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千代里
2024-11-19 08:28:31
10995文字
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リーブラ14話
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リーブラの針は問う・14話・その12
***
「ノエたちは、今頃何をしているだろう」
「薬を買いに行ったんだろう。孤児院に行くとも言っていたし、今日は夕方まで帰ってこないかもしれないな」
話しながら、オランローは自分の得物である円月輪を手のうちで返してみる。青みがかった銀色は、今のところ決定的な亀裂もなく綺麗なままだ。しばらくは、予備の武具を取り出す必要はないだろう。
「ヤルマルと旦那様は、昼に帰ってくると思う?」
武器の手入れをしているオランローに話しかけているのは、同じく留守番をしているサルヒだ。アウラ族の二人は黒い鱗や尻尾が悪目立ちするからと、宿の部屋で荷物の整理と点検を行なっていた。
「買い物もついでに済ませるとは言っていたから、どうだろうな。首尾よくいけば、日が暮れる前には戻るだろう」
そこまで話して、オランローはここにいないもう一人の男の様子を思い浮かべる。
「ヤルマルだけなら早々に交渉を済ませると思ったんだが
……
」
出かけ際に目にした彼の表情や雰囲気を思い出して、オランローはゆるゆると首を横に振った。
「どうして、ルーシャンはついていくと言ったんだろうな。あいつは、オデット以上に消耗しているように見えた。それが分からないほどに未熟であるとも思えない」
同じようにエーテル切れによる衰弱であっても、度合いは異なっていたらしい。
オデットの方は、昨晩のうちに夕飯をぺろりと平らげる程度には、健康を取り戻していた。ノエが「それだけ食べれるようになってよかった」と言ったとき、顔を赤くして背中を叩いていたくらいだ。
だが、ルーシャンは食前に出された軽食こそ口にしていたものの、夕飯は食べずに雑談に興じるにとどめていた。夜も早々に床につき、布団に入った後は一度も目を覚まさなかった。話好きの彼が夜更かしもせずに休息に集中するとは、相当身体に堪えていたのだろう。
「ヤルマルの時も、完全に復調するまで少し時間がかかっていた。だったら、なおのこと、今は休むべきだとあいつなら分かっているはずだ」
なのに、ルーシャンは騎士団の詰め所に向かうヤルマルに同行すると言い張った。昨日、検問の際に命じられた『詰所への連絡』を済ませるだけならば、ヤルマル一人でも十分だ。ルーシャンが、わざわざ疲れた体に鞭打ってまで出かける理由はないはずなのだが。
「そういえば、前にこの街に来たことがあると話していたな。愛着でも覚えるようなことがあったのか?」
オランローの質問に、サルヒは口を噤むこと数秒。ゆっくりと、首を『横に』振って見せた。
「とりたてて何かあったわけじゃない。でも、その時は昨日出会ったような騎士もいなかったし、街はこんなにも重たい空気じゃなかった」
「騎士の代わりには、誰がいたんだ」
「この街を治めていた貴族お抱えの兵団が、街を守っていた。それが、この街にとっては普通だと思っていた」
だが、今は私兵ではなく神殿騎士団が街の守護を受け持っている。しかも、旅人に法外な滞在費をふっかけるような真似までしている。
かつての姿を知っているが故に黙って見ていられないという心情も、オランローにはわかるような気がした。彼自身、ガレマール帝国によって生活の変化を余儀なくされた人の不満を、一身に浴びた身でもあったのだから。
「
……
変わってしまった原因が知りたい、ということか。なまじ、少しでも知ってしまっているからこそ、動かざるを得ないと」
