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ちよど
2024-11-28 00:00:00
12827文字
Public
アシュヨダ
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アシュヴァッターマンは恐ろしい男だから
アシュヨダ。赤髪のドゥリーヨダナとその恋人のすれ違い話。 pixivからの再掲。
ビーマさん「見えてる爆弾に近づく馬鹿はいねぇよ」
「年下の恋人というものは恐ろしいものだな。そう思わないかマスター?」
「恋人すらいない私には惚気にしか聞こえないし。あと、横に本人いるよ?」
マスターの指摘にドゥリーヨダナの隣に座っていたアシュヴァッターマンがうな丼から顔を上げた。
その赤い髪の隣にある、三臨姿のドゥリーヨダナの長髪は毛先の端まで彼と同じ色に染まっている。
藤丸立香はため息をついた。
朝の食堂は皆の食事時間がまちまちのためあまり混んでいない。
だと言うのに、藤丸立香とドゥリーヨダナ、そしてアシュヴァッターマンの3人が同じテーブルを囲んでいるのは、食堂に入って来た立香を見つけたドゥリーヨダナが大きな声で彼女を招いたからだ。
立香としては、恋人たちの食事に混ざるつもりはなかったが、呼ばれてしまったのは仕方がない。
観念してこのふたりの向かいに座ったところ、ドゥリーヨダナのこの惚気である。
このふたりが交際を始めたのは2か月程前、その日から1日たりともドゥリーヨダナの髪の赤色が薄くなったためしがない。
ずっと真っ赤!フルチャージ!連日の魔力供給お疲れ様です!!!と見ているこちらがげんなりする有り様だ。
最初は隣に恋人を並べていちゃラブを見せびらかしていたドゥリーヨダナも。2週間目ぐらいから顔を赤らめて何も言わなくなった。
そうだね。ものには限度というものがあるよね。
当のアシュヴァッターマンはドゥリーヨダナの言葉を何も気にしていないのか、空になった丼をトレイに乗せて立ち上がった。
「おかわりもらってくる。旦那はここにいてくれ」
「まだ食べるのか!?」
うな丼の前は生姜焼きを食べていたアシュヴァッターマンにドゥリーヨダナが叫ぶ。
アシュヴァッターマンは片手でそんな恋人の赤い髪をすくった。
蕩けるように微笑む。
「体力つけねぇとな」
「ひっ!」
小さく悲鳴を上げた年上の恋人に笑いかけて、アシュヴァッターマンはカウンターへと去っていく。
「
……
な?恐ろしいだろう?」
「リア充爆発しろ」
定型句を返して立香はサンドイッチを口に運んだ。
「わし様。若いもんの体力についていけない
…
」
「もっとオブラートに包んで!」
朝!食事中!私女性!!
立香の主張にドゥリーヨダナは空になった皿を押しのけてテーブルに突っ伏した。赤い髪がふわりと広がる。
「もうマスターしか話を聞いてくれるものがおらんのだ」
「そういうのをみんなに言ってまわってるから、脳焼きヨダナって呼ばれるんだよ」
「脳焼き? なんか知らんが焼くならビーマの奴を黒焦げにしてやるが」
「構ってもらえないからって聞こえるように言うのは良くない」
ドゥリーヨダナの宿痾であるビーマの名前が今日の厨房の当番表にあるのを立香は確認していた。
当初ふたりは当然のようにいがみ合っていたが、ドゥリーヨダナがアシュヴァッターマンと付き合い始めてからビーマの方が彼らを避けるようになったのだ。
立香が視線を巡らせると、カウンターからこちらを見ていたビーマと目があった。
何か言いたそうな眼差しに立香は首を傾げる。
その時、アシュヴァッターマンがテーブルに戻ってきた。
トレイの上の器には白いネバネバした食材が乗っていて、立香の顔が引きつる。
(とろろ。そしてさっきのうなぎ、
…
ガチすぎる)
それらは立香の故郷では精のつく食材と呼ばれていた。
隣に座って器用にスプーンでとろろを食べ始めたアシュヴァッターマンにドゥリーヨダナが顔を上げる。
アシュヴァッターマンが黙々と食べているそれが何の食材か分からないのか、ドゥリーヨダナは不思議そうに瞬きした。
「美味いのか?」
分けて貰えるのが当たり前だと思っている問いかけに、アシュヴァッターマンがとろろを乗せたスプーンを差し出す。
はむっと食べたドゥリーヨダナが、こてんと首を傾けた。
「
……
なんだこれは?」
「旦那の分も貰ってくるか? 旦那もスタミナつけた方がいいと思うぜ」
「もしもし、私マスター。今、あなた達の目の前にいるの」
立香の訴えに金色の瞳が律儀に答えた。
「ああ、分かってるぜ。もうすぐレイシフトの時間だろ。
……
ちゃんと留守番するからよ」
ごく自然に近づくふたりの顔に立香は即座に目を閉じた。
これくらいのとっさの判断が出来なくては7つの異聞帯を超えることは出来なかった。今、立香は今までの経験に感謝の祈りを捧げている。
丁度サンドイッチを両手に持っており塞ぐことが出来ない耳から、ぬちゃぬちゃと湿っぽい音が響く。食堂にいた他のサーヴァントも気づいたのだろう、ざわめきが大きくなった。誰だ口笛吹いたヤツは?
