【カブミス25のお題】14.部屋/繭の中で

北中央大陸から帰ってきたミスルンと、彼をずっと待っていたカブルーのピロートーク。

 ミスルンさんが北中央大陸への旅――いいや、彼にとっては故郷に戻る旅から帰ってから、俺はあの人を数日間離さなかった。もちろん、城には連絡を入れたし、元々吹雪がひどい時期だったから、俺に回ってくる仕事が少なかった結果許されたのもある。それからミスルンさんの帰還を察して俺に屋敷に戻るように言った、マルシルの手配もあったのだろう。
 俺たちは吹雪が吹きすさぶ中、暖かな寝室にこもりきって、天蓋から伸びるカーテンをほどくことも忘れて抱き合った。ミスルンさんは今までの不在を詫びるみたいに俺に応えてくれ、俺はそれをいいことに強引に彼を求めた。俺はもう、彼以外何も見えていなかった。あれだけ流民による治安悪化に対する政策にこだわっていたくせに、今欲しいものはミスルンさん以外になかった。
 そう、俺はミスルンさんとの一年近く経っての再会に溺れていたのだった。もう何も見えなくなるくらい、彼を求めていたのだった。
 
 
 薄ぼんやりと視界が広がってゆく。あたりはランプのような人が作り出した明かりではない自然の光に包まれていて、俺はそれに目をこすって身をよじった。多分、いつの間にか火が消えた暖炉の中の、燃え尽きた薪が崩れる音で目がさめたのだろう。
 俺はここ数日、必要な時以外は離さなかったミスルンさんを本能的に探す。まだ火照っている手のひらでシーツをかき、乱れた毛布を撫でる。するとシャツ一枚を羽織っただけのミスルンさんの背に手が当たり、俺はその感覚に信じられないくらいの喜びを覚えた。
 起こさないように気をつけ、俺はミスルンさんの背筋を眺める。細身だが筋肉のついた身体はがっしりとしていて、彼を抱きしめるたびにそのしなやかさにびっくりした。あれほど繰り返し抱いて慣れていたはずなのに、あの肌はこの手に馴染んでいたはずなのに、時を経て再会した彼の身体に触れる新鮮な感覚は悦びに包まれていて、俺はまるで自分を失ってしまったみたいにミスルンさんを求めたのだった。
(でも、さすがにそろそろ城に行かないとな……
 窓の外を見れば朝日が差していて、俺は吹雪が去ったことを知る。はたして俺は一体何日、宰相補佐に与えられる執務室を留守にしたんだっけ。最初の一日以降、それはあやふやになってしまった気がする。自分でも、ほとほと呆れてしまうけれど。
(腹が減ったな)
 俺たちはここ数日食事をベッドで取っていたが、それだって使用人が作ってくれた軽食くらいだった。そろそろちゃんとした食事が取りたい。それに俺は彼に対する性欲と、おかしな形の愛情ばかりに振り回されていたから、いい加減ミスルンさんを離さなくちゃならない。黄金城にも行かねばならない。仕事も溜まっていることだろう。それを片付けねばならないし、寝物語に聞いたところによると、ミスルンさんは荷解きすらしていないらしかったから。
 だから彼を起こさねばと思う。寝室に置かれた時計を見ればまだ朝早いが、そろそろ普段の食事の時間だった。今日はあたたかなコーヒーにミルクを入れて、メリニ風に焼きたてのクロワッサンと、ジャムをつけたビスケットを食べよう。きっと彼も懐かしく思うはずだ。エルフ風の食事の豊かさには負けてしまうかもしれないが、ここではそういった食事が一般的だったから。
「ミスルンさん、起きられますか?」
 俺は笑いながら呼びかける。すると彼は咳払いをしてから身をよじり、また小さく咳をした。風邪でも引いたのだろうか? 暖炉に火を入れたほうがいいだろうか? 俺はそんなことを考え、シャツしか着ていない彼を心配した。