「多分、そうだと思う」
一方で、サルヒが言えたのはそこまでだった。
ルーシャンがやけにこの地域に存在する街や村の情勢、経済状況、治安などに口うるさくなる理由はサルヒにも想像がつく。ルーシャンにとって、この地域一帯は、ただ立ち寄ったことがあるだけの街ではない。
(旦那様にとっては、大旦那様の息子として赴いた場所でもあるのだから)
たとえ養子であり、もとは貧民街の出身であったとしても、ルーシャンはルーシャンなりに『高貴なる者の務め(ノブレスオブリージュ)』を果たさねばという思いに燃えていた。
もっとも、家が潰えたと同時にその責務から彼も解放されざるをえなくなり、若き頃に胸に秘めた無私の精神はほとんどなりを潜めていた。
それでも、ふとした時に置き去りにした気持ちが掘り返されるときもある。『領主の子息』として赴いた経験がある地域を再び訪れたことも、一つのきっかけになったのだろう。
だが、それらの事情をサルヒが勝手に話す訳にはいかない。少なくとも、ルーシャンが話していないのなら、彼の許可なく話していい話題ではない。
(従者だからじゃない。私が、ルーシャンという一人の人間の気持ちを尊重したいから)
以前なら、盲目的に主従関係を理由にしていたが今はもう違う。だからといって、何でもかんでも彼に楯突きたいと思っているわけでもない。
サルヒはただ、ルーシャンという男の歩む道が少しでも平らかであるようにしたいと願っているだけなのだから。
「下手に売り言葉で買い言葉になって、騎士団の連中の恨みを買わなければいいんだが」
「
……
きっと、ヤルマルが間をとりなしてくれるはず」
「だといいんだがな。あいつ、妙にピリピリしていたようだったから」
「そうだったの?」
サルヒが見ている範囲では、ルーシャンは確かに普段より口数も多く、無理にいつも通りを取り繕っているように見えた。ノエのときよりは分かりづらいが、昔から行動を共にしているサルヒでも気がつく程度には彼の振る舞いに違和感があった。
「言葉にするほどでもない微妙な感覚だが
……
なんとなくは、分かる。これだけ寝食を共にしていれば、今が不機嫌かどうかくらいはな」
オランローの発言を聞き、思わずサルヒは口角を緩める。笑う場面ではないと分かりつつ、ついこぼれ出てしまったのだ。
「
……
やっぱり、旦那様は分かりやすい人」
知らぬは本人ばかりだと、サルヒは不服そうなルーシャンの顔を想像したのだった。
***
「
……
っくしょいっ!」
「エーテル切れの次は風邪かい? やっぱり、宿で休んでおいた方が良かったんじゃないかなあ」
自分の傍で盛大にくしゃみをしているルーシャンに、ヤルマルは眉尻を下げてやれやれと肩をすくめる。ルーシャンは彼女の心配を追い払うように鼻をぐいと擦ると、
「誰かが噂してんだろ。それより、目的地まで着いたんだ。今更帰るはなしだ」
「そう言うと思ったよ」
ヤルマルとルーシャンは、眼前に聳え立つ黒い石造りの建物を見上げていた。もはやお馴染みとなっている、シュガーグレイヴ独特の黒ずんだ石組みの建物は、他の建物より威圧感を伴ってその場に君臨している。
ノエの父が治めていた街と異なり、貴族の紋章ではなくイシュガルドの国旗を掲げているのは、彼らが神殿騎士団に属するものであるという証だろう。
「なんだか圧倒されてしまうね。建物の色味のせいかな」
「どうだか。騎士団に属している連中の性格が、外に出ているのかもしれないぞ」
珍しく敵対意識を剥き出しにしているルーシャンに、ヤルマルは数度瞬きをして、
「たしかに昨日の検問は横暴だと思ったけれど、今日の君はやけに攻撃的だね」
「
……
ちょっとな。昔来たことのある辺りだから、悪い方向に変わっちまったんじゃないかって思ったら、落ち着かない気持ちになるんだよ」
