ちよど
2024-11-27 00:00:00
6428文字
Public アシュヨダ
 

初恋の果実

アシュヨダ。アシュくんが初恋を実らせる話。pixivからの再掲。

 じりじりと焼き付く太陽に、鬱蒼とした密林。ミクトラン第七層。その森で俺は旦那を探していた。
 いつものフリークエストで俺達は禍罪の矢尻と太陽皮と狂の秘石などを集めていた。
「皮が60個集まるまで帰れません!」
 金色の林檎を齧りながらマスターは叫ぶが、俺は旦那のスキル上げのためなら地獄の周回ぐらい望む所だ。
 問題は、前線に立ちっぱなしの当の本人が嫌気が差したのか姿をくらませたことだろう。
 木にもたれてぐったりとしているマスターの護りは他のサーヴァントに任せて。俺は朽木に突っ伏して動かないキャスターアルトリアがダイイングメッセージのように差した方角の森に分け入った。
 念のため出しっぱなしのチャクラムが木々に引っかかりそうになるのを避けながら進む。
 バーサーカーは脆い。更に旦那は敏捷値も低い。おまけに宝具はこんな密集地帯には向かない。
 旦那は強い。まずどんな相手にも遅れを取ることはないが、それでも例外はある。
 脳裏に浮かんだ半神の姿をすぐに打ち消して、俺は声を張り上げた。
「旦那ぁ! どこにいる!?」
「おお、ここだ! アシュヴァッターマン!」
 遠いがアーチャーでなくてもなんとか見える距離で旦那が木々の間からひょっこりと出てきた。
 何故かいつも肩に掛けている布をぐるぐると丸めて腕に抱えている。
 その、横。
 突然、巨大な爬虫類が顔を出した。無知性ディノス!
 旦那が振り返る。ディノスが爪を振り上げる。避けられるタイミングだったというのに、旦那は何故かためらった。
 振り下ろされた爪が旦那の顔をえぐ、った。

