杏夏
2018-05-05 08:03:23
2389文字
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おれのねこ

#つるきよ版深夜の60分一本勝負にて、お題:猫 で書きました。

「にゃーにゃー」
……何、急に? 手入れ部屋行く?」
加州は塩ゆでした枝豆をさやから取り出していた。そこに障子をスパーンと開け放ち、鶴丸がやってきたのである。
両者真顔だった。
「酷いなあ」
鶴丸は障子に手をかけたまま、眉を下げて笑った。
「いやなに、いつだったか君の相方と手合わせをしたときにな、“子猫ちゃん”と呼ばれたものだから」
初夏の爽やかな風が吹き抜ける。午前中は肌寒かったため障子を閉めていたが、温まった日差しを見るに、もうそんな必要もなさそうだ。
「何がだからなのか全然わかんないけど、だったらもっとテンション上げてから来てよ。真顔でどうしろと」
「ふと自分が千歳越えのじじいだと気付いてしまって萎えた。気付きたくなかったな……
「じゃあやるなよ。っていうか今更気付いたの? 三日月とか顕現一秒で気付いてたけどお前遅すぎない?」
「まあ、だからと言って俺の生活は変わらないがな! 今まで通り枯れることなく驚きを求めて生きていくぜ!」
「聞けよぽんこつ」
哀しげに睫毛を伏せたかと思えば、ぱちりと開いた満月にはきらきらと光が散っている。ガッツポーズまで勢いよく決まった。
加州としてはそんなに早く立ち直れるなら、猫の泣き真似にも全力を出して欲しかった。淡々と寄越すボケにはテンションの高いツッコミが必須なのだ。骨喰と鯰尾や、大倶利伽羅と燭台切のように。加州のローテンションにその役は荷が勝ち過ぎる。困るから止めて欲しい。
「で?」
「ん?」
「用。なんかあったんじゃないの」
加州が手を止めて鶴丸を見上げる。
さっきまで鶴丸は出陣だったはずで、今は内番着に着替えている。かすかに石鹸の匂いがするから、湯を使ってきたのだろう。
「あーなんだ、その、」
鶴丸は珍しく言い淀んでいる。頬を掻き、視線が泳ぐ。
……なんかよくわかんないけど、そろそろ座ったら? 俺、首痛いんだけど」
障子を開けるなり鳴き出した鶴丸は未だにそのままそこで立っていた。いい加減、座っている加州が鶴丸を見上げるのにも疲れてきた。
……ああ」
今気付いたとでも言うような緩慢な仕草で頷き、鶴丸が加州の隣に座った。鶴丸は作業を再開した加州の手元を見やる。
「何用だ?」
「ずんだだって。太鼓鐘が今剣と小夜と作ることになって、暇だったから手伝ってる」
「へぇ」
「あいつらは今、白玉作ってるよ」
「そうか」
それきり鶴丸は黙ってしまう。
加州はちょんちょんと小指で鶴丸の手首を突つき、手のひらを開かせた。首を傾げる鶴丸に構わず、二さや分の枝豆をそこに落としてやる。
「良い茹で加減だよ」
…………確かに」
六つほどあった豆粒を一気に口に放り込んだ鶴丸は咀嚼しながら頷いた。
加州はさらにもう一さや分を鶴丸の手のひらに出す。
「俺にもちょーだい」
「ん」
加州が口を開けると、鶴丸は一粒ずつ詰まんでそこに入れてくれた。
自分で食べてもいいのだが、これだけ小さいものだとうっかり自分の唇に触れてしまいそうで、衛生的に良くないかなと思ったのだった。
事実、鶴丸の指が軽く触れた。少しくすぐったい。
「ありがと。うん、やっぱり良い感じ。おやつは期待していいんじゃない?」
……そうだな」
隣から返ってくる声はいまいち生彩を欠いている。
「なんか疲れてる?」
「んー…………まあ、そうだなぁ」
鶴丸は考え込んだあと、こてんと頷いた。どうにも仕草が幼けない。
加州は枝豆をぽんぽんと皿に押し出しながら少し考えて、近くにあったテレビのリモコンを押した。枝豆に使っている指は避けて小指でボタンを押し込む。
突然流れ始めた音声に鶴丸がかすかに肩を揺らす。
構わず加州は録画リストを開いた。
「猫と言えば、この間、誰かがこれ録ってたんだよ。ネコ歩きとか言うんだったかな」
目当てのタイトルを見つけて、加州は再生を始めた。
見慣れない異国の風景と、猫が映し出される。
「そのうち見ようと思ってたから、暇だったら付き合ってよ」
「へえ。猫中心なのか」
「うん。可愛いよね」
画面の中では猫の後ろ姿をカメラが追っている。猫に合わせた高さは普段の自分たちの視点とは丸きり違う。
「低い視点というのも新鮮だなぁ」
「ねー。なかなかこんなに地面を近くに見ることってないよね」
「ふふ、毛並みがふさふさしてて可愛いな」
「なんかねー、どこの街に行っても猫可愛がるおじさんがいるらしいよ」
「へえ。まあ、わからなくもないな」
のんびりとした異国の時間に合わせるように、二人の会話もどことなくのんびりと流れていく。









「清ちゃん! そっち終わったかー?」
太鼓鐘が襖を開いた。
加州は笑って指を口の前に立てた。
……鶴さん?」
「ごめん。もうちょっと早く終わってたんだけど、動けなくてね。はいこれ」
小声で喋りつつ、加州は緑の山の乗った皿を手渡した。
その膝には鶴丸が頭を置いて寝ていた。よほど疲れていたのか、今の音にもぴくりとも動かない。
「そりゃ仕方ないな。こっちはもう大丈夫だから、清ちゃんは休んでていいぜ」
「ありがと」
「出来たら持ってくるな! 期待して待っててくれ」
「楽しみにしてる」
太鼓鐘が去ると、加州は自分の膝を見下ろした。
テレビは、鶴丸が寝たあとに消してしまった。猫は確かに可愛いけれど、それより可愛いものがあったからだ。
そっと髪を撫でる。さらりと硬質で長い毛は、猫のふわふわしたものとは違う。触れる身体は猫ほど温かいわけではないし、やわらかくもない。
けれど、普段は何でも上手なのに、疲れきって普段の器用さが嘘のようにど下手に甘えてくるのは、とても可愛いなぁと加州は思うのだ。
安らいだ表情で眠る鶴丸に、加州はやわらかく笑った。目を醒ましたら、うんと甘やかしてやろう。