【カブミス25のお題】12.焚火/あなたの不在に

冬のある日に女王から帰還命令が出たミスルンと、それに戸惑うカブルーの話。

 ぱちぱちと木が弾ける暖炉は、きらきらとミスルンさんの横顔を照らしていた。なのに俺はそれに見惚れるでもなく、さっき見た書類のことを考えている。さっき見た、今まで考えもしなかった、彼に下された命のことを。
 
 
 俺たちが今いるのはミスルンさんの書斎で、彼は安楽椅子に座っていた。そして俺はエルフ用の小さな造りのソファに座っていた。そこに言葉はなかった。俺たちは珍しく重なった休日をともに過ごしていて、それも夜に近づいており、なんとなくお互いに終わりを感じ取っていた。
 それでも、ここに来るまでは俺たちはそれなりに楽しい休日を過ごしたのだ。キスをたくさんしてはしたなく抱き合って、雪の積もるエルフ風の庭を熱を冷ましながら手を繋いで歩いた。でも、ここに来て何かが変わってしまった、と俺は思う。というのも俺たちはさっきまで、エルフ文字で書かれた書類をともに見ていて、それは北中央大陸に帝国を築く西方エルフの女王からのものだったのだ。そんなもの、本当はメリニ国の宰相補佐である俺が見ちゃいけないのだったけれど、ミスルンさんは驚くくらいの気軽さで自分に対する命を俺に見せた。
 そこには彼をねぎらう言葉と、すぐに一時帰国するようにという旨の文言が書かれていた。彼が言うには、きっと後継者争いが始まったのだろうとのことだった。俺はそれに言葉を失なってしまい、今も何も言えないで暖炉にあたっている。
 北中央大陸までの旅は長い。下手したらそれは年単位がかかって、それはエルフにとっては些細な時間なのだろうけれど、俺は彼との別離を思い苦しくなった。いや、これは別れじゃない、分かっているのだけれど、それでだってつらい。できればこの人とずっと一緒にいたいと思うから、俺が宰相補佐じゃなかったら、彼とともに旅したいくらいだったから。
「そろそろ夕食にしよう」
 これも珍しく、使用人に催促されなくてもミスルンさんが言う。俺はそれに彼も言葉を探しているのだと思って、やっぱりつらくなった。彼と離れたくない。そう思うのに、今の俺にはそんな力はなかったから。
 その後、俺はミスルンさんとともに食事をとり、いつもよりは少なめに語らい、湯を張ったバスタブに入って、同じベッドに入った。それは本当にいつも通りの日だった。彼がどこか何かに追われているのを除けば、いつも通りのことだった。
 
 
 再び肌と肌が重なっていた時がすぎ、夜の匂いが濃くなる頃、ミスルンさんがベッドから消えた。一瞬転移術を使ったのかと思うくらい鮮やかな消えようだったから、俺は眠い目をこすりながら起き上がった。でも、天蓋から伸びるカーテンが揺れていて、俺が眠っているのを確認して出ていったことに気づく。
 俺はなんとなく、またミスルンさんは書斎に行ったのかと思う。それか、エルフ風に整えられている、今は雪が積もっている庭にいるか。
 やっぱり、庭だろうか? そう考えた俺はベッドから降りて庭に面する窓を開けたけれど、もう淡くゆらゆらと不安定に揺れる炎しかないランプでは、彼の姿を見つけることはできなかった。
(じゃあ、やっぱり書斎か?)
 でも、嫌だな。まるでここを去る準備をしているみたいで嫌だな。俺はそう思い、スリッパを履きミスルンさんの寝室から廊下に出る。彼は隠すつもりもないのか、寝室から少し離れた書斎からは明かりがもれていた。きっと、ミスルンさんはあそこにいる。
 スリッパが床にこすれる音がする。これじゃあ気づかれてしまうなと思ったけれど、別にどうだっていい気もした。
 俺は書斎のドアをノックし、返事を待たずに開ける。すると彼は机に向かい何かを書きつけていて、俺はあぁ、女王への返事か、と思った。彼は本当に帰ってしまうのだと思った。
「ミスルンさん?」
 それでも、俺は尋ねずにはいられなかった。でもそんな俺の目を見て、ミスルンさんはどこか面白そうに笑う。まるで何もかもお見通しだと言わんばかりに、俺が隠した嫉妬みたいな感情を見通しているみたいに。
「大丈夫だ。すぐに戻るさ」
「でも、船旅は長いじゃないですか」
「カナリア隊の高速船ならすぐだ」
「それはエルフの感覚でしょう」
 俺はどこか、彼を責めるような口調で反論していた。こんなのじゃいけないと分かっているのに、俺はそれを止めることができなかった。
「待っていてくれないのか?」
「待ちますよ。それしか俺には選択肢がない」
「でも、さびしそうだ」
「えぇ、さびしいのは本当です」
 言葉に言葉を重ね、俺はミスルンさんをドアの近くから眺めた。もうここから消えてしまいたかった。自分が彼の仕事に嫉妬するなど思ってもみなかった。いや、彼が女王の後継者争いに巻き込まれるのが恐ろしいのもあった。何せミスルンさんが隊長を務めていたカナリア隊の副隊長はフラメラだ。黒曜石の肌に銀の髪、赤い目と、エルフが尊ぶ真の女王の素質を持っていた。そこにケレンシル家が絡んでも不思議ではない。ミスルンさんは不義の子で、もう半ば捨てられていたが、それだって、使えるとなれば彼の両親は手のひらを返すだろう。
「行かないでほしいのか?」
 ミスルンさんが言う。俺はそれに答えられない。頷くことも、首を振ることも出来ない。あなたと焚火を囲んだ時から、なんとなくこうなる気はしていた。ともに身体を温めても、お互い何かが違う気がしていたから。
「お前が望むなら、行かない」
「ミスルンさん?」
「私だって、自ら後継者争いに巻き込まれるのは嫌なんだ。お前が行くなと言えば、宰相補佐が行くなと言えば私はこの国から出られない」
 そんなことできるはずがない。そうなればメリニ国と西方エルフの戦争が始まってしまう。自分たちの恋で、国民を危険に晒したくはない。
「手紙を書いてください。俺を忘れないくらいに長い手紙を」
「なんだ、引き止めないのか?」
 ミスルンさんが笑う。俺はその笑顔が悔しくて、近づいて強引にキスをする。もしかしたら最後の口付けになってしまうかもしれないキスをする。彼も応じてくれる。でも、やっぱり寂しかった。
 恋愛が全てじゃないのは分かっている。彼が消えるわけではないのも分かっている。でもそれだって寂しい。愛しい人が目の前からいなくなることが怖い。
 俺はぱちぱちと暖炉の中の木が弾ける音を聞きながら、ぎゅっとミスルンさんを抱きしめる。ただただ強く、愛しい人を抱きしめる。