ortensia
2023-11-19 00:45:46
1721文字
Public 傭リ
 

むしをたべる傭とむかでのリ。


 ムカデは大小様々な大きさが有る。
 それが成長段階によるものなのか、環境や遺伝のせいなのか、そもそもソレはムカデでは無いのか、今は何でもよかった。
 ただ、目の前の男が鷲掴んだムカデは、蛇の如く立派で有り、しかし男の無骨な手の方が握る力が強かった。そのせいでそのムカデはぐねぐねとくねらす体を持て余し、尾や顎が男に届く前に、その蠢く爪を意に介さない男の手によって、器用に全て剥がされた。
 決して初めてでは無いことが嫌でも分かる、慣れたナイフ捌きで百もの足を削がれたムカデは、邪魔な鱗をぱらぱらと剥がされた魚がそうされるように、男に吊し上げられて、大口を開けたその中に、焦ることも焦らすことも無く、只々ごく単純に、目的のために垂らし入れられた。
 つまり、当然その後は、そこからばりばりと甲を砕かれる音が続くので、躊躇無く食べられたことが分かる。
「で、だ。」
 男がこちらに向けた目は、呑み込んでしまったそれに満腹感を覚えた様子の無いことが見て取れる。
「おまえもおれに食われちまう、って想像は、もう出来たか?」
 食べ物に話し掛ける酔狂な男にしては、やけに醒めた声が冷静だった。お陰でこちらは冷や水を掛けられたような心地だ。ただでさえ冷たい甲が、氷のように輝くことだろう。
 こちらは今男に呑まれたそれよりも尚大きい大百足だ。それでもこの男がこちらに歯を立てるさまは容易に想像出来た。さっきは一瞬だったが、幾日も掛けて食すのだろうか、自分はどれくらい掛けられるのだろうか。
「おまえは大きいから、その足も食い出が有りそうだ。」
 想像した、さっきのムカデで削いで居た足を、自分の場合は余さず食されるのだ。想像出来てしまった、自分の身が先から順番に呑まれて行くのだ、想像してしまった。自分の身はどんどん無く成って行き、代わりに男の口からは咀嚼音がする。
 男の目がじっとこちらを見て居る。食べ物を見て居る目だ。男の目は既にこちらを味わって居るのだ。
 足の一つも動かせ無い。まだ何もされて居無いのに、ぽろりと取れてしまいそうだ。そうしたら男は勿体無いと、すかさずその足から食べるのだろうか。既にこの身から取れ落ちた、もうこの身では無いものを。
 男に足を掴まれた。思わずびくりと全身を波打たせる。まだどこも外れて居無い。この身は全てこの身の儘だ。
「流石に一口では行か無いからな。」
 男の口から唾液が落ちた。自分の身に垂れたてらりと光るそれを目で追うことしか出来無かった。その中に先程噛み砕かれたムカデの破片が混じって居たようだが、今は構って居られ無い。
 男の手がこの身に掛けられた。こちらの爪とは比べ物に成ら無いくらい無害で幼稚に見えるそれに対し、無意識にかたかたと甲同士をぶつけて仕舞う。その短い爪は、甲の表面を撫でるだけの柔らかさで引っ掻いた。行ったり来たりする無骨で短過ぎる爪は、殺意も敵意も無い分、それが食欲なのかと疑うことしか出来無い。
 その爪が指の腹に代わり、突然力が込められた頃、こちらの大きさなどまるで気にして居無いかのように、やはり鷲掴んだ。
「でも、」
 しかしナイフで刻む素振りも、千切って口の大きさにしようと言う意図も、その手には無かった。
「本当に食べて仕舞ったら、おまえは居無く成っちゃうな。」
 代わりにその手は、いっそ爪で甲の表面をなぞって居た時よりも無遠慮に、こちらを撫でさすって来た。
「こんなに美味そうなのにな。美味そうだ、と思うことも、出来無く成っちゃうな。」
 撫でながら徐々にこちらを引き寄せる男に、抗い難い嫌悪感を覚えるのに、実際体で抵抗することは叶わ無かった。
「こんなに食い出も有りそうなのになぁ。」
 本当に残念で成ら無いと言う声を上げて居るが、絵面は食べ物を食べずに抱き締めて居る狂った構図だ。この身が芸術家なら、躊躇い無くマイナス評価を貼り付けてやるところだ。
 なのにこの身が出来ることと言えば、この悪食に食べられて仕舞うことでも無く、ムカデのように絡み付いて来る男を跳ね除けることでも無く、只々今後ずっとこの相手の望む儘に「美味そう」で居続けることだけなのである。


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いつもリアクション絵文字等ありがとうございます。