杏夏
2018-02-17 23:21:36
2962文字
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愛の言葉

#つるきよ版深夜の60分一本勝負にてお題「告白」で書いたもの。鶴清とちょっぴり小夜ちゃん。




素敵な夢を見ていた気がする。
以前は一人で通った道を、好きなひとと一緒に、好きな人の大事なひとのところへ会いに行くのだ。


加州は何とはなしに楽しい気持ちを胸にふわふわさせながら、朝の本丸を歩いていた。
節分の鬼退治も終わり、昨夜は戦果を祝して宴会だったため、まだ起き出している気配は少ない。寝ている刀が多いのだろう。
素振りでもしようと稽古場まで行く道すがら、白い背中を見つけたので声を掛けた。
「鶴丸、おはよ」
時間があるなら相手をしてもらいたたいと、軽い気持ちだった。
しかし、加州は予想もしない反応をされる。
「か、加州!?」
いつも飄々としている鶴丸は、派手に肩を跳ねさせて加州を振り返った。
「お、おおおはよう……!」
「うん、おはよ……。どうしたの」
「い、いや、なに少しびっくりしただけだ! それでは俺は失礼する!」
ぽかんとする加州を残して、鶴丸は踵を返して加州が来た方へと去っていった。一体鶴丸はどこから来てどこまで行くつもりだったのだろう。


釈然としないまま木刀を振り下ろしていると、大和守がやって来た。
どちらともなく手合わせを始め、木刀を交わしながら加州は訊ねる。
「ねえ、俺なんか昨日鶴丸にやった?」
一人で考えていたが、どう考えても昨夜の酒宴以外に何かやらかした可能性はない。昨日は早々に気持ちよく酔ってしまったため、正直何をやったのか見当もつかなかった。
「なに、清光。鶴丸さんに斬りかかられでもした?」
「されてないけど。……え、なに、斬られそうなこと俺やったの」
上段から振りかぶられたのをいなして、加州は距離を取る。
大和守は首を傾げながら、その距離を瞬時に詰め、小手を狙った。
「何だっけなー。確かお前、“いつか殺してやる”みたいなこと言ってなかったっけ」
「は!? 言うかばか!」
言葉に気をとられて、加州は手の甲を削られた。避け損ねた痛みを抑え、足を払う動きで牽制する。
いくら酔っていたとしても、そんな思ってもみないことを言うわけがない。
「いや知らないよ。僕だって酔ってたし。でも、避けられてるってことは何かやったのは確実だろ」


何度考えても、加州は自分がそんなことを言うとは思えなかった。
あのあと手合わせは集中出来ず、脳天に一撃を食らってたんこぶを作る有り様だった。
鶴丸のことは仲間として好意を持っているし、嘘でも冗談でも殺したいとかいなくなってほしいだとか思ったことはない。そんなことがいくら酔っていたとして口から出るのだろうか。
悶々とした加州は畑当番の小夜を訪ねた。小夜は昨夜近くに座っていたはずだからだ。しかも、小夜は身体の制御が効かなくなるのが落ち着かないと言っていつも酒を口にしないので、信頼出来る。
「加州さんが昨日鶴丸さんに何を言っていたか、ですか」
「うん、覚えてる?」
「僕に聞くってことは、何かあったんですか……
「それが、今朝会った鶴丸にめちゃくちゃ動揺されて避けられたんだよ」
……へえ」
小夜は加州を見上げる目を、わずかに見開いた。
「俺、何言ったの?」
「“いつか、俺がお前を墓に叩き戻してあげる”。そう、聞こえました」
「え…………
小夜の静かな声が加州の胸に落ちる。
加州は心がぐらぐらと落ち着きをなくすのをはっきり自覚した。言う。その言葉なら自分は言ってしまうだろうと、揺れる心に合わせて血の気が下がる。
大和守の大雑把な言い回しでは全く気付かなかったが、小夜が言う通りの言葉であれば、加州は考えていたことがあるのだ。


