた服。
普段の自分と言えば、そんなところだろう。
「誰に言われてこんなことをして居るんです?」
呆れたように降って来た声はそれなのにこちらの腕を掴む右手に力が入って居た。
そんな男の目に映って居る自分は今。
「エマですか?」
「え?」
相手の何処か必死さの有る様子を見て居たら、見て居るだけで何の応えも返さなかったせいで、勝手に話を進められてしまった。
「エミリーですか?マルガレータですか?ウィラですか?」
「待て待て違う違う!」
わけも分からず一先ず遮れば、はあっと息をつかれて、それでもどこか焦燥を感じさせる声色で言う。
「じゃあ誰?」
その儘探しに行くつもりか離れて行こうとする長身の右腕を慌てて今度はこちらが掴む。
「いや……自分で」
「は?」
答えたこちらを見下ろす仮面が見て居るのは、おそらく、温かい湯で流しても香りの残って居るであろう色の付いた洗髪料で柔らかく現れた髪、滑らかなオイルがしっとりと染み込んだ肌、細く小柄だが丈夫でしっかりとした体、閉じられた気高さを強調する紅の差されたつややかな唇、素朴だが無駄な飾り気を必要ともしないワンピース。
それに血相変えるザマはそりゃあ見ものだとは思ったが、この反応は少し、想定とは違う。
「自ら望んでこの格好をして居るだ。」
背の高い男の耳にも届くように、言い聞かせるように言えば、奴は驚いたように動きを止めた。と思えばかくりとその体の力を抜いたように佇み、こちらをいっそ恨めしそうに見遣った。
「……おまえ、そういう女性的な装いが嫌なのでは無いのですか?」
いつも誰に言われても断って居るでしょう?と、安心と疑念がないまぜに成って気怠げの調子で言われる。そう言う男はと言えば、その類のことを言って来たことは無かった。
こちらと違ってみなりに格式とそれらしさを求める男だから何かしら苦言を呈したいことが有るだろうが、そもそも話すように成るのに時間が有ったから、その間に勝手に諦めて居たらしい。
前述したように、品と常識を求める男だから、女の振る舞いをし無い女なんて、扱いに難儀したろうに。
それ程迄にその場を遠目から見られて居た、と言うことか。
「嫌なのは、不要なことだ。」
面倒臭さいからな、と言えば、分かったのか分かって居無いのか、頷きながら感情を安心に傾けた様子だった。
と、そこで。
「……では、ドレスを着る必要が有ったと言うことですね?何故?」
「それ程上等なモンじゃねェと思うが……。」
傾げる首から、また疑念が醸し出されたので、髪が乱れ無い程度にそこに手を当てる。こんな風に自分の身を気遣ったのは初めてだ。
手を下ろして、反対に視線は上げる。
仮面を見上げる。
「霧の夜に踊ろうと思って。」
かしいだ首が驚いたように真っ直ぐに直った。
しかしまた小首を傾げて言ってしまうところが、この霧の可愛いところだ。
「今夜にでも。」
まだ夜には早いが、その腕を、今度は掴むのでは無く、互いに組んだ。
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