まよこ
2024-11-19 23:46:12
2566文字
Public
 

一緒に海にいこう

オカルト好きの大学生

「一緒に海に行かない?」
 SNSで知り合ったオカルト好きの高校生をようやく、海に誘った。
 
 いつ出会ったのかは忘れてしまったけれど、好きな話をしていれば似たような人間が集まってくるものだ。随分田舎に住んでいるらしいが都会の方に遊びにくるというので街中の心霊スポットを案内しようかと軽い気持ちで提案すると思いのほかとんとん拍子に会う約束を取り付けることができた。
 SNSでは気軽なやり取りをしているものの、合うのは初めてだ。駅前の公園で待ち合わせをしていると、長い前髪で顔を隠し両サイドで髪をくくったサブカル好きのオタクといった様相の子がやってきた。ぬい活とやらをしているのは知っていたけれども、堂々と鳥のようなぬいぐるみを抱えている。相手もやっぱり緊張はしているのか少しおどおどとした様子で「はじめまして?」と頭を下げた。
 交流自体は長らくしていた間柄だ。少し話をすれば、共通のトークテーマで盛り上がる。そう、オカルトだ。最初のこちらを伺うしぐさも次第になくなり、存外明るく何にでも興味を示して楽し気に話を聞いてくれる。有名なパワースポットから知る人ぞ知る心霊スポットを観光がてら一日巡っていれば、すっかり懐いてくれたようだ。
 本当にオカルトが好きなんだろう。自分の故郷の話をすれば、弾んだ口調で知っていると言っていた。それ程有名ではないが、地元には怪奇現象が起こるという噂のある海がある。
 この子なら、と思った。
 一緒に来てくれるかもしれない。
 ずっと行かなきゃいけなかったんだ。生まれ故郷のあの海に。海上に浮かぶ空に穴が空いたかと思うほどのまばゆい大きな月を見たあの日から、ずっと呼ばれているのには気づいていた。どこに行っても潮の香りが、波の音が後をついてくる。どうしようもなく惹かれていた。いつ行ったって構わなかった。ただあの冷たく暗い海に一人で行くのだけは嫌だった。一緒に行ってくれる誰かをずっと探していたんだ。顔を合わせたのは初めてだけれどこの子なら、どれほど奇妙な話も受け入れてくれるんじゃないかと抱いていた淡い希望が確信に変わる。
「一緒に、海に行かない?」
  今日は年に一度、故郷の海が明るく輝く日。好奇心に揺れてこちらを見ることのなかった瞳とようやく、視線が合う。一拍置いた了承の返事を聞きながら、前髪の影で嬉しそうに瞳が細められるのを見た。
 日はそろそろ落ちはじめる時刻だ。車で行けば日をまたぐ前には着くだろう。車内で軽食を食べながら雑談をしていればあっという間に夜が来て、寝ててもいいよと言えばいつのまにやらぬいぐるみを抱えたまま助手席で静かになった。懐かしい故郷を思い出しながら道を急ぐ。

 あと一時間もすれば日付が変わる頃、ようやく目的の海へと辿り着いた。広がる砂地に面した舗装のされていない道路の端へ車を止める。人通りも街灯もない夜の海はどこまでも闇一色で空との境も分からない、いつもなら。
 だけど今日だけは違う。
 大きな月が星明りをかき消すほどに輝いて、海上が光をきらきらと反射させている。助手席で眠る彼の肩を揺らす。わずかに身じろぎ顔をあげた。
あ、ついたんだ。寝ちゃってた」
 ぼんやりした視線が窓の外へ向かうと、表情が見えなくてもわかるほどに嬉しそうな感嘆の声が弾む。彼は車を降りるとぬいぐるみを抱えたまま砂地へと駆け出して行った。べたつく潮風は思いのほか生ぬるい。慌てて後を追うと、砂地の半ばほどでこちらを振り返った。
「ずっと来てみたかったんだ。ありがとう」
 ぬるい風が吹いて、色の明るい髪がなびく。星一つない夜空みたいな真っ黒な瞳がずっと遠くを見ているようだ。こちらを向いていたのは一瞬のことで、再び軽い足取りで砂を踏む。
 まって、置いて行かないで。
 砂に足をとられながら駆け出す。彼のブーツが穏やかに寄せては返す波を砕いて水がはねた。ざぶざぶとわき目もふらずに水面の輝く海へ足を踏み入れていく。ブーツが沈んで膝まで水に浸かるのも構わず、誘われるままに楽し気にどこまでも、一人で歩いていく。
 自分がずっと踏み込めなかった海に。
 一人でこんなところになんか来たくなかったはずなのに、これじゃまるで一人でいるのと変わりがない。
……まって!」
 追いかけて、海に入って、手を伸ばしその腕を掴もうとして、足が止まった。
 何かが、足首に絡みついている。力強く引っ張られ、一瞬で体が海中に沈む。
 視線を下げると、無数の白い何かが足に絡みついていた。
「ここって…………を見た人がいて、……いるって」
 彼が楽しそうな声が何かを語っているのに、水面越しにくぐもって声が良く聞こえない。黒く深い夜のような瞳は、月の明かりをきらきらと弾く海の向こうばかりみている。
「ねえ、見て。すっごくきれい!」
 潮風にあおられた前髪の下で真っ黒な瞳がぱちぱちと海のように光を反射させるばかりで、どうしたって何もない海中なんて見てはくれない。
 声をあげようと開けた口から海水が肺に流れこんできて、伸ばした腕は何もつかめず海にのまれた。

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「あれ……?」
 気がつくと膝近くまで海の中に入っていることに日名田是雁は気がついた。SNSであった知り合いに海に誘われて、奇麗な海を見たことまでは覚えている。辺りを見回せど人影一つなくここまで連れてきてくれた人はどこにもいなかった。見上げた空は星の明るさがよく分かるほどに晴れている。
「そっか、今日新月だよね」
 近頃だんだんと月が細くなっていくと思っていたのを忘れていた。海をきらめかせていた光はすっかりどこにもなくなって、空との境界はべったりとした黒一色に塗りつぶされている。砂に残るのはこちらに向かってきた足跡が二人分だけ。押し寄せた波が靴を濡らして砂上の足跡をさらってかき消した。
「まあいっか。どうやって帰ろうかな……
 砂地に落ちていたぬいぐるみを拾い上げ砂を払う。
「さっきの空、奇麗だったなぁ。写真撮っておけばよかった」
 大きい通りに出ればタクシーが拾えるだろうし。夜の散歩は嫌いじゃない、見覚えのある場所まで歩いて行けばいいだけのこと。ぬいぐるみを抱え軽い足取りで海を後にした。