(ああ、ふたりと同じカウラヴァだというカルナさんのピックアップをもっとまわしておけばよかった)
冷静だという噂のカルナさんならこのふたりをどうにかしてくれただろうに。
まだこのカルデアに召喚されていないサーヴァントに立香が嘆いていると、キスの音が終わった。
「
……
旦那が出かけるなら、ちゃんとパスを繋げておかねぇとな」
ドゥリーヨダナは周回の要で召喚されてからずっと前線に出っぱなしだが、アシュヴァッターマンはそうではない。
今回のレイシフトは小規模な特異点だから、立香はいつものようにドゥリーヨダナを編成に入れ、アシュヴァッターマンをカルデア待機にしていたのだ。
(もしかして、ドゥリーヨダナだけが出撃する時、毎回こうしてたの?)
ドゥリーヨダナにいくら宝具連打させても、その髪から赤い魔力が抜けなかった理由に気づいて立香は頭を抱えた。
アシュヴァッターマンとパスが繋がっているなら、ずっと彼の魔力が流れ込んでいてもおかしくないよね。
(それって実質、せ
……
)
連想した単語を振り払って立香は恐る恐る目を開けた。
幸いにしてふたりの顔はもう離れていた。ちょっと唇が濡れていたり、頬が上気していたり、目が潤んでいる気がするが誤差である。
「ドゥリーヨダナ。年上でしょ。節度って知ってるよね?」
「知ってはおるが
……
」
マスターの叱責にドゥリーヨダナはへにょりと眉を下げた。
「わし様、こいつの願いはなんでも叶えてやると約束したのだ」
◆
2ヶ月ほど前、ドゥリーヨダナはレイシフト先で大怪我をしてカルデアの医務室に担ぎ込まれた。
魔力を注げば回復するサーヴァントとはいえ、カルデアの生成する魔力には限度がある。
常に数百騎のサーヴァントを維持する状態では、たったひとりのサーヴァントが怪我をした程度で大量のリソースを割けるわけもなく。
片足を失ったドゥリーヨダナは医務室のベッドに横たわり、じわじわとしか回復しない状況に身を委ねていた。
「
……
泣くな。昔と違い、今のわし様は常に前線に出るのが努めだ。バーサーカーが負傷する度に泣いていたら目玉が溶けるぞ」
「溶けてもいい」
ドゥリーヨダナが負傷して帰還してからアシュヴァッターマンはずっと側から離れない。涙に濡れた顔を隠そうともしないアシュヴァッターマンの目元をドゥリーヨダナは拭ってやる。
アシュヴァッターマンも状況は分かってはいるのだ。理不尽に対して怒る彼が、マスター達に怒鳴り込むでも無く、ただ涙を流しているのがその証拠だ。
「わし様は格好良くて最高のサーヴァントだ。今回はちょっーと油断しただけだぞ?」
ドゥリーヨダナは今までも多少の怪我をしていたが、ここまで重症なのは初めてだった。
アシュヴァッターマンは泣き止む様子をみせない。足以外にも包帯を巻かれた姿でドゥリーヨダナは天井を見上げた。
ドゥリーヨダナはアシュヴァッターマンに泣かれると弱い。特にこんな激痛に苛まれている時は。
ーーー生前、死にかけていた時を思い出してしまう。
その時アシュヴァッターマンに渡した重みが、彼をどんな末路に導いたか。今のドゥリーヨダナは知っている。
(わし様は後悔はしない。そんな侮辱などしないが、)
ドゥリーヨダナは年下の友の赤い髪を撫でた。
「そう泣くな。おまえの願いはなんでも叶えてやるから」
それは弟達を宥める時によく言っていた約束だった。弟達と違い良識あるアシュヴァッターマンは無理難題を言ってこないだろう。
アシュヴァッターマンはその言葉に目を見開いた。
「なん、でも?」
