botanin5
2024-11-18 21:13:06
32898文字
Public トレ監♀(小説)
 

もう好きにしてください!

男装監が海で女の子に惚れられちゃって、両片思い中の先輩がやきもきする話
※「監督生」呼びだけど、ほぼ呼ばない。
※ 名前なしモブ女の子たちが出てきます。めっちゃしゃべります。(女の子→監へのキスあり)



「えぇ!絶っっっ対無理です。いやです。他を当たってください!」
「そう仰らず。なんなら時給を上乗せしても構いません!」
「どうしてそんなに『僕』にこだわるんですか。もう十分人手は集まってるってジェイド先輩から聞きましたけど?グリムだって戦力になるとは思えませんし」
「ふなっ!?」


 夏の連休を控えたとある放課後。
 アズール先輩からモストロ•ラウンジのVIPルームに呼び出されて提案されたのは、オクタヴィネル寮主導で出店する期間限定の海の家で働くアルバイトだった。
 賢者の島の海辺にやってくる観光客に向けて、ナイトレイブンカレッジの名を掲げたモストロ•ラウンジの出張カフェをすると計画しているらしい。有名校の名が付いているだけでも集客効果がある上に、『学生が自分達で企画、立案したイベント』として扱うと学園側からのフォローが入り、地元新聞だけでなくいくつかの雑誌や他国の新聞社にも出店に関する記事を取り扱ってもらうことが決まったそうだ。SNS以外で広告料も必要とせず大々的に宣伝できることになり初めは喜んだアズール先輩だったが、学園長は取材のついでに売上の一部を慈善団体に寄付するという“綺麗事”の約束まで取り付けてしまった。これにはアズール先輩も遺憾の意を表明したが、学園長も譲る気がなかった。


「アルバイトの場所、必要な食材や備品は全て学園側で負担しましょう。さらに、慈善団体への寄付金は利益の3割で結構です。こちらとしては『ナイトレイブンカレッジでは学生主導で素晴らしい校外活動が行われている』ということが広く知れ渡れば十分!万々歳です。学園の評価も鰻上り!いけ好かないロイヤルソードアカデミーの鼻を明かすこともできる!……ごほん。生徒自らメニューや内装を考案する自主性!接客や商売についても経験できる学びの場!素晴らしいじゃありませんか!」


 最後に関してはオクタヴィネル寮で毎日のように行われていることだが?と思ったし、アズール先輩としては3割ですら惜しいという気持ちもあったらしい。しかし、場所代や食材費を大きく削るどころか、必要ないというのはとんでもない甘い汁だった。自分達で用意するのは、人件費のみ。そこが最も費用が嵩むが、元々は学園のフォローなしで出店しようとしていたのだ。その時算出した利益率と比べたら全体的には上がっている。学園の名を大々的に出せるのならば、カフェの制服は用意せずとも学園指定の水着でいい。わりと好条件なのでは?学園側の負担で浮いた金額をもとに時給と集める人数を計算し、仕事が出来そうなスタッフに声をかけて回っていたらしい。ラギー先輩は一も二もなく飛びついていた。エースとデュースも参加するらしい。アルバイトはもう締め切ったと、昨日偶然会ったジェイド先輩から聞いたばかりだ。

 海でなければ、水着でなければ是非ともアルバイトをしたかった。時給1000マドルは正直惜しい。しかし、どうしても参加できない理由があった。
 性別だ。闇の鏡にうっかり呼ばれてしまい身寄りがない私は、この男子校で生活していくために男装を余儀なくされていた。つまり、女の子なのである。エースとデュースと共に魔法石を取りに行ったトラブルの後、入学が決まってオンボロ寮で学園長から確認されて驚いた。「でも、可愛い女の子たくさんいたじゃないですか!」と反論すれば「全員男の子です」と冷静に返され膝をついた。あの赤い髪で目力が強い美少女も、紫のふわっとした柔らかそうな髪の美少女も、男の子……だった……?今思うとリドル先輩とエペルに怒られるだろうが、私は本当に衝撃を受けていた。じゃあなぜ私が呼ばれたのか?「中性的な顔立ちですし、間違えられたのでは?いえ、闇の鏡が間違いを起こすなんてあり得ないんですけどね」と言う学園長の適当な返事に脱力するしかなかった。

 かくして私は男装し、グリムの相棒である男子生徒として学園に通うことになった。学園長から説明を受ける前にドワーフ鉱山へ一緒に行ったエースとデュースには、なんの躊躇いもなく自己紹介を済ませてしまっていたため、巻き込むことに決めた。私の性別がバレないように手伝ってと。それからいくつもの死線……寮のトラブル……を乗り越えて友情を育み、今に至る。
 つまりは、私の性別を知っているのは先生方とエーデュースとグリムだけ。身体のラインが丸わかりになる水着という状態で、人前に出るわけにはいかないのだ。男子校なのになぜ女子が?という話にもなってしまう。普段は男装に加えて、周囲から男の子に認識されるようクルーウェル先生が魔法をかけてくれたブレスレットを身につけているが、簡易なものだから行動には注意するよう言われている。最近始まった選択科目の水泳の授業も選ばなかった。もちろん水着なんて持っていない。だから、海の家でのアルバイトはやりたくても出来なかったのである。『時給1000マドル!』のポスターを見ながら泣く泣く諦めたというのに、アズール先輩はどうしてわざわざ声をかけてきたのか。


「で、本当は何が目的なんですか?『僕』より給仕が上手なラギー先輩だっているし、人手不足は理由じゃないですよね」
「貴方こそ、いつもだったら好条件であればすぐバイトに食いついてくるくせに、今回はどうしたんです?」
「そんなにがめつくないですけど」
「冗談はよしてください。……仕方ない、1200マドルでどうです?」
「ぐっ……そんな大金……いや、だからいくら積まれても今回は無理なんですってば。でもまぁ……理由を教えてくれれば考えなくもないですよ?」


 にっこりと笑うと、アズール先輩が小さくため息をつく。「貴方相手にこんなに手こずるとは思いませんでした」と、聞こえるように小声で言ってくる。本当に私のこと勧誘する気あるのか?カチャリと眼鏡の位置を調節した先輩が、こちらを見てようやく口を開いた。


……スイーツですよ」
……は?」
「今回の出張モストロ•ラウンジでは、夏季限定のパフェやアイスクリーム、ジェラート、ジュレ……海辺で食べたくなるような新作スイーツをたくさん考案したいんです。休日を使って様々な店へ偵察に行っているとはいえ、実際に作るとなると経験者の手を借りるに越したことはありません」
「はぁ」
「ですから、トレイさんを海の家に引っ張り出したいんです」
……え、トレイ先輩……?それ『僕』関係なくないですか?」


 ますます意味が分からず、こてんと首を傾げる。トレイ先輩にアルバイトへ来てほしいなら、直接そう頼めばいい。先輩がオクタヴィネル寮の人たちと一緒に新作スイーツを作るのに、私の許可は必要ない。もしかしたら、リドル先輩の許可は必要かもしれないが。なぜ、私を連れ出す必要があるのだろうか。


「トレイ先輩に直接お願いすればいいじゃないですか」
「すでに一度打診し、断られています。特にお金に困っている訳ではなく、アルバイトをする理由はないからと」
「レシピだけ考案してもらって、買い取るとかは……?」
「それも断られました。お金が必要でない方にとっては、自分の知識やアイデアを他人に売り渡す理由なんてないんですよ。弱みを握ろうにも軽く流されてしまうし、トレイさん相手には現状、交渉材料がないんです。むしろ、以前イチゴを譲っていただいた借りがあるくらいです。後日タルトを渡したとはいえ、こちらが“頼みを聞いてもらった”立場であることには変わりない。……ちっ!」
「落ち着いてくださいアズール先輩」
「僕は落ち着いています。とにかく、スイーツという分野においてプロレベルの腕を持っているトレイさんを引き摺り出すことができれば、今回の出張モストロ•ラウンジは成功間違いなしなんです。だから監督生さん。アルバイトに来てください」
「そこだけ唐突すぎる!!」


 トレイ先輩を海の家に引っ張り出すことと、私がアルバイトすることにどんな関係があるのだろうか。この部屋へ来た時に用意されたコーヒーはとっくに冷めきっている。ギラついた目でこちらを見てくるアズール先輩はちょっと怖い。この場に、今頃ホールで料理を運んでいるであろう双子がいなくて良かった。威圧感が三倍どころではない。


「話が見えないんですってば。どうしてトレイ先輩を呼びたいのに『僕』に声をかける必要があるんですか?」
「だって彼は貴方の保護者みたいなものでしょう。監督生さんが参加するとなれば、必ず自分もと言い出すに違いありません」
「え?は?『僕』の保護者……?リドル先輩の……ではなく……?」
……もしかして、自覚をお持ちでない?」


 若干引いたようなアズール先輩の雰囲気に、ますます疑問が深まる。トレイ先輩が私の保護者とは、いったいどういうことだろうか。グリムと目を合わせてみるが、きょとんとしながらお菓子を貪り食べているだけだ。こほん、と小さく咳払いをしたアズール先輩が口を開く。


「監督生さん。ご自身の放課後の予定を思い返してみてください。月曜日は図書館でトレイさんと自習。火曜日は中庭でトレイさん指導のもとグリムさんの魔法練習。水曜日はサイエンス部の活動に参加し、木曜日はハーツラビュル寮でみなさんとおしゃべりやゲーム。そして金曜日はハーツラビュル寮でトレイさんとお菓子作り」
「えっなんで知ってるんですか。ストーカー?」
「アルバイトの打診をするために、ジェイドとフロイドにトレイさんの居場所を把握させていた結果です」
「で、それがどうかしましたか?」
「ここまで言ってもお分かりいただけないんですか?」


