覚束無い足取りで、廊下をふらふらと渡って居る男を、見兼ねて呼び止めた。「いや、」手を突っぱねようとする仕草は、近くの自室を貸してやるから休んで行けと言っても、尚も宙を引っ掻くようにして拒絶する。「平気だ、」平気というのは、必至で抵抗したりしないし抵抗しなければならない状況のことでは、無い。自分の状態すら分からないのか?「…ならどこへ行くつもりなんです?」「どこ、へ…?」行折く…?男が口を押さえた。吐くか?自室へ戻りますか、と訊ねようとした矢先だった。この様子では、自室から来たのかもしれない。「やはりわたしの部屋へどうぞ。」押さえた口から否定の言葉をはけない男を慎重に連れ去る。部屋に連れ込んで直ぐ、耐えかねて膝を突いた男の背をさする。屑籠を引き寄せる。「吐けます?」どうして?目が問うて来るのに答える。「どうぞ、と言ったでしょう?」男がえずく。呑み込む。「はぁッ!?」吐けと言って居るだろう、巫山戯るな。一つ唸ってから、代わりにはぁと息を吐いた男が、涙目で訴える。「近、い…、」「はぁ?」「汚、れる、」跳ねてこちらに掛かることを危惧しているらしい。そんな場合か。「ン!?」仕方なく男の口に指を差し入れる。フフ、こういうことは、ひょっとしたら男の方が上手なのかもしれない。しかしこれで呑み込めはしない筈だ。奥まで入れて、舌を押さえ込む。爪が傷を付けるかもしれない。知ったことか。「ンげ…!」中身は無いに等しかった。しかしこの男のことだ、食べていないということは無いだろう、消化の早いこと。「ハ…、ハ…、」「上手じゃないですか。」震える手が指を退かして来る。力無く下げられたそれを握り込んで遣る。男が不思議そうに顔を上げる。ぐちゃぐちゃだ。唾液の糸を引く口もとを眺めながら、もう良いの?と問いかければ、極小さく頷かれる。諦めたように凭れて来る肢体を抱きとめ生温い時を過ごす。程なくして握り返された手は乱暴で、焦点の合わない目をさせながら、苛立っているようだった。「こんなこと、してほしくなかった。」吐き捨てるように言う濡れた唇を、左手で傷付けないように拭って遣る。そしてこちらも力を強めて握り返す。「自身が汚れることを理由に、わたしがおまえを離して遣るなどと思うなよ。」普段より存外低い声が出たと自覚したのは、言葉として出し切ってしまった後のことだ。男も驚いて、弾かれたようにこちらを向く。力任せに握られていた手は緩められ、しかし確かに握り直された。吐くのも、逆にそれを呑み込んでしまうのも上手でも、甘え一つ自分から出来ない。ほんと、仕方のないひと。
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