冬灯夜
2024-11-18 21:20:49
6916文字
Public ルミナリア
 

守りたいもの

エドリディ合同誌「紅の真砂 藍の薄ら氷」に寄稿したものその一
エドとリディの守りたいものの話

「エドって結構過保護だよねぇ」
 ラウルにそう言われたのは、不寝番の最中のことだった。
 最近では年下の三人も慣れてきて二人組なら任せられるようになったが、一人での不寝番はこれまで通りオレかラウルが務めている。
「そりゃあ、あんたの方だろ」
 思わず眉を顰め、交代だというのに焚火の向こうに腰を下ろしたラウルに投げ返す。
「えー? いやいや、お兄さん過保護じゃないって」
「過保護で悪けりゃお人好しだな。十分すぎるくらいに面倒見てるだろ」
 ラウルがアナマリアとシャルルの二人と出会った時の話は聞いている。盗掘者呼ばわりされて尚、この旅についてきて何だかんだと二人の面倒を見ているのだから、過保護だのお人好しだのの言葉はラウルにこそ相応しい。
 ついでに言えばリディは勿論、オレも面倒を見られていると言えなくもない。正直、年の功を感じる場面は一度や二度ではなかった。
「別に人が悪いって言う気はないけど、人が好いわけでもないんだけどねえ。……ってお兄さんのことじゃなくて、エドのことだよ」
 個人的には不服な流れだっただけに、すぐに話題を戻されて小さくため息を吐いた。
「オレは別に過保護じゃない」
「あ、お人好しな自覚はあるんだ」
……そんなことも言ってない」
 渋面を晒したオレを見、ラウルはくつくつと笑う。
 お人好し、とは何度か、何人かに言われた。他人からはそう見えるらしい、ということは自覚している。依頼主にそう思われれば足元を見られるし、相対する人間には付け込まれることもある。だからそう見えぬよう振る舞っているのに、未だ言われてしまうことに忸怩たる思いはある。
「ああいや、悪い意味で言ってるんじゃないよ? そういうのはエドのいい所だと思うし。ただ何て言うか……すっごい大事にしてるんだなってのが見えるからさ。うんそう、それが言いたかっただけ」
 いい所、というのを素直に受け止めていいものか微妙だが、今更変えられる気もしない。小さくため息を吐いた所で、ふと首を傾げた。
「大事にって」
「さって、お兄さんは仮眠するかな。あと頼んだよ、エド」
 何をだ、と問う前にラウルは大あくびをしてテントの中に引っ込んだ。
 好き勝手に言い逃げしやがって、と悪態を呑み込む。代わりに胸元のペンダントをつまんで焚火の灯りにかざした。
 大事なもの。
 そんなの決まっている。けれど口には出来ない。民も、国も、家族も、約束の一つさえ守れなかった、逆に守られてしまったこの身で何をほざくことが出来るというのか。
 ラウルが何を見てそう言ったのか。頭を振って、深追いする思考を止めた。見上げれば星とマナの川が煌めいている。獣の気配のない今夜は、マナの川もひどく穏やかに見えた。