 もはや恨めしい、苦々しいという顔をしたアズール先輩に今度はこちらが引いていると、先輩は「べったりじゃないか!」と拳をテーブルに打ち付けた。
 まぁ確かに、思い返せばほぼ毎日トレイ先輩と一緒に過ごしている気がする。とはいえ、図書館や中庭で会ったのは偶然だし、サイエンス部に誘ってくれた時はルーク先輩も一緒だった。ハーツラビュルでゲームをしたのはエースとデュースが誘ってくれたからだし、直接トレイ先輩から声がかかったのは金曜日のお菓子作りくらいだ。


「たまたまですよ」
「では土日は何をしていましたか?」
「土日……?えーと……土曜日は、トレイ先輩とケイト先輩に誘われておすすめの映画をオンボロ寮で一緒に見て……。日曜日は、トレイ先輩がケーキを奢ってくれるからって、賢者の島に新しくできたカフェに行きましたね」
「べったりじゃないか!」


 同じ言葉を繰り返したアズール先輩に、そういえばそうだなと思い直す。なんなら先週もトレイ先輩とずっと一緒に居たような……?いつも自然と近くにいるし、優しくて頼れるお兄ちゃんみたいなものだから意識していなかった。そう伝えると「ではやはり、保護者で間違ってないじゃないですか」と冷静に返される。遠出するときはちゃんと連絡しなさいとか、毎日ちゃんとご飯を食べているのかとか、寝る前の歯磨きをしたのかとか。いつもその都度確認されていることを思うと、保護者で間違っていないのかもしれない。認識を改めておこう。


「なるほど。なんとなく分かりました」
「それは何よりです。では、アルバイトを引き受けていただけますね?」
「それとこれとは別です!リドル先輩を通して正式に依頼してみたらどうですか?」
「無理ですね。リドルさんはそもそもこのイベントの開催事由に懐疑的なので」
「まぁ、傍から見たらアズール先輩の金儲けイベントにしか見えませんもんね」
「人聞きが悪すぎます」


 アズール先輩が、トレイ先輩に手も足も出ない状態なのは分かった。ただ、本当に自分が参加すればトレイ先輩も参加すると言うのかどうかは正直怪しい。……試してみたくなってしまった。本当に、私のひと声でトレイ先輩が動くのか。


「本当に『僕』が参加すればトレイ先輩も参加するって言うのか、興味出てきちゃいました」
「では……!」
「モストロ・ラウンジの割引チケット1ヶ月分」
……はい?」
「さっきの時給1200マドルと合わせて付けてくれたらアルバイトします」
……ちょっと足元を見過ぎじゃないですかねぇ?監督生さん」
「それくらいいいじゃないですか。『僕』とグリムのたった2人が1ヶ月食べるだけ、それも無料ではなく割引きチケットですよ?トレイ先輩が生み出すスイーツによる利益と比べたら、安いもんじゃないですか?しかも、材料の中でも氷に使う水はカリム先輩のユニーク魔法で出してもらうって聞きましたけど?そんなのほぼタダじゃないですか」
……まぁ」
「それにグリムには、ハロウィンでのマスコットキャラクターとしての実績もあります!ケイト先輩に協力してもらって映える写真を投稿すれば、可愛いもの好きな女子の心も掴めるのでは?集客に繋がりますよね?」
「否めませんね」
「では交渉成立ということで」
……分かりましたよ」


 はぁ、と疲れたようなため息をついたアズール先輩を見て、心の中でにんまりと笑う。毎日モストロ•ラウンジに来るわけじゃないし、割引チケット30枚をちまちま先延ばしにしながら使ってやる。先にくださいと無言で手を出せば、仕方ないという顔で鍵のかかった棚からチケットの束を取り出してくれた。


「20%引きじゃないですか!」
「何割とまでは言われてないので」
「50%くらい引いてくださいよ!」
「そんなチケット作っていませんよ。これが最大限の譲歩です。時給は1200マドルにしますから、いいじゃないですか」
「むぅ……
「それより、早くトレイさんに電話してください。今すぐ。ほら!」
「分かりましたよ……


 スマホを取り出してトレイ先輩に電話をかける。アズール先輩はもうすっかり任務を完了したような雰囲気を出している。本当に、トレイ先輩はアルバイトをすると言うのだろうか。もし先輩が受けてくれなければ、せっかくの割引チケットが無くなってしまう。少し不安に思いながらスマホを耳に当てていると、コールが3つほど鳴ったところで、聞き慣れた声が応答した。


『もしもし?どうかしたのか』
「あ、トレイ先輩こんにちは。実は報告がありまして」
『報告?どこか出かけるのか?』
「いえ、あー……出かけるといえばそうなんですけど、あれです。今度、賢者の島の浜辺でやる出張モストロ•ラウンジでアルバイトすることになりました」
……は?』
「監督生さん、話を終わらせて電話を切ってください」
「え?」
「早く」
……ということで、報告でした!失礼しまーす」
『は?おい、ちょっと待っ』


 アズール先輩に急かされて慌てて通話を切った。トレイ先輩からの返事を聞いていないが、良かったのだろうか?
 首を傾げていると、アズール先輩がポケットから自分のスマホを取り出す。すると、すぐに着信音が鳴り響いた。画面を見て相手を確認したアズール先輩が、にっこりと笑う。


「ありがとうございます、監督生さん。獲物が網にかかりましたよ」





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「お前ばっかじゃねーの!?水着どーするわけ?」
「クルーウェル先生のブレスレットがあれば大丈夫かなって……


 アルバイトに参加することになった事をエースとデュースに伝えると、すぐにオンボロ寮で緊急会議となってしまった。
 エースは電話口でいったん「お前バカ!?」と叫んだ後、オンボロ寮に着くと開口一番「ほんっとバカだろ!」と繰り返し詰め寄ってきた。そんなにバカバカ言わなくてもいいじゃん!と少しむっとしながら、駆けつけてくれた2人にお茶を用意すると、ぐいっと飲み干したエースが呆れたように手で額を覆う。


「それ、男って思わせるだけの軽い魔法だから、身体とか触られたらバレるし着てる服も誤魔化せねーって言ってたよね?」
「え?うん」
「分かってねーじゃん!お前、女物の水着は着れないんだからな?」
「えっ、なんで?」
「だーかーらー!認識とはいえ雰囲気を魔法でいじってるだけだから、見た目は変わんないの。もし女物の水着を着たら、周りから見たとき男なのにビキニ着てるような状態になるわけ。お前、上半身何も身につけずに浜辺に出る勇気あんの?」
「は!?無理だよそんなの!」
「でも、その魔法で男のフリしたまま水着で海に行くってそういうことだぜ」


 エースに言われて、自分は思ったより不味い状況にあると気がついた。
 出張モストロ•ラウンジの制服は学園指定水着だ。男性用のサーフパンツ型で丈は長めだが、上を隠すものが無い。仮に勇気を出して上を身につけずに海に出たとしても、私の正体を知っているエースとデュースは魔法にかからない。彼らから見た私は痴女である。それに、誰かとぶつかって胸が当たったりしたら、その瞬間に魔法が解けて相手に一発でバレる。


「あ、でもラッシュガードあるじゃん!」
「あるけど……バイトの事前説明会で、アズール先輩が基本は無しって言ってたと思うけど」
「なんで!?てか、事前説明会なんてあったの?」
「あー、たぶんお前のバイトが決まる前な。なんか、その方が集客になるって言ってた」
「若者の肉体で客を集める気だ……!」


 ナイトレイブンカレッジ生にはスポーツをやっている生徒が多いし、何よりプライドの塊だ。他の人より良い筋肉をつけてやろうと、隠れて筋トレをしている人も大勢いると聞く。それに、今回は海だ。水着の可愛い女の子が沢山いる。そんな場所に、腑抜けたぷよぷよのお腹で向かう男子高生がいるだろうか?いや、いない。
 みんな、バイトの日までに身体を仕上げてくるに違いない。


「まぁでも私は頼まれて出てあげる側だし、ラッシュガード着ててもいいか聞いてみるよ。身体に傷があるとか言えば、アズール先輩も強く出られないだろうし」
「なかなかエグい嘘つくな……まぁいっか。そんときは話合わせてやるよ」
「ありがと」


 生地の厚いラッシュガードがないか、後でサムさんに聞いてみよう。とりあえず妥協案を見つけたところで、今度はエースの剣幕に押されて黙っていたデュースが口を開いた。


「そういえば、クローバー先輩もアルバイトに参加することになったって聞いたぞ?それで、先輩が少しピリピリしているというか……
「え、やっぱり?けっこう強引なことしちゃったから、トレイ先輩怒ってるかもなーって思ってた。参加するの嫌だったみたいだし……
「ん〜先輩が参加したくなかったっていうより、お前が参加することに納得いってない感じ?」
「私?……そもそもアズール先輩に参加するように言われたのは、トレイ先輩をバイトに連れ出すためなんだよね。私が参加すれば先輩も参加するからって。トレイ先輩がこんなに過保護だったとは思わなかったなぁ……バイトさせるのそんなに心配?」
「少し危なっかしいところはあるが……それほどじゃないと思う。僕とエースがバイトに参加すると話をした時は『頑張れよ』って言うだけで注意も何もなかったけどな」


 デュースもエースも首を傾げている。2人はトレイ先輩が私に対して“べったり”という印象はないらしい。放課後はそれぞれ部活に出ているし、私と先輩がどれくらいの頻度で会っていたのか知るはずもなかった。
 まぁでも、夏の連休の予定が決まったのは良かったかもしれない。エースとデュースがバイトなら、グリムと2人でずっと暇していただろう。休憩時間はバイトに出ている人たちと遊べるだろうし、夏の思い出作りもできてお金も稼げる。一石二鳥じゃないだろうか。なんだかワクワクしてきてにまにまと口の端が自然と上がってくる。他の2人も気持ちは同じだったようで、エースはすでに上手くサボる気満々なのか「隙見ていっぱい遊ぼーぜ!」なんて言い出している。浮き輪やボールを買っておこうかと話していると、コンコンと玄関のドアノッカーを鳴らす音がした。


