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杏夏
2017-12-03 16:41:31
5559文字
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闇堕ち加州と今剣の話
#加州清光受け版深夜の真剣60分一本勝負 にてお題「闇堕ち」で書いた今剣と加州の話です。CP要素ほぼないです。
加州清光が突然反逆を起こした。一月前のことだ。
初期刀として本丸を支え、主からも他の刀からも信頼されていた加州が、主の留守中に何の前触れもなく刃を抜いたのだ。
経験の少ない、最近顕現したばかりのものたちが真っ先に消えた。
「どうして、清光」
「俺が合理主義って知ってるでしょ? まず簡単なところから数減らそうかなぁって」
少しずつ消えていく仲間に焦る今剣に、加州はそう言って笑った。
「もう歴史なんて守るの飽きたんだよねぇ。ねえ、今剣。自分のいない歴史を守るのに何の意味があるの? だからさ、主が留守の内に全部終わらせようかなーってさ」
今存在する刀が全振り揃った広間で、加州は縋り付く今剣の喉元に切っ先を突き付けた。
いつか今剣と揃いだと笑った紅い目を、冷酷に撓ませて笑うところなど見たくなかった。
今剣は何度も加州を止めようとしたが、加州と今剣の付き合いは長い。今剣が加州の手の内を知っているように、加州も今剣の動き方をよく知っていた。今剣が加州を止められないでいる間に、何振りもいなくなった。
小狐丸や三日月、石切丸や岩融は顕現が遅く、練度が相対的に低かった。そこを突かれて折られたようだった。
加州には相棒の大和守や、前の主と縁のある和泉守と堀川がついたようだ。顕現の早かった彼らの練度は軒並み高い。集団で襲われればたまったものではなかっただろう。
「追いかけっこをしようか、今剣。俺を折れたらお前の勝ち」
夜間に屋内で襲われた三日月のところへ駆けつけた今剣に加州は言い放った。三日月はもう折られており、そばには大和守も倒れていた。こちらも折れているらしい。
そんな状況で、加州は今剣を真っ直ぐ見つめて笑うのだ。
ひどい、と思った。なぜこんなことをするのか全然わからなかった。
加州は、縁のある刀のなかなか来ない今剣の隣にいつもいてくれたのに。その加州がなぜ今剣から奪うのだ。
「加州清光
……
、ぜったいに、ころしてやります
……
!」
「うん、その意気。頑張ってね」
今剣の怒りを受け止めて、加州はそれでも軽やかだった。今剣の鋭い刃を危なげなく避ける。
修行に行きたいと言った今剣を見送ってくれたのは加州だった。出迎え役は岩融に譲り、落ち着いた頃に今剣の好きな菓子を持っておかえりと頭を撫でてくれた。
今剣は加州が大事だった。強くなりたいと願ったのは、いつまでも加州と同じ戦場に立っていたいという理由もあったのに。
刀はどんどん消えていき、本丸はがらんとしていった。いつの間にか和泉守もいなくなっており、おそらくもう、この広い本丸には自分と加州と堀川ぐらいしかいないだろう。
その堀川の気配も今はしない。どうして加州の仲間であるはずの彼まで消えてしまうのか、今剣にはわからなかった。
加州は今剣を待っていた。本丸発足時から変わらない加州の部屋で、襖も障子も開け放ち、今剣を誘っていた。
「
………………
清光」
「やぁっと来た。待ちくたびれたよ」
加州が本体を抜く。今剣は切っ先を加州に向けながら口を開く。
「清光、ぼくはわかりません」
「そう?」
「清光はあるじさまからもっともしんらいされたかたなです。それがなぜ、こんなまねをしたのですか
……
!」
「最初に言ったはずだけど。歴史を守るのが嫌になったって。大体今の歴史が正しいなんて誰にわかるの? 本当はお前が源義経の真実懐刀であるのが正しいかもしれないじゃない」
今剣は唇を噛んだ。次の瞬間激昂する。
「っ!! それを、そんなことを、おまえがいうんですか! 加州清光!!」
加州は言ったじゃないか。修行へ行き、義経公のもとに自分がいなかったことをさびしく伝えた今剣に、「愛だね」とそう言ったじゃないか。
義経公は死してなお、人々に愛された。だから“今剣”という物語が与えられた。歴史に名を残した。今剣は前の主が愛されていたことの証明だと。そして、今ここにいる今剣がそれらすべてをひっくるめて全部守っていけるのだと。
それに、加州はそのあとに続けたのだ。元がどうであっても、本来の歴史がどうあろうとも、今ここにいる今剣が好きだと。今剣はその言葉を大事に胸にしまっていた。
