数時間前に見つけた極小特異点。近代の欧州に近く、品格のあるホテルを中心に発生しているとの事らしいが、詳しい事は分らない。潜入し戦闘を回避出来るのであれば、と、マスターの他、マシュ、マハ・タリ、ドゥリーヨダナ、ビーマで向かう事となった。
ドゥリーヨダナは「潜入メインなら好青年な見た目の円卓連中を連れて行け」と言ったが、マスターからは「バーサーカーのドゥリーヨダナなら、殆どのエネミーに勝てるから」と言われてしまった。そこまで言うのであれば、小指の先ほどの協力をしてやらねばなるまい。
ブラックにライトグレーのストライプが入ったスーツを纏うドゥリーヨダナは、眉間に皺を寄せる。
ホテルのロビーで客を装うマスター達の服装は、違和感ないものだった。只一人を除けば。
ドゥリーヨダナの視線の先に居る男。ダークグレーのスーツに白のシャツ、スモーキークォークの留め具が付いたポーラータイ。スーツ自体の品質が良いのは解る。だが、どう見ても、ビーマのサイズに合っていない。
ウエスト周りは丁度良さそうだが、スラックスの太股辺りは生地の余裕が無い。深い屈伸のひとつでもすれば、センターの折り目が伸びてしまうだろう。目も当てられないのは、ワイシャツだ。胸囲があるせいで辛うじてボタンが留まっている状態だ。ボタンとボタンホールから放射状の皺が寄り、ボタンを指で軽く弾けば、直ぐに胸元が露わになるだろう。
幾ら森暮らしとは言え、王子としての自覚を持たずに召喚されたのか。無頓着なビーマに苛立つドゥリーヨダナは、口を開いた。
「そのスーツはどうした。お前に合っとらん」
「ん? あぁ、ジークフリートから借りた。一番背格好が近かったからな」
ドゥリーヨダナの様子を不思議に思うビーマは、目をぱちくりとさせながら答えた。
「……バーゲストから借りた方がマシだったろうな」
「ウエスト入んねぇだろ……」
皮肉を言うが、ビーマには届かない。それに悪目立ちする格好のまま乗り込んでしまったら潜入の意味が無い。
ビーマの腕を掴み、会場とは反対の通路を早足で進む。衣裳サロンの前に着くと、ビーマの腕を放す。
「いいか、ここで待っていろ」
眉間に皺を寄せるドゥリーヨダナは、ワイシャツから剥き出しになったビーマの胸を人差し指で突くと、衣裳サロンへと入って行った。
「忙しい奴だな……」
ドゥリーヨダナを置いて行こうかと思ったが、その後がますます面倒な事になるだろう。小さな溜息を吐くビーマは、ドゥリーヨダナが戻るのを大人しく待つ事にした。
数分ほど待っただろうか。衣裳サロンから戻ったドゥリーヨダナは、瑠璃色の布を手にしていた。
「首を貸せ」
ドゥリーヨダナは手にしていた布を広げる。一般的なネクタイよりも幅広く、柔らかい素材の様だ。
「ポーラータイなど着けてくるな。せめて、わし様が付けているネクタイ位の幅がある物のを付けてこい」
酷く面倒くさそうな表情を向けるドゥリーヨダナだが、流れるようにネクタイを結う。我儘な王子と言えど、百人の弟妹が居る事もあり面倒見が良いのだろうか。
ビーマがぼんやりとそんな事を考えているうちに、綺麗に結い終わった様だ。幅の広いアスコットタイはワイシャツの皺を隠すのに最適だった。
納得がいかないドゥリーヨダナは、ネクタイを眺めていたが、不意に屈むと自身の足首に両手を伸ばす。
手にしたのは、金のアンクレット。細い鎖のアンクレットを、ネクタイに巻き付けアクセントを加えた。
「まぁ、及第点か。ループタイはスーツの内ポケットに入れておけ無くしても知らんぞ」
「分かってる……ありがとな」
素直に礼を言えば、ドゥリーヨダナは目を丸くする。
俺が礼を言わないと思っていたのか。そんなドゥリーヨダナにビーマは口を下げるが、それよりも早くマスターと合流しなければ。
「ドゥリーヨダナ、早く戻るぞ」
「分っておるわ!」
急かす様にドゥリーヨダナの腕を掴むと、早足でロビーへ向かった。
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