「ト、トレイ先輩……


 扉を開けた先でにっこりと笑う先輩が立っていた。いつもの、困ったような片眉を下げた笑みではなくて、その圧に思わず後退りしてしまう。怒っているのだろうか。冷や汗を隠しながら談話室まで案内すると、デュースがカップをもう一つ出してくれていた。紅茶を注ぎ、ソファに改めて腰を落ちつける。何か言われる前に謝った方がいいのだろうか?と思ったが、そもそもトレイ先輩は断ることができたはずだ。強制されたわけではない。結果的にはアズール先輩の思惑通りになったが。少し緊張しながら様子を伺っていると、トレイ先輩は小さくため息をついた。


「どうしてアルバイトに参加することになったんだ?もう締め切ったってケイトに聞いてたぞ」
「アズール先輩から直接声がかかりまして……時給がすごく良かったんです!それに、エースやデュースとも遊びたかったし」
「はぁ……どうせ、アズールに俺をバイトに参加させるためだって頼まれたんだろう?」
……バレてましたか」
「連絡とったすぐに、スイーツ開発に協力してくれって言われたからな」


 アズール先輩隠す気ないじゃん。ずっと断っていたものに参加させることになってしまって、流石に申し訳なくなってしまった。「ごめんなさい」としょんぼりしていると、「まぁやると決まったからには真剣に考えるよ。外部の人に売れるスイーツを考えるっていうのも勉強になるしな」と笑ってくれた。やる気が出てくれたのならばよかった。嫌々させるのは心が痛むが、トレイ先輩とも連休中一緒に過ごせるのは嬉しいから、せっかくなら楽しんで欲しい。ただ、不思議に思うことだけ聞いておくことにした。


「あの、そもそも……アズール先輩に言われたときは本当かなって思ったんですけど……なんで『僕』に合わせて参加するって言ったんですか?」
「あー……お前けっこう抜けてるし、目を離しておくのが不安なんだよ。妹や弟を見ている気分になって、危ないことに巻き込まれそうになってるとついな」
「今回のアルバイトってそんなに危なそうに見えませんけど」
「そうか?確か、デュースが喧嘩を売られたのも浜辺だったろ。海には色んな奴が集まるからな」


 まぁ、言われてみたらそうかもしれないが、今回はエースやデュースだけではなく、オクタヴィネルの先輩たちやバイトに参加する人たちもいる。もし危ない人に絡まれてもすぐ助けてもらえそうな気がする。……いや待て、ジェイド先輩やフロイド先輩が果たして助けてくれるだろうか?面白がって助けてもらえない気がする。アズール先輩やラギー先輩に助けを求めたら、対価やマドルを要求されかねない。一年生だけではどうにもできない事が起こるかもしれないし、頼れるのはトレイ先輩だけな気がしてきた。
 エースやデュースは、リドル寮長じゃないからいっかという雰囲気だ。トレイ先輩ならば、多少はめを外しても目を瞑ってもらえるという算段だろう。
きっと当日までにトレイ先輩には沢山仕事が当てられているに違いない。少しでも負担が少なくなるよう、精一杯協力しよう。





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「海だーー!!」


 綿菓子のようにふわふわと浮かぶ真っ白な雲。クラッシュゼリーをこぼしたようにキラキラと波打つスカイブルーの海。
 アルバイト当日がやってきた。これから3日間の出張モストロ•ラウンジが始まる。学園企画のイベントを名目としているため日替わりで先生たちが監視に来るのだが、今日が担当のクルーウェル先生は海の家の軒下でサングラスをかけ扇風機の前を陣取って座り、先ほどトレイ先輩に作らせたフロートを片手にすっかり休憩モードで涼んでいた。

 この連休までの二週間、スイーツ案を作るトレイ先輩の手伝いをずっとしていた。頼まれたわけではなかったが、巻き込んでしまった罪悪感を少しでも払拭したかったのだ。食事系のメニューを開発していたアズール先輩たちも満足するスイーツがたくさん作れたし、私が参加する意義はかなり満たせただろう。

 ビーチサンダルで砂浜に入ると、砂がさらさらとしていて心地がいい。生臭さもゴミもなく、小石もほとんど見られない綺麗な海岸だ。まだ朝の8時だというのに、すでに海に入っている親子やサーファーが目に入る。連休を使って賢者の島にやってくる人は結構いるらしく、これからさらに人が増えていくだろう。楽しそうにしている人たちを横目に段ボールを抱えて、私たちナイトレイブンカレッジ生はぞろぞろと荷物を移動させていた。今回借りる海の家を拠点として、少し離れた浜辺に大きなテントを三ヶ所点在させる。テントでカキ氷やフロート、アイスクリームといったスイーツ、それからたこ焼きやフランクフルトなど持ち歩きやすい食べ物を売って、海の家ではそれに加えてしっかりと腰を落ち着けて食事ができるメニューも揃えている。テントでは海の家の宣伝もしなくてはならない。シャワールームの利用が無料でできるうえに、ナイトレイブンカレッジグッズも売っているのだ。学園企画であるから不自然ではないし、この機会に便乗して少しでもモノを売ろうというサムさんの姿勢は商魂たくましい。アズール先輩にどう交渉したのか気になるところだ。

 私は今日明日はテント担当で、最終日は海の家で接客や雑務をすることになっている。エースやデュースは違う場所に配属されてしまった。一緒にしたら遊んでサボると思われたのかもしれない。それはちょっと否めないが。同じ場所を担当することになったラギー先輩たちと一緒に、五人ほどで移動する。私はカキ氷にフルーツを盛る係だ。グリムは海の家で招き猫を任され、満足げにスイカを貪っていた。その様子を宣伝リーダーとなったケイト先輩が撮影して、モストロ•ラウンジのアカウントで投稿するらしい。

 問題だったラッシュガードは、案外あっさり了承をもらえた。そもそも、アズール先輩もずっと着る予定らしい。日焼けしたくないし、あまり肌を出したくないと言っていた。「それに、貴方はそれほど鍛えてなさそうですし」と暗に若い男の筋肉呼び込みとしては戦力外であることを告げられてしまった。不本意だがラッキーだ。
 薄着で背中に触れられてブラホックがバレるといけないので、今日は中にTシャツしか着ていない。正直すごく心許ないし、むにむに動く胸にひやっとする。サムさんに出来るだけ生地の厚いラッシュガードを用意してもらったので、服の重みで外から見るとそんなに胸は目立たない。直接触られたりして性別を看破されない限りクルーウェル先生の魔法は解けないので、周りからはペタンコに見えているはずだ。

 目的の場所に着いて、大きなテントを砂浜に立てる。重石で固定するのは筋肉自慢のバイト仲間たちに任せて、私とラギー先輩はメニューを貼り付けたりフルーツの用意をしたりした。事前に宣伝があったおかげか「ナイトレイブンカレッジのやつですか〜?」とちらほら声がかかる。若いお兄さんから、可愛い女の子、散歩にきた様子の老夫婦まで、客層はまばらだ。子どもも「カキ氷食べたいー!」と親を引っ張って来てくれる。これは、アズール先輩の目論見通りたくさん稼ぐ事ができるかもしれない。
 ラギー先輩はにこやかに対応しながらどんどんお客様を呼び込んでくる。軽食しかないのか〜と言う人には、しっかり海の家も宣伝していた。ラギー先輩は海の家を担当した方が良かったのではないだろうか。呼び込み力が強すぎて、注文に商品が追いつかない。必死になって果物を切っているうちに、あっという間にお昼の時間になっていた。


「お疲れさま、これ差し入れだ。大繁盛だな」
「トレイ先輩!」


 まさにテント前の行列がピークという時に、トレイ先輩が応援に来てくれた。文化部のくせに筋肉がついている身体が眩しい。しっかりある肩に、腰回りは引き締まっている。ラギー先輩やケイト先輩よりは厚みがあるけど、それでもその辺を歩いている大人の男性よりは少し細い。なんだかちょっとだけドキッとしてしまった。冷たいお茶を差し出してくれて、ありがたく貰って喉を潤す。私の手から果物ナイフを取った先輩は、私の数倍の速さで果物を切ってカキ氷の上に乗せていく。これは先輩に任せた方が早いな。周りを見て忙しそうなアイスクリーム兼フロート担当を手伝っていると、どんどんお客さんが捌かれていくのが横目に見えた。トレイ先輩、早すぎる。いつのまにかテント前のお客さんは数人になっていて、呼び込みに行っていたラギー先輩が戻って来ていた。


「監督生、ほらあーん」
「んぐ!……美味しい!」


 トレイ先輩に呼ばれて振り向くと、口の中に甘いメロンが押し込まれた。瑞々しくて、甘くて美味しい。どうやら余った切れ端のメロンを食べさせてくれたらしい。目を輝かせていると、先輩は微笑ましそうに「砂がついてる」と指で頬を拭ってくれた。ラギー先輩から「休憩入っていーっスよ」と許可をもらい、「じゃあ俺も行くかな」と手を洗ったトレイ先輩と一緒にテントを出た。
 トレイ先輩は当日までのメニュー作りで貢献しているため、連休中は全体の補助に回っているらしい。先ほどのように忙しそうなところで手伝いをしては移動しているという。なんだか一か所に居るより忙しいんじゃないかなと思った。しかし、本人も自分が考えたスイーツがちゃんと提供されているか気になるようで、特に辛さは感じていないらしかった。


「他の場所はどんな感じですか?」
「たくさんお客さんが入ってきてるよ。エースもデュースも、それぞれ頑張ってたぞ。海の家が一番忙しそうだったな」
「5日ある連休の、真ん中3日間ですもんね……旅行者がいっぱい居てびっくりしました。ここって移動が大変って聞いたんですけど、結構人が来るんですね」
「連休だからこそ、こういった離島へ旅行に来るんじゃないか?寮の後輩も、実家に帰って家族旅行へ行くって言ってた奴が何人かいたし……
「帰省……!」