「れきしがつむいだものがたりのさきにうまれたぼくを、すきだといってくれたのに! それをおまえがひていするんですか!!」
「
……
そうなるかもね」
「
…………
っ、ふざけるな!!」
今剣は床を蹴った。あの日以来、加州とまともに話せている気がしない。あんなにずっとそばにいたのに、何を考えているかまったくわからなかった。
「おまえをころしてあるじさまをまちます
……
! ぼくひとりだって、あるじさまのちからになってみせる、ほんまるは、おわりはしません
……
!」
「いいじゃん、やってみれば?」
首を狙った刃が避けられ、そのまま横に薙いだがそれも当たらない。
一度距離を取り、また突っ込む。戦術も何もあったものではなかった。がむしゃらに急所を狙う今剣を、加州はかわし、受け流し、弾いた。反撃はしてこない。
「とくいなふぇいんとはどうしたんですかっ」
「すぐ終わっちゃうのもつまんないでしょ。もう俺たちしかいないんだし」
加州は余裕たっぷりに笑う。
今剣は言葉も忘れて再度飛び掛かった。
しかし、飛び掛かろうと力を入れた脚が不意に力を失った。咄嗟に自分の脚を見下ろす。そこに左脚はなかった。
「今剣!!!」
今まで積極的に動かなかった加州が今剣に手を伸ばした。そして体勢を崩した今剣を抱き留める。
肉を裂く感触、血の弾ける音がした。今剣は本体を構えたままだった。切っ先が加州の腹に深く埋まっている。
「清光!?」
「
……
あー、最後の最後で失敗しちゃったなぁ。
……
でも、よかったじゃん今剣。これで主にいい報告できるね」
ごふ、と口から血を溢れさせながら、加州は笑った。久しぶりに間近で見た紅い目は、穏やかだった。あの日広間で見た冷たいものとは違う。昔と何も変わっていなかった。
「きよ、みつ
……
」
「あーあ、俺の快進撃もここまでかぁ
……
。
……
まあしょうがないよね、今剣は強かった。それだけなんだし」
なにか、強烈な違和感があった。今剣は刃を抜こうとした。
しかし抜けない。加州が今剣を強く抱き締めているせいで腕が動かない。
「清光、はなして! ねえ、なにをいってるんですか
……
!」
「ここまでよく頑張ったね。きっと主も誉めてくれるよ」
「そうじゃなくて! 清光、清光、ぼくはまちがえていたのでは
……
、ぼくは
……
!」
「だいじょーぶ
……
、今剣は何も間違えてないよ。主も誉めてくれる。だからちゃんと胸張んな
……
」
加州が今剣の涙をそっと拭った。冷えた指先はとてもやさしかった。岩融に会えないまま、初めて阿津賀志山に出陣したあと、人知れず泣いていた今剣の頬を拭ってくれたのと同じ手だった。
「
……
お前は頑張ったよ。よくやった。だから、少し休みなよ」
じわりじわりと加州から溢れた熱が今剣の衣を浸していく。
「ぼくは
……
」
「今剣。もう、大丈夫だから」
そのあたたかさが、少しずつ遠くなる。
消えた左脚はどうなったのだろう。感触がなかった。地に足をつけているかどうかよくわからない。
加州の手が今剣の瞼を覆った。
急激に眠気がおそってきて、加州の言う通り、少し休みたい気分だった。
「ねえ、ぜんぶゆめですよね、
……
清光。
………………
ぼくはあるじさまとまっていますから、だから、はやく
……
、清光もきてくださいね
…………
」
あんなに激昂していたのが嘘のようだ。この一月のことはすべて夢だったに違いない。
もう悲しくなかった。もう辛くなかった。今剣はこてんと加州の胸に頭を預けた。
一番最初の夜にそうしたように、また一緒に眠れると思った。そうすればもう、こんな夢を見ることもない。
「うん。すぐ行くよ」
加州は腕の中からあたたかな小さな刀が消えると同時に膝をついた。そのまま身体を支え切れずに倒れ込む。
畳の感触も、もうよく感じ取れない。しかし何とか腕を動かして身体を仰向けにした。天井が遠い。自分の出す音を無視すれば、もうどこからも何の音もしなかった。
「あー、おわったぁ
……
」
ここにいるのはもう自分だけだ。
一月前に主が病で急逝してから、ここまで長かったようにも短かったようにも感じる。
主がいなくなってから、刀剣男士たちは審神者との縁が薄いものから消えていった。つまり、本丸に遅く来たものから順に顕現が解けていったのだ。
何か不具合があったのか政府ともこんのすけとも連絡が取れず、刀たちは本丸に閉じ込められた。消えていくのをただ待つ時間の中で、ほとんどのものは悔いなく消えようと最後の時を過ごした。
だが、今剣は違った。そもそも今剣は主が急に倒れた現場に居合わせたのだ。少し前には会話をしていた主が倒れ、動かなくなり、そして死ぬ一部始終を、無力感に苛まれながら見つめ続けた。修行を終え今の主への思慕が強くなった今剣に、それはどれほどのものだっただろう。