 旦那の顔が赤く染まる。


 ーーーその後の、記憶はない。


「アシュヴァッターマン! おーい! 聞こえとるかー? アシュヴァッターマン!」
 どこか呑気な声に散らばった肉片から顔を上げる。
 少し離れた安全な場所で旦那が俺を呼んでいた。
 ちゃんと立ってる。生きてる。旦那だ。
「やっと聞こえたか、アシュヴァッターマン。顔を拭ってくれないか? わし様手が離せんのだ」
 大事そうに布の塊を抱えて、旦那が俺を呼ぶ。
 すっ飛んでいった俺に、旦那は流れる血で前が見えないと訴えた。
 よくよく見るとディノスに抉られたのは額で、それもそんなに深い傷ではない。
 魔力を流せばすぐにでも塞がるだろう。
 なら、この人がそうしないのは。
「地獄の周回でわし様の魔力はすっからかんだなー。困ったなー」
 本当に魔力がなかったらマスターから離れるなんて危険な事をするはずがない人が、どかりと地面に座り込む。
 希望が叶えられるまで動かないという仕草に、俺は諦めてその向かいに膝をついた。
 誘われるままに、その額に口を寄せる。舌で触れた傷口に魔力を乗せた唾液を流し込む。じわじわと塞がっていく傷に、サーヴァントであることを感謝した。
 生前、これが可能だったなら俺は自分の心臓を抉り取ってこの人に血を捧げただろう。
 それは叶わず。俺と旦那はサーヴァントとしてここに在る。
 傷口が塞がったのを舌先で確かめていると、旦那が大きく顔を上げた。
「ん」
 流れた血でまだらに染まった顔を俺に向けて促してくる。
 ……ハンカチなんていう洒落たモノを持っていない俺自身にムカついた。
 いや違う。俺は、俺に理由をくれる旦那に甘えている自分の女々しさに怒っている。
 怒っている。怒っているのだが、結局俺は旦那に敵わないのだ。
 にこにこと俺を待っている旦那の頬を舐め上げる。
 舌で拭った乾きかけの血は旦那の味がしてくらくらと脳髄を揺らした。
 崩れ落ちそうな気がしてその肩に縋ると、息を零して旦那が笑う。
 吐き出された息が俺の皮膚に触れて、温かみを残していく。
 ……生きている。
 生前も今もこんなに強く旦那を感じた事はない。舐め取った魔力に脳の色が変わりそうだ。
 気を抜けば犬のように際限なくその顔を舐めてしまいそうになるのを、理性を引き絞って制止する。丁寧に丁寧に血を拭っていく。
 瞼を舐め取ると、紫水晶の瞳が瞬いた。
「なんだ? アシュヴァッターマン。おまえ目の色が変わっているぞ」
「目?」
 当然ながら自分で自分の目は見えない。
 俺はどんな表情をしていたというのか、旦那は猫のように目を細めた。
「紫だな。紫色金というやつだ」
 わし様、そんなに大量の魔力を譲渡したかぁ??
 首をひねっている旦那はすぐに答えの出ない問題に飽きて、自分の隣の地面を軽く叩いた。
「まあ座れ。しばらくすれば元に戻るだろう。……そのまま帰ったらわし様がマスターにしばかれる」
 えっちするのはいいけど! 交際宣言書を提出してから!!
 一時期乱れに乱れたらしいサーヴァント間の恋愛にマスターが叩きつけた条件がそれだ。
 その頃俺は召喚されていなかったが、古参のカルナが言うにはひどい時は数時間おきに纏う色が変わっていたサーヴァントが何人もいたらしい。
 おかげで成年になったかどうかのマスターはサーヴァントの色の変化に過剰反応をするようになってしまった。
 しかし、まあサーヴァントとはいえ体を持ってしまえばそうしたいのは当然の欲求だ。
 そんなサーヴァントとマスターの折衷案が交際宣言書。要は正々堂々節度をもってセックスしてくれと言う事だ。
 もちろん、俺と旦那は交際宣言書をマスターに提出していない。
 そんな俺たちが明らかに魔力をやり取りしましたと分かる姿でマスターの元に戻ったとしたら。確かに怒られるだろう。
 本当は、カルデアに戻って旦那の色になった自分の瞳を見てみたかったが。仕方ない。
 旦那の方はざっと見ても俺の色はなかった。
 安心して俺は旦那の隣に腰を降ろした。
 視界が回復した旦那はゴソゴソと布の塊を解いている。
「旦那、それ何だ?」
 それを庇っていたからディノスの攻撃を避けられなかったんだろう?
 そう問えば、旦那は子供のように笑う。
「落としたら踏み潰されそうだったのでな」
 布の塊から赤い果実がひとつ転がり出た。
 旦那の大きな両手がそれを掴む。
「マスターの国ではローズアップルと呼ぶそうだ。……おまえ好きだっただろう?」
 無邪気に笑いかけられて俺は黙り込む。
 ……本当はそんなに好きじゃねぇ。
 だけど、食べたかったんだ。好物だと偽っても。



 俺たちの故郷ではいたる所にローズアップルが茂っていた。春には白い花を咲かせ、夏には赤や黄色の実をつける。
 子供の頃の俺は夏が楽しみだった。
 父はクル王家の子供達の指導で忙しく、その中に混ざるには俺はまだ幼く。いつも騒がしく鍛錬をしている王子達を眺めていた。
 だけど、夏になれば俺は庭の隅にあるローズアップルの木の下に行く。
 そこで届かない果実に手を伸ばして跳ねていると、

 ……旦那が来てくれた。

 もちろん旦那は忙しいから毎回というわけではない。それでも俺にとっては充分すぎた。
「なんだ、おまえ、またやっておるのか!」
 呆れながらも俺より背が高い旦那は軽々と実をもいで俺に投げる。
「自分が出来ないなら人を使え! 道具でもいい。どんな努力も実らなかったら何の意味もないぞ」
 言いながら、旦那はしっかり確保した自分の分の実を持ってすたすたと家屋の影に入り込む。
 俺は喜んでその後を追いかけた。
 日差しの強さは影に入ると、すっと涼しさに変わる。
 そこでは旦那がおおきく口を開けて行儀悪く果実にかぶりついていた。
……誰にも言うなよ。大伯父上に知られたら面倒な事になるからな」
 歴史あるクル王家の者という自覚があるのか! とか煩いのだ。わし様はわし様であるだけでクル王家の正当な後継者だと言うのに。
 ぶつぶつ言う旦那にこくこく頷いて俺は旦那の隣で同じように果実にかぶりついた。
 ふたりだけの秘密の味はひどく甘く。俺はローズアップルの実が落ちるまで何度もそれを繰り返していた。
 


