【カブミス25のお題】13.吹雪/包み込むように

北中央大陸から帰ってきたミスルンと再会するカブルーの話。12の続き。

 北中央大陸に旅立ったミスルンさんからは、最初のうちは毎月のように手紙が寄越された。高速船を使った船旅の様子が書き連ねられたのに始まり、紛争が絶えない南方大陸に一時期港したと知らされた時はひやひやしたものの、彼ら元カナリア隊は無事銀の都にたどり着いた。でも、それからはミスルンさんからの手紙は途切れた。
 きっと、宮廷の様子(特にフラメラの処遇について)を漏らすことはできなかったのだろう。それはまだまだ政情に疎い俺にだって理解できた。西方エルフとメリニ国は友好的な関係にあるとはいえ、内情を漏らすのは許されない行為だったから。
 だから俺は素直に待った。政治に長けたヤアドなどは、マルシルに命じて魔術で間諜を使ってはとライオスさんに進言したが、俺はそれを押しとどめた。西方エルフとの関係を有利に進めるためには、それは戦略的に必要なのかもしれなかったけれど、俺はミスルンさんに危害が及ぶことを恐れていた。俺と彼との関係は、西方エルフの女王、ヘイメアに知られている。だからミスルンさんが、俺にほだされて情報を流すのではないかと疑われることが恐ろしかったのもある。
 しかしミスルンさんがどうなったかについて人々が頭を悩ませたのは数ヶ月だけで、じきにメリニ国でも流民の流入による治安悪化などの多くの問題が起こり、他国の状況に関心を寄せている場合ではなくなった。一番彼が恋しい俺だって、あの人に恋をしているというのに、だんだんと思い出す日が減っていった。それくらい宰相補佐に与えられる仕事は複雑になり、新興国であるメリニの内政は混乱しつつあった。
 そんな状況が一変したのは、冬が終わり、春も夏も終わり、短い秋がやって来て、やがて吹雪が吹きすさび出した、この国ができて何度目かの冬のことだった。そう、ようやく、メリニの混乱が落ち着き俺は恋しい人のいない自宅をさびしく思うことができたのだ。でもやっぱり、ミスルンさんからの手紙は途切れたままだった。彼はいつ銀の都を発つのだろう? それとも、俺たちの関係はあの日で終わったのだろうか? 俺はカナリア隊の船が旅立って行った日のことを思い出す。最後まで口付けを交わして、後ろ髪を引かれながら恋人を送り出した日のことを思い出す。でも、それも今やあやふやだった。今も確かに俺たちは恋人であるはずなのに、それはずっと曖昧なままなのだ。
 
 
「カブルー、まだ仕事?」
 執務室でいっときよりはだいぶ減った仕事に向き合っていると、アンブロシアを手にしたマルシルがやって来た。彼女は王付きの顧問魔術師だったが、行動は思いのほか自由で、こうやって俺の部屋を訪ね来ることはよくあった。穏やかな国とはいえここは黄金城だ。心を許せる人間はなかなかいないのだろう。
 彼女の言う通り、壁に掲げられた時計を見ると、そろそろ夜も遅くになっていた。侍女が置いていったランプも、ゆらゆらと揺らめいて、明かりが薄くなりつつある。
「これが終わったら寝ます」
「この部屋で?」
「だって今夜は吹雪が酷いでしょう。こんな日に馭者に馬を任せるのも心配ですからね」
 俺はそう言って、また羊皮紙に羽根ペンを走らせる。流民が増え、一年ほど混乱したこの国はようやく安定を取り戻した。だからこそ、今が踏ん張りどきだったのだ。
「ふふ、私はね、帰ったほうがいいと思うなぁ。きっとあなたが喜ぶいいことがあるよ」
「どういうことです?」
 俺はその言葉に、ペン先を止める。インクが少し羊皮紙ににじむ。俺が喜ぶいいこと。そんな、まさか。もしかしてあの人が?
「私は顧問魔術師だからね、この国のあちこちに魔術で作った獣をやっているの。だからね、どんな船がいつ港にたどり着いたか分かっちゃうし、誰がどこにいるのかも分かっちゃうの」
……帰ります!」
 俺はインク壺に蓋もしないで、羊皮紙を丸めもしないで、宰相補佐に与えられる執務室を飛び出る。マルシルが後ろで、簡単な魔術で雪除けをしておいたからと叫ぶ。マルシルは口にしなかったが、もしかして、本当にあの人が? ミスルンさんが帰ってきたのか? 長い旅から帰ってきた? 連絡も寄越さなかったあの人が、無事に戻ってきてくれた? 俺は馭者に自宅に戻るように命じ、馬車は吹雪の中走り出す。マルシルの言った通り雪除けが施されていたのか窓に雪が貼り付くことはなく、馭者もどういう原理なのか魔術で覆われていた。俺は自宅に向かって走る馬車の中でとんとんと足を揺らし、爪を噛む。早くミスルンさんに会いたい。でもどうして手紙をくれなかったんです? 女王の後継者争いはどうなったんです? 王位を嫌っていたフラメラは、自分の意に反して女王になるんですか? そんな様々な疑問が頭に浮かんだが、それも自宅にたどり着くとすぐに消えてしまった。俺の屋敷は使用人が寝る頃だというのに明かりが灯されており、おまけに格調高い馬車が広く取った馬小屋に入っていた。馭者が家の前で俺を降ろす。何もかも分かったような彼は、馬小屋へと馬車を移動させる。
「ミスルンさん! どこですか!」
 俺は屋敷の庭を通り過ぎ、吹雪が続く中家の中に入る。使用人は珍しく起きていて、俺の着ていた上着を引き取ろうとしたが、俺はそんな彼女を置いて次々に部屋のドアを開けてゆく。そしてようやく寝室にたどり着いた時、そこから明かりが漏れていたことに俺は涙をこぼしそうになる。ここだ、ここに彼はいる。彼はここにいて、俺を待っていてくれる。ようやく彼に会える。長かった。すごく長かった。一日を永遠に感じた。あなたが恋しかった。
「カブルー。遅かったな」
 扉を開けると、そこにはベッドに座り込むミスルンさんがいた。俺の妄想じゃない、あの人がいた。俺は息を整える。みっともなく思われないよう、静かに息を整える。あなたに会いたかった。でも、強いカブルーでいたい。あなたの前でだけは。
……仕事が立て込んでいたんです。あなたこそ、手紙が途中で途切れた」
「すまない、銀の都に入ってから、手紙を書くのが許されなかった。でもここに戻った、お前との約束通り」
 ミスルンさんがじっと俺を見る。俺はその黒い瞳がたまらなくて、思うままにベッドに近寄って彼を抱きしめる。すると彼は包み込むように、俺の背に腕を回してくれる。冷えた身体が熱を持ち出す。彼が帰ってきたことが信じられず、さっき浮かんだ疑問の数々はどうでもよくなった。西方エルフがどうなったっていい、あなたが巻き込まれずここに戻れたのだからそれでいい。ともに過ごせるのなら、他には何もいらない。
「恋しかったよ、カブルー」
「俺もです。でももう、何も言わないで」
 俺はそう言ってから、愛しい人にキスをする。ミスルンさんも応えてくれる。俺たちはただ、いつものように抱き合う。聞きたいことはたくさんあるはずなのに、何もかもどうでもよくなる。だって、今はこの人の愛が俺を包み込んでくれるから。今は確かめ合うことに必死で、その他のすべては些細なことだから。