みすみ
2024-11-19 01:58:25
2112文字
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道の果て

最終話後のアガサとリオ

「アザレアも植えてってお願いしたでしょう?」
 住人たちが寝静まった真夜中のウエストビューに、アガサの声が響いた。
 アガサの家の庭に咲く紫を基調とした小さな花畑のそばに寝転がり眉間にぎゅっとしわを寄せたリオに、ふっと口もとがゆるむ。小さな花畑以外すべてがすっかりもとの状態に戻っていたが、主を失った家はどこかもの悲しい。
 アガサの命が朽ちた場所に咲き続ける花と、かつての恋人。アガサは憂いに満ちたリオの瞳を隠してしまったまぶたを見つめ懐かしい気持ちになりながら、ゆっくりと隣に腰を下ろす。
 月明かりに照らされたリオは依然として美しかった。生きていた頃、私たちには夜がよく似合うと、アガサはリオと夜空の下で逢瀬を重ねるたびに感じていた。まるで世界にたったふたりになってしまったような夜が私たちにはいっとう似合う、と。
 本当に、懐かしい。遠い昔、アガサがこうしてリオの美しいまぶたに夢中になりいつまでも見惚れていたことも、リオがアガサにだけその時間を許すことも、当たり前だった時期があるのだ。何百年も前の、出会ったばかりのふたり。いまよりもずっと無遠慮で大胆だったアガサとリオは、穏やかさとはほど遠い嵐の中で燃えるような恋をした。
 リオはパチリと目を開きアガサを見上げると「あの時あんたには私がうなずいたように見えた?」ときっぱりと拒否して、勢いよく上半身を起こす。アガサの頭のてっぺんから足の爪先までじっと見つめる眼差しは鋭く、同時に熱っぽい。
「私が幽霊は嫌いって知ってるくせに」
「もちろん知ってるわ。あんたのことならなんでもね」
 リオがアガサをよく知るように、アガサもリオをよく知っている。気がついた時にはふたりの間では気持ちも考えも筒抜けで、相手をどう出し抜くのか競い合うことすら楽しかった。
 アガサの白く変化した髪と胸もとのブローチを睨みつけ、「どうせなら、生きているうちに髪を一房もらえばよかった」とリオは苦々しげな顔をする。
「よりによってあんたからの最後のプレゼントは血の味がしたし」
 血の味がした口づけを思い出すと、アガサは自然と微笑んでいた。
「私たちらしいでしょう?」
 すっかりへそを曲げているリオに、アガサはわざとらしく眉を下げゆっくりと首をかしげる。昔からリオが好む仕草だ。
 リオは悔しそうに下唇を噛む。その悔しそうな顔は、アガサの母親であるエヴァノラに対してアガサ以上に深く傷つき激しく憤っていた時の、泣く寸前だった表情に似ていた。
「あんたが幽霊になったことも、まだあの坊やのそばにいることも、いま私を見て笑っていることも、私はすべて気に入らない」
 リオの気持ちをリオ以上に理解できてしまったアガサは、笑みを深くする。
 生前のアガサは癇癪を起こしてばかりいた。幽霊になったいまはどうだろう。リオよりも少しでも心にゆとりがあることに優越感を抱く。優越感は、信じられないほどアガサを寛容にさせた。
「気に入らないことはすべて私のせいにすればいいわ。あの子のことも」
……私のことも?」
「そう」
 あの子のことも、あんたのことも、すべて。
「そしてあんたの傷として、アガサ・ハークネスは永遠にあんたの中で生き続けるの」
「死んでも?」
「ええ」
「幽霊になっても?」
「もちろん」
 アガサの言葉にリオはこらえきれずに笑い出し、ようやく身体の力を抜いたようだった。満足そうに微笑み、花畑の中でも特別深い紫色の花を躊躇いなく一輪摘みとる。
「アガサ、私たちって生まれた時からどうしようもなかったでしょう。でも、だからこそ、この傷はあんたのせいでもあるし、私のせいでもあるの。この意味がわかる?」
 そう言って、アガサの顔を覗きこんだリオの真っ直ぐな視線は目を逸らしたくなるほど優しく、「My lady」と呼ぶ声はどこまでも甘かった。
「ねえ、アガサ。私の愛しいひと。仕方がないから約束してあげる」
 奔放な性格と行動とは裏腹に使命には厳格なリオだったが、アガサの『お願い』には弱かった。お互いにそのことをわかった上で傷つけ合った日々。愛することと憎むことの狭間で揺れ続けたかけがえのない記憶。相反する感情は、最期まで切り離すことができなかった。大切にすることが、なによりも難しかったひと。
 魔女の道で昔のようにふたりでもう一度大冒険をしないかとリオに持ちかけたのは、アガサお得意の陽動だった。しかしその誘惑の言葉に一欠片も本心や希望が混ざっていなかったわけではない。もしもう一度があったとしたら、私たちは一体どうなっていたのだろう。
「あんたの願い通り、次に会う時までにこの庭にアザレアを植えておく」
「約束ね」
「ええ、約束」
 生まれた時からどうしようもないふたりだったから、痛みも苦しみも慣れなければ生きていけないようなふたりだったから、私たちはせめて最初からすべて自分たちのせいであることを望むのだ。
 アガサがリオの耳もとで「楽しみね」とささやくと、リオはくすぐったそうに身をよじった。出会った頃と変わらない、アガサにだけ見せる、あどけない少女のような顔で。