「そういえば、君は街の名前を知っていたんだっけ。それなら、これは古馴染みと再会するようなものか。だったら、確かにあれは腹立たしい気分になるものだっただろうね」
だけど、とヤルマルはぱちぱちと瞬きを繰り返したあと、
「ボクらはずっとこの街にいて、この街の変化をつぶさに観察していたわけではない。ボクらの知らない経緯があったうえで、今の形に落ち着いたのなら、頭ごなしに敵対心を出したところで向こうの反感を買うばかりだよ」
「
…………
」
「って、ボクが言うまでもなく、君ならわかってると思うけどね」
ヤルマルは言葉をそこで切り上げると、唇を引き結んでいるルーシャンの背中を軽く叩いてみせた。男の顔に滲む苦渋の色に、ヤルマルは内心で苦笑いする。
(ボクが言えた義理ではないけれど、自分の知っている場所が望まぬ方向で『変わり果てている』せいかなあ。ルーシャンらしくないって言ってやるのは、流石に上から目線がすぎるか)
これから、当の騎士たちに会いにいくわけだから、笑顔とまではいかずとも、親しみの持てる対応をしてほしいところではある。けれども、今の彼には高望みはしない方が良さそうだ。ヤルマルとて、自分の故郷が様変わりしていたら、冷静でいられる自信はない。
(仕方ない。ボクが交渉役を務めよう)
方針を大体固めたヤルマルは、騎士団の詰め所の扉のドアノッカーで戸を叩いた。ごんごん、と重たい音が建物に響き
――
しかし、扉が開かず、沈黙を保ち続けていた。
「おや、留守かな」
「そんなわけがないだろう。騎士団の詰め所が空っぽなんてこと、あるわけがない」
「うーん
……
それもそうか。全員休憩中ってわけでもないだろうし」
詰め所は中央にある横長の建物から、奥へと両側に続く二棟の幅広の建物がある作りになっている。ちょうど、上空から見たら二本の縦線の先端を繋ぐように、小さな横線を引いたような形になっていた。
中央の建物は、規模や位置からも、来客を招いて迎え入れる場所なのだろう。残った二棟は、詰め所で過ごす騎士たちが体を休める場所といったところか。
休憩中の騎士に応対をしろとは言わないが、来客用のスペースがあるのなら、来客を想定した誰かが残っているのが普通だ。なのに、ヤルマルが再びノックをしても、人がやってくる気配はない。
「はてさて、どうしたものかね。昼には買い物をしたいから、ここでいつまでも待ちぼうけはしたくないのだけれど」
「扉の鍵は開いてるのか?」
ルーシャンは質問をしながら、自ら扉を軽く押す。彼への返答代わりのように、扉はゆっくり音をたてて隙間から室内の様子を見せてくれた。
「開いてはいるみたいだね」
「なら、先に入っちまおう。来客用の玄関なら、勝手に入って中で待っていても文句は言わないだろ」
「そうだね。外で待っていたら凍えてしまうから、君の意見に賛成。まったく、クルザスは雪が降っていなくても寒いんだから、たまったものじゃないよ」
ヤルマルはルーシャンに続いて室内に入ると、毛糸で作られた耳の覆いを外した。
兎のように大きな耳は、寒い地域では冷風の格好の的になってしまう。そのため、ヤルマルは街に着いた頃から耳の覆いをつけるようにしていた。
今までは野宿が続いていたため、彼女は覆いをつけていなかった。敵の接近音を聞き漏らしては、元も子もないからだ。そのせいで、彼女が何度も「寒い寒い」とぼやいていたことを知っていたので、珍妙な格好を笑うメンバーは誰一人いなかった。
「流石に室内は暖かいね。ってことは、誰もいないっていうことはなさそうだ」
外套や上着を脱ぐ時間を挟んでも、いまだに様子を見にくる騎士の影すら見えなかった。
玄関口には暖炉もあり、火が灯っていたので、無人というわけではないようだが、その分足音一つしないのが不気味にも思う。中央の建物は二階建ての吹き抜け構造になっており、二階にいるせいでヤルマルたちが見えないということもなさそうだった。