「わし様は友に出し惜しみはしない」
断言したドゥリーヨダナに、アシュヴァッターマンはゆっくりと瞼を閉じ、そして金色に潤む目を開けた。
「俺が望むことはひとつだけだ。ーーーだから、旦那。俺の恋人になって欲しい」
思いがけない要求にドゥリーヨダナは驚いたが、少しのためらいの後頷いた。
その申し出が、嬉しかったので。
◆
そうして、またレイシフト先でドゥリーヨダナは怪我をしていた。
裂かれた腹部を抑えながらずるずると荒れた大地をひとり歩いている。
巨大な鳥の群れの奇襲でマスターとはぐれたが、彼女とのパスはかろうじて繋がっている。いつかはそれを辿って迎えがくるだろう。
マスターからの魔力の流れはあるが、細い糸程度。腹の傷口に押し当てた肩掛けから滲む出血量を計算すると、どう考えても迎えがくるまでこの体を維持する魔力が持ちそうにない。
レイシフト先で実体化を維持出来なくなったサーヴァントはカルデアに強制帰還させられる。問題はカルデアに戻っても実体化出来ず、魔力が貯まるまでしばらく霊体のままで過ごさなければならなくなることだ。
(また泣かせてしまうな)
年下の恋人の泣き顔を思いだして、ドゥリーヨダナは息を吐いた。
彼の金色の瞳から流れる涙は、どんな敵よりも恐ろしく思えた。
「決めた。急いで合流しようと歩きまわるよりも、消耗を抑えて迎えを待つ!」
方針を決定して、ドゥリーヨダナは休める場所を探して辺りを見回す。
地肌があらわになった大地には所々に小さな茂みと、ひょろひょろとした木が何本か生えているばかり。
ドゥリーヨダナはずるずると歩き、木の根元に座り込んだ。木肌に背中を預けると三臨の長い髪が揺れる。
その髪からは赤い色が全て抜け、本来の紫が現れていた。
(自分の髪を新鮮に思うとかないわー)
2か月振りの紫との再会に自分の魔力の枯渇具合を自覚してドゥリーヨダナは軽く笑う。
その時、ガサガサと側の茂みが鳴った。
ドゥリーヨダナが警戒して見つめる先で、出てきたのは薄紫色の肌を持つ爬虫類のような異形のエネミー。カリだった。
それが2匹、3匹と次々現れ。10数匹のカリに囲まれたドゥリーヨダナは乾いた笑い声を上げる。
(ここはカリの巣だったか)
食われるのは遠慮したい。
しかし魔力の消費を抑えるために消していた棍棒を呼び寄せたとしても、この数のカリを殲滅出来るとはとても思えなかった。
一か八かでドゥリーヨダナは人好きのする笑顔を浮かべる。
「我が同胞たちよ」
カリの化身と呼ばれたドゥリーヨダナの呼びかけにカリ達は意識を向けた、ような気がした。
(王子として教養深いわし様でもさすがにカリ語は習得しておらん)
だが、試してみるしかなかった。
「まずは貴殿の巣に侵入した事を詫びよう。見ての通りわし様は貴殿らと敵対するつもりはない。もしよければ迎えが来るまで、この場所を少し借りられないだろうか?」
ドゥリーヨダナの言葉が聞こえたのか、カリの一匹がのそのそとドゥリーヨダナに近づいてきた。
その濁った目に獣性はない、ように思える。
信頼の証に出来るだけリラックスした状態で動かないでいるドゥリーヨダナの腹部にカリは鼻先を埋めた。
血の匂いの源にカリが食らいついたらドゥリーヨダナはただではすまないだろう。
だが、ドゥリーヨダナは動かなかった。
どんな交渉でも弱っている所を見せれば文字通り食い散らかされるのだ。王族であるドゥリーヨダナはそれをよく知っていた。
ドゥリーヨダナにとって永遠と思える程の時間が経ち、もぞもぞとカリは位置を変える。
