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はなれ
2024-11-22 00:37:07
2741文字
Public
哥忌
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今からここは出られない音場
天工の技術力は今州一()
将軍の部屋に行く、と言うと、忌炎はかなりの頻度で同僚から驚かれる。
そりゃあ作戦室に呼ばれるとか、基地の中で見かけるとか、たまたま遭遇してだとか、そういう話は他の一般兵でもよく聞くけれど。
将軍の部屋。つまりは哥舒臨の私室に行くとなると、話は変わってくる。
それもそうだろう。忌炎は年若い一介の軍医。従軍してそれなりの時間は経っていても、まだまだ若造の部類だ。
そんな忌炎が夜帰の総帥である哥舒臨の私室に何の用があるのかと問われれば、まぁ、返ってくるのは『報告書の提出』『希少な資料の閲覧』などのありきたりなものだが。
そんなありきたりなものをどうして
――
と、いうのは野暮。これは夜帰の公然の秘密に関わってくるので。
ともかく、忌炎からしてみれば哥舒臨の部屋に行くというのは、ご飯を食べるとか、机を掃除するとか、そこらの残像をちょっと行って狩ってくるとか、それくらいの自然なことなのだが、何度言っても驚かれるので最近は同僚に行く先を告げるのを止めた。決して同僚たちが察してくれているのではない。
そもそも自由に将軍の部屋に出入りできるのがどれほどの特別扱いなのか、忌炎はわかっていないのだ。これは忌炎を甘やかしている哥舒臨のせい。じゃあ仕方ない。
そんなこんなで、今日も忌炎はいつものように哥舒臨の部屋に赴いていた。
扉を叩く。
――
。
返事がない。ただの空室のようだ。
けれど、忌炎は迷わず部屋に入った。
用事があるのは本棚だけだったので、哥舒臨がいようがいまいが関係無いのだ。
将軍のいない将軍の部屋に無断で入りました、なんてそこらの上官に伝えたら即刻大獄行きになっても文句は言えない。ただ、忌炎はそんな自由を他でもない哥舒臨から許されているので。
「失礼します」
本人に聞こえなくても挨拶は大事だ。
礼儀正しく、それでいて奔放に押し入った部屋にはやはり人影は無い。
ただ、哥舒臨の執務机の上に、瓢箪型の
――
デバイス?
デバイスにしては大きく、瑝瓏のものとは色も違う。
忌炎とて哥舒臨の部屋にあるものを全て把握している訳ではないが、ここまで存在を主張されると気にするなという方が無理だった。
忌炎は机に近づき、デバイスもどきの瓢箪に手を伸ばす。
途端、うなじを掠める違和感。
音痕が共鳴している。何に?
混乱するまま、音痕を手で押さえつけて。
それで。
突如として現れた音場の入り口に、忌炎は吞み込まれてしまった。
ぱちりと目を開けると、何の変哲もない部屋の中にいた。
具体的に言えば、机と、椅子と、ベッドしかない部屋。
一人で過ごすには適していそうだが、二人になった途端、窮屈な印象を
――
二人?
そう、二人。
ありきたりなベッドの上には、哥舒臨が横たわっていた。
哥舒臨は忌炎に背を向けて眠っており、伸びっぱなしの長髪がベッドの端に垂れている。
「将軍
……
?」
忌炎が怪訝そうに呟くと、哥舒臨はわずかに唸りながら寝返りを打った。
滅多にない機会に、忌炎はまじまじとその寝顔を眺める。
哥舒臨の寝顔は、お世辞にも健やかとは言えなかった。
深く刻まれた眉間のシワ、歯ぎしりでもしているのか口元には力が籠っている。
どう見ても安眠などできていないだろう。
忌炎は少しでもその眠りが穏やかなものになれば
……
と思い、眉間のシワを伸ばしてやろうと哥舒臨に触れようとして。
次の瞬間、忌炎の視界は反転した。
「俺の寝込みを襲うとは
……
いい度胸だな?」
引きずり込まれ、押し倒されたベッドは固く、狭い。
哥舒臨の部屋にあるベッドとは大違い!
やっぱり一兵卒と将軍の部屋に格差はあるのか
……
いや、今はそういうことではなくて。
眠りを妨害されたせいか、哥舒臨の視線が鋭く突き刺さる。
「ち、違います誤解ですそんなつもりでは
……
!」
忌炎が縮こまって弁明していると、頭上で哥舒臨が小さく笑った気がした。
それを確認する前に、忌炎は壁際に追いやられてしまったのだけれど。
「哥舒臨将軍、この場所は一体
……
」
「
……
天工の奴らに作らせた疑似音場の中だ」
「もしやあのデバイスのようなものが」
「疑似音場の発生装置だな」
「今度は何の実験ですか」
「元はといえば野営の環境改善を目的に開発していたんだが、あの大きさだ。持ち運びしづらく、置き場に困る。なおかつ共鳴者しか使えない欠陥品ときた。生産効率も最悪ですぐさまお蔵入りになったがな」
「そのようなものをどうして」
「
……
気分だ」
哥舒臨はそれ以上の詮索を避けるように忌炎を更に端に寄せてその隣に寝転んだ。
さすがに狭い。
「お前こそ、どうしてここにいる。俺に何か用事でもあったのか」
「休みをいただいたので、本でも読もうかと思いまして」
「俺の部屋でか?」
「将軍の部屋が一番静かなので」
「
……
そうか」
哥舒臨はさすがに将軍の部屋を休憩室のように使うのはどうなんだ
……
と言おうとしたが、言えなかった。だって忌炎に許可を与えたのは自分だもの。
というか、ベッドが狭すぎてそんな事はどうでもよかった。
疑似音場にあるベッドはセミダブル程度の大きさで、一人で寝転ぶ分には申し分ないだろうが、鍛え上げられた肉体を持つ哥舒臨が横たわると、残る隙間なんてたかが知れている。
哥舒臨には及ばないものの、鍛えてはいる忌炎が寝転べば、それこそ密着しなければベッドから落ちてしまうほどに。
「あ、あの、将軍、これは」
忌炎は今、哥舒臨の抱き枕にされていた。
壁と哥舒臨に挟まれ動けず、忌炎が困惑の声を上げると、哥舒臨は浅葱の髪に顎を乗せ、自身の胸元に忌炎を寄せる。
「お前も休日なのだろう?」
「それにしてもこの体勢は!」
「30分後に起こせ」
「将軍!」
忌炎の反抗むなしく、哥舒臨はもう一度目を閉じる。
忌炎はしばらく哥舒臨の腕から抜け出そうと奮闘していたが、腕力で哥舒臨に勝てるはずもなく、抱き枕になる定めを受け入れた。
聡い忌炎は、哥舒臨が疑似音場まで持ち出さなければ満足に休息も取れなかったのだと気付いてしまっていたから。
だから、大人しく諦める。
呼吸をしているかもわからないほど静かな人の、それでも鳴り続ける心臓の音を一番近くで聞きながら、力を抜いて身を委ねる。
たったの30分。
それだけの間、将軍を独り占めできるのだと思えば安いものだろう。
起こしたら、音場を出て、それで本を読めばいい。
ところがどっこい。
結局忌炎も寝てしまい、30分どころか3時間寝て、逆に哥舒臨に起こされる事になったのはここだけの話である。
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