 トレイ先輩に言われて、初めて思い至った。5日も連休になるのだから、長期休暇じゃなくても実家に帰る人はいるだろう。トレイ先輩がアズール先輩の誘いを断っていたのは、本当は連休に予定があったからではないだろうか?先輩はよく家族の話をするし、熱砂の国へ旅行に行った時もお土産をたくさん買っていた。もしかして、この連休中に本当は実家へ帰るつもりだったのかもしれない。それなのに、私がバイトに参加するって言い出したから、面倒見のいい先輩は心配でこっちを優先してしまったのかも。


「もしかして、トレイ先輩も実家に帰る予定がありましたか!?『僕』に合わせて予定変えてくれたんじゃ……
「あーまぁ……本当は実家に帰るつもりではいたよ」
「やっぱり……!」
「でも、お前を誘おうと思ってたから。いないんじゃ意味がないし、それならこっちでバイトするのもいいかと思ってさ。アズールの示した条件も良かったしな」
「え?『僕』を……?」
「前にうちのケーキ屋に行ってみたいって言ってただろう?最初、お前はバイトに参加しないって聞いてたから、暇してるだろうと思ってたんだ。だから、泊まりに来ないかって聞こうとしてた」
「確かに、エースとデュースがいなくて暇になりそうではありましたね……
「だろ?」


 そんなことまで考えてくれていたなんて……!トレイ先輩はどこまで優しいんだと感動してしまった。エースとデュースだけでバイトに参加していたら、グリムやゴーストと一緒にオンボロ寮へ引きこもっているところだった。エペルもこのアルバイトに参加していたことをさっき知ったし、ジャックは5日間のトレーニングメニューをきっちり決めていた。セベクはツノ太郎に付いていなきゃいけないとかで遊んでくれないし、オルトはヴィル先輩主催で行われる映画研究部の演技合宿に参加すると言っていた。やはり自分もこのバイトに参加しなければ暇していただろう。でも、トレイ先輩から先にその話を聞いていれば、アズール先輩の誘いは断ったのに。先輩の実家のケーキ屋さんに行ってみたかった。そう伝えると、先輩は嬉しそうに笑って「もっと早く言うべきだったな。じゃあ、次の長期休暇に遊びに来ないか?」と頭を撫でてくれた。「もちろん行きます!」と元気よく返事をする。

 賄い料理を貰うために海の家へ向かう。トレイ先輩と雑談を続けながら歩いていると「あ!ナイトレイブンカレッジのお兄さんだ」と可愛らしい声が飛んできた。見ると、髪をお団子に上げたスタイルのいい女の子が輝かしい笑顔でこちらに小さく手を振っている。鎖骨まで覆われているハイネックの水着は、胸元がレースのように透けていてすごく色っぽい。腰も細くて、下は鼠蹊部ギリギリだがショートパンツタイプで下品さもない。すごく綺麗な子だな……と見惚れていると、隣のトレイ先輩が「あぁ、さっきの」と返事をした。驚いて先輩を見上げると「エースがいるテントを手伝ってた時に来てくれたお客さんだよ。買ってくれる時に少し話をしたんだ」と教えてくれた。そうなんだ。知らない女の子と話す先輩になんだかドギマギしてしまった。


「お兄さんたち今から休憩なの?」
「あぁ、海の家に食べに行くんだ」
「えー!じゃあ一緒に行ってもいい……?私たちも丁度ご飯にしよっかって言ってたところなの」
「え、ああ。もちろんどうぞ。食事系の美味しいご飯もたくさん置いてるよ」
「やったー!」


 嬉しそうに笑った女の子が、きゅっとトレイ先輩の腕に抱きついて、私の方が「えぇっ!?」と思わず声が出てしまった。トレイ先輩は少し困った顔をしているが、それでも笑っている。お客さんだから強く出られないのは分かるが、ほぼ初対面なのに馴れ馴れしくて動揺してしまった。女の子の柔らかそうな大きい胸が、トレイ先輩の腕を埋めている。ちょっと良いな、と思ってしまった。クッションより気持ちよさそう。ぼーっと眺めていると、トントン、と肩をつつかれた。振り向くと、これまた可愛い女の子がこちらを上目遣いで覗き込んでくる。私より少し背が高くてショートカット、黒いオフショルダーのふわっとした水着を着ている。足が細くて、すごく綺麗だ。何か用かと思ってキョトンとしていると、「ねぇ、君もナイトレイブンカレッジ生なんでしょ?」と悪戯っぽい笑みを向けられる。美人のアップは緊張してしまう。「は、はい」となんとか返事をすると、その子はするりと私の手を握って耳元で小さく話し始めた。


「あの子、眼鏡のお兄さんのこと気に入っちゃったみたいで……。邪魔すると怒るからさ。私と一緒に歩かない?」
「え、あ、は……はい……
「緊張してるの?かわいい」


 こんな美人に詰め寄られたら、誰でも緊張するのでは!?思わず顔が赤くなる。女の子たちはどうやらトレイ先輩と同い年らしかった。私よりお姉さんなのだから、その色気も頷ける。うん、私だって……2年後にはそれくらいの美人に……なれるだろうか。思わず自分の身体を見下ろして、落ち込んでしまった。いや、胸は人並みにあるし……!今日はラッシュガードのおかげでペタンコだけど!
 私の手を握ったまま話しかけてくれるお姉さんにポツポツと返事をしながら、少し前を歩いているトレイ先輩と腕に抱きつくお団子のお姉さんを見る。なんだか、お似合いに見えるな。トレイ先輩はけっこうガタイが良いし、身長もある。お団子のお姉さんもすらっとしていて背が高い。なぜかじくじくと胸が痛む気がした。


「お〜い、聞いてる?」
「あっ、ごめんなさい。ぼーっとしてました」
「もしかしてあの子の方がタイプだった?」
「いえいえいえそういうわけでは!お姉さんめちゃくちゃ綺麗だと思います!!」
「えー?本当かなぁ?」
「あの、ちょっ……


 握られていた手が掴み直されて、指の間にお姉さんの細い指がするりと入り恋人繋ぎに変わる。ずいっと顔を寄せられて、なんだか良い匂いがするし、肌も柔らかそうだし、唇が艶々している。なんだこれ、クラクラする!体験したことのない色気に頭がパンクしそうになり、思わず目を瞑った。


「あまり揶揄ってやらないでくれ。慣れてないんだ」
「え〜?そうなの?」


 ぐい、と横に身体を引かれて目を開けると、先を歩いていたはずのトレイ先輩が私の腕を掴みお姉さんから引き離してくれていた。目の前のお姉さんはクスクスと楽しそうに笑っている。目をパチクリさせていると、「私、こういう可愛い子大好き」と笑ったお姉さんが一瞬でこちらに近づき、私の頬にチュッと軽く口づけを落とした。思わず顔が熱くなる。え、今この美人さんにほっぺちゅーされた!?真っ赤になってあわあわしていると、トレイ先輩がすごく微妙そうな顔でこちらを見下ろしていた。

 なんとか海の家に辿り着き、お姉さんたちが注文している間に賄い飯を持って席に着く。昼時を少し過ぎたとはいえ、何人か並んでいるのでお姉さんたちがこちらに来るまでもう少し時間がかかるだろう。フロイド先輩が用意してくれた目玉焼き付きの焼きそばの蓋を開けると、ソースの良い匂いが漂ってくる。食べようとしたところで、向かいに座るトレイ先輩がこちらを見つめていることに気がついた。手元にあるのは私と同じ焼きそばだし、分けてほしい訳ではないだろう。


「どうかしましたか?」
「いや……別に」
「あっ!もしかして、トレイ先輩はショートカットのお姉さんの方がタイプでしたか……?すみません、『僕』の方がモテちゃって」
「お前なぁ……。はぁ、違うよ」


 ピンッとデコピンされて、「痛った!」とおでこを抑える。トレイ先輩、自分のパワーを分かっているのか?冗談なのに。モテていたのは先輩の方だ。お団子のお姉さんはトレイ先輩のこと気に入ってるらしいですよ。そう言ってやろうかと思ったが、お姉さんのあの態度で先輩が気がついていないはずもなかった。私の方は、揶揄われただけだろう。トレイ先輩がもう一度小さくため息をついて焼きそばを食べ始めたので、私も食べることにした。

 ほとんど食べ終わったところで、商品を手にしたお姉さんたちがこちらへやってきた。持っているのはパフェで、美人は可愛いものしか食べないのか……と感心してしまった。トレイ先輩の隣にお団子のお姉さんが座り、私の隣にはショートカットのお姉さんが腰掛ける。お団子のお姉さんは、さっそくトレイ先輩のべったりとくっついて、「美味しい〜これってどこのフルーツなの?」なんて聞いたりしている。水着だから素肌が密着していて、なんだかイケナイものを見ている気分になる。なるほど、こうやってアプローチするものなのか……自分ではとても出来なさそうなテクニックを目の前で披露されて、思わず見入ってしまう。トレイ先輩はいつものように困った笑みで返事をしていた。可愛い子なのにあまり乗り気じゃないみたいだ。やっぱり、こちらのショートカットのお姉さんの方が良かったのだろうか。

 ふと隣のお姉さんを見ると「やっとこっち見てくれた」とにっこり笑った。「うへへ……」と変な返事をしてしまう。なんだか暑いな。気温もそうだけれど、お姉さんにドキドキしてしまって身体が熱い。ぱたぱたと手で顔を仰いでいると、お姉さんが「はい、あーん」とパフェに乗ったアイスクリームを差し出してくれた。かわいい。冷たいアイスも食べたい。思わず口を開けてアイスクリームを迎え入れようとしたところで、横から手がにゅっと伸びてきた。目で追うと、スプーンを持ったお姉さんの手首を、向かいから身を乗り出したトレイ先輩が掴んでいる。掴まれたお姉さんは、おや?という顔をしていた。お団子のお姉さんは驚いた顔をしている。