座り込んでいるドゥリーヨダナの右膝に頭を乗せて、目を伏せた。
それはまるで懐いている犬が飼い主にみせる仕草のようで。
「
……
は、」
ドゥリーヨダナは息を吐く。
カリに敵対の意思が無いと判断して、とりあえずドゥリーヨダナは自分の体をまさぐった。一臨か二臨の時はいろいろと装飾をつけているのだが、シンプルな高貴さをイメージした三臨の今はない。
なので、ドゥリーヨダナは赤い房の付いた耳飾りを外し、膝で寛ぐカリの耳につけてやった。
「わし様は受けた恩義は忘れん。おまえとおまえの側にいるカリは攻撃しないようカルデアの皆に誓わせよう」
ドゥリーヨダナの言葉を理解したのか、カリは喉を鳴らした。
その僅かな振動がドゥリーヨダナに伝わる。膝の上のカリの体温は冷たく、今のドゥリーヨダナには心地よかった。
「わし様は少し眠る。迎えが来たら、起こして、く、れ
……
」
カリの頭を抱えるような姿勢で、ドゥリーヨダナの頭がかくんと落ちる。
カリはそんなドゥリーヨダナの膝の上で静かに目を伏せていた。
「
……
っ、
……
なっ!
……
旦那っ!!」
呼ぶ声にドゥリーヨダナは目を開けた。
視界いっぱいに広がる紫に驚いて顔を上げると、腕の中でカリが喉を鳴らす。
「アシュヴァッターマン?」
カルデアに残っているはずの恋人が、マスターを片腕に抱えて少し離れた所に立っていた。もう片方の手には巨大なチャクラムがある。
慌てて周りを見回すが、地面に血の跡やカリの死骸はなくドゥリーヨダナは胸を撫で下ろした。
「すまなかったな」
ドゥリーヨダナが腕を離すと、ひとり逃げ遅れていたカリは耳飾りを揺らして、もそもそと茂みの奥に消えていった。
膝の重みが消え、ドゥリーヨダナは立ち上がる。血を吸った肩掛けが地面に落ちた。
(痛みが、ない?)
腹部に手をやれば傷は塞がっているようだった。
不思議に思っているドゥリーヨダナに、ふらついた足取りのマスターを連れたアシュヴァッターマンが近づいてくる。
危険はないと判断したのか、チャクラムは消えていた。
「やっと降ろしてもらったぁ。世界がまわってるよぉ」
千鳥足でマスターが呟く。敏捷度が高いアシュヴァッターマンが全力で走る間、ずっと小脇に抱えられていたのだ。ただの人間であるマスターの三半規管はしばらく使い物にならないだろう。
「マスター、他の連中はどうした?」
ドゥリーヨダナの質問に答えたのはアシュヴァッターマンだった。
「置いてきた。最悪、マスターさえいれば令呪が使えるだろ」
「おまえなぁ。万が一ということがあるだろう。マスターの身になにかあったらどうする」
マスターはカルデアの要だ。マスターがいなくなれば、カルデアがいくら魔力を生成しても意味がない。サーヴァントのほとんどは座に還るだろう。
残るのはアーチャーなどの特殊スキルを持つ者ぐらいだ。
目の前にいる恋人がその特殊スキルの持ち主のひとりである事に思い至って、ドゥリーヨダナはため息をついた。
(こいつのマスターに対する態度がちょーっと雑なのはそのせいか)
あとわし様がマスターとすんごく仲良しなのが気に入らない
……
は、無いな。
ドゥリーヨダナが知る限りアシュヴァッターマンはそういう嫉妬をするタイプではない。
考え込むドゥリーヨダナにマスターが笑いかけた。
「ドゥリーヨダナ。無事だったんだね。心配していたんだよ」
サーヴァントの負傷を見慣れてしまい血まみれの衣装ぐらいでは動じなくなったマスターにドゥリーヨダナは苦笑いする。