そして、何振りかの刀が消えたあとに突然取り乱した。
『どうして、清光』
涙を際限なく溢れさせながら、何の表情も無い顔で自分に取り縋る今剣を見た瞬間に、加州は決めた。
今剣の敵になろうと。泣きながら過ごすよりも、刀として敵を斬ることの方が幸せなはずだ。
今剣は錯乱していて、加州の言葉をすぐに信じてくれた。
今剣の身内とも言える三条派とも話し、芝居とも言えぬ芝居を打った。打ち合わせたのは本気で殺し合うということのみ。三条派が消える姿を見せる前に叩き折るか、こちらが反撃を受けて折られるか。こちらが先に折れたのなら、三条派の誰かが今剣を連れていっただろう。
いつの間にやら、大和守と和泉守、堀川が加州側についており、不完全ながら三条対新撰組の対決を演じることとなった。自分たちより練度の劣る太刀や大太刀に対して、夜間・屋内・集団戦闘による各個撃破を提案してきた副長組には色々な意味で頭が下がったが、まあそれも自分たちの全力だろうと決行した。
お互いに全力で殺し合い、小狐丸・三日月宗近・石切丸・岩融を折ったが、こちらも大和守が折られた。酷い話ではあったが、楽しい試合だった。恨みっこなしの、最初で最後の真剣勝負だった。
本丸では穏やかに消えるのを待つものも、自分たちのように本気の勝負の末に折れていったものたちもいた。
そうしてあれだけいた刀も波が引くように消えていき、主が最初に鍛えた刀も先程ここを去った。
残るは初期刀である自分だけだ。
自分の呼吸と未だ足掻く鼓動以外に何もない本丸の静けさは、ここに初めて立ったときとよく似ている。しかし、まったく別のものだ。
ここには自分たちが過ごした記憶がある。自分たちが消え、場所も消え、時間の波に押し流されて何もかも消えたとしても、ここには確かに自分たちがいたのだ。その歴史を自分たちで守ることができないのは悔しかったが、それは後進に譲るしかなさそうだ。
「思えば色々あったよな
……
」
加州はわずかに笑った。表情を動かすのももはや億劫だが、笑いながら消えたかったのだ。
最初の夜は今剣と共に眠った。
たった二振りで、馴れない睡眠というものに四苦八苦しながら夜を過ごした。戦場で怪我をしたお互いを引き摺りながら帰ってきたり、見慣れない菓子を万屋でこっそり買い食いしたこともあった。
刀種の違いから戦場が別れた時期もあったが、今剣は自分の限界を超えて強くなって帰ってきてくれた。歴史を守ることは、人々の歴史を守ることだけではなく、自分たちの大事な記憶を守ることにもなっていた。
そしてそれももう終わる。
「
……
俺たちがこんなに頑張ったことを、あとのやつらに勝手に修正されるのは、腹が立つなぁ
……
」
自分たちの本丸はこんな形で幕を閉じる。後悔も未練もある。けれど、それは他のものにどうこうされる謂れはない。
「義経公も、あの人も、同じ気持ちになるかなあ」
そうであれば、自分たちが歴史を守ってきた甲斐もあったというものだ。
主に選ばれ、刀剣男士として初めて戦いに出て散々な初陣を経験した。そして、初めて出会った刀剣男士が今剣だった。
今剣に心にもないことを言ったのは、今回の件が初めてだった。
三条派に、今剣を頼むとそう言われたわけではない。けれど、嘆く今剣に最後まで付き合えるのは加州だけだったのだ。今剣以外の三条派は刀剣男士としての希少度が災いして顕現が遅かった。早々に今剣を置いていくことがわかってしまった。だから今剣は泣いていたし、加州はそんな今剣を放っておけなかった。
「間に合って、よかったよな
……
」
ここの三振り目である堀川も消え、いよいよ自分たちの番だった。だというのに、少し前から今剣は本気で隠れてしまっていて、加州には見つけられなくて焦っていた。
時間が来る前に今剣の顔を見られてよかった。今剣をひとりでいかせずに済んで本当によかった。
でも、今剣も心の底ではわかっていたのかもしれない。最後の言葉は敵に向けるものではない。
「かなわないなぁ」
加州は目を閉じた。少し長い眠りかもしれないが、またあの日のように今剣と眠るだけだ。
修行を終えた今剣は本来の歴史に自分はいなかったと言っていたが、それは些末なことなのだ。義経公の守り刀として誇りを持ってここにいた今剣のことが、加州は大事だった。そもそもいなかったとしても、折れてもうどこにもないとしても、この本丸に自分たちはいたのだ。
加州は小さく声をあげて笑った。
あとにはもう風の音も響かなかった。
終
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