鶴丸があんなにも驚きというものを追い求めるのは、長い生に退屈して飽き飽きしているからなのだろうと加州は思っている。
長く生きる刀は鶴丸のほかにも何振りもいて、その多くは折り合いをつけてのんびり過ごす術を心得ているように見える。
鶴丸だけが違うのは、たぶん鶴丸は死を間近に感じ、それを奪われたことがあるからだ。
加州は一度死んだ刀だ。しかも、その死の記述が存在の核となっている節がある。
かつての主に添い遂げられなかったのは悔しいが、求められるまま生きて、そしてそのままで死ねたのはまあ、刀の誉れでもあったかな、と思うのだ。ここにいるのは名を残し、長く愛でられ飾られた刀ばかりであるので、そういう身の立て方でも間違ってはいないだろう。
加州にとって鶴丸の逸話は、「主と行くはずだった場所を目前に、自分だけ連れ戻された」に近い。鶴丸国永の希少性と価値を示すというより、知るはずだったものを奪われた、鶴丸の哀れさを示すものだ。
だからたぶん、自分はそれを言っただろうと加州は納得して顔を青くした。


「ありがとう小夜!」
加州は急いで駆け出した。すぐに謝りたかった。
「あ……
小夜の小さな手と声は、加州には届かなかった。


「鶴丸!」
加州は鶴丸を探して本丸を駆け回り、ようやく裏手の庭で白い姿を見つけた。
「加州……!」
やっぱり鶴丸は肩を跳ねさせて、振り向いた。加州はつかつかと大股で歩み寄り、そして頭を下げる。
「ごめん!」
「え」
「あんたを墓に戻すなんて言って悪かった。酔ってたからと言っても不快にさせたと思う。本当にごめん」
直角に下げた頭をそのままに、加州は言葉を続ける。
「俺は、あんたが掘り起こされた話を聞いて可哀想だと思ったことがある。じじい連中が鷹揚に構えてられるのは死を知らないからだと思って、あんたはそれを目前にしたのに奪われて、長い時を過ごすのはさぞ退屈だっただろうなって、勝手に思った。それが口から出たんだ。何も知らないのに、ごめん」
一息に言い切って、加州は鶴丸の反応を待つ。
鶴丸は加州の言葉に小さく息を吸った。
…………それは、あの言葉の撤回ということか?」
「うん、本当にごめん」
……う~ん、それは、ちょっと困ってしまうな」
………………は」
加州は頭を上げた。鶴丸は困ったように頬を掻いていた。その頬はかすかに朱に染まっている。
「いや、自分でも趣味が悪いと思うんだが、きみの言葉に、俺はとても歓喜したんだ。嬉しかった。きみは俺を望んで自分のものにするでもなく、敵として俺を折るでもなく、俺を思って俺の安らぐ場所へ連れていってやろうと、そう思ってくれたんだろう。俺が勝手にそう解釈しただけでなく、きみも今そう言ってくれただろう。だから、ちょっと、撤回されては困る」
照れ臭そうに告げられた言葉に加州は唖然とする。
鶴丸は構わず加州の手を取った。
「きみがいつか俺を連れていってくれるのを待っている。だから、これからよろしく頼む」
幸せそうに微笑まれて、加州は耳から入った言葉をどう解釈したものやら混乱した。


「謝る必要は、ないと思います……
空を切った手を下ろして、小夜は呟く。
だってあれは、叶わなかった夢想を掬いあげる言葉だった。
「僕も、“共に復讐しよう”と誰かにそう言ってもらえたら安らげるのかな」
復讐は果たされている。相手などもうどこにもいない。けれど、それでもこの身を焦がすものを、認めて、永遠に叶わないことなど笑い飛ばしてそれでも共に歩んでくれると言ってもらえたなら。
「それはきっと愛の言葉だ」