「ーーーああ、好物なんだ」
 旦那、よく覚えていたなァと嘆息してみせると、旦那は子供のように胸を張った。
「ふふん、わし様はおまえのことは全て覚えておるのだ」
 そして旦那の両手は果実を掴み、軽々と半分に割る。慣れた動きで種を抉り取った指先から果汁が滴った。
 それをぺろりと舐め取った旦那をあの方が見たら、きっと説教どころではすまないだろう。誇り高い方だったから。
 勇猛な人もいた、賢い人もいた、思慮深い人もいた、……懐かしい記憶に沈んでいると、旦那が当然のように割った果実の半分を俺の口元に突きつけてきた。
「あーん」
 いや、無理だ!
 体を強張らせた俺に旦那はにやにやと笑う。
「アシュヴァッターマン、あーん」
 繰り返しながら、果実がぐりぐりと俺の口に押し付けられる。
 言い出したら聞かない旦那の我侭にまた甘やかされて、俺は諦めた風に口を開けた。
 意外にもそっと口に押し込まれた果実にゆっくりと歯を立てる。薄い皮が破れ、シャキシャキとした果肉の感触。溢れた果汁には青みが残っていた。
 旦那の大きな手の中にあって大きさの把握が狂っていたのだろう、この果実は故郷のものよりも明らかに小さい。
 思えばミクトランの気候は故郷のものとは違う。ローズアップルの発育に適していなかったのかもしれない。
 貪欲と言われる旦那がひとつしかこの果実を持って来なかったのは、他の果実は皆食べられる状態ではなかったのだろう。
 だから、お気に入りの肩掛けで保護して、落とさないようにディノスの……
「美味いか?」
「すげぇ、うまい」
 その返答に。俺の好物だからと、たったひとつの果実を守って血を流した旦那が微笑む。
 舌に残る果実の苦みが甘く変わるような錯覚に、俺は無心で口を動かした。
 二口、三口、子供の頃とは異なりあっという間に俺は果実を食べ尽くしてしまう。
 残ったのは、こちらに差し出されたままの旦那の指だ。
 旦那の顔を見る。……すごく楽しそうだ。カルナ的に言えばわくわくしている。
……旦那、」
「んー?」
 ひらひらと果汁で汚れた指先が揺れる。明らかな誘いに俺は観念して舌を伸ばした。
 俺の中で俺が怒っている。甘やかされてんじゃねぇぞ! と叫んでいる。
 ……俺は、本当はずっとこの人に触れたいと思っているのだ。
 サーヴァントとして体を持ってしまえば、俺だって欲が生まれてしまう。旦那が召喚されてからその姿を見る度に、隣に気配を感じる度に、なんの気無しに触れ合う度に、怒りとはまた別の熱が俺を炙った。

 ……だけど、これは、許されるものだろうか。

 ここは、あの森の続きだ。彷徨って彷徨って痛みすら分からなくなって、夜が明ける寸前の空の色だけが何かを思い出す縁だった。
 後悔はしていないが、償っても償いきれない事はした。