実際、今は無事と言っていいだろう。傷は塞がり痛みもない。せいぜい不調はこの髪から赤色が抜けたくらいーーー。
ドゥリーヨダナはなんの気無しに自分の髪を見た。
次の瞬間。
ドゥリーヨダナはアシュヴァッターマンを殴りつけていた。
褐色の逞しい体が地面に打ち付けられる。
「へ?」
急展開についていけないマスターに構わず、ドゥリーヨダナは表情の消えた顔を恋人だと思っていた男に向ける。
「わし様はこんな事を許可した覚えはないが?」
ドゥリーヨダナがかき上げた紫の髪。全てが紫色に戻ったはずのその先端はじわじわと赤く染まっていた。
それはアシュヴァッターマンからドゥリーヨダナに魔力が流れ込んでいる証。
サーヴァントは魔力さえあれば回復出来る。ドゥリーヨダナの傷が塞がったのは、アシュヴァッターマンからの大量の魔力がパスを通じて流れ込んでいたからだった。
それがどれほどの量だったのか。それは拳ひとつ受けた程度で立ち上がれなくなっているアシュヴァッターマンの様子から伺い知れた。
「アシュヴァッターマン。
おまえはわし様の恋人になりたいと願ったな。わし様は寡聞にしてよく知らんが、恋人とは魔力タンクという意味なのか?」
恋人になりたいと申し出た時、アシュヴァッターマンはドゥリーヨダナの負傷を嘆いていた。
サーヴァント同士でパスを繋ぎ、片方が負傷すればもう片方が魔力を注ぐようにすれば、確かに片方の傷はすぐ塞がるだろう。
しかしそれはただの自己犠牲だ。対価がない献身を同意なく行うのは、少なくとも恋人のやる事ではなかった。
アシュヴァッターマンがドゥリーヨダナの紫色の髪が全て赤く染まるほど魔力を注いだのも、髪の色が褪せぬほど夜を重ねたのも、必死になって体力をつけていたのも、全てはこのためだったのだ。
ドゥリーヨダナはアシュヴァッターマンに恋人になる事を望まれて、ただ嬉しかったというのに。
(そうだ、わし様は嬉しかった)
だから、年下の恋人の望みを全て叶えていたのだ。
それが入れあげていたのはドゥリーヨダナだけだったとは。
裏切りに怒り狂うドゥリーヨダナの足元にアシュヴァッターマンが額づいた。
「アシュヴァッターマン。おまえが何を望んだのかもう一度言ってみるがいい」
冷たく言い放つドゥリーヨダナの靴に滴り落ちた透明な雫が染みる。
「我が王」
アシュヴァッターマンの態度にドゥリーヨダナの片眉が不愉快さを示してはね上がる。
「我が王よ。私が望むのは生前も今も御身の無事の他はありません」
静かに訴える声に、ドゥリーヨダナは唇を歪めた。
「だから、わし様を謀ったと?」
答えないアシュヴァッターマンをドゥリーヨダナは足で振り払った。魔力がほとんど残っていないアシュヴァッターマンは簡単に体勢を崩して地面に転がる。
ドゥリーヨダナはそれを冷ややかに見下ろした。
「わし様は恥をかかされるのが何よりも嫌いだ。だからーーー」
「すとーぷっ!!」
ドゥリーヨダナの言葉を遮るように、その脇腹に少女が飛び込んできた。
「すとっぷ!! ストップーーー!!」
「馬鹿者! サーヴァントの間に入ってくるな!」
怒鳴られて、ドゥリーヨダナの腰にしがみついたマスターは首をすくめる。
彼女だって分かっている。人を超える力を持つサーヴァント同士の諍いに、ただの人間が割り込めば無事ですまない事も。
でも、彼女はこちらがげんなりするほどいちゃいちゃしていた二人を知っていた。その時のドゥリーヨダナの困っているように見せかけて嬉しそうな顔も。
だから、それが無くなるのは嫌だと思ったのだ。