* * *

「まあ! 皆、これを見てくださいませ!」
 翌日、獣に襲われていた行商人を見かけ、獣を退治した後のことだった。幾ばくかの礼を受け取って別れたのだが、渡されたチラシを見たアナマリアが声を上げた。
「どうされましたか、お嬢様」
 真っ先に寄っていったシャルルにつられて、全員がアナマリアの方を見る。アナマリアはチラシを掲げ持ってこちらに勢いよく向けた。
「期間限定スイーツだそうですわ!」
「えーとなになに、『水蜜桃の甘々舟旅アイスパフェ~季節のベリーソースで彩って~』……はー、絵の通りならなかなか豪華だねえ」
 読み上げたラウルが驚いたような呆れたようなため息を吐く。顔を輝かせたアナマリアは大きく頷いた。
 見る限り、水蜜桃を割って中身をくり抜き、クリームやアイスを盛って、細かく刻んだ果物やフレークを混ぜているようだ。皿に流されたベリーソースは川を表しているのだろう。
「とっても美味しそうなのですわ……! 食べに行きたいですわ!」
「お嬢様がご希望なのです、すぐに向かいましょう」
「いや、シルヴェーアだろ、この店」
「そうね。帰る所だって言ってたわね、あの行商人」
 今にも走り出しそうなアナマリアとシャルルに制止をかける。源獣に会うというのがこの旅の――より正確に言うならリディの目的だ。アグライア様には既に謁見を賜っているし、戻ってもまた機会を得られる可能性は低い。
「うう……分かってはいますけれど……!」
 諦めきれない、といった目でアナマリアは唸る。
「お嬢様が行きたい所が目的地です! すぐに……というのは無理でも、次の目的地にしてもよいではありませんか!」
 シャルルの言に些かの妥協が見える。出会った頃なら後半の言葉の代わりに罵倒だっただろうから、丸くなったものだ。お嬢様至上主義は何も変わらないが。
「次ねえ……やっぱりリディちゃん的にはさ、全部の源獣に会いたいよね?」
「勿論よ。だからシルヴェーアにはまだ暫く行かないわ」
「ううううう……!」
「ああ、お嬢様……!」
 膝をついたアナマリアの肩を、涙ぐんだシャルルが抱く。
 ひらりと舞ったチラシを掴んだ。確かにこんなふんだんに果物を使ったスイーツとなれば、肥沃なシルヴェーアでなければ難しいだろう。帝国もリアクターを使った促成栽培をしているようだが……よく見るとアイスにはアムル天将領産の乳を使っているとある。思った以上に豪華だ。連邦の台所と言われるハザールでもここまで出来るかどうか。
 と、そこまで考えてリディに目を遣った。
 リディはオレが手にしたチラシをじっと見つめている。表情はいつもと変わらないが、食い入るような目は隠せない。
……食べたいか?」
「え」
「リディもやはり食べたいですわよね!?」
 膝をついていたのはどこへやら、アナマリアが瞳を揺らしたリディに迫ってその手を取る。
「別に、食べたいなんて」
「わたくしはとっても食べたいですわ! 一緒に!」
「それは分かったけど。……あたしはあたしの仮説を証明するの。その為に立ち止まっているわけにはいかないのよ」
 リディの意思は揺るがない。けれど、リディが甘いものを気に入っていることなんてオレも皆もとっくに知っているのだ。『食べたい』よりも目的を優先する意思が強い、というだけで。
「なら、終わった後はどうだ。全部の源獣に会えた頃には、また限定の時期になってるだろ」
「それは確かにそうですわ! ねえリディ、いいでしょう?」
「まあ……一年後とかなら」
「約束ですわ、リディ! 一緒に『水蜜桃の甘々舟旅アイスパフェ~季節のベリーソースで彩って~』を食べましょうね。シャルルも、ラウルも、エドもですわ!」
 はい! とシャルルが返事をし、ラウルも笑って頷き、リディは困ったようにオレに視線を向け――ふと、笑った。
……そうね。約束よ、アナマリア」
「はいですわ!」
 アナマリアはリディの手を握ったまま、ぶんぶんと上下に揺らす。引っ張られて軽くたたらを踏むリディの肩を支えた。
「このチラシは取っておきますわね」
 満面の笑みのアナマリアにチラシを渡すと、弾むように歩き始めた。やれやれ。肩を竦めると、ラウルと目が合った。何故だか楽しそうな笑みが浮かんでいる。
「何だ」
「いやあ、何でも。若いっていいよねえ」
 何となくその笑みにからかいを感じて、短く返す。
……おっさん臭いぞ」
「お兄さんはお兄さんですぅ!!」
「何をしていますのー? 限定スイーツの為にも早く先へ進みますわよー!」
「ちょ、待った待った、二人だけで行かないの!」
 いつの間にか随分と先行していたアナマリアとシャルルをラウルが追いかける。
 オレもリディと並んで歩き出した。ラウルも行っているし、急がなくても十分だろう。
 リディの足取りはどこかふわふわとしていて、口角が緩やかに上がっているように見えた。やはり甘いものは気分を上げるものなのだな、と思う。実家ではあんな店で出るようなものは食べられなかっただろうから、なおさら。
「ありがと、エド」
「ああでも言わないといつまでも続きそうだったからな」
「ううん、それじゃなくて。……一年後も、一緒にいてくれるってことでしょ?」
 思わず目を丸くした。こちらを見上げたリディは、確かに笑っている。
……依頼だからな。最後まで付き合うさ」
「ふふ。ええ」
 たんっ、とステップ一つ。前に出たリディがこちらを振り向いた。
「さ、行きましょ。そろそろラウルが大変そう」
 リディの言葉を証明するかのようにラウルの悲鳴じみた声が聞こえて、オレ達は足早に前の三人を追った。

