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南篠
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ブツメツフツマ
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無垢
ブツメツフツマ
/ 久方耀・白浪白羽
下駄箱の前で、一人の少女がぽつんと立っていた。
放課後。残っている生徒もほとんどいない中、自分のものであろう下駄箱を開けた姿勢のままで、彼女は靴を取り出すこともせず、その中をじっと見つめていた。
白羽さんだ。
人形のような横顔と、絹のようになめらかな真白の長髪。どこか浮世離れした二色の瞳。長い睫毛が瞬いている。
いつもは笑みを浮かべているその口許は、今はただまっすぐ閉じられていた。
何かあったのだろうか。嫌な予感がして、すぐにそれは予感などではないと確信する。彼女は立ったまま上履きを脱ぐと、それを指に引っかけて下駄箱に入れ、そしてそのまま踵を返して外に向かっていった。もちろん、彼女の足元は白い靴下だけだ。
「
……
白羽さん」
彼女の奇行はいつも通りだが、その日は少しばかり勝手が違うような気がして、咄嗟に声をかける(いつも通りの奇行だったとしても、いずれにせよ声をかける義務は発生するのだが)。
歩いていた彼女が足を止め、簀がぎしりと小さく音を立てた。彼女が振り返る。一瞬の間を置いて、にっこりといつものように笑った。
「ああ、耀くん。今日は遅いんだね、また何かスポーツでもしてたの?」
「いや、今日は先生の手伝い」
「そうなんだ。いい子だねえ、お姉さんとして鼻が高いよ。高すぎるくらいだよ」
いや、お姉さんではないが。
きりがないのでそんな訂正の言葉は飲み込んで、本題を切り出す。
「なんで裸足で帰ろうとしてるんだ?」
「うん? 靴がなくて」
「靴が?」
白羽さんが視線を動かし、それと同時に下駄箱に指を向ける。その先を追えば、確かに、そこには綺麗な白い上履きしかない。
嫌な予感がする。どう返したものかと答えあぐねているうちに、白羽さんは朗らかな声色で続ける。
「朝来たときにはあったんだよ?」
「そりゃあ、来るときには履いてるだろうからな
……
」
「それで帰ろうとしたらなくなってて」
「うん」
「これってさ
……
」
続くであろう言葉を予測し、思わず眉を潜める。
確かにクラスでは浮いているであろう白羽さんのことだ、靴を隠されるというのはまああり得ないことでは
――
、
「靴集めの怪異の仕業だと思うんだよね」
――
訂正。目をきらりと輝かせた白羽さんには、俺の考えていたような可能性は微塵も浮かんでいなかったらしい。
その楽観的なところは安心すべきところでもあるし、一方で不安になってしまうところでもある。
何も言えない俺をよそに、白羽さんはつらつらと続ける。
「一日に一人分、生徒の靴を取っていくの。たぶん足がたくさんあるんだろうね、だから多くの靴が必要なんだ。それで奪った靴を履いて学校内を闊歩するの。上履きだったら残らないような砂の足跡があればその怪異のしわざでね
……
名前はなんだろうね、靴
……
靴でしょ? うーん
……
」
話を右から左に受け流しながら、一応その可能性についても考えてみた。
だが、この学校でそんな七億不思議があるとは聞いたことがないし、なにより日中に起きた出来事であれば、七億不思議の仕業ではないだろうことは明らかだ。ほかの被害も聞いたことがないし。
そうなれば、やはり、人為的なものになってしまう。
「耀くん? 聞いてる? 名前なにがいいと思う?」
「うん、聞いてる。名前は別になんでもいい」
「つれないよなあ」
怪異
……
いや、七億不思議に識別記号以上の名前の必要性はないと思う。見えないわりに怪異マニアになった白羽さんにとっては、重要な意味があるのかもしれないが。
「ともかく、白羽さん。裸足で帰るのはよくない」
「どうにかなると思うけど」
「ならない。絶対に怪我する」
「靴下って頼りにならないんだなあ」
「
……
じゃあ、俺が今から探してくるから待ってて。見つからなかったら俺が白羽さんを背負って帰る」
「えー、靴さらいのこと倒しちゃうの?」
「案外そのままの名前だな
……
。そうだよ、そいつの仕業なら倒す。だから大人しく待ってて」
「わかった。無理しないでね」
白羽さんがわかったと返事したとき、本当にわかっている確率は五十%程度である。今回もその五割に賭けるしかない。
上履きを履き直した白羽さんを近くの長椅子に座らせ、俺は小走りで廊下を渡っていった。
怪異のしわざではないなら、人為的なものに違いない。
少し変わった性格をした白羽さんが他の同級生に遠巻きにされているのは知っている。
……
知らなくてもわかる。遠巻きにされても素知らぬ顔で笑って、気にともめずに輪を乱す。そういう人だ。そういう人でいい。
それでもやっぱり、そんな彼女をよく思わない人間は多い。
別に、それ自体はどうでもいい。白羽さんは人からの評価を気にするタイプではない。けれども。
――
けれども。
「次に同じような真似をしたら
……
今度こそ直撃させるけど、いいよな?」
木にわずかにめり込んだ拳を引き抜きながら囁けば、一つ年上の少年は焦ったようにこくこくとうなずいていた。
校舎裏。
人の気配を感じて近づいてみれば、数人の生徒がなにやら集まっていた。背格好からするとみんな年上のようで、ああなるほど、白羽さんのクラスメイトだろうとすぐに思い至った。
少し詰め寄れば案の定、自分の所業を簡単に吐いたので、あとは簡単だった。
泥だらけの革靴を片手に提げながら、下駄箱へと急ぐ。
きっと、俺が何も言わなければ、彼女はこの靴の惨状を見てもなお
――
見たからこそかもしれない
――
怪異の仕業だと言い、あまつさえ喜んですら見せるのだろう。
本心から信じているのかは知らない。現実から目を逸らしているだけなのかもしれない。本人にも分かっていないのかもしれない。
それでも彼女は人の悪意を知らない。
だから俺もずっと、黙っている。
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