一階部分、二階部分共に外周に部屋が並ぶような作りになっており、正面には受付と思しきカウンターもある。本来ならば、街に住む人々からの各種陳情を聞くために広く開かれた場所だったのだろう。だというのに、今はヤルマルとルーシャン以外に動く影はなく、ただただ静寂だけが彼らを迎えていた。
痺れを切らしたヤルマルは、すぅと息を吸い込むと、
「ごめんください。お話をしたいことがあるんですが!」
その場に誰かがいるのなら届くだろう、やや大きな声量で呼びかける。しかし、返ってきたのは変わることのない沈黙だけだ。
「出払っているのか? 騎士の詰め所に人が残らないぐらいに?」
「あるいは、他の人の応対をしているとか」
「いくら応対しているって言っても、限度があるだろ。朝早くから騎士の詰め所に押しかけて、担当者を全員に釘付けにするなんざあり得ない」
もし、そんなことがあるのなら、相応の人数が必要になるはずだ。しかし、ヤルマルもルーシャンも、大勢の人間が集まるときに伝わる独特のざわめきは耳にしていなかった。
耳にしたとするなら。
「
……
しっ、静かに。少なくとも、誰かが来ているのは確かなようだ」
自分の口元に人差し指を立てて静寂を促しつつ、ヤルマルは大きな耳に意識を集中させる。
微かな空気の流れすらも聞き取る、かつての護人の耳は、今回もわずかなざわめきをしっかりと掴んでくれた。
「
……
一階。一番奥の扉のその向こうで誰かが話している。会議中
……
いや、相談中、かな」
声音の全てを聞き取れたわけではないが、会議のように理性を以て筋道立てて進行するのを想定した場ではなさそうだとヤルマルは判断する。彼女が聞き取ったのは、そのような落ち着いた語調の声ではなかった。
「言い合いとまではいかないけれど、感情的な言葉の抑揚だった。誰かと揉めてるのかな」
「事情は知らないが、少なくともそこには人がいるんだろ。とりあえず、そっちに行ってみるか」
「大人しくここで待つという手もあるけれど?」
「待っていたら日が暮れちまうほどの長丁場になりそうなら、こっちの用事を先に済ませよう。俺たちは、どうせ『この宿に泊まっています』って伝えに来ただけなんだからな」
ルーシャンの言う通り、ヤルマルたちの訪問理由は明日に控えた騎士団の手伝いに関連して、自分たちの滞在場所を伝えておくといった非常に簡単なものだ。書き置きを受付に置いておけば済みそうな内容だが、流石に直に誰とも顔を合わさずに帰ってしまっては、伝達ミスが生じる恐れもある。言い換えれば、彼らが対面にこだわる理由はそれだけだった。
玄関口であり、吹き抜けにもなっているホールを突っ切り、一階の一番奥にある大扉に向かう。その更に奥から声が響いているところから予想していたが、扉の向こうには短い廊下がのびていた。
廊下の三方に続く扉の一つから、今度はルーシャンの耳でも聞き取れるほどにはっきりと人の話し声が響く。言い争うほどの激しさはないが、何か必死に頼み事をしていると分かる程度に語気が強い。
ルーシャンは話し声が聞こえる扉に近づき、漏れ聞こえる声に耳をそばだてた。
「
……
から、あなたからも、ルグロ様に取り次いでいただけないでしょうか」
「この寒さじゃ、前領主様のときと同じだけの収穫量なんて、到底見込めないんでさぁ。だから、頼みますよ」
内容こそ懇願ではあるものの、決して引くものかという強い意志を感じる物言いでもあった。その証拠に、声の大きさはどんどん増していく。
一方で、対する相手は頼み込んでいる者よりも冷静でいるらしい。返事の声量が抑えられているせいで、ルーシャンの耳にまでは言葉の内容が届かなかったが、感情的な発話者を宥めようとしているのが感じ取れた。
「そこをなんとか
……