「ドゥリーヨダナ。ちょっと待って。詳しくは分からないけどアシュヴァッターマンはドゥリーヨダナのためにしたんでしょう?ドゥリーヨダナはそれで助かったんでしょ?」
アシュヴァッターマンが行った手段はどうであれ、今ドゥリーヨダナの傷口が塞がっているのは事実である。
あのまま傷が塞がらず、アシュヴァッターマンが来なければ。カリの庇護があったとしてもドゥリーヨダナは強制退去になっていただろう。
「ぐぬぬ」
マスターの正論にドゥリーヨダナの頭が冷えてきた。
「
……
わし様は、受けた屈辱は忘れないが。受けた恩義も忘れないパーフェクトな王子だ」
「そうだね。ドゥリーヨダナはいつも完璧だよね」
「分かっておるではないか、マスター」
「だから、悪気がなかった人を罰したりしないよね?」
「
……
ぐぬぅ」
マスターに畳み掛けられてドゥリーヨダナはアシュヴァッターマンを見る。彼は打ち捨てられたかのように地面に崩れ落ちていた。
「アシュヴァッターマン」
ドゥリーヨダナの声に、アシュヴァッターマンはゆっくりと体を起こす。赤い髪はうなだれたままで、その表情を隠していた。
「最後に、言いたい事はあるか」
せめて最後に言い訳を聞いてやるとの温情のような決裂の言葉に、アシュヴァッターマンは弾かれたように顔を上げた。
その金色の瞳にドゥリーヨダナが映る。
「ーーー愛しています」
絞り出すような言葉と共に、新しい涙が褐色の頬を伝い落ちる。
涙の跡でぐちゃぐちゃになっている至尊の戦士の顔に、ドゥリーヨダナは思わず心配してしまった。
(こいつ、本当に目玉が溶けてしまうんじゃなかろうか)
ドゥリーヨダナが負傷したからと泣き、ドゥリーヨダナから責められても泣き。
……
思えば閨でも泣いていた。
アシュヴァッターマンは実直な男だ。間違ってもドゥリーヨダナのように嘘泣きが出来るとは思えない。
だから、この涙に偽りはなく。
ーーーその言葉も真実なのだろう。
「知っておる」
愛されていることは知っていた。生前も今もアシュヴァッターマンから向けられる感情に気づかないほどドゥリーヨダナは朴念仁ではない。
ただ、その感情がドゥリーヨダナが持っているものとは種類が違うと諦めていたのだ。
だから、2ヶ月ほど前に互いの想いの形が合致して嬉しくなった。有頂天になって年下の恋人を見せびらかし、なんでも望みを叶えてやった。浮かれていた。馬鹿だった。
アシュヴァッターマンは変わることなく。ドゥリーヨダナだけがひとりで踊っていたのだ。
「お前がわし様を愛していることなど、とうに知っておる」
繰り返したドゥリーヨダナに、マスターが首を傾げる。まだ少女から抜け出ていないマスターには愛情の違いなど分からないのだろう。
だから彼女は無邪気に口を開いた。
「ドゥリーヨダナはアシュヴァッターマンを愛していないの?」
子供故の質問にドゥリーヨダナの喉が引きつった音をあげた。
あまりの出来事にアシュヴァッターマンの涙が止まる。金色の瞳がうろたえるドゥリーヨダナを真っ直ぐに見た。
ドゥリーヨダナにしがみついている少女が言葉を重ねる。
「恋人同士だよね?あんなにいちゃついていたよね?」
事実に基づいた質問がドゥリーヨダナの逃げ道をざくざくと切り落としていく。
アシュヴァッターマンの視線から逃れるようにドゥリーヨダナはうろうろと辺りを見まわした。
さっきのカリが突然、茂みから飛び出してきてくれないものだろうか。この窮地を救ってくれるなら、憎きパーンダヴァの奴らに頭を下げてもいい!!
