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史加
2024-11-18 23:33:03
2800文字
Public
原神(鍾タル)
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すべてが雪代になるまで
鍾タル/雪の降り積もる寒い朝を迎えたふたりの話
体内時計とは持ち主に似るものなのだろうか。
ちょっとの寒さや気圧の変化ごときでは狂うことを知らぬ磐石のそれは、朝六時半きっかりに鍾離を夢から覚めさせた。往生堂の客卿として急ぐ仕事もなくゆっくり出来る日だというのに、なんとまあ働きものの時計である。
特に用事のない朝は、ガビチョウを連れて散歩に行ったり、早茶を提供している店へ出向いたり、朝市を覗きに行ったりと、凡人の丁寧な暮らしを楽しむのに適している。だからいつも通りに身支度を整えようかと思ったが、頬に触れる空気がいつになくひんやりとしているのに気付き、おや、と思った。布団の中のぬくぬくとした暖かさがどうにも魅力的で抜け出し難い。やわらかな心地よさを堪能しながらも部屋の中を見回すと、心なしかいつもよりも白く見えるような気がする。
いつもとは少し様子の違う朝がやってきているようだ。ならばその正体を確かめてみたい。寒さへの抵抗よりも好奇心が勝った鍾離はのそりと起き上がり、羽織を肩にかけてから窓辺へ向かう。外界から部屋を守るカーテンを開けた瞬間、一段と冷たい空気が頬を撫でた。
「
……
ふむ」
硝子窓の向こうに広がる景色を見て、なるほど、と鍾離は一人理解する。璃月港に建ち並ぶ家屋の、普段は赤や緑で鮮やかに彩られている屋根の連なりがうっすらと白く化粧を帯びていたからだ。
朝日がいつもより白いように感じたのも、降り積もった雪の反射のせいだろう。どうりで寒い訳だ。璃月では滅多に雪なんて降らないから、長い時を生きる鍾離であっても雪をかぶる城内の景色は目新しく見える。しばらく黙って外を眺めていると、ふあ、と大きなあくびの音が背後から聞こえた。
寝台の軋む音の後に、足音が続く。
「おはよう、鍾離先生」
足音は鍾離の隣で止まって、まだ寝起きのまるい声が朝の挨拶を紡いだ。
おはよう、と返してから、カーテンを閉めるべきか悩む。
璃月は根雪を知らぬ国だ。薄く積もった雪は昼になればあっという間に溶けてなくなるだろう。それに今朝限りの、鍾離にとっては物珍しい光景も、冬国で生まれ育った若者にはさして面白いものではないに違いない。雪なんて彼は飽きるほどに見てきている。だったら時間を無駄にせず、部屋の空気をこれ以上冷やさぬようにして、身体の温まる朝食を用意してやったほうが有意義ではなかろうか。
隣に並ぶ男、タルタリヤがそもそも鍾離と共に朝を迎えてくれること自体、雪ほどではないにせよ珍しいことである。このうら若き青年は存外かわいらしいところがあるので、鍾離が雪化粧で着飾った我が子に夢中になっていたらへそを曲げてさっさといなくなってしまうかもしれない。それは、実に惜しいことだ。
うん、カーテンを閉めようと、鍾離は開けたばかりのそれに手を伸ばす。
「
……
雪だ」
けれど指先が分厚い布地に触れる前に、ぴたりと止まった。
隣から聞こえた声が、なんだか嬉しそうだったからだ。
つ、と視線をタルタリヤのほうへ向ける。雪の白さを吸い取った朝の光が、まろい頬の輪郭をいつもよりもいっそうあどけなく浮き上がらせている。深い海を嵌め込んだひとみは光を通さないのに、きらきらと輝いているように見えた。そのくせ、彼がふっと目を細めた瞬間に望郷の色が滲み出して、いとけなく見えた横顔を年相応の青年のものへと変えてしまう。
「璃月でも降るなんて、知らなかったよ」
「ああ
……
毎年ではないが、まれに寒波の影響を受けてこのように降ることはある」
「ってことは、珍しいものを見れたのか。朝まで泊まっていって正解だったよ」
ひとりで宿へ寝に帰っていたらきっと気付かなかっただろうから、と屈託なく笑う顔はまぶしい。よく晴れた日に雪原に立つと反射光が肌や目を刺すと聞いたことはあるが、擬似体験をした気分だ。
雪の冷たさも、白さも、まぶしさも、命を脅かす極寒も、その身は知り尽くしているはずなのに、璃月の雪景色をそれらと比較して小馬鹿にするような態度は見せず、物珍しさを分かち合ってくれる。そんなタルタリヤの純朴さを目の当たりにすると、胸の奥がじんわりとあたたかくなるのだから不思議なものだ。冷えた頬は緩み、硝子越しに窓から入り込む寒気をものともしなくなる。
「雪に覆われている璃月も悪くないね。この冷たい空気も故郷を思い出すよ。ここのところはずっと帰れていないからな
……
」
視線を外へ向けたまま、寂寥を滲ませた声でタルタリヤがぽつりと呟く。
「恋しくなったか」
問いかけると、青年は躊躇いなく頷いた。
「そりゃあね。ただ、仮にこの景色を写真に撮ってトーニャたちに見せてやったとして、あの子たちが俺と同じように感じることはないだろう」
凍らない海の色を知っているひとみが鍾離へと向けられて、かすかに微笑む。
「だから今日は鍾離先生と一緒でよかったって思うよ」
ひそやかに朱を滲ませる頬は、それでも触れたらきっと冷たいのだろう。
貸し与えた寝間着に身を包んだだけで何も羽織るものも持たないタルタリヤは少し寒そうだ。鍾離は己の羽織を広げると、隣に立つ青年の肩を引き寄せ、温もりを分け与えるように包み込んだ。
はたと見開かれた青いひとみがなんどかまばたきを繰り返した後、くすぐったそうに破顔する。
「先生って、結構寒がりだったりするのかい?」
「
……
お前が寒さに慣れているからといって、薄着でいていい理由にはならないだろう」
「はは、それもそうだ。スネージナヤの冬も璃月の冬も寒いのに変わりはない」
軽口を叩きながらも青年はそっと鍾離に身を寄せると、目を閉じた。
「
……
うん、あったかいね」
彼の視界を埋め尽くす暗闇の中には今、どのような光景が浮かんでいるのだろう。
故郷にある実家の暖炉の炎か。家族と共に寄り添って過ごした幼き日々の記憶か。母の作る暖かな手料理か。
ひとりの青年の心の奥にあるやわいところをかたち作り、支えるものの中に混ざってしまいたいとはとてもじゃないが思えない。
ただ、降り積もったばかりの新雪のように清らかなその部分が悪意によって踏み荒らされたり、凍り付いたりしてしまわなければいいと願う。
「
……
そうだな」
人肌の温もりの尊さを確かめて、鍾離は頷いた。
――
璃月では見慣れぬ白に彩られた朝はまばゆく美しい。
その美しさゆえに寒さは際立って、普段は埋没している物寂しさに輪郭を与えてしまう。
肩を抱き、未だうすく白い衣を纏っている街並みを眺めながら、今日はタルタリヤと一緒で良かった、と思った。
人間は身体だけでなく、心だって風邪をひいてしまうことがあるのだ。
だからそうなってしまわぬよう、この刹那の雪が溶けるまでは傍にいよう。
鍾離の隣でもあたたかいと、彼が想ってくれるのなら。
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