お願いしますよ。騎士様には、いつもお世話になってばかりで申し訳ないとは思っているんですが」
「俺たちじゃ、お偉い貴族に面通りなんて無理に決まってますぜ。でも、騎士様なら
――
」
ヤルマルに袖をひかれ、ルーシャンは自分が随分と前のめりになって盗み聞きしていたと気がついた。もしここで部屋の中の相手が出てきたら、言い逃れができなかっただろう。
そのままヤルマルに促され、ルーシャンは廊下から玄関へと戻る。
人っこ一人いない玄関ホールに戻ってきた後、ヤルマルはじとっとした目でルーシャンを見つめた。
「いくら聞こえてしまっていたからって言っても、あそこまで前のめりにならなくてもいいだろう? 君、ほとんど扉に張り付いていたよ」
「
……
聞こえてしまったら、気になるもんだろ?」
「
……
今はそういうことにしておいてあげるよ」
陳情を聞いている騎士は精々一人や二人だろうから、ここまでがらんどうになっている理由は分からない。だが、少なくとも騎士が誰か駐留していることだけははっきりした。
「聞こえてきた内容から察するに、ルグロ何某っていう貴族様に騎士様から取り次いでほしいって頼み込んでるところかな」
「だろうな。貴族が自主的に街に見回りにでもこない限り、平民はまず話なんざできない。だが、平民にも平民の都合がある。直談判したいから騎士の方から話を通してくれ
……
ってところだろう」
聞こえてきた内容は、現在の街の窮状を想像できるものだった。
クルザス地方一帯を襲った寒冷化のせいで、どの街も今までの生活とは異なる方向に舵を切らざるを得なくなっている。
ノエの父は、寒冷化に合わせて寒さに強い作物を導入することで、領地に生きる人々が飢えないように対策をしたそうだ。彼の治める地域は寒冷化がまだ緩い方なので、小さな改革でも大きな成果を出したようである。
対して、こちらは寒冷化に強い作物だけでは対応しきれていないのか。それとも、そのような方針すら打ち立てられていないのか。街の者は、今の状況では近いうちに立ち行かなくなると危惧しているようだ。
「ボクはイシュガルドの事情には疎いのだけれど、騎士ってそんなに簡単に貴族に会いに行けるものなのかい?」
「雇われている以上は、全く顔を合わさないってことはないだろうが
……
いくら教皇から派遣された神殿騎士団とはいえ、地方に配属された一部隊の部隊長が簡単に会いに行くとはいかないだろうな」
騎士団の中には、平民出身のものも多くいる。ララフェル族の部隊長が率いる騎士団では、名のある貴族出身の者がいるとは思えない。もしそんな者がいたら、その人物の方が隊長に抜擢されていただろう。
「ベルナールさんは、旅人のボクらにも会ってくれたけどねえ」
「それは、ノエがいたからだろ。それに、あの領主様は珍しく自ら街に出て行動する貴族だったからな。世の中には、そうじゃない貴族もごまんといるんだよ」
むしろ、『そうじゃない』貴族の方が圧倒的に多いくらいだと、ルーシャンは肩をすくめる。
誰だって、自分が得た地位や財は守りたい。その財源が平民から徴取した税金にあるのなら、平民がどれだけ環境の変化に悩もうとお構いなしに変わらぬ額を徴収すればいい。
おおかた、そんな考えの貴族がこの街を支配しているのだろうと、ルーシャンは顔を歪めた。
「それで、どうする。聞き耳については確かに俺も悪かったが、俺たちの用事を済まさなきゃいけないって状況に変わりはないんだぞ」
「そうだねえ。もう暫く待って、対応してくれる人がいなさそうなら
――
」
そう言っていた矢先、先ほどヤルマルたちが通ってきた廊下に続く扉が軋んだ音を立てる。続けて、古びた野良着を着ている街の人々が四名ほど、次々と扉から姿を見せた。