「トレイ先輩、アイス食べたかったんですか?」
「いや……まぁ……そうだな……
「じゃあ、フロイド先輩に貰ってきますよ!『僕』も食べたいですし」


 どうせなら1個まるまる食べてしまおう!と、席を立ち厨房へと向かう。フロイド先輩に許可をもらってバニラのアイスを2つ出し、それぞれお皿に乗せて用意した。やっぱり、トレイ先輩はショートカットのお姉さんの方がタイプなんじゃないだろうか。あーんして欲しかったのかな。なんだか申し訳ないなぁと思いながらも、不思議と胸にモヤモヤが広がっていく。せっかくトレイ先輩と一緒にご飯を食べられるところだったのになぁ。お姉さんたち、ずっといるんだろうか。いや、お客さんなんだから長時間居てもらってたくさん注文してもらえた方がいいか。
 席に戻ろうとすると、パーテーションの影から出てきたお団子頭のお姉さんに腕を引っ張られた。突然のことに驚いて、持っていたアイスクリームのお皿をガチン!とぶつけてしまう。ヒビは……入っていない。良かった。


「ど、どうしましたか?」
「トレイくんさ、もしかしてあの子の方がタイプとか言ってた?」
「え?」
「ほら、さっき手ぇ掴んでたじゃん?」
「あー……いや、そんなことは言ってなかったですよ」
「んーそっか。ちなみに恋人いるかどうか知ってる?」
「いえ、知らないです」
「ふぅん」


 お姉さんが『トレイくん』と気軽に呼ぶから、動揺してしまった。同い年だから、おかしくはない。でも、なんだかモヤモヤする。もうそんなに仲良くなったのだろうか。顎に人差し指を添えて何かを考えているお姉さんは、どんな表情をしていても可愛い。トレイ先輩、こんなに可愛い人が隣にべったりくっついてたのに、動揺ひとつ見せないのすごいな……と感心してしまった。

 休憩時間の終わりを迎え、渋るお姉さんたちに別れを告げて持ち場のテントへと戻る。トレイ先輩はどうするのかと思ったが、私と一緒に歩き出したからまた手伝ってくれるのだろう。お姉さんたちは海の家を営業している3日とも賢者の島にいると言っていた。ずっと海に来るとは限らないが、お団子のお姉さんはトレイ先輩のことが好きみたいだし、きっとまた会いに来るのだろう。トレイ先輩は、心なしか少し疲れた顔をしている気がする。


「トレイ先輩、休まなくていいですか?」
「今まで休憩時間だったろ」
「なんか疲れてそうだったんで。お団子のお姉さんぐいぐい来てましたね」
「あぁ……お前こそ、あのショートカットの子に迫られてたろ。連絡先とか聞かれたか?」
「あ、聞かれたので教えました」
「は!?」
「え、トレイ先輩もお団子のお姉さんとマジカメID交換したんじゃないんですか?」
「いや、してない。なに知らない人にほいほい連絡先教えてるんだお前は。危ないだろ」
「え〜でも優しいお姉さんでしたし……


 トレイ先輩はすっかりお叱りモードに入ってしまった。先輩に心配をかけているのはこういうところかもしれない……と少し反省する。たしかに、簡単に連絡先を教えるのは良くなかったかもしれない。でも、お姉さんは魔法を使える人ではなかったし、そもそも同じ高校生だ。そんなに警戒する必要はないんじゃないだろうか。他のバイト仲間だって、女の子に声をかけたり、逆に声をかけてくれた人と話したりしていた。私だけダメというのも変だし、トレイ先輩はもっと夏と青春を満喫すべきじゃないだろうか。


「トレイ先輩の方が変ですよ!可愛い女の子に声かけられて連絡先を交換しないなんて」
「興味ない」
「えー!そんな馬鹿な。あ、もしかして恋人がいるんですか……?」
……は?」
「さっきお団子のお姉さんに聞かれたんです。トレイ先輩に恋人がいるのかって。『僕』は知らないって答えたんですけど、もしいるなら確かに……連絡先交換したら怒られちゃいますね」
……いたらどうする?」
「え」
「俺に恋人がいたら、お前はどう思う?」


 突然真剣な顔でこちらを見つめるトレイ先輩に驚いて足が止まる。どう……って、考えたこともなかった。トレイ先輩はいつも私の近くにいて色々助けてくれるし、暇してたらかまってくれる。面倒見が良くて優しいし、気が長いし、お菓子も上手に作れるし、恋人がいても不思議ではない。でも。


「ちょっと……寂しい……ですかね?」


 思ったことを正直に伝えた。トレイ先輩に恋人がいて、その人が大好きで私なんかよりずっと大事で優先しているとしたら。寂しい。自分は傲慢にも、トレイ先輩のことを“私の”先輩だと思っているのかもしれない。手で顔を覆った先輩が、はぁぁぁぁと大きくため息をついた。怒っただろうかと見上げていると、肩に両手を乗せられて顔を覗き込まれる。じっと、マスタードの瞳に見つめられて心臓がどくんと音を鳴らした。


「寂しいだけか?」


 そう聞かれて、改めて考える。寂しい……意外に何かあるだろうか。嫌だなって気持ちもある。でもそれは、寂しいから、構ってもらえなくなるから嫌なんだと思う。エースやデュースが遊んでくれない時と一緒。……本当に、一緒だろうか。悶々と考えていると、トレイ先輩がこつんと私のおでこに自分のおでこをぶつけてきた。距離が近くて、ぶわっと体温があがる。こんなに先輩と近づくことは滅多にない。なんだか、ココナッツの甘い香りがする。ドキドキして動けないでいると、先輩は小さく呟いた。


「俺は、お前に恋人が出来たら嫌だよ」


 え?と思って顔を上げると、ぱっと距離をとった先輩が「こっちはあまり混んでないみたいだから、デュースがいるテントを手伝ってくるよ」とさっさと歩いて行ってしまった。どんどん小さく遠ざかっていく背中を見つめながら、火照った頬を手で覆う。なんだ、今の。トレイ先輩は、私に恋人ができたら嫌?それって、それってもしかして。


「トレイ先輩……私のこと好きなの?……なーんて……まさか……


 小さく呟いた言葉は、海の波音にまぎれて誰にも届かず溶けていった。






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 出張モストロ•ラウンジ2日目となった。
 今日の夜はこの海岸で花火が打ち上がるらしく、朝から海は大賑わいだ。昨日とは違う場所のテントでカキ氷に盛り付ける果物の用意をする。
 トレイ先輩とは、あの後ゆっくり話すタイミングがなかった。夜はみんな学園が所有している街外れの合宿用施設に泊まっているのだが、エースやデュースと同部屋だったし、先輩も私個人に話しかけてくるということはなかった。たとえ話しかけられたとしても、どう反応したらいいか分からなかっただろう。

 ただ、困ったことがひとつだけあった。昨日の夜、ショートカットのお姉さんから『明日の夜の花火、一緒に見ない?』とお誘いのメッセージが入ってきたのだ。エースとデュースには「お前やるじゃん!」「僕たちは真剣にバイトしていたのに……!」なんて揶揄われた。男の子だと思われてるんだけど、と言えばエースは「バレなきゃ大丈夫っしょ。どうせこの連休だけの関係じゃん?楽しめよ」なんて軽く言う。そういうものなんだろうか。
 トレイ先輩に言われた言葉は、2人には話せなかった。もし私の勘違いだったら恥ずかしいし、2人だって急にそんなことを伝えられたら困るだろう。どうにか、トレイ先輩の真意を自力で聞き出さなくてはならない。もし先輩が私のことを好きなら…………好きなら?その先は、どうなってしまうのだろう。


 今日はエースと同じテントだ。昨日もやっていたのだろう、アイスをくるりと取り出して器用にフロートを完成させる。私も負けていられないので、さくさくと皮を剥いて果物を切った。少しは上達しているはずだ。
 昨日よりもさらに多いお客さんを捌いているうちに、あっという間にお昼を過ぎた。「全然サボる暇ねーな」なんて暑そうに汗を拭うエースに苦笑いする。たしかに、せっかく用意してきた浮き輪やボールの出番はないかもしれない。昨日夕方にはテントを畳んだのだが、もうクタクタで遊ぶ体力なんて残っていなかった。きっと、今日も同じ感じだろうな。
 並んでいた人が居なくなってようやくひと息ついていると、「あ〜やっと見つけた!」と明るい声がする。聞こえてきた方に顔を向けると、昨日のショートカットのお姉さんがこちらに向かって歩いてきていた。今日は水着ではなく、お腹がちらりと見える短めのトップスに、長い足を存分に魅せるショートパンツだった。すごい。今日も可愛くてスタイルがいい。ドギマギしていると、テントの中に入ってきてひと息ついていた私の隣に座り「暑かった〜」なんて笑う。エースを含め他のバイト仲間は、突然の美女の登場にどよめきを隠せずにいた。エースが私の肩に飛びついて、揺すりながら口を開く。


「お前が言ってたお姉さんって……こんな美人かよふざけんな!」
「え〜?ありがとう。君もかわいいね♡」
「お、お姉さんどうしたんですか?お団子のお姉さんは……?」
「あの子は眼鏡くん探しに行っちゃった。私は君を探しに来たの〜せっかく花火誘ったのに返事くれないし」
「えと、忙しくて!後回しにしてごめんなさい」
「あは!正直だな〜。一緒に花火見てくれるなら許してあげる」


 つんっと肩をつつかれて、びくっと身体が跳ねた。いや、それより大変だ。お団子のお姉さんが、トレイ先輩を探しに行った……?もしかして、花火に誘うのだろうか。待て待て、トレイ先輩は『興味ない』って言ってたし、断るだろう。でも、先輩は優しいから昨日もお昼は一緒に食べることを了承したし、花火も断れなかったらどうしよう。何故だか焦燥感に駆られる。目の前のお姉さんより、トレイ先輩が心配で頭がいっぱいになってしまった。今すぐ探しに行きたい。エースは「眼鏡くんって誰?もしかしてトレイ先輩?やるなーあの人も」なんて盛り上がっている。いやいや、トレイ先輩は私のこと好きだから!……違うかもしれないけど。ぐるぐる考え込んでいると、バイト仲間から「休憩入っていいよ」と声がかかる。エースと一緒に海の家へ向かおうかと話して歩き出すと、お姉さんも当然のように一緒についてきた。