しかし願いは虚しく当然助けは来なかった。ドゥリーヨダナはふたりからの無言の促しに耐えきれず、恥辱に震えながら口を開く。
「
……
あいして、いる」
真っ赤になった顔を見せられず俯いたドゥリーヨダナの視界の端で、マスターがぱぁぁああ!と顔を輝かせるのが見えた。
もういいだろう?とドゥリーヨダナは顔をそむけたまま彼女の体をそっと押しのける。大人しくドゥリーヨダナから離れたマスターは、何を思ったかそのままアシュヴァッターマンに駆け寄った。
「よかったね!」
思わずチラ見したアシュヴァッターマンは片手で顔を覆っていた。その形のよい耳が髪よりも真っ赤に染まっているのが見えて、ドゥリーヨダナは座に還りたくなった。
(なんだこの空気は)
少なくともいい年した男ふたりの修羅場の空気ではない。
耐えきれずにドゥリーヨダナは両手で顔を覆った。
地面が擦れる音がする。アシュヴァッターマンが立ち上がったのだろう。土を踏む微かな音が近づいてきて、ドゥリーヨダナは後退りたくなる自分を必死で抑え込んだ。
足音がドゥリーヨダナの前で止まる。
「ドゥリーヨダナ」
アシュヴァッターマンの声にドゥリーヨダナは内心絶叫した。
(反則だ!!普段名前を呼ばないのに、こんな時に呼ぶか!?)
普段のアシュヴァッターマンとは異なる落ち着いた響きの声。だが、ドゥリーヨダナはこちらの方が彼の本質だと知っている。
頑なに顔を覆っているドゥリーヨダナに、アシュヴァッターマンは跪いた。
「俺が悪かった。あんたに黙ってする事じゃなかった」
低い位置から聞こえる静かな声に、ドゥリーヨダナはなおさら顔を見せられなくなる。
生前、その声が好きだった。
もっと聞きたくて必要のない書類を読み上げさせていたのも一度や二度ではない。
その声が続く。
「俺は怖かったんだ。あんたに説明すれば
……
恋人の真似事をやめちまうんじゃねぇかって」
「はぁ!?」
思わず大声をあげて、ドゥリーヨダナは顔を覆っていた手をどかしてしまう。
見下ろした先では、真剣な顔をしたアシュヴァッターマンがドゥリーヨダナを真っ直ぐに見上げていた。
「愛している。ーーーあんたは褒美のひとつのつもりだっただろうけど。恋人として扱ってくれて。幸せだった」
「は?」
殴り飛ばそうとした手を寸前で変えて、ドゥリーヨダナはアシュヴァッターマンの後頭部を掴み、引き寄せた。
驚いて目を丸くしているアシュヴァッターマンの、薄く開いた唇に貪りつく。
滑り込ませた舌で動きを忘れているかのようなアシュヴァッターマンの口腔内を蹂躙する。魔力を含んだ唾液を注ぎ、いつもアシュヴァッターマンが目を潤ませる場所を擦りあげると。褐色の腕がドゥリーヨダナの体を掴んだ。
唇を離す。
アシュヴァッターマンのほんのり上気した顔をドゥリーヨダナは見下ろした。
「おまえは、このわし様が誰にでも褒美で体を投げ与える男だと思っていたのか」
自分が知らずドゥリーヨダナという男を侮辱していた事に気づいたアシュヴァッターマンが顔色を変える。
そこで彼が涙を流して許しを請うたなら、ドゥリーヨダナはこの男を切り捨てただろう。
だが、アシュヴァッターマンは言い訳ひとつせず、沈黙でもって断罪を待った。
だから。
「ーーー許してやろう。わし様は心がアクパーラの背より広い。恋人の失態のひとつやふたつは見逃そう」
恋人、の単語にアシュヴァッターマンが目を見開く。
その顔が好きだ。その体が好きだ。その心が好きなのだ。ーーーだからドゥリーヨダナは結局この年下の恋人を許してしまう。
ドゥリーヨダナはアシュヴァッターマンの体を引き起こした。さっきのキスでドゥリーヨダナが少し魔力を移したとはいえ、まだ魔力不足が解消されていないアシュヴァッターマンがよろめくのに顔をしかめる。
「わし様はわし様の役に立つ者が好きだ。魔力不足でへろへろの恋人など何の役にも立たん」
うなだれるアシュヴァッターマンに、ドゥリーヨダナは毛先だけ赤く染まった髪をかき上げてみせた。
「わし様、普段もスペシャルに格好良いが赤色も似合っておっただろう?ちゃんと魔力を回復して万全の体調の恋人になら、この髪を染めさせてやってもよいぞ。ん?」