彼らは自分たちの話に夢中になっていたが、ルーシャンたち先客の存在に気がつくと、そそくさと早足で詰め所を後にしていった。こちらをちらりと見やる視線には、見知らぬ者を観察するときに滲む、独特の感情が混じっていた。
「誰か来ている気配がしていると思いましたら、貴方たちでしたか」
ルーシャンとヤルマルは、自分たちより遥か下から聞こえてきた声に視線を向ける。そこにいたのは、街に入るときに一悶着を起こした神殿騎士の部隊長
――
ピヌヌだった。
今日は接客のためか、以前見た神殿騎士団の甲冑は纏っておらず、色褪せた厚手の上着を身につけている。来客の応対をするため、見窄らしい格好ではないが、使い古した空気は拭えない。そのせいか、彼女の姿はグリダニアでもしばしば見かけた村娘の一人のようにも見えた。
「約束通り、ボクらが止まっている宿について知らせにきたんだ。大通りから少し外れた『灯火亭』っていえば、わかるかい?」
ヤルマルは宿の名前を伝え、此度の来訪の目的をすかさず達成する。これで、この詰め所に足止めされる理由はなくなった。
「明日から君たちの仕事を手伝うのに、ボクらの所在を知っておきたい。そういう話だったよね」
「ええ、その通りです。騎士団に配備されているリンクパールを、貴方たちに渡すわけにはいきませんから」
「へえ。守秘義務ってことかな?」
ルーシャンから物言いたげな気配が漂っていると気付きつつ、ヤルマルは話の主導権を握り続ける。ピヌヌはヤルマルの質問に、一瞬間を置くと、
「
……
まあ、そんな感じですね。リンクパールだってタダではありませんから」
「防衛費も無限にあるわけでもないってことか。その点においては、君の意見に賛成だ」
旅人とて、先だつものがなければ目的地に向かうこともできない。リンクパールだって、無限に宙から湧き出るわけでもない。一組揃えるだけでも、それなりの金額が必要であるとはヤルマルたちも良く知っていた。
「
……
なあ。少しいいか」
「ちょっと、ルーシャン」
不穏な気配を察してヤルマルは言葉を挟んだが、ルーシャンはゆっくりとかぶりを振るばかりで退こうとはしなかった。
先だってのピリピリした空気はまだ彼に残っているが、さりとて誰彼構わず噛み付くような風情にも見えない。やむなしと、ヤルマルは一歩引いて彼に場を譲る。
「そんなに時間は取らせないさ。少し聞きたいことがあるだけだ」
「それは、僕にでしょうか」
「ああ。さっきの連中との話が聞こえちまってな。ルグロの家が、今はこの街を支配しているのか」
感情をなるべく抑えつけてはいたが、隠しきれない負の感情が混じった声音に、思うところがあったのか。ピヌヌはゆっくりと頷いて肯定してみせたが、小さな眉を寄せていた。
「支配という言葉を使うのは、人聞きが悪いですね。統治していらっしゃるのは確かですが」
「似たようなもんだろ。税の取り立てがきついって、街の連中が陳情しにきていた。そんな状況を作り出しているなら、支配と変わらない」
「街の方々はああ言ってますが、ルグロ家の方々は特段不当に税を増やしてはいません。彼らは、あくまで今までと同じ税を求めているだけ。絵に描いたような悪徳貴族の真似をしているわけではないと、伝えておきます」
ピヌヌとしては雇用主にあたるために、ルーシャンの意見に完全に同調はできないのだろう。誰かが見ているわけでもないのに律儀なことだと、ヤルマルはピヌヌの生真面目そうな横顔を見つめる。
(
……
とはいえ、忠誠を誓っているが故の盲目的な発言ってわけではなさそうだけど)
ルーシャンの指摘に感情的な反駁はしていない。それは、ピヌヌ自身、雇い主であるルグロなる者たちには思うところがあるからだ。
しかし、だからといって本人のいないところで陰口を叩くのは気が引ける。そんなところだろうか。
「この寒冷化に伴い、収穫量が落ちているのは確かです。僕からも、それとなくルグロ家の方々には伝えていますが、現場の状況は伝わりにくいもの。根気強くやっていく所存です。しかし」