「あの、お姉さんはお昼今からですか?」
「ううん〜私は食べたよ。君たちともっとお話ししたいから、ついてきちゃった。だめ?」
「別にいーっすよ!驕りませんけど」


 意地悪な顔で笑ったエースに、お姉さんは「ケチだな〜」と楽しそうに笑っている。エースとお姉さんが話し始めたので、一緒に歩きながら砂浜を見回しアイビーグリーンの髪色を探す。人が多くて、なかなか見つけられない。トレイ先輩は背が高いが、この海には同じように背の高い男の人がたくさん来ていて見つけづらい。
 あっという間に海の家に着いてしまって少し落ち込んでいると、見つけたかった髪色はお店の中にいた。あっと思って近づこうとしたが、隣に座るお団子頭が目に入って足が止まる。トレイ先輩、お団子のお姉さんと一緒にお昼を食べてる……!今日の先輩はTシャツを来ていて、素肌が触れていなくて少しだけホッとした。それにしても、昨日は私を誘ってくれたのに。どうして今日は来てくれなかったんだろう。ずん、と胃が重くなった気がした。食欲が一気になくなる。私の見ている先に気がついたショートカットのお姉さんが、そっと腕を掴んできて「邪魔したら怒られちゃうから、あっちで食べよっか」と声をかけてくる。エースは「あれがトレイ先輩狙いの人か〜あっちも美人」なんてにやにやしている。ちょっとむかついて、お腹をボスッと殴ってやった。


「なんだよ!ったく……。それより早く飯食おーぜ。休憩時間短いし」
……うん」
「お前なに食う?」
「冷や奴」
「そんだけ?食欲ねーの?……まぁいいや、りょーかい。席取っといて」


 空いている席に移動しようとした瞬間、トレイ先輩がこちらを見た。ぱっと目が合って、次に私の隣にいるお姉さんを確認して、そのままふいっと視線を逸らした。ずき、と胸が痛くなる。なんでこっち見てくれないんですか、先輩。いつもだったら「こっちで食べないか?」って言ってくれるじゃないですか。ショックで動けないでいると、お姉さんは「やっぱりライバルは眼鏡くんか〜」と小さく呟いた。どういう意味かと問おうとしたら、明るい笑顔で「ほらほら、エースくんが戻る前に席取っちゃお?」と私の背中を押した。

 席に着くと、トレイ先輩の様子が見えなくなる。お団子のお姉さんと何を話しているんだろう。今日の花火に行くんだろうか。別に約束してなかったけど、自然とトレイ先輩と一緒に見るものだと思い込んでいた。だって、こういう時はいつもトレイ先輩が誘ってくれていたから。アズール先輩が、『べったりじゃないか!』と叫んでいたのを思い出す。本当に、自分で思っていた以上にべったりだったのかもしれない。……寂しい。
 悶々としていると、隣に座ったお姉さんがスマホでマジカメを確認していた。「ほら見て」と個人チャットの画面を見せられる。そこには、お団子のお姉さんからの『トレイくんから花火オッケーもらった!』というメッセージが来ていた。


「君は私と花火見てくれるでしょ?」


 にこっと笑った可愛い顔に、頷くしかなかった。





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 テントを片付けて宿舎での夕食も終え、エースに着せられた服を身に纏って海岸へ向かう。夏の薄着でTシャツにノーブラはまずいので、流石に胸を潰すベストを着用してきた。トレイ先輩はとっくに外へ出たようで、宿舎を少し探してみたが居なかった。
 スマホのメッセージを確認しながら、お姉さんとの待ち合わせ場所に向かう。トレイ先輩と一緒に見られないのは残念だけれど、花火自体は楽しみだ。いいや、もうお姉さんと満喫してやる!道にはちらほらとナイトレイブンカレッジ生がいるのが見える。エースとデュースはグリムと一緒に宿舎の屋上で花火を見ると言っていた。浜辺に出ないのかと聞いたが、「めちゃくちゃ混むって先輩が言ってたんだよね」と返された。その言葉通り、海辺はものすごい人でごった返している。屋台も出ていて明るいが、これでははぐれた時に合流するのはひと苦労だろう。


「良かった!ちゃんと来てくれた」


 海の家の前に着くと、昼間と同じ格好をしたお姉さんが待ってくれていた。その隣に、トレイ先輩とお団子のお姉さんも居て息が止まった。先輩はいつも通りの表情をしている……ように、見える。腕は相変わらず、お団子のお姉さんに抱きつかれていた。ぱっとこちらに近づいてきたショートカットのお姉さんに、するっと手を握られる。な、なんて自然なんだ……!驚いていると「あっちの方が見やすいみたいだから移動しよっか」と手を引かれた。トレイ先輩はこちらを無言で見ている。なんだか、視線が気まずくて顔をふせてしまった。人をかき分けながら歩いていると、いつのまにか隣に来ていたトレイ先輩に話しかけられた。喧騒がすごくて、お姉さんたちには聞こえていないらしい。もしかしたら、魔法を使ったのかもしれない。


「やっぱりこうなってると思った」
「なっ……!先輩こそ、お姉さんの誘いオッケーしてるじゃないですか」
「最初は断ってたさ。お前が昼にその子と一緒にいたから花火に行くことになったんだろうと思って、一人だと心配だから来たんだよ」
「え……いや、『僕』は先輩がお姉さんと行くことになったって聞いたから……それなら別にいっかと思って……
……なんだ。じゃあ失敗したな」


 少し眉を寄せた先輩は、何か考えるそぶりを見せた。先輩が、初めは花火の誘いを断っていたと知ってホッとする。お団子のお姉さんのことを好きになってしまったわけじゃないんだ。……いや、それって私には関係ないよね。もやもやが少し晴れて不思議な気分でいると、海岸沿いに設置されているスピーカーがガガッと音を立てて、「花火開始まで残り10分となりました」と会場アナウンスが入る。


「よし、抜けるか」
「え?」


 言うが早いか、トレイ先輩は私の手を掴んで、すい、と後ろに身をひいた。もう片方の手にはマジカルペンが見える。トレイ先輩の腕を掴んでいたお姉さんの手も、私の手を握っていたお姉さんの手もするりとごく自然に離れた。まるで、人混みに流されて外れてしまったかのようだった。呆然としていると、トレイ先輩は私の手を引いて向かっていた方とは逆の方に歩き始めた。少しするとポケットに入れていたスマホが震えて、急いで取り出して画面を見る。お姉さんから『どこ?はぐれちゃった』とメッセージが来ていた。


「あの、先輩。お姉さんから……
「無視してくれ」


 驚いた。トレイ先輩がそんな風に言うとは思わなかったから。スマホをポケットに仕舞って、その後は無言で手を引かれるままについて行った。浜辺の端にたどり着いたが、先程よりは減ったとはいえまだ人は大勢歩いている。「どこに行くんですか?」と言った瞬間、どぉん!と一発目の花火が打ち上がった。「あ、始まったな」と少し歩みを早めた先輩は、花火が見えないほど背の高い木に覆われた駐車場に入った。


「えっ?先輩、ここからじゃ見えませんよ」
「ひとけの無いところに来たかっただけだよ。ほらこれ」
「箒!持ってきてたんですか!?」
「魔法で呼び出したんだ。さて……俺に身を任せてくれるなら、この場にいる他の誰も見られない最高の景色を見せてやるが……どうする?」
「行きます!」


 にやっと笑った先輩が箒に跨り、続いて私は後ろに乗って先輩のお腹にしがみつく。ふわっと身体が浮いた。みるみると空に向かって上昇していく。建物の屋根を通り越して、海岸にいる人たちが米粒くらいになったところで「このくらい距離があればいいか」とトレイ先輩が呟いた。
 どぉん!と大きな音と共に、夜空に次々と大輪が咲く。キラキラと舞い散っていく火の花びらの向こう側には、無数の星たちが煌めいている。宝石が散りばめられたカーテンみたいだ。煙が邪魔することもない、最高の景色だった。その美しさに思わず息を飲む。


「『僕』、花火を空から見たの初めてです!……すっごく綺麗……
「気に入ったか?」
「最高です!」
「はは、それなら良かった」


 トレイ先輩が笑うたびに、しがみついているお腹に振動が伝わってくる。背中越しに見えるトレイ先輩の横顔が、花火に反射して輝いて見えた。きゅう、と心臓が締め付けられる。どうしよう。こんな気持ちになるとは思わなかった。


……好きです」


 たまらなくなって、小さく呟いた。花火の音にかき消されて、トレイ先輩には聞こえなかったらしい。好きだ。トレイ先輩が好き。そう自覚すると、これまでの先輩との思い出が一気に流れ込んできた。部活で一緒に実験したことや、成功したクッキーを褒めてくれたこと。テストの点数が良かった時に頭を撫でてくれたこと。いつも私を見つめる時、あたたかい目をしていること。ぎゅっと先輩に強くしがみついた。「どうした?高く上がり過ぎたか?」と心配してくれる先輩に、お腹がむずむずする。やさしい。


「大丈夫です。こんなに綺麗な花火を見られるなんて思わなくて、感動しちゃいました」
「おっ、そうか。魔法が使えて良かったよ」


 トレイ先輩の体温が伝わってくる。こてんと背中に頭を預けて、花火を見つめる。
 綺麗だなぁ。
 先輩が、私のことを気にかけてくれる人で本当によかった。


 最後の花火が打ち上がるまで、どちらとも話すことなく華やかな夜空を眺め続けた。








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……大丈夫か?監督生。今日は随分とぼーっとしてるな」
「えっ!ご、ごめんデュース。注文なに?」
「冷やし中華2つだ」
「了解!」


 デュースが取ってきた注文表を受け取り、急いで用意された麺にトッピングを乗せる。いけない、今日はバイトの最終日だというのに、最後の最後にヘマをするわけにはいかない。