「アシュヴァッターマン」
 一瞬気が逸れた俺に焦れたのか、旦那が俺の名前を呼ぶ。
 伸ばしたままだった舌先を軽く引っ張られた。
「おまえ、舌までもわし様の色に染まっておるぞ」
 一瞬、魔力の譲渡はなかったはず、と取り乱しかけた俺はすぐに落ち着いて、舌を摘まれたまま旦那を軽く睨んだ。
 ローズアップルを食べた後は何もしなくても舌が薄紫に染まる。
 そんな当たり前の事さえ忘れかけていた俺を驚かせた旦那は、くつくつと楽しそうに笑っている。
 その指が俺の舌を解放する。
 ごくり、と溜まっていた唾液を飲み込んだのはただの生理現象のはずだ。
 誘うように旦那の指先が俺の唇を擽る。
 促されるままに、その指に舌を絡めた。ざらざらとした皮膚、硬い指の腹、短く整えられた爪。誰よりも努力してきた戦士の指だ。
 指越しに楽しそうにこちらを見ている旦那と目が合う。
 カッと熱が上がりそうになるのを瞼を閉じて抑えると、舌の中で指が暴れた。
 旦那の指が舌を遡り、唇を乗り越え、口腔内に滑り込んでくる。
 間違っても噛んでしまわないように、顎の力を抜くとその指はぐるぐると口の中をかき回して、飽きたように帰っていった。
「旦那?」
……おまえ、わし様に何か言うことがあるだろう?」
 疑問を質問で返されて俺は考え込む。
……ご、ごちそうさま?」
 果実の礼を言うと、旦那はくしゃっと表情を崩す。
「カルナも天然だが、おまえも相当だぞ」
 しわしわの顔で嘆くと、旦那は止める間もなく残った半分果実に齧りついた。
「にがーいっ!!」
 叫んだ旦那に手を差し出すより早く、涙が滲んだ紫水晶の瞳がこちらを向く。
「おまえ、本当に美味かったのか? コレ」
「美味かった。……残り、俺が食べるか?」
 俺の言葉に旦那は黙って果実を差し出す。そこに残った歯型に一瞬動揺したが、俺は気にしないふりで果実を口に運んだ。
 確かに苦い。
 だけど、俺にとっては昔も今も甘いのだ。旦那が側にいるから。
 これを食べている時だけは、旦那を独占していられる。
 そんな妄想にかられてしまう。
 旦那が微かに眉を寄せる。
「それ。ほんとーに、美味いのか?」
「美味い」
 断言した俺に、旦那は顔を赤く染めた。
「おまえ、……わし様を好きすぎないか!?」
「っ!」
 呆れたように叫ばれた「好き」に乗せられたのは、好意ではなく恋情の色。
「い、いつから?」
 隠してあったはずのそれに気づいたのはいつなのか? と問えば。旦那は座ったまま腕を横に伸ばした。
「おまえがこんくらいの大きさでぴょんぴょん跳ねていた頃からだな」
 最初からじゃねぇか!
 体が熱い。旦那の顔が見れない。埋まりたい。
 思わず頭を抱えて体を丸めた俺の背中を旦那は笑いながら軽く叩く。
「アシュヴァッターマン。アシュヴァッターマン。おまえ、食卓に出されたローズアップルには手を付けようともしていなかっただろう? わし様がおらん時は庭に近づきもしてなかったそうではないか! ……バレバレというものだな」
 埋まりたい。
 ……でも、旦那はそんな俺の気持ちが分かっていて。ずっと茶番に付き合っていてくれたのだ。
「なんで?」
「言わねば分からぬほどおまえは愚かではないだろう?」
 答えは分かる。けど、足りないのはそれを受け止める覚悟だ。
 俺の中で憤怒の化身が暴れまわる。ここまでお膳立てをされておいて情けないと俺を責める。

 だが、俺は罪をーーー。

 旦那の腕がするりと俺にまわされた。体温が触れ合う。
「アシュヴァッターマン。おまえは俺の何になりたい? わし様は何も気にしないぞ。思いのままに言ってみるがいい」
 ここにはわし様たちしかおらん。
 甘い言葉がドロドロと俺を包む。それに閉じ込められて、固く身体を覆っていた塊が溶けていく。
 俺が望むこと。
……名前を書いて欲しい」
「あ? ああ、交際宣言書か。いいぞ」
 いきなりそこから言うか? と呆れている旦那は、このカルデアに来てまだ日が浅い。
 文字通りあれは『宣言』なのだ。マスターと全サーヴァントに向けての。
「俺も書くから」
「当たり前だ。ここでおまえが名前を書かなかったら、わし様カルナに書いてもらうからな!」
「それはやめてくれ」
 本当にやめてくれ。カルナなら意味が分かっていても書く。
 俺の本気の拒否が伝わったのか、旦那はくつくつと笑う。
「他にはないのか?」
 俺は顔を上げた。ぐるりと顔を巡らせるとこちらを見ていた紫水晶の瞳と目が合う。

「あんたと魔力 いろを分け合いたい」

 ぱちりと旦那が瞬きする。旦那がその意味を把握する前に俺はその身体を引き寄せて、俺の魔力を吹き込んだ。
 俺色に染まったあんたをマスターの元に連れ帰ろう。


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