そこで一区切り置き、ピヌヌはじろりとルーシャンを見つめる。
「それは、『行きずりの旅人』である貴方には、関係ないことでしょう。貴方がたは、この街を通り過ぎるだけにすぎない存在です。この街を守る義務と責任がある僕たちにも、この地に暮らす方々にも関係ない、根無草の存在。そうでしょう?」
手厳しいが正論でもある言葉を叩きつけられても、ルーシャンは怯まずにピヌヌを見据えていた。
彼とて、自分の言葉がでしゃばりもいいところだと理解はしている。それでも先ほどのような指摘をせずにはいられなかった。何も言わずに、ピヌヌがいうように『無関係だ』と笑ってやり過ごしていれば、
(
……
それこそ、証明にならないだろ)
ノエがドラゴン族の脅威をものともせずに、攫われた人々を助けたいと決意表明をしたときのことを思い出す。そのときのルーシャンの姿を、サルヒは『美しくない』と言った。
今は、わざわざサルヒに指摘されずにもルーシャンはわかる。何ができるわけでもないけれど、だからといって器用な言い訳を弄して座しているだけの自分は
――
きっととても、みっともない。
「ああ。だが、この街にいる時だけは、俺たちも街に生きる者の一人だ。だったら、気に入らないことを気に入らないと言うくらいの自由と権利はあるはずだ」
「ただの旅人の割には、随分と高尚な言葉をご存知なのですね」
「あいにく、教養はそれなりにあるもんでな。『ただの旅人』でも」
妙に圧のある物言いは、現時点はピヌヌへの意趣返しも入っていた。
嫌な火花が飛びちってきたのを察して、ヤルマルはパンパンと軽く手を打ち、二人の注目を集める。
「さあさあ、お喋りはこれくらいにしよう。騎士団の隊長様だってお忙しいんだから」
「
……
そうだな。そんで、明日は俺たちは何をすればいいんだ?」
「街の外の哨戒です。占星台や砦の巡回をする騎士たちに付き添って、付近の魔物や竜の討伐をしてもらう予定でいます」
その程度なら簡単だろうと言わんばかりのピヌヌの視線に、ヤルマルは短い首肯で応じる。話だけを聞くなら、グリダニアでもしばしば行なっていた旅商人の護衛とさして変わらない内容だ。
「ああ、そういえば、夜の街の巡回をする人が減ってるって話を宿の人から聞いたよ。もしよかったら、それも手伝っても
――
」
「結構です」
ピシャリと。
まるで頬を打つような言葉が、ヤルマルの申し出が終わる前に叩きつけられた。
先だっての雇い主であるルグロ家への反応とも異なる、理性よりも感情が突っ走ったような物言いだった。
ヤルマルとしては善意からの提案だったが、ピヌヌは取り付く島もない様子でヤルマルを睨む。
「街の治安は僕らで十分に守られています。魔物を中には入れるような下手は打ちません」
「魔物以外にも、治安を守るために必要な眼はあると思うけれど」
「その提案については一考に値します。ですが、貴方がたが関わる必要はありません」
本当に検討のうちに入れているか怪しい発言ではあったが、ここまで頑なに拒まれていてはどうしようもない。ヤルマルも「そこまで言うのなら」と話の矛先を下げた。
「では、ボクたちの用事は済んだわけだから、これで失礼するよ」
ヤルマルは大きく一礼をすると、まだもの言いたげなルーシャンの背を軽く叩いて、ピヌヌに背を向ける。
背中越しにも感じる、明らかに敵意が混じった視線を感じながら、ヤルマルは思う。
(彼女はボクらが嫌いなのだろう。でも、それは
……
単なる理屈の問題じゃない)
ただ嫌いだから嫌う。
そんな感情的な剥き出しの嫌悪を悟って、さてどうしたものかとヤルマルは顎先に指を添えて思案を続けていた。
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