 花火を見た後、トレイ先輩に手を引かれて静かに宿舎まで戻った。二人とも無言だった。花火の美しさに圧倒されたのもあるが、先輩のことを好きだとはっきり自覚してしまったせいで、何を話したらいいのか分からなくなってしまっていた。先輩は、私が余韻に浸っていると思ったのかそっとしておいてくれた。
 今日は朝からトレイ先輩と目が合うたびに顔が熱くてたまらない。ぼーっとしすぎて声をかけられたのは、さっきのデュースで2回目だった。一度目は、ひたすら手を動かしてキャベツを切り過ぎてしまってフロイド先輩に「……大丈夫?小エビちゃん。熱あったりしねぇー?」と心配されてしまった。


「はいこれ。30分くらい歩いて売ってきて〜。全部捌けなくても時間になったら戻ってきていいから。そしたら小エビちゃん休憩ね」
「分かりました!」


 フロイド先輩から渡されたビアショルダーを背負う。入っているのはビールではなくオレンジジュースだ。紙コップが入った筒が横についていて、取り出してホースからジュースを入れて売る。お釣りの入ったウエストポーチを腰に巻く。全体的に少し重いけど、なんとかなりそう。日差しを遮るために帽子をかぶって海の家を出る。
 3日とも出張モストロ•ラウンジは大盛況だった。最終日である今日も海の家はお客さんでいっぱいだった。ジュースを売り歩くついでに、他のテントでも見に行こうかな。エースもどこかにいるはずだ。

 調子良く三分の一ほどのジュースが売れたところで、何か揉めているような声が聞こえた。うちの生徒だとまずい。アズール先輩に知らせて、ジェイド先輩を寄越してもらう必要がある。ポケットから取り出したスマホを握って、大丈夫だろうかと人混みを避けて見に行く。すると、出会った時と同じ水着を着たショートカットのお姉さんとお団子の頭のお姉さんが、少しいかつい男の人たちにナンパされているところだった。
 どうしよう。なんだか断っているように聞こえるし、助けた方がいいのだろうか。でも、私にいったい何ができるだろう。魔法も使えないのに。うちの生徒の揉め事じゃないから、ジェイド先輩は呼び出しにくい。迷っているうちに、男の人の一人がショートカットのお姉さんの手首を掴んだ。「行かないってば!」とお姉さんは嫌がっている、だめだ、時間がなさそう!


「は、放してあげてください!」
「あぁ?」


 ノープランで飛び出して、お姉さんの手首を掴んでいる男の人の手を掴む。相手はジャックほどではないが、セベクくらいはガタイが良い。ぴくりとも動かない腕に、どうしようと青くなる。すると、お姉さんが「助けに来てくれたの〜?」と空いている方の腕を広げて抱きついてきた。柔らかい胸が背中に乗ってきて「ひょわっ!?」と変な声をあげてしまった。思ったよりピンチじゃない……?お姉さんなら、自力であしらうことができたのかもしれない。一瞬そう思ったが、私に触れた手が少し震えていることに気がついて、いや、やっぱり助けなきゃと思い直した。ぎっと目の前に立つ男の人を睨むが、へらへらと笑っている。そりゃ、私みたいなひ弱そうなやつが来たところでそうだよな。やっぱり、ジェイド先輩を呼んだ方がよかったかもしれない。


「あれ?お前ナイトレイブンカレッジの水着来てんじゃん。もしかして俺、魔法で粛清されちゃう〜?」
「ぼ、『僕』たちは一般の方に向かって魔法は使いません!」


 実際は使えないだけだけど。「とにかく放してあげてください!」とお姉さんの腕から男の人の手を外そうとするが、動かない。どうしようかと思っていたら、今度は違う男の人がお団子のお姉さんの肩に手を回した。どうしよう早くしないと。完全に舐められていて、話を聞いてもらえない。自分が持ってるものは、“これ”しかない!ジュースが出てくるホースを男の人に向け、勢いを最大にして吹きかけた。オレンジジュースが細く飛び出し、男の人たちは驚いて手を離す。


「何すんだ、よっ!」
「っ!」
「あ〜もういいわ。行こーぜ」


 頬が熱い。一発殴られてしまった。じんじんと痛みが広がってくる、人から殴られたのは初めてだった。よろめいてしりもちをついたのを、お姉さんが「大丈夫?」と背中をさすってくれる。男の人たちは興醒めしたように立ち去ってしまった。よかった、お姉さんを助けることができた。


「ごめんなさい、お姉さんにもジュースかかっちゃった」
「そんなのいいよ!どうせ水着だし……じゃなくて、大丈夫?海の家に行こう?冷やさなきゃ」
「大丈夫ですよ!1人で戻れるので、お姉さんたちは気をつけて……
「ダメだって!一緒に行く」

「何があったんだ?」


 日差しが突然遮られて顔を上げる。トレイ先輩が立っていた。
 私の頬が腫れていることに気がついたのか、膝をついて頬にそっと手を添えてくれた。じわ、と振動が痛みに響いて肩を揺らしてしまう。


「悪い、痛かったか?うちの生徒が何か揉めてるって聞いて来てみたら、まさかお前だとは思わなかった。……一体どうしたんだ?」
「トレイくん、あのね。その子、私たちが絡まれたのを助けてくれたの。その時に殴られちゃって……
「は?」


 お団子のお姉さんの話を聞いて、トレイ先輩の眉が顰められる。鋭くなった先輩の視線に、お姉さんたちがびく、と動揺する。「あぁ、悪い。君たちに怒ってるわけじゃないんだ」と先輩は手で顔を覆った。殴られたせいか、頭が少しクラクラする。急に恐怖心が戻ってきて、目の前のトレイ先輩のTシャツをきゅ、と掴んだ。先輩は、ぎゅっと目を閉じてから、私の頭を撫でた。


「とりあえず連れて行く」


 ビアショルダーを背中から降ろされると、ふわっと身体が浮いた。トレイ先輩に横抱きにされている。急に意識がはっきりして、「えっ!?」と驚いた声をあげてしまった。周りの視線なんて気にならないというように、先輩は私を抱えたままズンズンと砂浜を進んでいく。軽々と持ち上げられたまま運ばれて、心臓が一気にどくどくと音を鳴らす。私を支える先輩の手が温かい。触れている胸板がしっかりとした弾力を返してきて、ドキドキする。ちら、と視線を巡らせると、ショートカットのお姉さんが後ろからついてきてビアショルダーを運んでくれている。お団子のお姉さんも一緒だった。海の家までくれば、もう変な人に絡まれることもないだろう。ほっと胸を撫で下ろす。

 海の家に着くと、私がトレイ先輩に抱えられているのを見て驚いたデュースが駆け寄ってきてくれた。先輩は私を座敷に座らせると、急いで厨房へ向かっていった。おそらく氷を持ってきてくれるのだろう。お姉さんたちから事情を聞いたデュースは「許せねぇ……」と呟いて海の家を飛び出してしまった。止める暇もなかった。まずい、仕返しに行ったのかもしれない。喧嘩もいけないが、今はアズール先輩の下でバイトをしている身なのだから、トラブルを起こしたら大変なことになる。

 袋に入った氷を持ってきてくれたトレイ先輩に事情を伝えると、先輩はスマホでケイト先輩に連絡をとった。「ジェイドに伝えてくれるってさ。どうにかしてくれるだろ」と言う。一緒になって男の人たちをいじめないといいけど……まぁいいか。私を殴ったバチが当たるといい、なんてちょっと思った。


「アズールに伝えたら、もう人手は足りてるし上がっていいそうだ。宿舎で休もうか」
「えっいいんですか?……あ、でもバイト代」
「“スタッフ”の人助けで海の家の好感度が上がったから、ボーナスもくれるってさ。良かったな。さぁ行こう」


 先輩に促されて頬を冷やしながら立ち上がると、お姉さんが心配そうにこちらを見てきた。「あの、『僕』……かっこよく助けられなくて、すいません」と笑うと、腫れた頬が少し引き攣った。ふるふると首を振ったお姉さんが、そっと氷の上から私の頬を撫でる。


「ありがとう」
「いえ、そんっ……んむっ!?」


 少し目に涙を溜めたお姉さんは、そのまま私に口付けた。柔らかくてぷるっとした唇が触れて、驚いて固まる。キスされてしまった。可愛い女の子から。目を見開いて、行き場のない手をわたわたさせていると、後ろに思いっきり身体を引かれて口が手で覆われる。見上げると、トレイ先輩が眉間に皺を寄せてこちらを見ていた。先輩はすぐ、引き攣った笑顔をお姉さんに向けた。


「ちょっと……お礼にしてはやりすぎじゃないか?」
「貴方に取られたくなくて」
……へぇ。悪いけど…………渡せないよ」


 にこっと笑ったお姉さんに、トレイ先輩も笑顔を返す。私とお団子のお姉さんはきょろきょろするしかなかった。「それじゃ」と小さく断って、先輩は私の手を引いて海の家を出る。帽子を深く被らされた。お姉さんの柔らかい唇を思い出して、思わず自分のそれを指で触れる。ドキドキした。でも、私のファーストキス……奪われてしまった。なんだか複雑な気持ちになる。

 宿舎には誰も戻ってきていなかった。バイトの終わりまでまだ時間があるし、当然だ。連休は明日まで残っているため、今日が終わってもほとんどの生徒はもう一泊して明日も遊ぶはずだ。私も、エースやデュースと約束していた。だから、荷物もみんな残っているし、部屋もそのままだ。
部屋に向かうのかと思っていたが、手を引かれてたどり着いたのはシャワールームだった。


「あの、先輩?」
「砂まみれだし、着替えた方がいいだろ?」
「あ、そうですね。ありがとうございます」


 シャワーを浴びるにはラッシュガードを脱がなくてはならないが、なかなか先輩が動かない。出て行ってくれないと、個室にも入りづらい。不思議に思って見上げると、先輩はそっと頬に手を添えた。痛みはもう引いてきている。