* * *

 日が暮れる前に小さな村に辿り着き、今日はここで宿を取ることにした。夕食の後、軽く素振りをしておこうと外に出ると、玄関でリディと行き会う。
「どうした、リディ」
「ちょっと散歩でもしようかと思って」
「もう夜だぞ」
「少しだけよ。灯りがある所だけ。遠くには行かないわ」
 言ってリディは外に出る。すぐにその後を追った。
「オレも行く」
「本当にすぐ戻るわよ」
「平和そうな村でも、夜に単独行動するな」
……分かったわ。じゃあ護衛よろしくね、エド」
 リディはため息を零したが、そうしたいのはオレの方だ。
 オレに護衛がどうのと言うわりに、大人しく守られてくれるようなタマじゃない。それでも本当に危ない時には指示を聞いてくれるのが救いだが。
 腰に巻いていた上着をリディに被せる。
「わ」
 夜は冷える。用心するにこしたことはない。
 リディは袖を通して、二の腕までしっかり捲り上げた。それだと意味がないと指摘しようとすると、リディは小さく笑った。
「ありがとう。エドって過保護よね」
 眉を顰める。二夜連続で同じ言葉を聞くとは。
「普通だろ」
「それが普通なら、エドは大事にされてきたのね」
 思わず口を噤む。……それはきっと、間違いのないことだから。リディがそうでないことも、多分。
「いくら普通って思ってても、やってもらうのと自分がやるのじゃ大違いだもの。だからエドは凄いと思うわ」
……そんなのじゃない」
 オレはただ、依頼を果たそうとしているだけだ。守るべきを守れなかったオレであっても、目の前の仕事くらいは。
……エド、」
「うわああああっ!!」
 リディが何か言いかけた時、悲鳴が聞こえた。あれは村の入口の方だ。獣だと叫ぶ声、唸り声、走る音。双剣を構える。
「リディ、宿に戻っ――
「あなた、宿に泊まってる人に獣が出たって伝えて!」
 近くの村人を捕まえてそう言うなり、リディは駆け出した。
「おい待て! リディはラウル達と合流しろ!」
「もう伝言はお願いしたわ、エドは行くんでしょ? なら、一人より二人よ」
 確かにオレは行くが、……ああ、くそ!
 口論してる間も惜しい。二人で村の入口に到着すると、ガルル系の獣とジャフラ系の獣の群れ、更にデカい個体が少し。ちょうど柵を破って侵入してきた所だった。
「前に出過ぎるなよ!」
「善処するわ」
 村内やリディの方に行かないよう、引き付けては双剣を振るう。リディの弾が炸裂して地面を抉った。空いた所に飛び込んで残った獣を仕留める。
「数が多いわね」
 リディが弾倉を入れ替えるのを確認しながら近場の獣に目を遣り――上空からジャフラが滑空してくるのが見えた。
「リディ、伏せろ!」
 咄嗟に反転しながら短剣を投げつけた。
「エド、後ろ!」
 ジャフラは仕留めたが、背中側からガルルの牙が迫る。リディはまだ弾倉を装填し終えてない――避けたらリディに当たる。半身を捻って首と心臓辺りを双剣で守ろうとしたが、これは――ギリギリ、ヤバいかもしれない。それでもリディにその牙を届かせることだけは、絶対させない。
 衝撃を覚悟した時、視界に青いものが広がった。
「エドっ!!」
 リディの必死な声と獣の唸り声。オレの上着がガルルの頭に被さったのだと認識したのは、考えるより先にガルルの腹を切り裂いたのと同時だった。
 だがまだ数がある。二体のガルルが正面から襲い掛かり。
「左に避けろ!」
 後ろから聞こえたラウルの声に、反射的にリディを抱えて飛ぶ。直後、赤紫を宿した真っ直ぐな光がガルルを貫いた。シャルルのポーンだ。空いた所にラウルが飛び込んで、後方にいたデカい個体を引きずり出すように槍を引く。そして、オレ達と反対側に飛ぶと――一閃。大きな音を立てて獣が倒れると同時、アナマリアの刀が鞘に仕舞われた。
「またつまらぬものを斬ってしまいましたわ」
 ふ、と格好をつけて笑うアナマリア。
「流石です、お嬢様! 素敵です! お美しい!」
「まだ終わってないからねー!?」
「装填完了」
 リディが銃を構えたのを確認して前に出る。
「一気にいくぞ!」
 ええ、はい、はいですわ、はいよ!
 てんでバラバラな返事を背に、双剣を構え直した。

