杏夏
2017-11-25 23:38:02
2615文字
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コーティング

#鶴清版深夜の真剣文字書き60分一本勝負
お題「きゅん」で書きました。


「あれ、鶴丸?」
畑から帰ってきた加州は厨を覗いて声を上げた。
白い刀がボウルを抱えて何やら調理をしているようだったからだ。モーター音と甘い匂いがしているから、てっきり燭台切かと思っていたのだが。鼻歌を歌っているようだが、音に掻き消されて何を歌っているかはわからない。
声がしたことに気付いたのか、鶴丸が顔だけ振り返り、そして目を丸くする。電動泡立て器を止め、身体ごと向き直った。
「きみ、畑当番じゃなかったか?」
「そうだったんだけど、することなくてもう終わったんだよね」
加州はとりあえず中に入った。水を少しもらって、上がり框に腰掛ける。
「昨日の雨で水やりはほとんど要らなかったし、草むしりは一昨日愛染と大包平が勝負して一本残らず引き抜いたから見つける方が大変なくらいだったし。あとは夕餉前に収穫だけすればいいんだよね」
「あー、そうだったか……
「で、鶴丸は何してんの?」
鶴丸はいつもの内番着に黒いエプロンをしている。燭台切あたりに借りたのだろうか。すでにうっすら白く汚れている。
「いや、きみを驚かせようと思ったんだが、あてが外れたなぁ。下調べが不充分だったな」
言いながら鶴丸は電動泡立て器をまた作動させた。ボウルの中には白くもったりしたものが見える。
「それメレンゲ? 洋菓子でも作ってるの?」
「ああ。前に食べたいって言っていただろう」
「え? どれのこと」
「さてなぁ」
ふんふふーんと鶴丸は鼻歌を歌いながら調理台の方へ向き直ってしまう。
加州は立ち上がって後ろからひょいと覗いた。
調理台には今鶴丸が泡立てているメレンゲに、溶かしたチョコが入っているボウルが二つ。艶やかなチョコレートに、もう一つはガナッシュだろうか。それから薄黄色のペースト状のものも見えた。こちらはバターのようだ。何やら正方形の生地も焼いて冷ましている。
「なんか随分本格的な……。鶴丸お菓子なんて作れたんだ」
「今は本だのレシピだのが簡単に手に入るからな。その通りに作ってるだけさ」
「うわ出たよ……。できる人ってそう言うよな」
いとも簡単に鶴丸は言うが、そう上手くいくなら世の中に失敗なんてそうそうない。鶴丸は基本的に凄まじく器用で要領がいいのだ。
「手伝おうかと思ったんだけど、洋菓子って相性悪いんだよね。見ててもいい?」
「それは構わないが、退屈じゃないか? 出来たら呼ぶから戻ってていいぞ」
「なんか楽しいから見てたいな。手際がいいと結構何でも面白いし」
「ふふ、確かにな。ならもう少し頑張らないとな」
鶴丸は出来たメレンゲを、バターらしきものの入ったボウルに移した。手早くそれを混ぜ合わせていく。
そうしているうちにまた新しく甘い匂いが立ち上っていた。小鍋を火にかけていたらしい。透明なようだからシロップだろうか。それを火から下ろすと、粉末のコーヒーを加えた。
鶴丸は次に薄く焼き色のついた生地を手に取ると、それを四つに切り分けた。そのうちの一枚にチョコレートを塗り広げる。あっという間に滑らかな茶色に覆われた生地に惚れ惚れした。
「かっこいいなぁ……
「お、なんだ照れるな」
「簡単そうに見えるけど、絶対難しいやつでしょそれ」
「まあ、きみの爪紅くらいには難しいかもな」
「うわ、なんか微妙に悔しいような俺でも出来そうっていうか。今度は俺もやりたいから教えてね」
「いいぜ。また楽しみが増えたなぁ」
他のものにも塗るのかと思ったが、鶴丸は一枚だけ塗ると他のボウルに手をかけた。今塗ったのとは違う、ガナッシュの方を一混ぜして状態を確認すると、今度はさっきメレンゲを混ぜたバタークリームのボウルにコーヒーを少量加えた。小鍋に入ったシロップには洋酒を入れる。
加州は何か思い出しそうになる。いつだったか雑誌で見かけたはずだ。
「チョコレートケーキにコーヒー……、あ、あれか! オペラ!」
「正解だ! これが突然出てきたら驚かないかい?」
「いや突然じゃなくても十分驚いてるよ……。いやだってめちゃくちゃ手間かかりそうだったじゃん。実際かかってるし。よく作ろうと思ったね」
「畑当番頑張ったきみに贈ろうかと思ってな」
「わぁ……、俺愛されてる……。ごめんね、今日そんなに頑張ってなくて」
畑当番すぐ終わってラッキー!と思っていたが、これは少しタイミングが悪かった。悪いことはしていないのだが、罪悪感が凄い。
鶴丸は笑って、手の甲でぽんぽんと俯いた加州の頭を撫でた。
「まあ、いつも頑張ってるんだ。今日くらいいいだろう。それに、きみと過ごせて俺は楽しいぞ」
「うん、俺もまあ楽しいよ……。鶴丸エプロン似合うね」
鶴丸が格好良すぎてちょっと眩しかった。関係ない言葉が急に口から飛び出るくらいにはきゅんとした。次の畑当番は文句言わずに頑張ろうと心に誓う。
鶴丸は楽しそうに笑いながら塗ったチョコレートが乾いた生地をひっくり返して、小鍋のシロップをたっぷりと含ませていく。押したらシロップが染み出そうだ。
その上に、さっき状態を確かめたガナッシュを塗り広げた。やはり手際がとてもいい。その上に生地を重ね、シロップを塗ると今度はバタークリームを塗っていく。さらに生地を重ね、シロップとガナッシュ、次の生地の上にはシロップとバタークリームを塗った。最後のバタークリームの上にラップを張り、重石にするらしきバットを置いたらここでひとまず終了らしい。
何層にも重なった生地を冷蔵庫に入れ、鶴丸はふうと満足気に息を吐いた。
「あとは冷えたらコーティング用のチョコを塗って切り分けたら完成だ。上手く出来てるといいんだが」
「あんたの仕事だもん、絶対美味しいでしょ」
「お、それは嬉しいな。なら楽しみにしててくれ。歌仙から美味い茶葉も貰ってあるんだ」
「至れり尽くせり過ぎて心が痛いんだけど! ああもう、今度食べたいものあったら言って。俺で良ければ作るよ」
「あはは、好きで作ったもんだから別に気にしなくていいんだが、折角だから何か考えておこうか。と言ってもきみの作るものは何でも美味いから迷うなぁ」
「あああもう、おだてても何も出ないし、格好いいしいい加減にしてよ!」
加州は鶴丸の背中を引っ叩いた。こんなに面倒そうなものをあんなに楽しそうに作っていた理由が自分だなんて、少しと言わず盛大にときめくに決まっているだろう。