「ミスルンさん? まだ眠いですか?」
 再三の俺の呼びかけに、ミスルンさんはようやくこちらに向き直る。まだ眠いのだろうか、大きな黒い目はぼんやりとしていて、俺の唾液で濡れていた唇は赤く腫れていた。真っ白な肌は透き通っていて、行為の最中に赤くなっていた耳も、今は自然な色に戻っていた。
「ミスルンさん?」
 俺はまた問いかける。するとミスルンさんは喉を手でさすり、思ってもみなかった声でこう言ったのだった。
「喉が痛い」って。それから「身体が軋む」って、優しくだが迷惑そうに。
 俺はそれに彼に無理をさせてしまったのだとようやく気づいて、今までもそうだったように食堂に用意された朝食をトレイに載せて寝室に運んだ。俺は彼を求めすぎたのだ。ずっと離れていたから、また同じような次が来るのではないかと怯えていた。でも、彼の態度からしてそれはないだろうと安心もした。フラメラが次期女王に決まったのかどうか彼は語らなかったが(彼とて現女王に仕える身だ、西方エルフの内情を俺に話すことはないだろう)、俺にとってはそんなことはどうでもよかった。彼が戻ってきたことが全てで、それ以外どうでもよかった。俺は馬鹿になっていて、複雑なことが考えられなかった。何せ、つい数時間前まで俺は彼を抱いていたので。
 ミスルンさんはビスケットをコーヒーに浸し、小さな口で柔らかくなったそれを繰り返し食んだ。まだ手に力が入らないのかあたたかなクロワッサンを千切るのにも苦労していて、彼に夜の気配が残っていることに、俺はひどい征服欲を覚えた。駄目だって思うのに、また彼を抱きしめたくなってしまう。
「はちみつも持ってきましょうか? 喉にいいかも」
 俺は一応気遣ってそう言ったが、ミスルンさんはこんなふうに言う。俺をからかうように、年上の余裕を見せて、少ししゃがれた声で。
「お前に求められてるみたいで気分がいい」
「それって、まだ足りないってことですか?」
「さぁ、どうだか」
 久しぶりに抱き合って、俺たちはなかなか離れなかった。俺たちは厳しい吹雪の中で暖かな繭にいるように、どろどろに溶け合って一つになっていた。だから愛しいそれが続いても俺は別に構わない。だって俺たちは久しぶりの再会を果たした恋人同士なのだから。
 俺は冗談を言って食事を中断したミスルンさんの手を取り、彼の深い傷が残る甲に口付ける。繰り返し繰り返し、愛を乞うように口付ける。するとミスルンさんはコーヒーやクロワッサンの端が残った皿をトレイに戻し、自分の脇に置いて俺の唇を自分のそれで覆った。駄目だ、今日こそ城に戻ろうと思ったのに、決心が鈍ってしまう。そう思うのに、彼の行為に喜んでいる自分もいる。ミスルンさんから離れたくない、ミスルンさんとひとときも離れたくない、ずっとともにいたい。今まで離れていた分を取り戻したい。俺はそんなふうに思って、ミスルンさんとキスを続ける。腹が減っていたはずなのに、またそんなことを忘れて、彼に溺れそうになる。
 いや、俺たちは繭の中にいるのだ。そしてどろどろに溶け合って、変容してしまうのだ。俺たちの関係もきっと変わってしまう。西方エルフの女王が交代すれば、ミスルンさんだってメリニにいられるかどうかは分からない。でも、それまでは、と俺は思う。それまではともにいたい。許される限りはともにいたい。彼を離したくない。
 俺はそんなふうに繰り返し考え、ミスルンさんをベッドに押し倒す。トレイの上に置いた甘いコーヒーは湯気を立てていたが、そんなもの、今はどうでもよかった。今はただ、彼と繭の中にいたかった。いつか関係が変容してしまっても、今は世間にありふれた恋人同士でいたかった。