* * *

 その後は怪我もなく無事に獣を殲滅し終え、村人には随分と礼を言われた。ついでに宿の料金がタダになったのは、むしろついている。
「エド、これ。ごめんなさい」
 宿に戻ったリディがおずおずと差し出したのは、オレの上着だ。牙が掠ったのか、内側に小さな裂け目が出来ている。
「これくらい繕えば平気だ。オレの方こそすまん」
「どうしてエドが謝るのよ」
 リディの体格なら、オレの上着を着たままでは動きにくかっただろう。それでも脱がなかったのは多分、オレの上着を傷付けたくなかったからだろう。投げたのもオレを助ける為だ。
「上着を貸したせいでいらん気を遣わせた。戦いにくくした。だからだ」
「それを言ったら、一人で散歩に出たあたしが原因じゃない」
「依頼主を守るのは当然だし、それを危うくしたのはオレの護衛としての責任だ」
――あたしは!」
 リディが目を吊り上げて大声を上げた。滅多にないことに思わず目を見張る。はっとリディは口に手を当て、それから深呼吸を一つした。
「あたしは、あたしだって、エドを守りたいのよ」
 何故か。ひどく、虚を突かれた。
「あたしは依頼主であなたは護衛よ。でも、依頼主が護衛を守ったっていいじゃない。一緒に旅してる仲間を……当然だって顔で一人で無茶して誰かを守ろうとするエドを、あたしは守りたいの。守らせてよ」
 信頼してない、というわけじゃない。ただ、守るのは当たり前で。だって、マイシュを出るまでオレは守られていたから。オレが守る筈だった人々に。マイシュを出てからは陰でガスパルが。
 だから、オレは、守るべきで。
 ――ああ。そうか。
 オレは守られた分を返したかった。返せないから、依頼をくれたリディを守るのは当然で、守り返されるなんて思いもしなくて。
……なのに、守る為に結局、エドから借りたものを傷付けたんじゃ、悔しいじゃない」
 リディは俯いて拳を握る。

『すっごい大事にしてるんだなって』

 ……ラウルの言葉が甦る。
 オレが守りたいのはマイシュの民だ。国だ。それは、マイシュが大事だからだ。
 じゃあ、リディを守りたいのは。当然だと認識しているのは、リディが依頼主で――大事だと思っているからだ。
 そしてリディがオレを大事に思ってくれているから、こうやって心配をかけている。
 当たり前すぎて、理解出来ていなかった。
「リディ」
「なに、エド」
……ありがとう。さっきは、助かった」
 リディが驚いたように顔を上げた。そして首を振る。
……ううん。さっきも言ったけど、上着、傷付けちゃったし」
「なら、リディが繕ってくれないか? それでお互い様にしないか」
 目を丸くしたリディは、口を何度か開閉して――やがて、笑った。
「ええ。エドがそれでいいなら」
「そうして欲しい」
「人のものを繕ったことはないけど、大丈夫よ。あたしは天才だから」
「期待してる」
「どうしたの、エド。いつもより何だか…………変?」
 失礼な。だが、怒る気にはなれず、ただ肩を竦めた。
……エド、ありがとう。守ってくれて。あたしも、もっといいやり方で出来るようにするけど……エドももう少し、信頼した守り方をして欲しいものね」
「善処する」
「善処して」
 一拍置いて、互いに笑いが漏れた。
「おやすみ、リディ」
「おやすみなさい、エド」
 リディと別れ、胸元のペンダントに手を遣る。
 守るもの。守るべきもの。守りたいもの。今も昔も変わらない。――ただ、それに新しいものが加わっただけのこと。
 危なっかしい依頼主、猪突猛進なお嬢様、毒舌な従者、怪しい自称考古学者。また明日。この旅そのもの。
 握りしめたペンダントはいつもと同じく硬質でひんやりとしていて――心地よかった。







【こぼれ話】
冒険者も一緒に書きたかった。
エドはどう足掻いても守る者だと思うので、リディの護衛で心が助かってるといいなと。リディもただ守られるだけでなく、自分も守りたいと思って行動していればいいなと。そんな守り守られるエドリディが書きたかったお話でした。