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杏夏
2017-06-23 00:43:42
1748文字
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奇妙なもの
「移り香」をテーマに書いた薬清です。
「薬研いるー?」
加州は厨を覗きこんだ。
別に大した用があるわけではなかった。ただ、本丸内にいるはずなのに姿が見えず、少し気になったのだ。
ここが発足してまだそれほど経っていない。
経験も足りず刀も少なく、しかしやるべきことは多い。色々と皆走り回っていた。
しかし第一部隊は今、損傷した刀の手入れが終わるまで待機中だ。他の部隊は皆遠征に駆り出されているので、交代要員がいないのだ。よって、空白のように無傷の刀は各々過ごす羽目になった。
つまるところ、加州はとても暇だった。戦場では問題ないのだが、与えられたこの人の身での時間の過ごし方を持て余していた。
内番を割り当てられていたもの達はそちらへ行ったが、それを手伝う気にもなれず、そういえばと、姿の見えない短刀を探した。
厨にいるとも思えなかったが一応声をかけてみた。その程度の話だったのだが。
「あ」
「
…………
なにしてんの?」
薬研藤四郎が蒸気の上がるやかん片手に、気の抜ける声を漏らした。加州は首を傾げた。
「ばれちまったら仕方ねえな」
ちょいちょいと手招きされて近づくと、薬研は見慣れないどんぶりに湯を注いだ。
「あんたも半分食ってみるか?」
「なにこれ」
薬研は湯をある程度注ぐと、紙で蓋をした。そのまま動きを止めてしまうから、加州には意味がわからない。
「かっぷらーめん、とか言うそうだ。大将からぶんどってきた」
「主から?」
「湯を注いでさんぷん?待てば麺が食べられるらしい。どうにも奇妙な食い物なんで、弟たちに見つかる前にこっちで試しておきたいと思ってな」
薬研は男前に笑う。しかし、もっともらしいことを言っていながら、要はつまみ食いの一人占めである。そうと思わせないのが、この短刀が持つ謎の器の大きさだが、行為は変わらない。
「それで、俺も共犯にしてくれるんだ?」
加州が意地悪く笑うと、堪えた様子もなく薬研が取り分け用なのか椀を一つ出してきた。
「見つかっちまったからな。まあ、何の因果か折角こんな身体があるんだ。色々試してみるのも悪くはないさ」
「
……
まあ、ね」
加州はほんの少し躊躇ってから頷いた。
薬研の言葉には何か据わりの悪いものがあって、それは加州が今抱えているものととても似ているような気がした。
「なぁ、早く戦場に戻りたい?」
「否定はしないが、それだけを望むのもどうにもな」
加州の唐突な言葉を薬研は苦く笑って肯定する。
「折角だから楽しみたいっていうのはあるんだが、俺っちの知らない時代のものがこうも普通に目の前にあると、おかしなもんだなと」
「お前もそういうこと思うんだねぇ」
頃合いが来たのか薬研は紙の蓋を開けた。湯気がもうもうと立ち上る。塩気の強い匂いがした。
「あんた“も”、そういうことを思ったのか?」
薬研が麺を半分椀に移す。平たくて細い、緩やかにうねる麺だった。汁には時折、奇妙に小さい、野菜のような切れ端が混ざっている。
「まあね」
「そうか。まあ、物は試しだ、食ってみるか」
「そうねー」
二人で啜る麺はどこか珍妙な味だった。が、まあ悪くはなかった。それが答えだったのだろうと加州はのちに思う。
「あれ、なんか二人とも面白い匂いしてない? っていうかなんか美味しそう!」
手合わせから戻ってきた信濃がふんふんと二人のまわりを回る。
加州と薬研は顔を見合わせて揃って口端を上げた。
「まあちょっと秘密でおやつをね」
「そういうこった」
「秘密なの? 二人でずるいよー」
「え、なになにおやつー?!」
離れたところにいたはずの包丁がどうやってか聞きつけて駆け寄ってくる。加州は声を上げて笑ってしまった。
「包丁が思ってるようなのと違うって! でもまあ、今度タイミングが合ったらね。今日はもう夕飯近いから内緒のままってことで」
ぶーぶーと聞こえる不満の声は無視して、加州は歩き出した。
どうしてか、あれから何度も二人で同じことを繰り返した。
あの頃持て余したのが嘘のように、時間は矢のように過ぎ去っていく。同じ時間を過ごすこと、戦場以外を共にすることがこんなに当たり前になってしまうなんて思いもよらなかった。
あのとき共有した何かは形を変えて、今も薬研との間にあった。
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