「すぐに呼んでくれれば良かったのに。どうして1人で動いたんだ」
「ええと、本当はジェイド先輩を呼ぼうか迷ったんですけど……
……どうしてジェイドを?」
「生徒がトラブルを起こしていた時の連絡先がジェイド先輩だったので。でも、あの時は相手は生徒じゃなかったし、迷っちゃって」
「俺を……呼んだら良かっただろ」
……『僕』ひとりでもなんとか出来るかなって……思っちゃって……


 そう伝えると、先輩は小さく舌打ちをした。初めて聞いたそれに驚いていると、先輩は私の腕を掴んでぐいぐいと奥へと詰め寄ってくる。2人でシャワールームの個室に入り込んでしまった。先輩の腕を振り払おうと動かすが、ピクリともしない。視界がトレイ先輩でいっぱいになっている。さっきのお姉さんたちも、こんな状態だったんだ。


「逃げられるか?」


 真剣な目でこちらを見下ろす先輩に、どきりと心臓が跳ねる。先輩に腕や手を掴まれたのは、これが初めてではない。でも、前は簡単に振り解くことができたはずだ。それなのに、今は全く動かない。ずっと手加減されてきたんだと実感した。先輩の空いている手が、するっと腰を撫でる。ビクッと震えてしまった。先輩を見ると、こちらの様子を伺うように覗き込んできている。まずい、あまり触られると、バレてしまう。視線を彷徨わせていると、先輩はコツンとおでこを当ててきた。もう一度手を引こうとしたが、先輩の手にはさらにぐっと力がこもる。


「無理だよ。男と女じゃ筋力が違いすぎる」
……へっ?」


 呆けた顔をしていたに違いない。ふっと笑った先輩は、ちゅっと口づけを落としてきた。そのまま角度を変えて何度も何度も吸いつかれる。驚いて逃げようとしたが、腰に回った手がしっかりと身体を支えてきて身動きが取れない。掴まれていた手は、いつの間にかシャワールームの壁に押し付けられていた。背中も壁に付いている。頭が回らなくて、何が起こっているのか分からないでいると、トレイ先輩の手がラッシュガードのファスナーにかかった。そのままジッと短い音をたてて下へおろされる。「んんー!」と抗議の意を示してみたが、先輩は笑って目を歪ませただけだった。

 Tシャツの中に先輩の手が入り込んでくる。温かい手に、ぴくっと身体が震える。どうしよう、バレちゃう。いや、もうバレてたのか?なんだかよく分からない。
 するすると上がって行く手に気を取られて、キスにも集中できない。ついに、下からふに、と先輩の指が私の胸に触れた。声にならない声を上げると、先輩はパッと顔を放し、眉を顰めてこちらを見下ろす。でも、手は胸をふにふにと触ったままだ。


……何で下着つけてないんだ?まさか、この三日間ずっとこの状態だったのか?」
「だって、エースが」
「エース?」
「ふっ……ぅ、せんぱい、手、止めてください……説明するからぁ」


 胸を触っていた手がようやく止まる。でもまだ掴まれたままで、お腹の奥がむずむずする。とりあえず説明しなきゃ。エースに言われた、クルーウェル先生の話を説明する。トレイ先輩ははぁぁ、と大きくため息をついた。「せめてベストでも着ていればよかっただろ」と言われるが、塩水に浸かったらダメになってしまうと思ったのだ。


「誰かにバレたらどうするつもりだったんだ」
「ごめんなさい……先輩にもバレちゃいましたね……
「俺は知ってたからいいんだよ。それより、もう少し危機感を持てないのか?普段の学園生活でもそうだが、ちょっと無防備に動きすぎだろ」
「え?あの、ちょ……っと待ってください。先輩いつから知ってたんですか?」
「覚えてないな……。数ヶ月は前だ」
「そ、そんなに!?」


 知っていながら、ずっと変わりない態度を取り続けてきたのか。全く分からなかった。驚いて固まっていると、また先輩の手がもぞりと動き始める。腕を掴んでいた手が離れたので、くるっと回転して先輩に背を向け胸を腕で隠す。しかし、そんな防御をもろともしない先輩の手が回ってきて再びTシャツの中に潜り込む。後ろから抱きつかれている状態になって、顔が熱い。先輩の大きな手に簡単に包まれてしまった胸が、やわやわと動かされる。先輩の指が自分に触れていると思うと、胸に沈んでいると思うと頭が沸騰しそうだった。


「先輩、シャワー浴びれません」
「このまま流すか」
「へっ?」


 ざーっと上から温いお湯が降ってくる。トレイ先輩がシャワーコックを捻ったらしい。「洗ってやろうな」と耳元で囁く声に、びりびりと何かが背中を伝っていった。宣言通り、先輩の手が私の身体を優しく撫でていく。髪から腕や肩、太ももや足についていた砂を、大きな手が落としていく。その流れでサーフパンツを下されそうになって、流石に手で掴んで止めた。


「先輩やりすぎです!ここ!シャワールーム!……誰が来るか分からない!です!」
……ごめん」


 私の制止にようやく動くのをやめてくれた先輩は、後ろから抱きついて私の頭にぽすっと顔を落としたようだった。カチャ、と小さくメガネが当たった音がした。腕がお腹に回っている。濡れたTシャツ越しの肌が温かい。ざーっという、シャワーの音の間に、はぁ、と小さいため息が聞こえた。


「どうかしたんですか……?」
「少し……拗ねてた」
……先輩が?」
「お前が簡単に……キスさせるからだよ……


 お腹に回っていた手にぎゅっと力が込められる。そこでやっと、お姉さんにキスされたことを思い出した。シャワールームに入ってからのトレイ先輩が濃厚すぎて、すっかり忘れていた。


「不可抗力では」
……分かってるさ。だから洗い落としてるんだろ」
「そういう事ですか!?……ふ、あはは!先輩かわいい」


 思わず笑ってしまった。やきもちを妬いてくれたのか。嬉しい。くるっと振り向くと、トレイ先輩は気まずそうな顔をしている。メガネまですっかりベタベタになっているが、大丈夫なのだろうか?今度はこちらからちゅっとキスを送ると、先輩は少し頬を赤くする。


「確かに、ファーストキスは奪われちゃいました」
……やっぱりそうか……はぁ……
「でも、先輩のさっきのキスと手つきでそんなのすっかり忘れてました。上書き完了ですよ!先輩!」


 にやっと笑った私をじっとりとした目で見た先輩は、のっしりと抱きついてきて体重を預けてくる。お、重い……!受け止めて身体を反らせていると、突然サーフパンツ越しにガシっとおしりを掴まれて「うひゃ!?」と叫んでしまった。むに、と揉まれるがままになっていると低い声で「こっちの初めてはもらうからな……」と囁かれる。


「こっちって……
「こっち。ここに……な。今から」
「い、今から!?」


 こっち、という言葉と共に、おしりから離れた手がお臍の下あたりをつん、とつついてくる。お腹の奥が、ずん、と熱くなった気がした。


「冗談……ですよね?」
「俺はスイーツ作りで貢献したからさ。この宿舎で1人部屋をもらってるんだ」
「なるほど」
「みんなのバイトが終わるまで、あと4時間はありそうだな。今日が最終日なことを考えると……片付けも含めてさらに2時間かかりそうだ」
「そう……かもしれませんね?」
「今夜は俺の部屋に泊まるだろ?」


 にっこりと笑ったトレイ先輩に、苦笑いを返す。


「トレイ先輩、私のこと好きですか?」
「どうした急に可愛いこと言って。好きだよ」
「好きな子に無理させたくないなぁって思いませんか?」
「う〜ん。お前は俺のこと好きか?」
「大好きですよ」
「なら、好きな人の願いは叶えてやりたいって思わないか?」



 にこにこと笑うトレイ先輩に、敵う気がしない。
諦めも肝心だと私はさっと白旗を上げた。
その様子を見て満足げに笑みを深めた先輩に連れさられて、あっという間にベッドに沈められてしまったのだった。





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「本当は実家に誘って告白して意識してもらうプランだったんだ。親に顔見せもできるし一石二鳥だなと思って」
「外堀から埋める気だったんですね……


 バイトを終えた連休の最終日。
 来るのが大変な賢者の島は帰るのも大変なので、連休最後ともなると浜辺にいるのは我々ナイトレイブンカレッジ生か、地元の人たちくらいだった。この3日の人混みが嘘みたいに海を広く感じる。

 ボールで遊ぶエースたちを眺めながら、隣で寝てしまったグリムのお腹を撫でる。アズール先輩が貸してくれたビーチパラソルの下にレジャーシートを敷いて、トレイ先輩と一緒に休憩しているところだ。


「だってお前、俺のこと都合のいいお兄ちゃんくらいにしか思ってなかっただろ?」
「都合のいいなんて、そこまでは思ってないですよ。優しい先輩だなーって」
「どうやって意識させようかって考えてたんだ。そうしたら、実家に誘う前にバイトに行くなんて言うし焦ったよ」
「はは……すみません」
「まぁ結果オーライだったけどな。ここまで進めるとは思わなかった」


 髪を撫でられてドキドキする。せっかくの海だというのに、私は袖や裾の長い上着を着ていた。身体に、昨日のトレイ先輩による痕が……色々と……残ってしまっているせいだ。今日の朝、全然消えないそれを見て先輩を怒ったが、にこにこ笑って流されるだけだった。


「スイカ切るか。さっきアズールにもらったんだ」
「え、アズール先輩めちゃくちゃ奮発してますね。今回ものすごく儲かったんだな……


 トレイ先輩が切ってくれるのを見ていると、ポケットに入れていたスマホがぶぶっと震えた。
 画面を開くと、この3日、ずっと振り回された相手の名前がそこにある。


『ハロウィンになったら会いに行くね♡』

「って、お姉さんからメッセ来ました」
「は!?なんで連絡先消してないんだ」
「え、だって友達?だし……
「友達じゃないだろ!」


『まだまだ諦めないからって眼鏡くんに伝えておいてね♡』

 という画面を見せると、トレイ先輩は私の腕を引っ張って抱きしめてくる。


「勘弁してくれ……


 と呟いた先輩が可愛くて、思わず頬に口づけた。