からかうように顔を覗き込んでくるドゥリーヨダナに、意を決したようにアシュヴァッターマンが勢いよく顔を上げた。
金色の眼差しがドゥリーヨダナを射抜く。
「ーーー俺にあんたを染めさせてくれ。もう一度、俺の恋人になって欲しい」
真っ直ぐに希うその姿にドゥリーヨダナは息を呑んだ。
可愛くて、愚かで、一途な年下の恋人はーーーなんと恐ろしいものだろうか。
◆
「そうして二人は元のいちゃらぶに戻ったのです。めでたし、めでたし」
「そうかい。そうかい。それはめでたいな」
マスターの話に、ビーマは夜食作りの手を止める様子もない。
夜の厨房はビーマとマスターしかおらず、昼間の賑やかさが嘘のようにがらんとしている。
ビーマは夜更かしをするサーヴァントからの夜食の注文に対応して、米を炊き、忙しくいくつかの野菜を刻んでいる。
そこから邪魔にならない程度に離れた場所では、マスターが食堂から持ってきた椅子に行儀悪く足を組んで座っていた。
「ちゃんと聞いてよー!ビーマしか話を聞いてくれる人がいないんだよー」
「そういうのを皆に言ってまわってるから溶岩水泳部なんてもんが生まれるんじゃねぇか?」
ビーマの指摘にマスターは口ごもる。心当たりがあったのだ。
「そもそも、めでたしめでたしの話じゃねぇだろ。今の」
丁寧な手付きで椎茸の軸と石づきを切り落としながら、ビーマはマスターに確認する。
「結局、あの馬鹿はあいつとのパスを維持したままだろう?俺の槍を賭け
…
いや賭け事はやめておこう。
……
太陽が東から昇る限り、あいつはまた同じ事をしでかすぜ」
「アシュヴァッターマンが?あんなに怒られたのに??」
ドゥリーヨダナの怒りを間近で見ていたマスターは、ビーマの言葉に納得出来ずに首を傾げる。
そんなマスターにビーマは声色を落とした。
「
……
あの馬鹿は自分の目で見てねぇから実感がないんだろうよ」
リズミカルだった包丁の動きが止まる。
「あいつは、
……
アシュヴァッターマンは、目的のためならどんな事でもやる男だ」
重い沈黙を炊飯器の音がかき乱した。
「お、炊けたか」
いそいそと炊きたてご飯をざるに移すビーマは、先程の雰囲気が嘘のようにただの明快な兄貴分に見えた。
マスターには、普段のヤンキーみたいなアシュヴァッターマンも、ドゥリーヨダナに怒られて涙を流していたアシュヴァッターマンも、ビーマが言うような人となりには思えなかった。
そんなマスターのためらいが分かったのだろう。ビーマはちらりとマスターを見て苦笑する。
「すぐに死んじまった俺達とは違い、あいつには三千年の時間があったんだ。その間に、どうすればあの馬鹿を動かせたかぐらいは考えただろうよ」
「
……
あんなに泣いていたのも嘘だったって言うの?」
「真実も出す順番によっては凶器になる」
ビーマの言葉は実感が篭っていた。
「まあ、あの馬鹿と付き合い始めてから、あいつがめちゃくちゃピリピリしていた理由が分かって俺はスッキリしたけどな」
マスターには分からなかったが、因縁のあるビーマには感じ取れていたのだろう。
だからビーマはずっとドゥリーヨダナを、その側にいるアシュヴァッターマンを避けていたのだ。
言葉を無くしたマスターを視界の隅に捉えながら、ビーマは炊きたてのご飯を流水で洗い始めた。ここでちゃんとぬめりを取っておかないとさらりとした雑炊にならないのだ。
身内に甘いあの馬鹿はそういう手順をなあなあにしがちだから後で大騒ぎになる。
ビーマは洗い終わったご飯を土鍋に流し入れてだし汁を注ぐ。火をつけて、順番に野菜を入れながらマスターを振り返った。
「アシュヴァッターマンはあの馬鹿の無事を願っているんだな?」
まだ大人になりきれていない少女が頷く。ビーマはその様子に痛ましそうに眉を寄せた。
「
……
マスター。戦闘の指示には気をつけろよ」
あいつは恐ろしい男だからな。
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